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第57話 大切な記憶

「これで僕が、真の征服王となる訳だなマルチェラ!」

「はい。真・征服王として歴史に刻まれることでしょう」


 私とヤコプはバルコニーから、アーグルメア自治都市国家に向けて出発する4万の軍を眺める。


「真・征服王ヤコプ! うーん……なんと良い響き……!」


 ああ、お前の名は歴史に刻まれるさ。

 バルチナ神王国を終わらせし愚王としてな。うふふ。



 そんなことを知るよしもないヤコプは、相変わらず私に縄跳びをさせたり、ツイスターゲームで尻や胸に触ってきたりの毎日。

 もう成人しているというのに、やっていることは子供の時とまったく変わらない。



 そして2週間が過ぎた頃。


「大変でございます神王陛下! 突如ジオラーキー山の麓に小国連合の軍勢が! その数、約1万5千……! 軍旗はカジハック司教領のものでした!」

「な、なんだと!? ど、どうすればいいのだマルチェラ……!」


 なんと……!


 小国連合との国境をまたぐジオラーキー山は、大陸随一の過酷な雪山。まさに最強の城壁と言って良い。

 これを越えられる軍隊など存在しない……はずだったのだが、まさか万を超える兵を率いてジオラーキー山を乗り越えてくるとは。たいしたものだ。


「何も心配はいりませんよ陛下。――将軍たちを集めなさい。軍議を始めます」

「はっ!」


 神都ゾディンガルの兵力は6万だが、そのうち4万が遠征中なので、残る兵数は2万。

 少ないように思えるが、戦は基本守備側が超有利。攻撃側はその倍の兵が必用となるので、十分防衛可能だ。


 だが相手はジオラーキー山を越えて来た名将。

 しかも私が本気を出すこともないので、小国連合の勝利は十分にあり得る。




 会議室に将軍たちが集まった。


「詳しい状況を」

「はっ! 斥候の報告によりますと、現在小国連合軍1万5千がかなりの進軍速度で、ここ神都ゾディンガルに向かってきております!」


「到着予定は?」

「おそらく3日後とのことです!」


 うふふ、甘く見られたな。

 【統率】と【強行】LV7を持つお前なら、その半分ほどで来られるだろう?


「3日後だと!? 今すぐ神都に、各都市から兵を集めるのだ!」

「いや待て! これは陽動かもしれん! 手薄となった他の都市に攻め込むつもりなのかも!」

「ならば各都市から、直接小国連合軍に向け派兵すれば良い!」

「それよりまず、遠征中の4万の兵を戻さねば! 早馬を出せ!」

「最低でも10日はかかる! 絶対に間に合わんぞ!」


 会議は荒れに荒れる。

 神都ゾディンガルが直接狙われたことなど、これまで一度もなかったのだから当然だ。

 ジオラーキー山の鉄壁の守りに囲まれていたからな。



 ――さて、私ならどうするか?

 いくら【強行】スキルを持っているとはいえ、あの雪山を越えて来たばかり。兵はさぞかし消耗しているはず。叩くなら今だろう。

 万の兵を配備するには数日を要するが、数百の精鋭のみなら一瞬で終わる。

 精鋭数百騎のみで断続的なゲリラ戦を仕掛け、連中の足を止めるのが良い。

 その頃には本隊の配備が終わり、勝利が確定する。


 と、結論を出した私だが、それを口にすることはない。

 黙って、ひたすら会議を見守るのみ。


「そもそも3日では、まともな陣も築けん!」

「では籠城戦か!?」

「馬鹿者! 神都の城壁に傷がつけられるなど、絶対にあってはならぬ!」


 籠城戦は下策だ。

 彼は神都の防御力を熟知している。にもかかわらず、駐屯兵より少ない兵力で攻めてきたのだ。

 この城壁を突破する秘策を用意しているに違いない。


「籠城戦しかないと思います。ハトリア川の対岸で迎え撃つのが上策だとは思いますが、そんな時間はありませんし、籠城戦で時間を稼げば、周辺都市からの援軍と挟撃が可能です」


 が、私はあえて下策を提案する。

 理由はもう語る必要はあるまい。


「むう……やはりそれしかありませんかな……」

「ですな……」


 凡将どもめ。だからお前達は今回の遠征に参加できなかったのだぞ?


「ではそのように。遠征中の部隊にも早馬を出しておいてください」

「はっ! ただちにとりかかります!」



 城内がとてつもない殺気と緊張感に包まれ出したが、相変わらず私は優雅にワインを飲みながら蟻を見ている。


「うふふ……どちらの蟻が勝つでしょうか? 楽しみですね……」


 コンコン。

 ドアがノックされた。


「はい?」


 ドアが開けられ、近衛兵が入って来た。


「ご報告します! デーモンハント傭兵団が、殿下の親衛隊として馳せ参じたとのことです」

「はあ……?」


 傭兵ごときが、一国の摂政の親衛隊に……?

 金目当ての連中とは、こうも図々しいものなのか。


 でもまあ、肉壁としては使えるだろうから、良しとしようか。

 どうせ金を払うこともないしな。


「わかりました。お願いしますと伝えておいてください」

「はっ!」


 近衛兵が部屋を出て行くと、途端に私の心を悲しさと不安が覆いつくす。


「まただ……最近どうしてしまったのでしょう私は? ああ、早く滅びを見なくては、頭がおかしくなりそうです……!」


 こんな症状が出るのは、今回の生が初めてだ。


「これもすべてあの魔族(ウジ虫)どものせいです。あの鉄の棺に閉じ込められたせいで、私の心は……………………あれ? 私って、どうやってあそこから出たんでしたっけ?」


 うーん……ワインを飲み過ぎたか?


「えっと……ゾディンガル女学院に入って……魔術大学に……その前は……? あれれ……? ――ああ、そうそう! 娼館にいたんでしたね!」


 それから……?


 ええっと、確か……私は賢く魔法が使えたから、たまたま客として来た貴族の推薦を受けて入学した……んですよね?




 ポタッ……。


 ポタッ……。



「あ……」


 気付いたら、短刀で手首に傷をつけていた。

 何をやっているのだ私は。


「血が……そういえば今の私って子供産めるんでしょうか? 私の血が混じったら化け物になってしまうはず。うーん……もう男とは寝ない方がいいのかも……いや、一回実験してみますか?」


 こういう話をすると、ついつい最初の夫の顔が浮かび上がる。


「うふふ、ヤキモチやかないでくださいよ。今でも心から愛しているのはあなただけですから。――ね?」



 乙女の笑顔で、そう語りかけるインヴィアートゥ。

 だが彼女が語り掛ける先は、黒い蟻を噛み殺している赤い蟻。


 不死の女神は刻々と狂気を増し、破滅の魔女へと近づいている。


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