異世界との遭遇②
どれくらいの時間が経ったか、ユウキとケンジが目を覚ますと、身体のあちこちに痛みが走った。見れば、あちこちに軽傷を負っていたが、幸い大きな怪我は無かった。
辺りを見渡すと、池の周りの木々は黒く焼け焦げ、土手には大きな穴が開いていて、あんなに綺麗だった景観は、見る影もなく破壊されていた。
赤の彼女も吹き飛ばされ、ユウキの目の前に転がってピクリとも動かなかった。真っ黒に焼けただれた彼女の身体からは蒸気のようなものがシュウシュウと出ていて、頭部のマスク部分が外れ、顔が露わになっていた。
「ケンジ、こいつは人間だぞ! ロボットじゃない!!」
ユウキが叫ぶと、ケンジも近寄って来て、彼女の顔を覗き込んだ。
「本当だ、……どうする?」
「ともかく、助けよう!」
ユウキが意を決し、彼女を揺り起こそうと戦闘スーツに触れた瞬間「アチッ」と手を引いた。高温で触れないのである。
彼らは、リュックの中身を放り出すと、それをバケツ代わりにして水をかけ続けた。濛々と立ち上がる蒸気が収まると、何とか触れるまでになった。
「おい、大丈夫か!」
ユウキが、彼女の身体を何度か揺すり、声をかけてみたが反応は無かった。恐る恐る顔に耳を近づけると、息はしていた。
ユウキ達は、ともかくも病院へ連れて行こうと、彼女を代わる代わる背負い、山を下り始めた。戦闘スーツを着たままの彼女は、見た目ほどは重くなかった。
三十分程で麓の駐車場に辿り着くと、幸い辺りに人は居なかった。二人で、彼女を車に乗せて病院へ走らせようとした時、不意に彼女の意識が戻った。
彼女は、警戒心を露わにしてユウキ達を睨むと、苦しそうに、車のドアを開けて外へ出ようとしたが、力無く地面に倒れてしまった。ユウキは、慌てて車を降りて彼女を抱き起した。
「心配するな、これから病院へ連れて行くからな」
そう言うと、彼女は何かを喋ったが、聞きなれぬ言葉だった。ユウキがジェスチャーで言葉が分からない事を伝えようとしていると、彼女は、再び気を失ってしまった。
ケンジが運転し、ユウキは後部座席で彼女を抱きかかえて、街の病院へと運んだ。
病院に着く頃、ユウキは、戦闘スーツを抱きかかえていた右手の硬い感触が消えて、柔らかいものが触れたと感じた。
見ると、赤い戦闘スーツは何時の間にか消えて、紺色の全身タイツのようなものを纏っており、左手の指には赤い指輪が輝いていた。
医師の見立ては、全身打撲と軽い火傷の為、暫く安静が必要だと言った。彼女は、そのまま入院となり、ユウキとケンジも傷の手当てを受けた。
病院には、ユウキの知り合いの外国人だと言って個室を用意してもらい、その夜はユウキが付き添う事になった。
彼女は顔をしかめながら、訳の分からぬ言葉を喋っていたが、ユウキがその手を取って優しく撫でてやると、安心したように寝息を立てだした。
ユウキは、彼女の寝顔を見ながら、昼間の事を思い出して、この女性をどうしたものかと考えていた。
あの銀色のロボットにも人間が入っていたなら、彼女を警察に渡さない訳にはいかないが、彼女は、果たして地球人なのかという疑問が次に湧いて来た。あんなSF映画に登場するような戦闘スーツが、地球にあるとも思えなかったからだ。
色々と考えてみたが、結局、どうしていいのか判断がつかず、彼女の意識が戻ったら、意思の疎通が出来るよう努力してみようと考えながら、ベッドの横で眠りについた。
翌日、意識を取り戻した彼女は、ユウキの顔を見ると、厳しい表情を崩さなかった。
ユウキは、身振り手振りで意思疎通を試みたが、名前の「ステラ」以外の事は何も分からなかった。
彼女は、身長は百七十センチくらいの目鼻立ちの整った美人で、栗色の髪のショートカットに、緑色の宝石の様な瞳が特徴的だった。その顔には、苦難を耐え抜いてきたような厳しさや威厳のようなものが感じられた。
その内、ケンジがやって来て、気が付いた彼女を見て言った。
「元気そうじゃないか、凄い美人だな。俺好みだ。
ところで、昨日の溜池が破壊された事が、ニュースに載っていたぞ。警察も調べているようだが、彼女の事を警察には連絡したのか?」
「いや、まだだ。退院する時でいいだろう。今、変に刺激して暴れられたら大変な事になるからな」
「それもそうだ。ここは、様子を見た方がよさそうだな」
「うん」
ユウキとケンジは、それからも、毎日仕事の帰りに病院へ寄って彼女を見舞ったが、会話は出来なかった。
一週間が経ち、身体が動くようになった彼女は、忽然と病院から姿を消してしまった。