柔道は何がすごかったのか?
柔道は何が凄かったか?
まあ、現在進行形で最もメジャーで格式が高く武道、格闘技の王者といえば柔道であり、その地位が揺るぐ事はまずないのではないかと思います。
今回は柔道についてなるべく、分かりやすくの紹介したいと思います。
柔道は嘉納治五郎という人物により明治時代の初期に柔術から作られました。
一般的に言われているのは柔道は柔術にスポーツの概念を取り入れて、柔術の奥義である崩しの技術を試合で学ぶ形態にした事により爆発的に広がったと言われています。
ただ、詳しくしらべていくとちょっと違います。
要点としては3つあります。
1.柔術から柔道へと変化した時の技術体系の変化
2.思想教育による実社会との融合
3.柔道を支える経済基盤
1.柔術から柔道へと変化した時の技術体系の変化
これについては私が述べなくても多くの人が述べています。そのため、シンプルに理解しやすく書きたいと思います。
一言でいうと「奥義」とか「秘伝」の否定と情報公開です。
昔の武術というのは技の秘匿にかなり注意を払っていました。江戸時代には剣術も柔術も試合形式の練習を行い情報公開の流れは進んでいましたが・・・それでも、まだまだ秘匿は行われていました。
当時の情勢としては、隠すのはいいのですが「奥義」とか「秘伝」が本当に使えるものかどうかが、教える方も学ぶ方もよくわからない状態になっていました。これは江戸時代が平和であった期間が長すぎたためです。
それをスポーツ的な考えで安全性を確保して、ドレが凄いか試してみたらいいんじゃないのというのが柔道のコンセプトの一つです。こういう風に思っていたのは柔術界よりも明治維新にて実戦に人材を送り出した剣術界に多かったようで柔道成立後に驚くほどのスムーズさで剣道が成立しました。
これは歴史の必然的な流れで嘉納治五郎が行わなくても、他の誰かが確実にやったと思います。
ちなみに柔道で最も重視されるのは「崩し」という相手の重心を制御する技術で別名「柔ら」の技術とも呼ばれます。ただ、これは体験せずにわかるような生易しい術ではないですし、この技術を使い相手を投げるには才能が必要です。
筆者も柔道はかじった程度の素人のなのでその本質についてはわかりませんが、柔道の「崩し」においては自身の地面については足が二つ、相手を握った個所が二つの合計4つの動かす個所があります。
乱取り、試合では相手がいるわけですので相手側も4つ・・・そうなると動かす、力をかける個所は8か所になります。物理学では力をかける点を力点といいます。8個の力点にかかる力が合成させれてどのように動くか?これは極めて複雑で奇怪です。
当然のごとく乱取り、試合は自由攻防なのでこの8個の力点はめまぐるしく動くうえに無胸や肘を相手に接触する、させられた場合はさらにこの力点の数が増えます。柔道の攻防では下手をする10個以上の力点を把握、制御して「崩し」を行う必要があります。
もちろんこれを意識的にすべて行う事はできないので繰り返し練習や経験を積む事や無意識領域も活用し力点を把握、制御します。また、崩して投げる時も同様に力点の数が多いです。
柔道においては立ち技、立って組んで投げるには才能が必要で寝技については練習した分だけ強くなれるという由縁はこの力点の数の違いです。といいますのも寝技は力点の数が立ち技に比べて少ない、減らす事ができるからです。
そのため寝技をメインとするブラジリアン柔術へ柔道家が転向する事があってもその逆もはまれです。また、柔道は道着がある事が前提の技術で道着がないと、その技術は使えないと言われていますが、実際は逆で道着ありで複雑な動作をやっているから道着無しの動きは練習すればすぐに対応できるようになります。
打撃ではシンプルなボクシングが一番難しく、そこから他競技に転向するケースが多いのですが、組技系の場合は複雑な柔道が一番難しく、そこから転向者がでるのは面白い事実です。
2.思想教育による実社会との融合
一般的には柔道はスポーツであり安全性が確保されていると言われていますが、半分は嘘です。柔道の試合ではルールという紳士協定により安全性が確保されているだけであり、極限の状況では時としてそれが遵守できない状況や遵守しないという事が発生します。
そのため柔道の試合での怪我を非常に多く、試合で待機する医師達はガッツリと仕事をする羽目になります。
実践者ベースで書くと基本的に柔道の投げというのは相手が受け身を取れるように投げるもので、ルールもそれに合わせており投げて背中が付けば1本というのがそれを示しています。ただ、試合という極限状況ではそうもいかず、投げる方は無理やり受け身がとれないように投げたり、投げられる方もギリギリまで粘り受け身を取り損ねるという事がよく起こり、結果としてそれが怪我に繋がります。
嘉納治五郎の凄いところはスポーツという概念を取り入れる際に武術の暴力性を排除するどころか取り込み、維持しようとした事です。
その一方で反社会的で暴力的な人間を作ってしまうというリスクがあったため、柔道は思想教育に力をいれました。
初期の柔道では当時の日本が思想教育のために新たに作った宗教である国家神道を利用しました。そして、他の武術が武道化していく中で大日本武徳会という国家神道に基づく武道の統一組織が生まれました。
ここで面白いのが大日本武徳会成立後に嘉納治五郎が作った講道館柔道はスポーツ路線に逆戻りし世界への普及を視野にいれて活動しだした事です。それに対抗する形で大日本武徳会柔道は国内に目を向けていきます。戦前の柔道というのは2種類の組織により運営されていたというのは知られているようで知られていない事実です。
第2次大戦の敗戦により国家神道色が強すぎて大日本武徳会は解散され復活する事ができませんでした。そんな中で講道館柔道が早期に復帰できたのはスポーツ路線を早期にとっていたためです。ここらあたりのセンスというか嗅覚に嘉納治五郎という人物は非常に優れていたと思っています。
実際のところ講道館柔道については思想教育を国家神道からスポーツマンシップに切り替えました。よく柔道はJUDOになってしまったとの嘆きを聞きますが、それは柔道が成立してかなり早い段階で創始者によってJUDO化の布石を行われていたという歴史が浮かびあがっています。
さらに面白いのがJUDO化路線を取った当の嘉納治五郎が試合に傾倒しすぎる弊害に早期に気付いており、さまざまな対抗処置を取る矛盾した行動を行っていた事です。その犠牲となり歪な技術体系となってしまったのが伝統派空手です。
何はともあれ柔道というのは暴力を純粋に暴力として教える技術体系だという事です。そして、それは思想教育にて巧妙に隠されています。実際のところ柔道の代表技である背負い投げや大外刈りを日常生活の揉め事で経験者が素人に使うと高い確率で相手は死傷します。
ですので武道、格闘技の経験者は基本的に柔道経験者との揉め事を避けます。柔道側も自分たちの技が相手を殺傷する事を知っているので同じように揉め事を避けます。
東西冷戦におけるソ連とアメリカみたいな感じになっているのが面白いところですね。
この思想教育による暴力性の保持というのは柔道誕生以後に生まれた武道と格闘技に大きな影響を与えたいうよりも、定番となりました。
3.柔道を支える経済基盤
柔道を作った嘉納治五郎という人物は武術家、教育者というよりかは政治家として優秀だったと言われる事が多いです。それは柔道の技術体系を作るだけでなく、それを支える経済基盤をセットで作った事だと思います。
この仕組みも世界的に大きな影響を与えました。特にタイのムエタイは公営ギャンブルという形でムエタイに経済基盤を与えました。ムエタイはキックボクシングの最高峰の舞台。この事実の裏にはタイが国策としてムエタイの経済基盤を支えているという事実があります。
話を柔道に戻します。まず、柔道がおこなったのは柔道を学校教育へ取り込んでもらう事です。国側も当時は富国強兵政策をとっていたので柔道側の提案は都合がよかったため採用されました。
続いて柔道の経験者を警察や軍に送り込み柔道就職枠というのを作り出します。警察も軍隊も暴力を取り扱う組織ですから思想教育が行われており、尚且つ実力のある柔道出身の人材を欲しがりました。
それに並行して興行=見世物ではなくて競技性の高いスポーツとして柔道の大会を支援者を募り開催する事により柔道の権威に箔をつけていきます。全方面にWin-Winの関係を作る事による相乗効果で柔道は日本において絶対的な地位を確立していきます。
昭和の巌流島という事件が行ったことがあります。これは力道山というプロレスラーと最強の柔道家といわれる木村政彦の間で起こった事件です。
この事件の背景には柔道の絶対的な権威をプロレス側が取り込みたかったという、生な生なしく経済的な理由があります。そして力道山にとって柔道という権威を持つ木村政彦に潜在的にかなり嫉妬し脅威を感じていたため、事前の申し合わせを破る形で試合を行い勝利しました。
この事件により木村政彦と柔道から権威を奪う事により日本のプロレスというのは地位を確立しますが・・・長い目で見た時には失敗ではなかったのかと思います。
というのも権威と人気を奪う事には成功しましたが実力が伴っていなかった上に、実力を上げて維持する手段をプロレス側が持っていなかったからです。実は自分たちはあまり強くないのでは?プロレスの最強幻想は昭和の巌流島の報復に対する恐怖から生まれたのだと思います。
そして、総合格闘技の成立に伴いそのバケの皮は完全に剥がれてしまいます。
1980年代はプロレスが最強と信じていた人は多いですよ、その一方で実情をしるリアル系の武道や格闘技からは内心は馬鹿にされていました。
昭和の巌流島が起こらずに木村政彦がプロレス界に残っていたなら、日本のプロレスの歴史というのは大きく変わっていたと思います。もちろん歴史にIFは禁物ですが、プロレスとは比較にならないくらいの人材と経済基盤を柔道は当時も今も維持しています。そんな柔道から人材の供給を受けれたなら、プロレスは今とは違ったものになっていたのは確かだと思います。
なろう的な観点でいうと柔道の経験者というのは異世界に飛ばすと最強になれる素質を持った人材です。その一方でメジャー格闘技であるがゆえに試合では「事実は小説より奇なり」という事が頻繁に発生しています。そのため柔道家を柔道家として描くのはかなりの知識と経験が必要だと思います。
ですので柔道で培った身体能力を生かすような形で再教育を施すと面白いキャラクターが生まれるのではないかと思います。
個人的には不祥事を起こしてしまった元金メダリストの内〇選手や日本柔道界の派閥争いに巻き込まれた石〇選手をオマージュしたキャラを異世界に飛ばして活躍させて欲しいところです。このクラスの人達は異世界に転生、転移する前の段階で人外じみた能力を持っていますので、それを強化拡大したなら面白そうな感じです。