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第46話 チョロ坊

「どうぞそこへ腰掛けてください」

「失礼いたします」


 私が着席すると、彼も対面の席へとつく。

 その動きは実に優雅だ。



 パチンッ!

 王子が指を鳴らすと、部屋の奥から老紳士が現れた。

 手にはティーセットを持っている。


「失礼いたします」


 老紳士が私たちに茶をつぐ。


 この身のこなし、ただものではないな。私には分かるぞ。

 一見執事のように見えるが、おそらく影の者と呼ばれる諜報員の精鋭だ。



「……素晴らしい。すぐにジェルマンの正体に気付きましたね?」


 微笑む王子だが、その眼の奥には何か冷たいものを感じる。


 ……この男、まさか心が読めるのか?

 私のように神から特別な力を与えられたとかか? ありえなくはない。


「ふふっ、心など読めませんよ。幼少の頃より他人の顔色をうかがうばかりの人生を送ってきただけのことです」

「……殿下の鋭さには感服いたしました」


「いえいえ、ただの哀れな男です。――しかし、さすがは傭兵団育ちですね。やはり手練れの者は分かりますか?」


 私にそういう目が備わっていることを見抜かれてしまった。

 ならば、下手に嘘をつくのはよろしくない。


「はい、なんとなく。常に猛者たちに囲まれていたものですから」

「あなたもその猛者の一人なのでは?」


 おっと……まさかそこまで調べられている?

 いや、まさかな……。


「いえ、私はただのマスコットです。一応紋章官という肩書を与えられてはいましたが、実際のところ満足に槍を振ることすらできません」


 後の学院入りや王宮入りに備えて、戦場で目立つことは避け、隠密からの狙撃や破壊工作に専念していた。

 団員以外で、私が暴れ回っている姿を見た者はいないはず。――なのだが。


「ふーむ……そうですか……。では一つ尋ねても? ここにいるジェルマンが魔法弓を巧みに操るデーモンハント団員の姿を確認しているのですが、それは誰なのですか? ミスリル製の軽装鎧を纏っていたそうですが」

「仮面をつけていたので顔は分かりませんでしたが、子供のように小柄な方でしたな」


 デーモンハントは皆大柄な者のみ。小柄なのは私だけだ。

 こいつら、私の正体を知っているな。

 そして、そのうえで呼んだということは……これはまずいかもしれん……。


「……申し訳ありません。それは私です。私は武術と魔術双方に精通しています」

「それは素晴らしい。どこでその技術を?」


 彼が私を抱く気でないことはとっくに理解できている。

 これは明らかに尋問だ。


「武術は父であるヴォルヘルム元団長に。魔術は彼が雇った家庭教師に」

「わずか9歳で魔法弓を扱えるまでに指導した、その素晴らしき家庭教師の名を教えていただいても?」


「ヘデオン・シリングスという上級魔術師です」

「ヘデオン……シリングス……?」

「“元”魔術師大学の風魔法科助教授ですな。天候操作魔法の実験に失敗し、大学より除名処分を受けております」


「その通りです。彼は金に困っていたので快く引き受けてくれました」

「なるほど。どうやら魔術大学は優秀な講師を手放してしまったようですね」


 ふう……こんなこともあろうかと、奴を雇っておいて正解だった。

 年齢の割に高い魔力を持っていることのアリバイ工作が必用になるかもしれないと思ったのだ。



 ……しかし困ったな。

 天井裏に、影の者たちが5人忍んでいるぞ。

 ジェルマンという老紳士が合図を出した途端、襲い掛かって来るのだろう。


 丸腰とはいえ負けることはないだろうが、戦いになればすべてが台無し。

 一からやりなおす時間が残されていない以上、それだけは絶対に避けねばならない。


「殿下。ツィンスベルガー女史は影たちに気付いております。ふーむ……しかし、これはおかしいですなあ。私の鑑定によれば、彼女の探知LVは4しかありませぬ。この程度では影の存在には気付かぬはずなのですが……? これはいったいどういうことでしょうな? ほっほっほっ」


 ちっ、しくじったか。

 隠蔽スキルでステータスを書き換えるのはかなりの面倒。時にこういう抜けが起きてしまう。


「ジェルマンの鑑定LVは7。つまりあなたはLV7以上の隠蔽スキルを持っているということになります。……実際のところ、いくつなのですか? あなたの探知と隠蔽LVは?」

「……ともに9でございます」


「ほう……それは素晴らしい」


 王子がジェルマンにうなずく。


「ツィンスベルガー女史。あなたと同じ眼をした女たちを、私はこの王宮で何人も見てきました。皆、あなたのように成績優秀で容姿の優れた女官だったのを覚えています」

「……過去形なのですね」


「はい、すでにこの世にはおりませんので。彼女たちは小国連合が送り込んできた暗殺者だったため、始末されました。ここにいるジェルマンと、そして父上の影の者に」

「私は暗殺者などではありません」


「だがあなたの目の奥には、神王国への憎悪が宿っています」


 そうか……そこまで読まれているのだな……。

 ならばそれに沿った方がいいだろう。


 私の殺意を見破っていながら、王子は未だ処刑命令を出していない。

 おそらくまだ私に何か用があるのだ。それを上手く探って、状況を打開してやる。


「……白状します。確かに私は神王国王族の暗殺を目論んでいます。しかし小国連合の者ではありません。個人的な復讐のためです」

「ほう……詳しく聞かせていただいても?」


「よくある話です。神王国兵に家と畑を焼かれたせいで、私たち一家は戦場泥棒とならざるを得ませんでした。そして結局、レ=ペリザ天平国の巡視部隊に見つかり、私以外の全員はその場で処刑。私は奴隷として娼館に売られました。その時私は、まだわずか4歳でした」


 バレにくい嘘とは、事実と嘘を織り交ぜること。

 これはさすがに見抜けまい。


「娼館……ですか……」


 王子の顔が曇った。

 ここぞとばかりに私は一筋の涙を垂らす。


「初めての男は肉屋の店主でした……血と臓物の臭いが入り混じり、吐きそうになったのを憶えています。その次は娼館の主であった司教です。奴は私に修道服を着せ――」


 王子が私の肩に手を置く。


「つらいことをお聞きしてしまい申し訳ありません……ここまでにしましょう」

「殿下には全部聞いていただきたいのです。私のことをもっと知って欲しい」


 私は目をうるうるさせながら、彼の目を見つめる。


「……分かりました。聞かせて欲しいと頼んだのは、紛れもなくこの私。自分の発言には責任を持ちます。最後まで聞かせてください」

「ありがとうございます」


 私は自分の体験をベースに、悲惨な娼婦の話を即興で作り、涙ながらに延々と語る。


 中でも、8歳の時に妊娠。堕胎薬を飲まされそうになったので脱走したが、あっさり捕まってしまい、両脚の腱を切られ、家畜以下の扱いとなった話は逸品だ。

 我ながら、よくこんな話を即興で作れたものだと感心する。


「――ヴォルヘルムが娼館を襲撃したことで、私はようやく自由の身となれたのです」

「なんという過酷さ……あまりにも残酷すぎる……幼い少女が背負って良い運命ではない……」


 王子はハンカチでそっと私の涙をぬぐった。


「ありがとうございます……。天平国に対し激しい恨みを持っていた私は、喜んでデーモンハントに入団しました。そして人一倍努力し、紋章官となったのです」

「そして天平国が滅んだことで、その恨みは神王国へと移ったという訳ですね?」


「左様でございます。――これで私の話は終わりです。最後まで聞いていただき、心より感謝いたします」

「……いえ、こちらこそ。よくぞ聞かせてくれました」


「なんだかすっきりしました。――さあ、どうぞ私をお殺しください。私の生きる目的は、神王国の王族をこの手で殺すことのみ。それが叶わぬとなった今、もはや生きる意味はありません」


 私は王子の前で両ひざをついた。



 どうだ王子?

 こんな可哀そうな女を殺せるか?

 しかも、お前だけには心を開いたのだぞ?

 手を差し伸べてやりたくなるだろう? 抱きしめてやりたくなるだろう?



「……ツィンスベルガー女史、もう一つ私の頼みを聞いていただけませんか?」


 お、来た来た!


「なんなりと」

「神王国への憎しみはいったん忘れ、どうか私についてきていただけないでしょうか?」


「え……? どういうことでしょうか?」

「あなたに新しい生き甲斐を授けたいのです。復讐などよりもずっと素晴らしいものを」


「……ありがたきお言葉。ですが、そんなものが私に見つかるとは思えません」

「いえ、あなたを心から愛してくれる者が現れた時、きっと見つかるはずです」


 私は寂しそうな笑みを浮かべる。


「こんな、心も体も穢れきった女を愛せるものなど現れるはずがありません」

「そんなことはありません」


「では殿下、あなたは愛せますか? 何百という男に抱かれてきた汚い私を?」

「もちろんです」


 彼は優しく私を抱きしめた。


 ふふっ、可愛い坊やめ。相当私が好みのようだ。

 お前のような優しく正義感の強い男は、不幸で大人しそうな女が好きだものなあ?


 ほら見ろ、最初見せていたあの鋭い目が、すっかり消え失せているぞ?


 王族・貴族あるあるだ。

 自由恋愛が許されない彼らは恋愛経験が未熟なため、悪い女にすぐ引っ掛かってしまう。どんなに賢い者でもこれは一緒。恋は盲目というやつだな。


「殿下……」

「ほら、現にあなたはもう私を殺そうとしていないではないですか。その隙はいくらでもあったのに。心の奥底では普通の女として生きたいと思っているのですよ」


「あ……」


 王子の腰には短刀が差さっている。

 それを抜けば彼を刺し殺すことが可能だ。


 それを分かっているジェルマンは、さきほどから黙ってはいるものの臨戦態勢をとっている。

 無論それらをすべて理解しているうえで、私は何もしていない。


「もう一度尋ねます。私を信じ、ついてきていただけますか?」

「はい……どこまでもついていきます……」


 王子が強く私を抱きしめる。

 この感じ、ジェルマンがいなければキスされながらベッドに押し倒されていたかな?


 うふふ。見た目とは正反対で、なかなか情熱的な坊やではないか。

 正直嫌いではないぞ。男はそれくらいでいい。


「コホンッ」


 ジェルマンがわざとらしい咳をすると、王子はばつが悪そうに私を放す。

 だがもう遅い。彼はすでに、ジョロウグモの巣に絡めとられている。


「……ありがとうございますツィンスベルガー女史。必ずあなたを幸せにしてみせます」

「そのように言っていただけただけで、私はもう十分幸せです。もう何もいりません」


 謙虚で慎ましい女を嫌いな男はいない。

 どんどん私を好きになるが良い。うふふ。


「殿下、そろそろお時間です」

「くっ、そうか。――申し訳ありません、ツィンスベルガー女史、これからまた人と会わねばならなくて……」

「かしこまりました。それでは急ぎ失礼いたします。本日はお招きいただき、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げ、王子の部屋を出る。


 そして自室へと戻る途中、王子の妃であるルーシーとすれ違った。

 私は深々と頭を下げ、黙って彼女を見送る。



 ――ああ。王子がこれから会う者とは、ルーシー妃のことだったのか。



「うふふ。王子め、ルーシーの名を伏せるとは可愛い坊やだ」


 女の前で、他の女の話をするのは厳禁。

 これは今も昔も変わらぬ。私に気がある証拠だ。


「大人の女の魅力をもっと味わせてやる。楽しみにしておるがよい。うふふふふ!」


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