第43話 己の手は汚さずに
大事な娘がハチに刺され死んだのだ。
当然父親であるハイトマン侯爵は怒り心頭に発する。
ゾディンガル女学院に対し激しい追及をおこない、侯爵自ら調査機関を発足。
今回の事故原因や、学院の管理体制について調査を開始した。
となれば、当然イザベラが私に対し嫌がらせをおこなっていたことも明るみになり、私は容疑者となる訳である。
「ではこれより質疑を開始する」
「はあ……」
私は二人の男を前に、応接室のソファーに腰をかけていた。
一人は調査官、もう一人はイザベラの父親であるハイトマン侯爵本人だ。
「他の女性徒から、君がイザベラ嬢の食事に誘引剤を入れたという話を聞いてね」
調査官が凄みを利かせた声で威圧してくる。
ふんっ、そんなものでこの恐怖の女帝と恐れられた私が怯むとでも?
これははったりだ。
あの3人は絶対に口を割らない。イザベラの友人だった二人は恐怖の呪縛を、フアニーは愛による呪縛を受けているからな。
「はあ……そんなものを私が用意できるとは思えませんが?」
「君は非常に優秀だと聞いている。誘引剤を調合できるんじゃないのかね?」
今度はハイトマン侯爵が直接尋問してきた。
うむ、正解だ。私が調合した。
しかもただの誘引剤ではない。狂暴性や攻撃性を増加させる効果も足しておいた。
「確かに1年生の中では首席ですけど、錬金術は習っていませんし……」
「娘は君に嫌がらせをしていたそうじゃないか。恨んでいたんじゃないのかね?」
「いえ別に。仮にそうだとして、たかがいじめの仕返しのためだけにハイトマン家に喧嘩を売るような馬鹿がいると思いますか?」
「……まあ、いる訳がないな」
「でしょう? イザベラ嬢が死んで一番喜ぶのは誰ですか? 彼女は学年2位の成績でした。当然――」
「3位のカルラ・リントネン侯爵令嬢だろう? 私たちも当然そこを怪しんでいるとも」
成績上位者から重要なポストに就くことができ、当然王や王子の目にとまることも多くなる。
そうなれば一気に王族の仲間入りだ。リスクをおかしてでも暗殺する価値はある。
ま、もっともリントネン家は無実だがな。
「では当然リントネン家の調査はおこなっているのですよね?」
「それは秘密とさせてもらおう」
コンコン。
ドアがノックされる。
お、これは来たかな?
最高のタイミングだ。
「入れ」
「失礼します」
ドアが開き、諜報員と思われる男が入って来る。
「ハイトマン侯、ご報告が――」
「聞かせろ」
私は兎の耳を使用し、聞き耳を立てる。
「リントネン侯爵の使いと名乗る者が、近所の錬金店でいくつかの素材を購入したのを確認しました。どれも誘引剤の材料となるものです」
「なに……!?」
「また、影の者を館に潜入させたところ、錬金部屋にそれらの素材が保管されているのを発見いたしました」
「おのれ、リントネン侯めぇ……! よくもイザベラを……! 許さぬ……許さぬぞおおおおおおお……!」
ハイトマン侯がガバっと立ち上がる。
「早馬を出せ! 戦の準備だ!」
「いや、しかし――」
「いいから出せえええええええええ!」
「は、はっ!」
諜報員が部屋を飛び出していった。
くくく、愚かな男だ。
娘の死で、すっかり冷静さを失っているな。
錬金店に来た使いの者は、ただの物乞いだ。
私が銀貨5枚で雇ったな。
そして私が館に忍び込み、素材を置いたのだ。
今はイザベラの事故死により休校中。仕込む時間はいくらでもある。
その後、ハイトマン侯はリントネン侯に宣戦布告。
当初はハイトマン侯の猛烈な攻撃に劣勢のリントネン侯だったが、他の諸侯たちが「ハイトマン侯に正義無し」と団結し、連合軍を結成。
自軍の数倍の兵力に押され、ハイトマン侯はジリジリと後退。
最終的には部下に裏切られ、暗殺された。
私は学院を抜け出し、燃え上がるハイトマン侯の館を崖の上から見ている。
「うふふ、なんと美しいのでしょう。滅びというのは」
怒り、悲しみ、絶望感、そういった嫌な感情がすべて吹き飛び、心が満たされるのを感じる。
「今回私は直接手を下さなかったのですが、これはこれでなかなかいいものですね」
私は基本自分が率先して行動するタイプだ。その方が早いからな。
だがこうやって他人を操ってみるのも、それはそれで趣があるように感じる。
「今度からこういうやり方も積極的にやってみますか。何か新しい境地に達するかもしれませんしね」
私はオールラウンダー。
なんでもできるようになった方が良い。
 





