第59話 偉大なる戦士、英霊となりて
「死ねええええええええ! 神王国のウジ虫どもめええええええ!」
「行かせるなあああああああああ! 死守! 死守うううううううううう!」
神王国軍と司教領軍が、消し飛んだ城壁付近でぶつかったのが見えた。
だが、こちらは混乱状態におちいっており、形勢は圧倒的に向こうが上。
すぐに突破され、王宮内に兵がなだれ込んできた。
「来るぞ! デーモンハントの恐ろしさを味わせてやれ!」
「うおおおおおおおお! 敵は少数だ! 一気に押し潰せええええええ!」
デーモンハントと突撃兵がぶつかった。
「むんっ!」
「ぎゃぴいっ!」
「おらあっ!」
「ぐぼっ!」
デーモンハントたちが、敵兵をトマトのように叩き潰していく。
ほう……こいつら強いな。
まさに百人力というやつだ。
「ハイッ! ハイッ! ハイッ!」
私の槍は、グレイブというなぎ払いを得意とする槍。
それでスパスパと敵兵の首を刎ねてやる。
「さすがはお嬢! また一段と腕を上げましたね!」
一段と……? 私の槍さばきを見たことがあるのか?
今回の人生では、まだ1回も戦場には出ていないぞ?
ということは……隠れ稽古を見られていたのか。
誰にも見られていないと思っていたが、もっと注意しないと駄目だな。
「おらぁっ! 死にたい奴は前に出ろ! このウルホ様が叩き潰してやるぜ!」
「デーモンハント、盾の戦士、タンクレッド! いざ推して参る!」
あの二人の大男が特に良い。
ただ敵を叩き潰すだけでなく、私の魔法の射程範囲内にうまく誘導している。
初対面だと言うのに、これほどの連携力を見せてくるとはな。
「<伝雷>」
「ぎゃあああああああああ!」
敵兵の一団に伝播する稲妻を浴びせる。
一気に10名を超える敵を仕留めた。
「ナイスキルでさあ! お嬢!」
「お嬢、兵たちのスタミナが切れてきました! 壁を作ってもらえますか!」
「分かりました。<炎壁>」
炎の壁に入口が閉ざされ、敵兵の侵入が止まった。
その間、デーモンハント団員は乱れた息を整える。
――が。
ブオッ!
突風により、炎がかき消された。
「ちくしょう! まったく、休む暇もねえ!」
「魔術師を優先的に狙え!」
「無理だ! 重装歩兵にガッチリガードされてやがる!」
敵兵がどんどんと突っ込んでくるため、<伝雷>や<雷撃>で仕留め続けないと、こちらの陣形はすぐに崩壊してしまう。
私が回復役に回るには、一回敵の侵入を妨がねばならない。
だがそんなことは敵も承知のようで、その隙を与えてはくれぬ。
「うおおおおおおおお! なんとしてでも、ここで食い止めろおおおおお!」
「神王国の援軍だ! 蹴散らせえええええい!」
城内に配備されていた兵たちが援軍に駆けつけてくるが、それ以上になだれ込んでくる敵の方が多い。
このままではすぐに押し潰されるだろう。流れを変えねば。
「<招雷>」
両手のひらを天に向け、雷系最強魔法の<招雷>を唱える。
王宮入口付近に極太の雷が落ち、外で突入を待つ数十人の敵兵を黒焦げにした。
「さあさあ、外に居る方が危険ですよ? 皆さん、中に入りましょう。<招雷>」
兵が固まっていたところに雷を落とし、さらに死と恐怖を与える。
ふふっ、雷槍の称号を持つ私の雷は伊達ではないぞ?
「ここに居るのは危険だ! 突っ込め突っ込め!」
裁きの雷を食らうことを恐れた敵兵たちは、我先にと王宮内に突入してくる。
「なっ! 待て、お前たち! これでは身動きがとれなくなる!」
これまでの統制の取れた突撃とは違い、これはただのパニック。
敵の動きは一気に鈍り、デーモンハントたちに叩きつぶされていく。
「さすがはお嬢! いい流れができやした!」
「お嬢、マジックポーションを!」
お、いいタイミング。
こいつ、気が利くな。
「ありがとうございます。――んぐっ、んぐっ、ぷはあ!」
「いい飲みっぷりです、お嬢!」
なんだかなつかしいような……。
過去にこんな戦いをしたことがあったかな? まあ、何千回と戦をしてきたのだから、そりゃある――
ッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
再び凄まじい衝撃波。
舞い上がる砂煙。何も見えない。
「――<核爆>を撃たれました。きっと王宮の壁が破壊されたはず。四方から敵が攻めてきますよ」
「了解……! ならばお嬢……ここまでです! 一刻も早く脱出路へ!」
「まだだめです」
「何を言っているのです! 囲まれてからでは、もう逃げられませんよ!」
ブオッ!
砂煙が<突風>で吹き飛ばされた。
王宮の壁には、入口以上の大きな壁が開いてしまっている。
「突撃いいいいいいいいいいいいいい! デーモンハントたちを殺せえええええええええええ!」
どっとなだれ込んでくる敵兵たち。
私達はこれまでの3倍以上の数を同時に相手にせねばならなくなった。
「負けるな! デーモンハントの底力をっ――ぐぶっ……!」
「クソがっ! おらあ!来やがれ! 一匹でも多く道連れにしてやるぜ! ――ぐあああああああっ!」
屈強なデーモンハントたちが、一人、また一人と倒れ始める。
そして私の耳が、あの恐ろしい言葉を捉えた。
「敵魔術師がまた<核爆>を詠唱しています!」
「ウソでしょう!? 味方ごと吹き飛ばすつもりですかい!?」
もしかしたら威力をコントロールできるのかもしれない。
「魔術師を狙撃します! 誰か盾を破れますか!?」
敵魔術師は、タワーシールドを構えた重装歩兵に護られているので、現状では狙撃不可能。
射線を通す必要がある。
「お任せあれ!」
タンクレッドという大男が、タワーシールドを構え突撃した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
彼は敵兵を弾き飛ばしながら、敵重装歩兵に突っ込む。
「がっ……! ごっ……! なんのおおおおおおお!」
何本も槍を刺されたが、彼は大盾で重装歩兵を吹き飛ばした。
「今です! <雷撃>」
稲妻が敵魔術師の頭部を吹き飛ばした。
「よくやりました! <快癒>」
あれだけ串刺しにされながらも、まだ立っているとは。
おかげで回復が間に合ったぞ。
ドサッ。
――が、タンクレッドという男は倒れた。
立ったまま死んだらしい。あっぱれな死にざまだ。
「タンクレッド……ありがとう……」
なぜかは分からない。
不思議と、その言葉と涙が出た。
「よくもタンクレッドさんを! 死ね! 死ね! 死ね! これで30人目! 31! 32! 33! 34――がああああああっ!」
「鉄と鍛冶の神よ! 我に力を与えたまえ! どりゃああああああああ! せえええええええい! ごっ……がっ……ごぶっ……」
デーモンハント団員が次々と討ち取られていく。
残りは私を含めてあと7人しかいない。
「この状況でやれるでしょうか……!? いえ、やるしかありません……!」
私の魔法による援護を失えば、デーモンハントは一気に壊滅する恐れがある。
だがそのリスクを負ってでも、この切り札は切る価値があるはずだ。
私は短刀で己の手の甲を傷付け、敵兵へと飛び込む。
「お嬢、何を――! うぐっ……!」
一気に取り囲まれた団員2名が死んだ。
「そのミスリルの鎧! デーモンハント紋章官と見受ける! いざ尋常に――」
「黙りなさい!」
「ぐあっ!」
敵兵の腕を斬りつける。
「な、何を……!?」
「女神の抱擁です。あの世で私の臣下たちに誇ると良いでしょう」
敵兵に絡みつき、傷口に私の血液を塗り込んでやる。
「がっ……!」「ぐあああああああああ!」
その間に、さらに団員2名が殺された。
生存しているのは私と団長、そしてウルホという団員のみ。
「狂戦士よ、敵を葬り去りなさい!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
化け物が敵の一団へと突っ込んで行く。
「な、なんだこいつは!?」
「トーマスだ! トーマスが化け物にされちまった!」
敵が混乱する。これはチャンス。
「お嬢、これは一体……!?」
団長の言葉を無視し、私は他の敵兵に飛び掛かった。
先ほどの狂戦士は不完全体だ。おそらくすぐに倒される。もっと数を増やさなくては。
「ぎゃっ!? な、なんなんだ!?」
「あなたも私のしもべとなるのです!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
2体目の化け物が敵を襲撃する。
「やべえ! 今度はベルンの奴が化け物にされちまった!」
「あの女だ! あの女に気を付けろ!」
敵が動揺している隙に、さらに2体の狂戦士を増やす。
それでも相変わらずの劣勢であることには変わりない。
「もっと手早く<狂血>を発動できないのか……! そうだ……!」
なぜこの方法を事前に実験しておかなかったのか……!
私は自分の槍に、己の血液を塗りたくる。
「この方法で発動できなければ私の負けです」
<狂血>の発動条件が、術者の血液を直接注入することでないことを祈りつつ、私は槍を振り回す。
「ぐあっアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ぎゃっ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
やった! この方法でもいけるのだな!
これなら突破できるぞ!
「グギャアアアアアアアアア!」
「っしゃ、おらああああああああああああ! 化け物を仕留めてやったぞ!」
「よしよし! こいつら見た目ほどじゃねえ!」
1体目の狂戦士があっさりと殺されてしまった。
さすがはジオラーキー山を乗り越えてきた猛者たち。簡単にはいかないか。
「面白い……! 戦いはこうでなくてはな……!」
敵兵を突き、狂戦士へと変える。これで5体目……!
「次ッ、6体目!」
私の槍が敵兵の左腕を斬り飛ばした。
「ぐあああああああああ! 俺の腕が、腕がああああああああああ!」
敵兵がのたうち回る。
……あれ? なぜ変化しない?
「まさか、使用回数……? いや、1日に10人以上変化させたことがあるぞ……! ということは、同時に存在できる狂戦士の数に限界があるということか……!」
なぜこれを確かめておかなかったのか……!
私は茫然と立ち尽くしてしまう。
「ウルホオオオオオオオ! お嬢を連れていけえええええええええ!」
団長が叫ぶ。一人で10人を超える敵を相手にしながら。
「任せろレオパルドオオオオオ! ――さあお嬢! 行きやすよ!」
「本当私って、頭の悪い女です……うふ……うふふふふふ……」
「しっかりしてくだせえお嬢!」
ウルホと呼ばれる男は私の手を引っ張り、がむしゃらに王宮奥へと突破していく。
「ぐああああああああああ!」
「――デーモンハント団長、レオパルド・ライゼンシュタイン討ち取ったりぃ!」
「お前も死ぬんだよ……! デーモンハントに栄光あれええええええ!」
「うごっ!? うごおおおおおおおおおおおおおお!」
振り向くと、団長が敵指揮官と相打ちになっているのが見えた。
道連れにするには絶好の相手。戦士として最高の死に方だ。
「さよなら……レオパルド……」
また涙が出てくる。
なぜ私は傭兵ごときの死に、ここまで動揺を?
傭兵など、死ぬのが仕事のような連中だろうに。
「あとはあっしとお嬢だけですかい! よっしゃ、二人だけのデートといきましょうや!」
ウルホが、体のあちこちを切り刻まれながら突き進む。
「治療します……! <快癒>! ――あ」
……だめだ。魔力がもうない。
「マジックポーションは?」
「さっきので最後でさあ。大丈夫、これくらいの傷ならなんともありやせん」
私たちは何とか隠し通路前へとたどり着く。
「ここの本を引っ張れば……」
ゴゴゴゴゴ……!
隠し扉が開いた。
「さあ行きますよウルホ。……ウルホ?」
彼は床に座り込み、私に微笑んでいる。
「ウルホ、立ってください……ウルホ……」
ウルホはぴくりとも動かない。
死ぬ寸前まで余裕を見せたか。まさに漢の中の漢ではないか。
「うっ……うっ……ううううううう……!」
涙が止まらない。
私はこんなに情の厚い女だったか?
自分の血族すら平気で殺しているのに?
「あなたたちにこれを授けます……きっと神々の目に留まることでしょう」
私は自分の槍に口付けをし、それをウルホの傍らに置いた。
これは私の親衛隊であるクイーンガードの証。
彼らが英霊となり、偉大なる神々に仕えられることを祈る。
「あなたたちのことは忘れません……」




