第60話 薔薇と剣を携えて
隠し通路に入り、扉を閉める。
追手はまだたどり着いていない。
狂戦士たちが踏ん張ってくれているようだ。
「まあこの瞬間にも倒されているかもしれませんが……<発光>」
真っ暗な地下通路をひたすら進み、行きどまりに突き当たる。
「確かこのへんに……」
ゴゴゴゴゴゴッ……。
出口付近にある鎖を引き、扉を開ける。
階段を上り、出口へ。
するとそこは小さな山小屋。
森の中にある猟師小屋が隠し通路の出入り口となっている訳だ。
私の感知に多数反応。
それはそうだ。彼がこの場所を知らない訳がないのだから。
「――動くな!」
山小屋を出ると、さっそく取り囲まれる。
近衛兵50人に、射手30人。おそらく影の者もいるはずだ。
「マルチェラァ! 助てくれぇ!」
縄で縛られたヤコプが、体格の良い敵兵に担がれている。
……股間の辺りが濡れてるな。
「漏らしたのか……情けない奴め。そんな奴、今すぐ斬り殺してしまえばいいものを……」
「な……!? マルチェラ……!?」
「こんな愚弟でも一応は王族。人質としての価値はあるのだ、魔女よ」
近衛兵の背後から、彼が颯爽と姿を現した。
「お久しぶりです……ジルベルト……」
「ふんっ、6年振りか。ますます美しくなったな。憎たらしいほどに」
「兄上ぇ! 許してくれよぉ! 僕もその女に騙されただけなんだよぉ!」
「話の邪魔だ。連れていけ」
「はっ!」
「あ、兄上ぇ!」
ジルベルトが手で合図をすると、ヤコプはどこかへと連れていかれた。
「ジルベルト、実にお見事な手腕でした。私の完敗です」
「……私をまんまと嵌めた魔女が、こうも大人しく捕まるとは思えない。まだ何か企んでいるな?」
「まあ……! 企んでいるなんて……!」
私はわざとくさい笑顔を作る。
「ただ――」
「ただ……?」
「神王国の元王族であるあなたが敵にいる訳ですから、脱出路を抑えられるのは必然。当然この待ち伏せは読んでいました」
「ふむ。つまり私の伏兵に備え、貴様も伏兵を用意していると?」
「そういうことです。――という訳で、今度はこちらの番です。大人しく縄についてくださいジルベルト」
だが彼は「くくくく……」と愉快そうに笑う。
「その伏兵とは、彼らのことかい?」
ジルベルトが指笛を吹くと、茂みの中から影の者たちが姿を現した。
彼らは両手に何個もの首を引っ提げている。
「魔女よ。貴様が私の待ち伏せを読み、伏兵を忍ばせてくることは読んでいたよ」
「……さすがですねジルベルト。私をよく理解してくれている」
「当たり前じゃないか。もっとも愛し、もっとも憎んでいる女なのだから。――さあどうする? 大人しく捕まるか、それとも最後の悪あがきをするか? 私はどちらでも構わない」
「……降参です」
「賢明な判断だ。――手枷をつけろ」
「はっ!」
近衛兵が、私にダークオリハルコン製の手枷を付けた。
もう剣も魔法も使えない。今の私は赤子並にかよわい存在だ。
「……正直に言おう。君が大人しく捕まってくれて良かった」
「うふふっ、あなたのそういう素直なところ、嫌いではありませんよ?」
「む……。では、君が待ち望んでいた神王国の最期を見ようじゃないか。――飛ばしてくれ」
「はっ! ――<飛翔>」
魔術師が私たちを空へと飛ばすと、あちこちから煙が上がる神都の姿が見えた。
「そうですか……もう完全に落ちたのですね」
ラクシアンパレスの至るところに小国連合とカハジック司教領の旗が立っている。
「私が想定していたよりも、遥かに呆気なかった。神王国の兵とは、ここまで脆弱だっただろうか?」
「残っている兵は練度の低い者ばかりですからね。精鋭たちは全員遠征に回しました」
ジルベルトは苦笑いをする。
「わざと穴を開けたのか。さすがは破滅の魔女」
「一つ尋ねても?」
「女遊びに関することでなければ」
ふふっ、私に「もっと女遊びをしておくべきだった」と言われたものだから、だいぶ励んだようだな。真面目な奴だ。
「神都にはまだ4万の兵と優れた将が残っていますし、周辺都市からも続々と援軍が向かってくるでしょう。この崩壊した城壁で、それらを防げますか?」
「<核爆>を撃ちこまれれば、ほとんどの者は降伏するはずだ。あの魔法にはそれほどの抑止力がある」
確かに。
あのキノコ雲と破壊力を見て、戦意を喪失しない者などいないだろう。
一発撃てば勝ち。こちらの消耗を抑え、敵も無駄に殺さない。完璧な作戦だ。
だが、それでは困るのだ。
「私は地獄のような消耗戦を望んでいます。もっと屍の山を築いてもらわねば」
「ふっ、だろうな。だがいくら君の頼みでも、それだけは聞けない。花束の山で許してくれ」
随分と余裕があるじゃないか。
しかし、それもここまでだ。
「ジルベルト、あなたが私の伏兵を始末することは読んでいました。――だから、もう一段、伏兵を張っておいたのです」
「何……?」
「行け! 狂戦士たちよ!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
森の奥から26体の狂戦士が出現。
ジルベルトの兵を襲い始める。
「なんだあれは!?」
「私の忠実なしもべたちです。その中には我が子――つまり、完全体もいます。恐ろしく強いですよ?」
「ぐあああああああああああああああああ!」
「ぎゃあああああああああああああああ!」
化け物たちは次々にジルベルトの兵を八つ裂きにしていく。
「召喚魔法を使ったのか!?」
「うーん、まあ、そう思っていただいて結構です。――あ、魔術師が。これはまずいです」
狂戦士に細かい命令を出していなかったせいで、私たちを<飛翔>で飛ばしていた魔術師の首が飛ばされてしまった。
という訳で、私とジルベルトは地面に真っ逆さまである。
「はあ……私って結構ドジなんですよね」
ここで赤子に戻ると、計画が台無しだ。
まいった、まいった。
「マルチェラ!」
ジルベルトは私を抱きしめ、自分が下となった。
「ごぶっ……!」
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃。
だが、なんとか死なずに済んだ。
「ジルベルト……!」
「つくづく……愚かな……男だな、私は……」
ジルベルトは皮肉そうな笑みを見せる。
「傷は……!」
致命傷は負っていないようだ。
強固な鎧に護られたおかげか。
「良かった……」
「喜んでくれるのか……?」
「もちろんです。あなたはもうバルチナ神王国の王族ではありませんから」
「……本当に君は、私の心を惑わせるな……」
「うふふ。褒め言葉と受け取っておきます。――狂戦士よ、手枷を」
「グオ!」
ジルベルトの伏兵を皆殺しにし終わった狂戦士が、私の手枷を破壊する。
「私を助けてくれてありがとうジルベルト。しかし心苦しいことに、その恩を仇で返すことになってしまいます」
「無駄だと分かっているが、一言言わせてくれ。――私ならきっと君の心を救える。恨みを捨て、私とともに生きようマルチェラ」
「……ごめんなさいジルベルト。私の心を救えるのは破滅だけなのです。さようなら……神都を地獄へと変えに行ってきます」
「待ってくれ、マルチェラ! ――マルチェラアアアアアアアアアアアアア! 行かないでくれええええええええええ!」
ジルベルトの悲痛な叫びを背に、私は狂戦士たちを引き連れ、再び隠し通路へと戻った。




