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第54話 帰郷

 何事もなくコセリア村に到着。

 私たちはわざと大きな音をたてながら、ヴォルヘルムの小屋の前へと向かう。


「全隊止まれ! ――四列横隊にて待機!」

「イエスマム!」


 どうだヴォルヘルム、私たちの気迫を感じただろう? 血が沸き立ってきただろう? ……だから弱々しい姿を私に見せてくれるな。


「ウルホとタンクレッドだけついてきてください」

「了解でさぁお嬢」

「イエスマム」


 いつもの二人を伴って、かつての我が家への前へ。


「マルチェラが戻りましたよ!」


 ヴォルヘルム……あなたが、この扉を開けにくることを願う。



 ギィッ……。

 建付けの悪いボロ扉がゆっくりと開いた。


「おう……久しぶりじゃねえか……」

「ヴォルヘルム……ええ……お久しぶりですね」


 扉を開けたのはヴォルヘルムだった。

 しかし彼は今、現団長であるレオパルドに肩を支えられている。



 もう自力では歩けないのだな……。

 何とも言えぬ悲しみが私の心を覆う。


「長旅で疲れました。イスに座らせてください」


 ヴォルヘルムのことだ。きっと強がって、このまま立ち話をしようとするはず。

 ここは気を遣い、私がイスに座りたいことにしよう。


「おう、座れ座れ」


 私たちはそれぞれ、足がガタガタのイスに座った。


 家も家具も、みんなヴォルヘルムが作ったものなので非常に出来が悪いのだ。

 だが私は、そんなこのボロ小屋を気に入っている。


「マルチェラ、神王陛下の側室になったんだってな」

「ええ。まあすぐに死んじゃったので、未亡人ではありますが」


「がははははは! お前が女王となる日はそう遠くないな。――俺はもう満足だ」

「何を言っているのです? まだ私の国となった訳ではないのですよ? 気が早すぎます」


「ふふっ……わりいが、もうそこまではもたねえよ……」

「なんて弱気なことを……! あなたらしくもない……!」


 そう檄を飛ばす私だが、内心では彼の言う通りだろうと思っている。


 ……腕が随分と細くなってしまった。

 前は丸太のように太かったのに。


「マルチェラ……ここからは本音で語るぞ。だからお前も真正面から受け止めてくれ」

「……分かりました」


「俺は生まれながらの戦士だ。死ぬときは戦って死にたい。願わくは、雑兵相手ではなく、優れた武人との戦いでな」


 ああ……やっぱりそう言うのだなお前は。

 そうじゃないかと思っていた……。


「それはつまり……」

「マルチェラ……俺との決闘を受けてくれ。これが俺の、最後の願いだ」


 私はこれまで、幾度もこのような決闘を受け、そして屠ってきた。

 つらいことではあったが、それが彼ら真の戦士に対する最大の敬意と感謝の示し方である以上、断ることはできなかったのだ。


 当然今回も受けるしかない。覚悟はとっくにできている。


「分かりました……それがあなたの望みだというのなら」

「よし……じゃあ表に出ようぜ。――レオ、俺の剣を取ってくれ」

「えっと……どれにされるでありますか?」


 ヴォルヘルムは武器マニアでもある。

 この小屋の壁には、彼の自慢のコレクションが所せましと飾られているのだ。


「そうだな……氷の剣がいい。ついでに盾もだ」


 氷の剣……? 確か片手剣だよな?

 そうか……もう漆黒の大剣は振れぬのか。


 レオパルドは、冷気を放つ魔法の片手剣と漆黒の小盾を手に取り、ヴォルヘルムに手渡した。


「よい……っしょっとお……!」


 彼はそれを杖変わりにし、つらそうに腰を上げる。


「……私は先に表に出ていますね」


 とてもじゃないが見ていられない。

 こんな有様では、もう農民にすら勝てまい……。


 だが、だからといって手を抜くことは絶対に許されぬのだ。

 それは真の戦士に対する最大の侮辱となる。



 家の外に出ると、団員たちが静かな目で私を見やる。


 これは最期を見届けようとする者たちの目だ……。

 全員、これから何が起きるのか理解しているのだろう。


「私の剣を……」

「はっ!」


 団員が手渡してきたのは、2本の曲刀。

 柄を合わせ、1本の両剣とする。



「おいしょぉ……! おいしょぉ……! わりぃ、またせたな!」

「……いえ」


 これほど無様な姿を晒そうとも、レオパルドたちの目は彼への敬意に満ちている。

 本当に素晴らしい傭兵団だ。


「お? 両剣か? 珍しい武器だな」

「友人の形見です」


「そうか……。だからそんなに暗い顔をしてるんだな」


 それだけではない。

 フアニーも、あなたも、もっと生きて欲しかった。

 いずれ別れの日が来るのだとしても。


「ヴォルヘルム。何か言い残すことはありますか?」

「おいおい、もう勝った気でいるのか? 随分と舐められたものだぜ」


 だって……あなたはもう……。


「ではないのですね?」

「いや、ある。俺が死んだら、この剣をジオラーキー山の山頂に返してくれ。そこにいる精霊から譲り受けたものなんだ」


 精霊だと……? それほどの剣だったのか。

 正直手放すのは惜しいが、彼の頼みというならば仕方あるまい。


「分かりました。他にはもうありませんか?」

「ああ……ない。――では元デーモンハント団長、ヴォルヘルム・ツィンスベルガー、いざ推して参る」


「元デーモンハント紋章官にして、神王ディマルカス・アラヌス第四夫人、マルチェラ・ツィンスベルガー、受けて立ちます」



 決闘が始まる。



 できれば彼の剣をあえて一太刀受けてあげたいが、それをすれば手加減したことが明白になってしまう。

 となれば、この戦い、ヴォルヘルムは剣を振るうことなく終わるだろう。



「ハイッ!」


 体を回転させながら、両剣を振るう。

 遠心力の乗った強力な一撃だ。


 ……ああ……ヴォルヘルムはまだ剣を振りかぶっている。

 このまま私の刃が彼を切り裂き終わるのか……。


「っしゃらあああああああああああ!」

「なにっ!?」


 ガキンッ!


 強烈な一撃……!

 私は吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。


 そんなまさか……!?


「がははははははははは! 油断してんじゃねえぞ、マルチェラ!」

「信じられない……芝居をしてたのですか……」


「すっかり騙されやがって! そんなんだから、国を滅ぼされんだぞ?」

「うふ……うふふふふ……参っちゃうなあ……本当、あなたって人は……」


 そうだ。彼は真の戦士。

 勝つためには何でもやる男なのだ。


「さあここからが本番だぜ!」

「ええ……! 行きますよ……!」


 私は両剣を構え、ヴォルヘルムに飛び込んだ。







 ――ジオラーキー山、山頂。


「さすがに寒いですね……」

「まったくでさあ、お嬢。鼻水が止まりやせん」

「お嬢……あれでは?」


「おや、いましたね。――おい、そこの精霊」

「……え? え? に、人間がこんなところに何の用です?」


「これを返しに来ました」

「これは……では、この剣の持ち主は……?」


「死にました」

「そうですか……わざわざ届けていただきありがとうございます。再び相応しい使い手が現れるまで、私が大事に守ります」


 こんな場所をわざわざ訪れる奴がいるのだろうか?

 いたとしたら、そうとうな変人に違いない。例えば、そう……私の最初の夫のような。




 氷の精霊と別れ、山を降りる。


「お嬢……旦那の願いを叶えていただきありがとうございやす」

「いえ……」


 ああ……私をもっともよく理解してくれていた男を失ってしまった。


 フアニーももういないし、私は孤独だ。


「う……う……」

「お嬢……」


 彼を斬った時は泣かなかったのに……。

 涙がどんどん溢れてくる。


「うううううううううう……! 寂しいよぉ……! みんな、私を置いていかないでぇぇぇ……!」

「大丈夫ですお嬢……お嬢には俺たちがついていやす」

「そうです! 俺たちはいつだってお嬢の味方です!」


 悲しい悲しい悲しい……。

 この悲しみを癒すには……そう……滅びしかない……。


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