第51話 不死の女王が選びし男
もう、我が影はマルチェラを始末しただろうか?
殺すには惜しい人材ではあるが、余にあの女は飼いならせぬ。
ここで消えてもらう方が為である。
「ジルベルトよ、あの世でマルチェラと幸せに暮らすが良い……大陸を統一した後には、余もそこへと行くことになるだろう」
そう述べてから、余は治療室を立ち去ろうとする。
「――いえ、今いくのです父上」
ズンッ……。
背中に何か熱いものを感じる。
「がっ……」
私はゆっくりと後ろを振り返る。
「なっ……なぜっ……」
死んだはずのジルベルトが、短剣を余の背中に突き立てていた。
刃は心臓に達していることだろう。
「仮死剤を使いました。あなたの負けです父上。彼女は私を裏切っていない……」
「なんだと……あの……女狐め……」
目の前が暗くなっていく。
ここで終わり――か――
* * *
父上の亡骸を茫然と見ていると、黒いドレスを着た妖艶なマルチェラがやって来た。
「うまくいったようですね殿下」
「マルチェラ……!」
「きゃっ――んっ……」
彼女を強く抱きしめ、唇を奪う。
これで彼女は私のものだ……!
「もう放さないぞマルチェラ……!」
彼女を治療用ベッドに押し倒す。
「で、殿下、もう少しだけ辛抱していただけませんか? まだ急ぎやらねばならぬことがありますので……」
「む……そうでしたね……」
本能に従いたい衝動をなんとか理性で抑え込み、彼女を抱き起こす。
「ありがとうございます。それと……殿下を騙してしまい、本当に申し訳ありません」
マルチェラの目が赤い。
私を騙したことに罪悪感を抱き、泣いてしまったのか。
なんと健気で愛らしいのだ。
「いえ、事前に計画を知らされていたら、きっと不自然さが出てしまっていたと思います。敵を騙すには、まずは味方からとも言いますし、あなたは最善の選択をしたと思いますよ」
彼女をフォローする目的もなくはないが、正直なところこれが素直な気持ちである。
彼女が危険を冒したことについても、もう不問としよう。
終わりよければすべてよし。彼女はそれだけ私のことを想ってくれていた。それでいいじゃないか。
「そう言っていただけると救われます」
ベランダから落ち、死を確信した瞬間、ふわりと落下速度が落ち、ケガ一つなく地面に着地した。
彼女が<浮遊>の魔法をかけてくれたのだ。
そして落ちた先には、一通の手紙と、一つの小瓶が置いてあった。
私はすぐに手紙の内容を確認する。
1、その小瓶には仮死剤が入っているので、これを飲んで神王陛下の目を欺いてください。
仮死状態は時間経過で自然に回復しますので、私が頃合いを見計らって、治癒士に死亡判断を下させます。
2、殿下を始末したと勘違いした神王陛下は、きっと私のことも始末しようとするでしょう。
影を差し向けてくるはずです。その間、陛下は無防備になります。
3、私は影を、殿下は神王陛下を討ち取ります。不意打ちになるでしょうから、殿下の勝利は確実です。
彼女の指示通りに仮死剤を内服し、あとは御覧の通り。
そして次は――
4、囚人を脱走させ、彼らが陛下を殺害したように偽装します。
現状私は、神王を討った逆賊でしかない。玉座につくどころか処刑台行きである。
父上を殺した犯人をでっちあげる必要があるのだ。
しかし……。
「監獄の警備は厳重。一筋縄ではいかないでしょう。何か手が?」
「大泥棒ペドロ・ガルボを買収いたしました。脱走を助ける代わりに、他の囚人も逃すようにと。――今頃彼は、私が与えたロックピックを使って牢を脱出しているはずです」
「なんという見事な手腕……さすがですね」
正直恐ろしさすら感じる。
だがそれがまた彼女の魅力でもある。
「恐れ入ります。――殿下、申し訳ありませんがもうしばらく寝ていていただけますか? あなたはまだ死んでいる身なのですから」
「そうでしたね」
私はベッドに横になり、目を瞑る。
5、すべてが終わった後、殿下は奇跡的に目を覚まします。
少々強引ではあるが、致し方ないだろう。
実際に、死んだと思った者が蘇生した例は確認されているしな。
「ではまたお会いしましょう殿下。脱走劇の終結後、治癒士を連れてまいります」
「マルチェラ、何もかもを任せてしまい申し訳ありません」
「とんでもありません。殿下のために働けることが、今の私の生き甲斐なのです」
「そうか……それは良かった」
彼女に、新しい生きる目的を与えてあげられることができたのだな、私は。
一人の男として、これほど誇らしいことはない。
より一層、彼女を幸福にできるよう精進しよう。
「それでは行って参ります」
「成功と無事を祈っています」
マルチェラが去って行った。
「もうすぐ……もうすぐ私が王に……!」
必ず平和な世界を築き上げてみせる!
それからしばらくすると、男たちの怒号が響き渡って来た。
脱走した囚人と、衛兵との戦闘が開始されたようである。
「許せ。お前たちの死……無駄にはせぬぞ……」
必要な犠牲だ。彼らの死は私が背負おう。
ガチャガチャガチャッ!
衛兵たちが城内を駆けまわっているのが分かる。
そろそろここにもやって来るはずだ。
「――あれは!?」
来た。
「そんな……陛下! 陛下ァ!」
「治癒士を呼べえ!」
「緊急事態発令だ! 賊を逃がすなあ!」
城内はさらに混乱し始め、怒号がさらに大きくなる。
そんななか、治癒士たちが大慌てで駆けつけてきた。
「こ……これは……」
「どうした! 早く治療をせぬか!」
治癒士たちは、短剣が心臓まで達していることをすぐ悟ったようだが、何もやらない訳にはいかないのだろう。
<快癒>や最高級の傷薬、強壮剤などを使って治療を始めたが、それはすぐに打ち切られた。
「申し訳ありません……刃が心臓を貫いているため、手の施しようがありませぬ……」
「なんということだ……ジルベルト殿下に続き、神王陛下まで……」
茫然と立ち尽くす衛兵たち。
「いったい誰が……!?」
「小国連合の暗殺者に決まっている! 奴らめ……! 絶対に許さん!」
何を言っている?
どう考えても、まず浮かび上がるのは脱走した囚人だろうに。
――カッカッカッカッカッ!
複数人の者が近づいて来るのが聞こえてきた。
マルチェラが治癒士たちを連れて来たのか?
まだ王宮内は大混乱にある。来るには早すぎると思うが。
「兄上えぇぇ……!」
ん? この声は?
「兄上、起きているのは分かっているぞ!」
我が異母弟、ヤコプの声!? どういうことだ!?
確認したいが、話かける訳にはいかない。
すべてが水の泡となってしまう。
「近衛兵、剣を貸せ! 確かめてやる!」
「はっ……!」
なんだと!? 本気か!?
――剣が抜かれる音がし、誰かがこちらに近づいてくるのがを感じる。
そして胸にチクりと痛みが差した。
――いかん、刺される……!
「やめろ!」
「ははは、やはり寝たふりだったか! それにしても、よくもやってくれたなあ兄上ぇ!」
「どういうことだヤコプ!?」
「どういうことだって!? 父上を殺しておきながら、よくそんなことが言えるなあ! 近衛兵、この逆賊を捕まえろ!」
「はっ!」
「やめろ貴様ら! 私はやっていない!」
「往生際が悪いぞ兄上! 潔くお縄につくのだ!」
「ちくしょう! どうなっているんだあああ!」
こうして私は近衛兵たちに囚われたのである。




