第53話 ついにその日が……
ディマルカス神王とジルベルト第一王太子が消えた事で、バルチナ神王国の神王は当然第二王太子のヤコプとなる。
愚鈍という言葉がこれほど似合う奴はそういない。簡単に私の操り人形となることであろう。
しかし、周りの重臣たちは愚かではない。
あまり目立った動きをすれば、ヤコプをそそのかしていることが見抜かれてしまう。
ここはしばらく大人しくしているのが吉なのだが、なにせ私には時間がない。
「マルチェラ、一人で風呂に入っても退屈だ。お前も一緒に入れ」
「お風呂? うふ、私の裸を見たいのですか?」
ヤコプはしばしば私の部屋を訪れ、このようにエロいことをしようとする。
何度胸や尻を揉まれたことか。どうしようもないエロガキである。
「そ、そういうつもりではない! お前と親交を深めようと――」
「陛下にはラタシャ様という婚約者がおるではありませんか。人妻と親交を深めてはいけません」
今年いっぱいは喪に服す期間なので、それまで私はディマルカス神王の妻。
だがそれを過ぎたら、こいつは即私を側室にしようとするだろう。
「だ、だから、そういうつもりでは……! よ、よし! じゃあ縄跳びをしよう! 縄跳び!」
「縄跳び? うふふ、私の胸がバユンバユンと揺れる様を見たいのでしょう? いけませんよ?」
「ぐうぅ……!」
ヤコプのお付きが頭を抱えている。
これで神王の座が務まるのか、不安で仕方ないのだろう。
コンコンッ!
ドアが強めにノックされた。何か急ぎの用があるようである。
「どうしましたか?」
「マルチェラ殿下に謁見を希望する者が! お父上のことだそうです!」
ヴォルヘルムの……!
ついに来てしまったか……!
「今行きます! ――ヤコプ陛下、急用ができてしまったので、これにて失礼いたします」
「おう。すぐ戻って来いよ?」
ヤコプに一礼し、急ぎ来賓用の応接間へと向かう。
「マルチェラ殿下の御入室! 一同……礼!」
衛兵と客人が頭を下げる中、私は豪華なイスに座る。
「皆の者、面を上げよ」
一同が頭を上げた。
私の前に座る二人の男……とても懐かしい。
「お久しぶりですね。ウルホ、タンクレッド」
「まったくでさぁ。しかし立派になったもんですねお嬢――いや、マルチェラ殿下」
「うふ、お嬢でいいですよ。……ヴォルヘルムは……もう駄目なのですか?」
「……へい。治癒士の話では、もってあと三月だそうです」
「三月……」
くそっ……! どうやっても間に合わぬ……!
「お嬢、ヴォルヘルムの旦那が頼みたいことがあるそうでさぁ。あっしらと来ていただけやすか?」
「……もちろんです」
来たか……。死ぬ前の最後の頼みだ。
彼には数え切れぬほどの恩がある。断る訳にはいかない。
……例えそれがどんな願いだとしても。
「聞いていましたねお前達。私はこれから父の元へと参ります」
「はっ! 今すぐ馬車をご用意いたします!」
「お嬢、アクティノヴォローを連れて来ています」
アクティノヴォローとは私の愛馬。
白く輝く美しい馬だ。
「さすがはタンクレッド。気が利きますね。――という訳で馬車は必要ありません
」
「え? ――は、はっ!」
衛兵たちは今この瞬間、私が馬に乗れることを知ったのだろう。
若干の動揺が感じられる。
「では参りましょう」
「了解でさあお嬢」
「イエスマム」
ウルホとタンクレッドを従え、正門へと向かう
「あなたたちといると、なんだか戦場を思い出しますね」
「へい、あっしもです! お嬢の魔法弓の輝き、また見たいでさぁ!」
「ああ……あの頃の方が楽しかったな……」
「お嬢……」
大男どもに囲まれる毎日。
むさ苦しくはあったが、孤独ではなかった。
「殿下、こちらです!」
衛兵が声をかけてきた。
彼のすぐそばには3頭の馬が。
私は白馬の元へと駆けて行く。
「アクティノヴォロー、久しぶりですね! 元気にしていましたか?」
彼の首に抱き着くと、「当然だ」と言わんばかりに力強くいななく。
「初老の馬とは思えぬほどの精気。さすがは私の馬です。――しかもしっかりと馬鎧まで装備して、なんと勇ましいことか。ありがとうタンクレッド」
「恐れ入りますお嬢」
私の沈んだ気持ちを何とか上げようとしてくれているのだ。
その心遣いがひたすら嬉しい。
「これで私の鎧もあれば良かったのですが、まあさすがにね」
「用意しておりますお嬢。――ぜんたぁぁぁい! きりぃぃぃぃぃつ!」
草むらから、ぬっと漆黒の鎧を身にまとった男たちが現れた。
彼らが潜伏していることを知らない衛兵は、思わず尻もちをついてしまう。
「相変わらず重装鎧を身に着けているとは思えない隠密性……! デーモンハントは落ちていませんね……!」
まさか団員全員で迎えに来るとは……!
いや、そうだよな……! ヴォルヘルムの最期を飾るには当然そうでなくては……!
「その言葉、ぜひ直接団長に聞かせてやってくだせえ。――お嬢の鎧を持って来い!」
「あら、レオパルドはいないのですか?」
「団長はヴォルヘルムの旦那のとこでさぁ」
それはまあそうか。
急に症状が悪化し、死に至ることもある。
ヴォルヘルムの最後の言葉を聞く者が、そばにいなくてはならない。
私はドレスの裾を破り捨て、ミスリル製の軽装鎧を装着した。
「やはり私は、ドレスより鎧の方が似合う。そう思いませんか?」
「へい。まさに戦女神のごとしでさぁ」
別にウルホは、私をインヴィアートゥと知って、そう言ったわけではない。
私の正体を知る者はヴォルヘルムただ一人だけだ。
私は愛馬に跨り、片腕を挙げた。
「全隊、二列縦隊! 目標地点、神王国領コセリア村! ――いざ出発!」
「おおおおおおおおおお!」




