第58話 開戦
二日後の朝。
「マルチェラ殿下、小国連合軍が現れました!」
そう知らせを受けた私は、側近たちとともに南東側の城壁へと向かう。
大型弩砲の射程外に、カハジック司教領の旗をたなびかせた一団が陣を敷いているのが見えた。
「こちらの最大射程を完全に把握しています。指揮官は間違いなく彼でしょうね。本陣は……あそこですか」
私は鷹の目のスキルを使い、敵大将の姿を視界に捉える。
白と青を基調とした、いかにも聖戦士という装い。まさに彼にぴったりだ。
「ああ……! よくぞ生き抜きました……!」
敵大将に向かって大きく手を振る。
どうやら気付いたようだ。彼は剣と薔薇の花束を私に向けた。
「うふふ、そうですか。あなたを生かしたのは、愛と憎しみの力なのですね」
ここまで愛され、そして憎まれるのは、女として鼻が高い。
「さあ、その想いをどうぶつけてくるつもりですか?」
敵軍は、まったく攻城兵器を組み立てる様子がない。
とういより、そもそも資材を持っていないようだ。まあ、そんなものを運びながらジオラーキー山を越えられる訳がないので当然ではあるが。
「攻城兵器なしで、この強固な城壁をどう突破するつもりなのでしょう? これは見ものですね。わくわくします」
敵軍が陣形を整え終わる。
そろそろ来そうだぞ。
城壁の上に立つ、こちらの将が手を挙げた。
「弓兵! 構ええええええええええええ! 大型弩砲、発射用意!」
こちらは、弓兵の数も矢の数も潤沢。
敵が射程内に入ったら、矢の雨が降り続けることだろう。並の軍であれば、それだけで壊滅だ。
ドンドンドンッ!
敵から進軍の合図を示す太鼓が鳴らされた。
タワーシールドを持った重装歩兵たちがゆっくりと前進してくる。
「矢を放てえええええええええええええええええええ!」
城壁から無数の矢が降り注ぐ。
仕留めたのは……たった十数人。その半数はバリスタの直撃を受けた者だ。
「盾の扱いが上手い……相当な訓練を積んでいるようですね。ですが、そもそもこの斉射は、足止めを狙ったもの――」
いくら防げると言っても、降り注ぐ矢の雨の中を素早く移動するのは困難。
重装歩兵たちの動きは非常に鈍重となっている。
「――そこを魔法で狙う訳です」
「撃てええええええええええええ!」
魔術師部隊の将軍の合図で、城壁に配置された魔術師たちが一斉に<火球>を撃ちこむ。
いたるところで爆発が起こり、砂煙が巻き上がった。
もはや敵の姿は目視不可能。
「撃ち方やめい! <突風>を放て!」
砂煙を消しさるため、大きな風を巻き起こした。
魔法が当たり前に用いられる現代戦において、中距離での戦いは<火球>が主役となる。
これをいかにぶつけられるかが勝利のカギとなる訳だ。
「今の発射角度とタイミングは絶好でした。かなりの打撃を与えたはずですが……あら……」
信じられないことに倒れている敵兵はごくわずか。
あれほどの<火球>を撃ちこまれながら、この程度の損害とは……。
「あのタワーシールド、木製ではありませんね」
「その通りでさあお嬢。あれは間違いなくダークオリハルコン製。魔法はほぼ効きませんぜ」
誰だこいつ? ……ああ、この前言ってたデーモンハントとかいう傭兵か。
随分と気安く話かけてきおって。育ちの悪さがうかがい知れるわ。
「工作員が流した噂は事実だった訳ですか。――ちなみに彼等の鎧は? 同じく黒色ですが」
「いえ、長年見てきたあっしには分かります。あれはただの黒く塗った軽鉄ですぜ。盾しか作れなかったのか、それともあえて作らなかったのか……」
「あえて作らない?」
「ええ。造りが単純な盾なら1日1個作れやすが、全身鎧は一月かかりやす」
なるほど、作成コストの重さか。
確かに、全身鎧を少数配備するよりも、盾を多数配備する方が戦力増強という点においては優れている。
それに重量の問題もあるしな。ジオラーキー山を越えるのだから、装備を軽量化するのは当然。
しかも盾だけなら、そこまで屈強な者でなくても運用できる。
「なかなか思い切ったことをしますね。さすがです。――しかし城壁に肉薄できたところで、突破はできませんよ? どうするつもりですか?」
城壁から矢と魔法が降り注ぐ中、重装歩兵たちは一切反撃せず、ひたすら防御前進してくるのみ。
何が狙いなのか?
ドドンッ、ドン!
ドドンッ、ドンッ!
太鼓の音が変わった。
「おや?」
両翼の重装歩兵が円陣密集隊形を組み始めた。
「中央にいるのは魔術師ですか……ああ……これはまずいかも……」
中心にいる魔術師を守るためか、重装歩兵は盾で蓋をするように守っている。
これであの魔術師を狙い撃ちすることは不可能。
私は兎の耳を使って、魔術師の言葉に耳を立てる。
「天と大地の素よ……陰と陽に分かれ、無限の力を解き放ちたまへ……」
魔術師からとてつもない魔力のうねりを感じる。
これは、まさか……!
「あの魔法を完成させたのですか……!?」
「<核爆>」
<核爆>。
とてつもないエネルギーを生み出すが、あまりにも不安定で危険なため、禁呪とされた無属性魔法である。
神王国、小国連合ともに、研究することすら禁止されているのだが、ジルベルトめ。裏で開発をおこなっていたとはな。
……ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
「きゃあっ……!」
凄まじい衝撃波に吹き飛ばされる。
「お嬢!」
――が、デーモンハント団員が私を掴み、なんとか転落を免れた。
「くっ、すごいですね……」
2か所からキノコのような雲が立ち昇っているのだが、その付近の城壁は完全に吹き飛んでいる。
また、衝撃波に吹き飛ばされ転落死した兵も多数。私の側近たちも全滅だ。
「素晴らしい……今日は戦争の歴史が変わった日です。これからの戦は、まったく別物になっていくことでしょう」
戦場の主役は<火球>から<核爆>へ。
これまでの石でできた城壁はもはや紙同然。<核爆>を防げるような結界魔法の研究が必用だ。
そして、剣や槍しか振れぬ者はもう役に立たぬ。魔法を使えぬ者は、やがて戦場から消えるだろう。
ドンドンドンドンドンドンッ!
太鼓が激しく打ち鳴らされる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお! 突撃いいいいいいいいいいいいいい!」
「殺せ! 殺せええええええええええええええええええ!」
重装歩兵だけでなく、その後ろに控えていた突撃軽装歩兵たちが突入してくる。
「勝負ありです。お見事でした」
おそらく本気で戦っていても負けていた。
「お嬢! ここはもうだめです! 早くこっちへ!」
私は大男の後ろについていき、王宮内へと向かう。
そこには50数名のデーモンハント団員が布陣していた。
そしてその奥に小太りの男が。
「マルチェラ! 早く逃げるぞ!」
青ざめた顔をしたヤコプが私の元に駆け寄る。
まったく……大将のくせに、一度も剣を交えないまま逃げるつもりか? 情けない奴め。
「お嬢、ここはなんとしてでも俺たちが守ります! 神王陛下とともに、隠し通路から脱出してください!」
団長と思われる男がそう声をかけてきた。
「あなたたちは、ここで死ぬつもりですか?」
「いえ、むざむざ死ぬつもりはありません! ある程度時間を稼いだら、俺たちも脱出します!」
嘘だな。死を覚悟した目をしている。
まあ、それはそうだ。敵に囲まれてからの脱出は不可能。逃げるなら今しかないのだから。
ふむ……金目当ての傭兵ではなかったのか。
神王国、いや……私に対しての忠誠心で参戦したのだな。まさに真の戦士。
ならば、その最期をしっかりと見届けてやらねばなるまい。
「私もここで戦います」
「お嬢……!」
「何言ってんだマルチェラ! 逃げるぞ!」
「陛下も共に戦いませんか?」
「狂ってるのかお前は! もう好きにしろ!」
足が震えている為か、ヤコプは何度も転びながら奥へと去って行った。
「お嬢、本気ですか……!?」
「もちろん最終的に撤退はしますが、その前に一太刀浴びせるのが真の戦士の流儀」
「……分かりました。――タンクレッド!」
「はっ! お嬢、こちらを――!」
団員の男が、ミスリル製の槍と軽装防具一式を渡してくる。
おお、なかなかいいデザインの防具ではないか。気に入ったぞ。
……しかしなんなのだろうこいつらは。一国の摂政に向かって、お嬢お嬢とはあまりに無礼ではないか。
……だが、不思議と悪い気はしないな。ふふっ。




