第39話 歴史の授業
情報を集めるためにこの学院に入学した私だが、成果はまったくといっていいほどない。
礼儀作法、歌、楽器の演奏、踊り、料理、裁縫、おこなわれる講義はそんなものばかり。
女に知識はいらないということか?
そう苛立っていた私だが、ついに求めていた講義がやって来た。
そう、歴史の講義である。
これまでは図書館で本を借り、自主的に勉強するだけであったが、今日からは講師にあれこれ尋ねることができる。
きっと私の国になにがあったか分かるはずだ。
「この大陸より遥か北にあるコルニゲイト諸島、ダークオリハルコンを採掘できる唯一の地。それが私たちの祖先の地です」
これくらいはヴォルヘルムから教わっているので知っている。
「コルニゲイト諸島は土壌に恵まれており、作物がよく実りました。私たちの祖先はとても繁栄します。――しかしここで問題が。人口が増え過ぎて、土地が足らなくなってしまったのです」
コルニゲイト諸島はとても小さな島だ。この大陸の約50分の1しかない。
増えすぎた人口を支えるだけの農耕地がなくなってしまった訳だ。
「そこで祖先は新天地を求め、300年前、この大陸にやって来ました。原住民である魔族を駆逐し、メラトアス新王国を築きます」
本と一緒だ……おかしい。原住民は魔族だけでなかったはず。
「メラトアス新王国は後継者争いにより、いくつもの国に分かれました。そして現在に至る訳ですが……ここまでで何か質問はありますか?」
中年の女講師の問いに、私はすぐさま挙手をする。
「はい、マルチェラ」
「この大陸には魔族以外の原住民は存在しなかったのでしょうか?」
「はい、存在しません」
講師の言葉に私は耳を疑う。
「それはあり得ません。あきらかに300年以上前の建造物が、この大陸のあちこちにあります。そのどれもが魔族の建築様式ではありません」
「……その話はどこから?」
「学者や旅の者たちから聞きました」
「そんな与太話に騙されてはいけませんよマルチェラ」
イザベラたちがクスクスと笑うと、他の生徒たちも釣られて笑いだした。
無性に腹が立ってくる。
「与太話ではない! 現に城塞都市ロリマーガイアの城壁は、女王インヴィアートゥが築き上げたカナンコホンヘ砦のものを基礎にして造り上げられているではないか! 石畳の道路など、そのまま流用している有様なのだぞ!?」
私の剣幕に、笑っていた生徒たちが押し黙る。
「……マルチェラ、いい加減にしなさい。あなたには指導が必要なようですね。後で生徒指導室に来るように」
「くっ……!」
イザベラが口パクで「ざまぁ」と言っている。
思い切りビンタしてやりたい。
講義が終わり、生徒指導室に呼ばれる。
「――いいですかマルチェラ? インヴィアートゥなどという原住民の女王など存在しません。いいですね?」
「いえ、います。絶対に」
ここは素直に従っておくべきなのだが、私の悪い癖が出て意地を張ってしまう。
「いいでしょう、分かりました。では一度ご家族と交えて話をいたしましょう。それまであなたは停学処分とします」
「……分かりました」
これは退学になるか? ヴォルヘルムには悪いことをしたな。
そう思いながら生徒指導室を出ると、イザベラたちがニヤニヤと笑いながら立っていた。
「おほほ、マルチェラ。やっぱりあなた、ただのガキですわね。歴史と童話を一緒にしてはダメよ?」
おほほほほほと女たちが笑う。
「ご機嫌ですねイザベラ嬢。やっとマウントをとれるものが見つかりましたからね」
「なんですって!?」
イザベラの成績はなかなか優秀ではあるが、何一つ私に勝るものはない。
まあ私は二千年以上生きているのだから、当たり前の話ではあるが。
「家柄、知識、教養、美貌、すべてわたくしの方が上ですわよ!」
「それはない。特に美貌は私の方が圧倒的だ」
「おほほほ! ガキの分際で何をおっしゃるのかしら!?」
「分からぬか? 顔は天使のように可愛いし、あと数年もすれば胸も尻も大きくなるぞ。――ほら、すでに少しあるだろう?」
私はグイッと下乳を上げる。
「なんて下品な!」
「ふふっ。ではごきげんよう、イザベラ嬢」
ニヤリと笑い、その場を去った。
「しばらく暇になってしまいますね……お酒でも飲んで過ごすとしますか」
 





