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戦士ステラ   作者: 安田けいじ
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ステラの本音

 ステラが来て一月が過ぎたが、警察が尋ねて来ることも無く、ユウキの心配も次第に薄らいで来ていた。

 ステラの目は、宝石のように綺麗な緑色の瞳をしている。地球では北欧に多いという事を知った彼女は、スエーデン人だと近所には話していた。


 ユウキの家は、小さな山の中腹を開いた住宅街にあり、建築会社に勤めている彼は、車で通勤していた。


「ユウキさん、行ってらっしゃい!」


 ステラが笑顔で手を振り、車で出勤するユウキを送り出していると、いつも世話を焼いてくれている隣のおばさんが、微笑ましく見ていた。


「ステラさん、たった一月なのに新妻が板について来たわね」


「あ、おばさん、おはようございます。まだ本当の夫婦じゃないんですけどね」


「今時、結婚にこだわる事は無いわ。愛し合って一緒に暮らせば、それでいいんじゃないの」


 彼女は、そう言って優しく微笑んだ。


 最近までは、あまり笑う事も無かったステラも、近所付き合いなどの手前、外では愛想が良くなった。


 そんな二人の、一見幸せそうな日々が続いた、ある夜の事だった。真夜中に、二階から悲鳴のような声が聞こえたのだ。ユウキは飛び起きて、二階への階段を駆け上がった。


「ステラ、どうしたんだ?」


 ユウキがドアの前で話しかけると、ステラは「何でもない」と小さな声で言った。


「入るよ?」


「だめ!」


「すごい声で叫んでいたぞ、本当に大丈夫なのか?」


「変な夢でうなされたみたい。心配いらないわ」


 ユウキは、「そうか……」と納得して階下に降りていった。



 それからも、夜中に彼女の奇声が聞こえて来る事が、時々あった。ユウキは、異世界に独り取り残されたステラの苦悩を、何となく感じてはいたが、それをどうする事も出来なかった。



 時は過ぎて、新しい年が明けた。この頃には、ステラも天才的な才能を発揮し、ネットやテレビなどで日本語を学習すると、スーツの自動翻訳機を使わなくても、話せるようになった。

 ケンジも、休みになるとやって来て、ステラと話す事が楽しみとなっていた。


「ステラさん、今日は三人で食事に行きませんか? 私が奢りますよ」


 ケンジが誘うと、ステラはチラッとユウキの方を見た。


「たまには、外で食べようか」


 ユウキの一言で、三人で出かける事になった。ケンジの車で繁華街迄行って、駐車場に車を入れたが、昼食には少し早いからと、三人でぶらぶらと街を歩く事にした。


 暫く行くと、路地の奥の方で若いカップルが、やくざ風の男達に絡まれていた。放っておく訳にもいかずユウキが止めに入ると、彼らはユウキにも絡んで来た。


「話があるなら、この俺が聞こうじゃないか!」


 埒が明かないと思ったユウキが、語気を強めて男達を睨みつけた。


「なんだと!」


 言うが早いか、男がユウキに殴りかかって来たが、拳法の有段者のユウキは、その拳をスッと躱し、右の拳で相手の腹部に当身を食らわした。膝から崩れるように倒れる男を見て、仲間の五人が怒声を吐きながら、ユウキに襲い掛かって来た。

 そこへ、ケンジも加勢に入り乱闘となったが、二人は拳法を使って、あっという間に男達を倒してしまった。その様子を、ステラも驚いたように見ていた。


「あなた達も、兵士なの?」


「兵士? これは拳法と言う格闘術ですよ。ステラさんほどじゃないですけど結構強いでしょう」


 ケンジが、ステラに笑いかけながら、自慢げに言った。


 その時、油断していたユウキ達の後ろから、起き上がった男達が、刃物を振りかざして襲って来たのだ。


 次の瞬間、二人を庇う様に男達の前に出たステラが、ユウキの肩に左手を置くと、それを支点としてポーンと宙に舞った。ステラの足が次々と男達の顔面を捉えて薙ぎ倒すと、スカートの裾を抑えながら、元の位置にストンと降り立った。


 ユウキとケンジは一瞬の出来事に驚きながらも、警察が来たら面倒だと、若いカップルに逃げるように言って、ステラを促してその場を立ち去った。


「ステラさんは、戦闘スーツが無くても強いんだね。いや、驚いた」


 ケンジが言うとユウキも驚きの表情で頷いた。


「戦闘のプロですから当然です」


 と、ステラは当たり前のように言った。


 その後彼らは、食事をして、ボーリングやカラオケなどで、楽しい時間を過ごした。



 その夜、ステラが食事の後片付けが終わったのを見計らって、ユウキが、話しを切り出した。


「一緒に暮らして二カ月になるけど、ステラが、今、どんな気持ちで過ごしているのかを聞かせてくれないか」


「分かりました。私の思いは、どんな事をしてでも自分の世界へ帰りたい、今はそれだけです。戦況が心配なんです。こうしている内にも、我が軍が負けてしまうのではないかと思うと、気が気ではないわ。でも、今は帰る方法が無いから、あなたのお世話になるしかありません」


「やはりそうか、それで、時々魘されているんだね、君の苦悩を思うと心から同情するよ、何も出来なくて申し訳ないと思っている。

 ……それで、万が一迎えが来ない場合、男と女が同じ家で暮らすんだから、愛情が芽生えて結ばれる事があるかもしれない――そう言う事は考えていないの?」

 

「お世話になっていて言いにくいのですが、今は、あなたを恋愛対象としては考えられません。私には、向こうの世界の事しかないからです。万一、あなたと、そうなったとしても、迎えが来たら向こうの世界へ帰らなければなりません。例え本当の夫婦になって赤ちゃんがいたとしてもです」


「仮の話とはいえ、それは問題だな。何故、夫や子供を連れて行けないんだい?」


 納得がいかないユウキが声のトーンを上げた。


「向こうの世界は、悲惨な戦争の世界です。夫や子供の命の保証は無いのです。愛する人だからこそ、連れて行けないと言っているのです」


「愛する人が、君と死んでもいいと言ってもかい?」


「足手まといになるだけです」


「そうか……」


 ユウキは、ステラが余りにはっきり言いすぎるのでショックを受けていたが、話を続けた。


「ステラの世界の科学は地球と比べて、数百年も進歩しているんだろう。次元を行き来する装置は無いのかい?」


「まだ、ありません。でもストレンジ博士なら作れるかもしれない。今は、それに期待しています」


「ストレンジ博士?」


「私の戦闘スーツを作った科学者です。サファイヤ星では、彼の右に出る人はいません」


「そうか、きっと来てくれるよ……」


 ユウキは言葉を切って、考え込むような表情をした。


「もしも助けが来たなら、博士に頼んで、不死身のスーツを作ってもらえば、愛する人も連れて行けるんじゃないのか?」


「そんなものが在るなら苦労は無いわ」


「そうか、だめか……」


「ユウキさんは、迎えが来ない方がいいと思ってるの?」 


「本音を言えば、そう思っている」


「何故?」


「君と別れたくないからに決まっているさ。どうやら僕は、君に恋をしてしまったようだ。君は、綺麗で魅力的な女性だ。そんな女性と一緒に暮らせば情が湧かない方がおかしいだろう。ちょっと不愛想なのが玉に瑕だけどね。

 でも、苦悩している君や、君の世界の人達の事を思うと、それは、僕の身勝手な我儘だとも思う。来るなら早く来てほしいもんだ……」


 と、ユウキは溜息をついた。


「貴方の気持ちに応えられなくて、ごめんなさい」


 ステラは申し訳なさそうな顔をして、ユウキから目を逸らした。


 回りくどいユウキの告白は、彼女の置かれた現実によって、無残に打ち砕かれてしまった。



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