第44話 タイムリミット
面倒な連中を排除した私は、3年間の平和な学院生活を終え、卒業式の日を迎える。
「ふあ~……」
目を覚ますと、隣には裸のフアニーが。
――まあ、そういうことだ。
不死身といえども所詮は一人の人間。人のぬくもりが恋しくなる時もある。
そしてそれは別に男でなくても良い。
卒業式では、首席である私が生徒代表として挨拶をおこなうと、教師、生徒のほとんどが敬意のこもった拍手を私に送った。
この学院に私の敵はもういない。
そういう奴はこの学院を去ってもらったからな。
「寂しくなるねマルチェラ……」
「また4年後会えますよ」
私たちは別れのキスをし、それぞれの馬車に乗り込む。
フアニーは中級女官としての就職が決まったので、王宮へ。
見た目は普通、成績は中の下、爵位は下である彼女からすれば、決して悪くない結果だ。
そして私は王立魔術大学へと向かう。
王宮魔術師を目指すため、ここからさらに4年学ぶのだ。
私としてはさっさと王宮入りしたいところではあるが、なにせまだ12歳。さすがに城勤めは認められない年齢である。
どうせ足踏みするのなら、何か得るものがあった方が良い。
さらに上のキャリアを目指せる学歴と、最新の魔術を手に入れることにしたという訳だ。
マナー、歌、踊りなど、私にとってどうでもいいものしか教わらなかった女学院に比べ、魔術大学の講義は実に有意義であった。
特に魔族の使う<闇罠>を元に開発された、各属性の罠魔法はかなり使い勝手がいい。
戦いの幅が大きく広がることだろう。
生徒たちも、女学院の女どもよりはるかに付き合いやすい連中だった。
彼らはいわゆる魔法オタクで、出世にはまったく興味を示さなく、足を引っ張ってくることがない。
純粋に魔術の研鑽のみを目指す、真の魔術師だ。
私は裏の無い人間が好きなので、彼らとは良好な関係を築くことができた。
私の子孫でもあるしな。
だが残念なことに、私同様、出世のために大学に入った連中もおり、嫌がらせを受けたこともある。
子供のしつけは親がしなくてはならぬ。そういう奴には、きついお仕置きをお見舞いしてやった。
そんなこんなで2年が過ぎた頃、私の元に客人が訪れたのである。
受付から呼び出された私は大学のロビーへと向かった。
「お久しぶりですお嬢」
ソファーで私を待っていた一人の男。
彼は魔術大学にまったく相応しくないいで立ちをしているため、通りがかる生徒たちから好奇と畏怖が入り混じった目で見られていた。
「……レオパルド。ただでさえ馬鹿でかいのに、そんな鎧を着ていたら余計に目立つでしょう。常識がないのですかあなたは?」
「申し訳ありません」
なんだこの真剣な眼差しは……?
いつもの彼なら「さーせん! これしか着るもんがないもんで!」とか言っているはずだ。
「……何かありましたか?」
「はい。ヴォルヘルムの旦那が、衰死病を患いました」
「そんな……」
衰死病とは、どんどんと体が衰弱していく病気で、発症後2~3年で死に至る。
治療方法が未だ確立されていない不治の病で、この私でも治すことはできない。
「最高の治癒士を雇いましたが、効果はあまりありません。やはり余命2~3年だそうです……」
「そう……ですか……」
私が大学を卒業するくらいには死んでしまうではないか……!
「金に糸目はつけなくて結構です。ありったけの錬金素材を用意してください。大学で新薬の開発をおこないます」
「かしこまりました」
なんとしてでも、彼に私が再び女王となった姿を見せてやらなくていけない……!
少しでも進行を遅らせなくては……!
こうして私は魔術研究から錬金学へと専攻科目を変え、研究に打ち込んだ。
毎日毎日ひたすら実験である。
私は怒りのこもったひとりごとをつぶやきながら、フラスコに入った薬剤を混ぜ合わせる。
「くそっ……! あのクソメスゴリラめ! あいつのせいでヴォルヘルムは弱ってしまったのだ……!」
病は気からは事実である。
大きなショックを受けた人間は、その後ころりと死ぬことが多い。
「ああああああ……! 予定がすべて狂ったぞ! ちくしょう! ぶっ殺してやる!」
実験に失敗した苛つきもあり、フラスコを壁に叩きつける。
王宮入りを果たしたのち、数年かけてじっくりと信頼を築き、徐々に王族との距離を縮めていくつもりだった。
だがこうなってしまっては、そんな時間はない。
王宮入り後、即、王族を抹殺し、国を奪う必要がある。
「そんなことができるか……! ディマルカス神王は無能ではない! 大胆な行動をとれば、即座に対応される! おのれ、どうしろというのだ……!?」
毎日毎日、同じような怒りの言葉を吐き、3つの月が過ぎた頃、ようやく試作第一号が完成した。
「一日二回、必ず食後に飲むようにしてください」
「了解ですお嬢」
「……正直、効果はあまり期待できません。飲まないよりはマシという程度です。それでもどうか、きちんと飲ませてやってください。お願いします」
「お任せくださいお嬢」
引き続き薬の研究はおこなうが、看護はレオパルドに託す。
見舞いに行かなくていいのか? そう思った者もいるだろう。
行きたくても行けないのだ。
行けばきっと……。
「彼は真の戦士ですからね……」
そして悶々とした2年間が過ぎ、卒業式。
私は再び生徒代表として挨拶の言葉を述べていた。
同期の生徒は17人。
そのうち私以外の16名はこのまま大学に残り、魔法の研究を続ける。
野心を持って王宮入りするのは私だけだ。
ヴォルヘルムは……まだ生きている。




