第47話 ジルベルトの思惑
後日、王子はまた私を訪ねてきた。
仕事の相談という名目で。――ふふっ。
「我が国の財政状況を改善するにはどうすれば良いと思いますか? ツィンスベルガー女史」
「……そうですね……ここだけのお話にしていただけますか?」
こう述べることで、彼への信頼を示すことができ、何より秘密の共有は親密度を大きく上昇させる。
私はこれで何人もの男を篭絡させてきた。
「もちろんです。他言は絶対にいたしません」
王子の微笑みは偽りではなさそうだ。
よしよし。
「やはり軍事費が肥大し過ぎかと。領土拡大はここまでとし、内政に力を注ぐべきでしょう」
「おお、実は私もそう思っているのです。父上にも何度かそう進言したのですが……」
現神王ディマルカス・アラヌスは、わずか1代で4つもの小国を征服した。
その手腕は見事としか言いようがなく、まさに傑物と呼ぶに相応しい。
だが、あまりにも領土拡大が早すぎると、今度は内政が追い付かなくなってしまう。
征服戦争はここで終結とし、小国連合と和平を結ぶのが定石なのだが、なんと彼は、先日小国連合から派遣された和平の使者をあっさり切り捨てた。
まだまだ領土を広げるつもりなのだろう。
征服王と称えられるディマルカス王だが、影では狂王とも呼ばれている。
「陛下の領土拡大への意思は相当なものなのですね」
「父上は……憑りつかれているのです……」
「憑りつかれている……?」
「一刻も早く、この戦乱の世を終わらせたい。その望みに憑りつかれています」
大陸を統一することで平和を築く。
私と一緒だな……。
私も憑りつかれていると言われていたのだろうか?
「その考え自体は間違っていないと思います」
「はい。私もそこは同感なのです。……しかし、最近の父上は焦りからか、現実が見えなくなっています」
ああ、耳が痛い。
私も同じ過ちを犯し、国を傾けてしまったことがある。
年をとり、残された時間が少なくなってくると、そうなってしまうのだ。
不死身の私ですらそうなのだから、定命の者であるディマルカス神王ではなおさらだろう。
「なるほど……では陛下には退位していただいた方がよろしいということですね?」
これこそが王子の求めている答えのはず。
「その通りです……!」
よくぞ言ってくれたとでも言うような表情を王子は見せたが、小さく咳払いをすると、声のトーンを一段低くする。
「誤解の無いよう言っておきますが、私は父上を尊敬しています。ただ、父上の方針が神王国の現状に合わなくなったというだけのことです」
「ご心配なく。よく理解しております」
嘘ではないだろう。
彼の表情から、それがはっきりと分かる。
「ありがとうございます。……しかし実際問題、父上には早々に退位していただかなければ、この国の未来は危うい。病や老いを待っている時間はありません」
だとしたら、方法はもう一つしかないではないか。
「暗殺……でございますか?」
「悲しいことですが、それしかありません……」
王子は残念そうな表情を見せる。
「ならば、あのジェルマンという影の者に命じては? かなりの手練れのようですが?」
「父上のそばには、ジェルマンを超える影がついています。しかもどんな人物なのかも不明です」
ほう、そうなのか。
では一筋縄ではいきそうにないな。
「ではまず、その影の者がどれほどの者かを鑑定する必要がありますね」
「はい。しかし私の陣営で、高度な鑑定スキルを持っている者はジェルマンのみ。影の者である彼は、父上に近づくことを許されていません」
これはまたとないチャンス。
王子の後ろ盾を得た状態で、ディマルカス神王を始末できるのだ。
しかもその後、神王国に混乱が訪れるのは必至。その混乱に乗じ、王族一同皆殺しにできるかもしれぬ。
「殿下。実は私、鑑定LV9も会得しています」
鑑定LV9を持っている者は、国営オークションハウスの支配人くらいしかいない。
普通は驚くはずだが、王子は静かにうなずくだけだ。
「……やはり。そうでないかと思っていました。だからこそ、あなたを部屋に呼んだのです」
なるほど。
王子は自分の陣営に引き込むために、私を呼んだのか。神王の影を鑑定させるために。
断れば、その場で処刑だったのだろうな。
まあその前に、彼が私に一目ぼれしてしまったので、少々話の順序が変わったと。そういうことか。
「であれば、殿下の計画通りとなりますね。私に任せていただけますか?」
「……正直、今、とても迷っています」
うふふ、可愛い奴め。
そんなに私のことを想ってくれているのか。
「なぜですか?」
「あなたを危険な目にはあわせたくない」
うふふふふ。
男としてはそれでいいが、王としては失格だ坊や。
大陸の覇者となりたいのなら、もっと女を雑に扱え。ばんばん死なせていい。それくらいでないと、すぐに重圧に押し潰されるぞ。
「お願いです……! 殿下のために命を賭けさせてください……!」
「いや、しかし……」
「無茶は決していたしません……!」
「ううむ……少々時間をいただいても? じっくりと考えたいのです」
「いかほど待てばよろしいでしょうか?」
「半月……いえ、一月ほどいただけないでしょうか?」
甘いわ!
この程度即決できなければ、王など務まらぬぞ!
一人の女ごときに執着するな!
「かしこまりました。では殿下の決断を待っております」
嘘である。
私には時間がない。こちらで勝手に動くからな?
「申し訳ありません。いつもなら簡単に決断できるのですが……」
「いえ。正直とても嬉しいです……今まで私をこんなに大切に扱ってくれた方はおりませんでしたので……」
儚げな表情(芝居)。
「女史……」
王子が私を優しく抱きしめ、髪を撫でる。
どうする? その先もいくのか?
幸い周りには誰もいないぞ?
「大丈夫……これからは幸福な人生を歩めるはずです」
そう言って彼は私から離れた。
ほう……随分と紳士的ではないか。
あれか。好きすぎて、逆に手を出しづらくなったか。
つくづく可愛い坊やだ。
「それではまた会いましょう」
「はい。楽しみに待っております」
王子が去ったので、私はフアニーの部屋へと向かう。
その途中、お供を何人か引き連れ、肩に小猿を乗せた小太りの少年が目に入った。
「――あれは」
私は頭を深々と下げ、彼とその一団が通り過ぎるのを待つ。
「ん? そこの女官、頭を上げろ」
小太りの少年の命令に従い顔をあげると、彼の視線が私の顔、胸、尻へと移っていくのが分かった。
「へー……お前の名は?」
「主計官、マルチェラ・ツィンスベルガーと申します。どうかお見知りおきくださいませ。ヤコプ王太子殿下」
この見るからに駄目そうな王子は、ジルベルト王子の異母弟である。
母親が違うだけで、こうまで見た目に差が出るとは。王としての資質もジルベルトより明らかに劣っており、なんとも残酷な話である。
ちなみにジルベルトは正室の子であり、王位継承権第一位の第一王子。
こいつは側室の子で、王位継承権第二位の第二王子だ。
これが逆だったら、悲惨だっただろうな。
「うむ、マルチェラだな。しかと憶えたぞ」
ヤコプ王子の視線は私の谷間に釘付けだ。
じろじろ見るなエロガキめ。
これはお前のためでなく、ジルベルトを落とすために用意したものなのだぞ。
私の胸は元々大きいが、下着で寄せてあげているのでさらに男を惹きつける。
いつの時代も、多くの男は大きい胸を好むものだ。
私はエロガキ王子を見送り、フアニーの部屋を訪ねる。
「お邪魔しますよフアニー」
「もお、急に来ないでよ! 部屋散らかってるのに!」
「うふふ、ごめんなさい。どうしてもあなたに頼み――って、え? 何ですか……それ……」
机の上に置かれたガラス瓶には、土が4分の3くらい入っている。
何だこいつ。土マニアか?
「ああ、これね。蟻を飼ってみたんだよ」
「蟻……ですか……?」
相変らず、なんと根暗な女だ。
「見てるとけっこう面白いよ。どんどん色んな部屋ができていくの」
「フアニー……そんなんだから、21にもなって未だ独り身なのですよ?」
「うるせー! 私が結婚する訳ないでしょ!」
フアニーの見た目は中の上、中身も平凡だが、一応子爵令嬢だ。
縁談がまったくなかった訳ではないが、彼女は同性愛者なので、何かと理由をつけて断っていた。
そのせいで、ここ最近毎月のように両親から「子を残すことこそが女の仕事だ」といった手紙が届けられるらしく、どこかカリカリとしているように感じる。
蟻なんかを飼いだしたのも、そのせいなのかもしれない。
私は蟻の入ったガラス瓶を一つ手に取り、しみじみと眺める。
「うーん……」
「ほら見て! ここが女王アリの部屋! ここは食料貯蔵庫!」
全然面白いとは思えない。
私は他の瓶を手に取る。
「こっちは別の種類の蟻なのですね。一緒にしたらどうなるのですか?」
「駄目だよ! 殺し合いになっちゃうから!」
「へー……」
そっちの方が面白そうな気がするが。
「なんだか興味ありそうじゃん! じゃあこれとこれあげるよ!」
「ええぇ……」
無理矢理蟻の入ったビンを二つ渡される。
「――ところでフアニー、何か面白い噂はありますか?」
「あるよ! 大泥棒ペドロ・カルボがついに捕まったんだって!」
「それくらいはさすがに知っています」
卓越した隠密スキルと解錠スキルを持つ小男だ。
盗人の頂点となるために、ここラクシアンパレスの宝物庫を狙ったそうだが、影の者に見つかり、あえなく御用となったらしい。
「じゃあ盗みつながりで――この前、女子風呂で下着の盗難騒ぎがあったでしょ?」
「ああ、はいはい。あなたの使い古した下着だけ盗まれなかったという、あの事件ですね」
「うっ、そうそう。多分ババアのものだと思われたんだと思う。――そんなことはいいの! 実はね、その犯人……ヤコプ王子らしいんだよね。召使が王子の部屋で汚れた女性用下着をいくつも発見したんだって」
「うふふふふ、それは面白いですね。確かにあのエロガキならやりかねません。――じゃあそれと合わせて、こんな噂も流してもらえますか?」
「え? なになに?」
私はフアニーの耳に口を近付ける。
「――え!? それはやばいよ!」
「いいからいいから」
「えー!? どうなっても知らないよ!?」
後日、私はジルベルト王子の妃、ルーシーに呼び出された。
 





