感動をもたらす格闘技、カポエラ
今回はちょっと違った動機で文章を書きました。
娘とたまたま市民図書館で行く機会があり、そこでボクシングの本について調べている時にカポエイラの教本にであったのです。そして、その本を読んだところ酷く感動しました。
この気持ちを伝えるべく文章を書きます。
ちなみに本来であればパンチや突きについて書こうと思い結構な量の文章を作りましたが・・・文章としても何処か納得がいかない上に自信が再開したフルコンタクト空手でも突きがイマイチな状況が続いており、スランプの状態でした。
・カポエイラとは何か?
世間一般のイメージでいえば派手、アクロバットで変則的な足技を行う格闘技ともダンスともいねない何か変わったものといった感じでしょうか?
そして、教本を読んだところ・・・これが意外にも間違っていなかったのです。
教本の著者もカポエイラとは何かという答えに関してはカポエイラはカポエイラという結論を下しており、私も著者の意見に賛同しています。
ちなみに呼んだ本の名前はストレートに「カポエイラ」です。(ISBN4-7745-0724-5)というかこの本の説明によると日本で唯一のカポエイラの教本との事です。ちなみに初版は2005年で著者は三田雄士氏とカルメン・ミタ女史です。
この本には著者のとんでもない情熱が込められており、非常に読んでいて心地よくカポエイラがなんたるかを理解する事ができます。その反面、技術教本として見た場合は少々稚拙です。
ただ、これはカポエイラという日本ではあまりにもなじみがない格闘技がゆえに格闘技術としての本質を追求してしまえば誰も理解できないというジレンマゆえに生じた事であると推測しています。とはいえ広く浅くカポエイラの技術を紹介する事により、この欠点をカバーしようとしています。
歴史にIFは禁物ですが著者の道場が近くにあるなら、すぐにでも体験入門したくなるような魅力と情熱にあふれています。
もう、一人の著者であるカルメン・ミタ女史についてですが・・・気づく人は気づいているのでしょうが、著者の奥様です。なんと三田氏はカポエイラにのめりこみ、ブラジルまで渡りそれを学んだのです。そして、ブラジル人である奥様と出会い日本へ戻り道場を開いたという情熱的な経歴の持ち主です。
正直なところ連れてくる方も凄いがついてくる方も凄い。海を越えた強烈なラブロマンスがこの本の背景にあるのもこの本に華を沿えています。
・カポエイラを示す3つの言葉
さて、カポエイラをもう少し詳しく知ろうとするならカポエイラ独特の用語の解説が必要です。
カポエイラの本質を分かりやすく示す表す言葉は以下の3つです。
ジンガ:カポエイラ独特のステップで、このステップの事をジンガというそうです。このステップを踏めば誰でもわかるくらい有名なのですが、以外と名前は知られていません。基礎中の基礎にあたり、そしてカポエイラの本質でもあるそうです。
一流のカポエラリスタのジンガは一つの技であり芸術との事です。
ジョーゴ:武道でいえば組手に相当する行為なのですが・・・自由組手と約束組手の中間あたり、お互いに攻撃と防御を相互に行っていきます。そして、ジョーゴは相手を倒す事を目的としていないという特徴があります。あえて当たる攻撃を寸止めしたりもするそうです。
かといって本気で相手を倒すつもりで蹴ってないかというとそうでもないそうでもなく、攻撃に対するカウンターもOKというちょっと理解しがたい世界です。
本には明確には書いていなかったのですが、相手に怪我を負わす事を目的として攻撃することはNG行為との事です。ですので理解しやすいというか私の理解では自由組手と約束組手の中間にあたると書きましたが、実はジョーゴはこれだけではないのです。
ホーダ:ジョーゴを行う場の事をホーダといいます。ホーダ―の特徴は音楽がかかるというか、音楽を演奏する人がいる事です。カポエラリスト、演奏者、観客が三位一体となり、鍛錬の成果を披露し楽しむそうです。ショーゴあってのホーダ―でありホーダあってのショーゴ。この二つは密接につながっています。
この三つの言葉からカポエラを紐解き、あえて似ているモノを上げるとするならプロレスかもしれません。プロレスはレスラー、解説者、観客が三位一体となり独特の場を形成しまし、レスラーは他の格闘技とはちがうレスラー独特の独自ルールのムーブを行います。
カポエイラではこれがカポエラリスタ、音楽の演奏者、観客に変わります。勝敗がつくようでつかないのも一緒です。ただ、試合形式をとるカポエラもあり大会も開催され、チャンピオンもいます。ここらもプロレスに似ておりチャンピオン=強いという図式ではありません。
ここまで読んでいただけるとカポエイラ対するイメージが少し変わったと思いますが、世間一般でいうところのカポエイラそのままな部分もあります。
・カポエイラの歴史について
初期や黎明期のカポエイラの歴史については血生臭く、暴力的な部分があります。そころについても本から抜粋する形で書いていきたいと思います。
カポエイラの起源についてですがキッチリとした文献が残っていないので所説あるとの事ですが、著者によると明確な事実は以下との事です。
・アフリカにカポエイラに相当する格闘技はない。
・ブラジルにつれてこられた黒人奴隷がカポエイラに設立に深くかかわっている。
・上記からカポエイラはブラジルで生まれ発展したと判断せざるをえない。
一般的に言われている、手かせをつけられた奴隷が戦闘のために生み出したのがカポエイラという説と近いようで、少しズレていますね。この事に理解するにはブラジルの歴史を知る必要があります。
ブラジルは1500年あたりからポルトガルの植民地状態でした。そして、この時に多くの黒人がアフリカから奴隷としてブラジルにつれてこられ彼らは苦難の道を歩みます。1808年にブラジル帝国が建国されるもののポルトガルの影響は強い状態でした。また、ブラジル帝国はブラジルに定着した黒人文化を破壊する事を1808年から1831年にかけて行っています。そして、1892年には時の政府からカポエイラ禁止令がでています。
1900年代の前半ではヤクザやマフィアのアンダーグランドの人々が使う武術というイメージがありカポエイラは日陰の存在でしたし、実際に使っていたケースもあるとの事です。
手かせをつけられた奴隷が戦闘のために生み出したのがカポエイラの起源というのは当たっているようで当たってなく、本質を示してないようで示しているといえます。
1900年代半ばになるとカポエイラに大きな変化が訪れます。
まずはメストレ・バスチーニャによりアンゴーラ流というか派というかアンゴーラ―という技術スタイルが作られます。ジンガを含めたカポエイラがカポエイラとしてアンゴーラとして体系づけられたようです。
ちなみにメストレとはポルトガル語で英語にするとマスターに相当する言葉でメストレ・バスチーニャ=バスチーニャ先生とする事ができます。私はこの手の敬称にはかなり敏感な方でいつも使い方を悩んでおります。歴史として語る場合には敬称を抜いたり、状況に合わせた敬称をいれるのですが今回は本の敬称付の表現に準じました。
面白い事にアンゴラ―では蹴りの打点が低く腰よりも上をほとんど蹴らないそうです。
続いて成立したのがメストレ・ビンバにより作られたヘジョナウです。このヘジョナウには他の格闘技の要素が多く入っています。そして、ヘジョナウより生まれたのがコランポニアンスタイルです。
カポエイラ、コランポニアンまでいって私達が知る飛んだり跳ねたりしながらトリッキーな蹴り技を繰り出すカポエイラとなります。まあ、私達が通常目にするカポエイラとはコランポニアンスタイルであり、逆に古いスタイルについては目にする事がないというかジンガに気付かなければ、ちょっとかわったダンスにしか見えないかもしれません。
意外な事にこのコランポニアンスタイルというのは新しいのです。年代的にいえば1980年代の終わりくらいから生まれたスタイルで観光客に向けにより魅せる方向で行われていたカポエイラから生まれたと言われています。
そして、このコランポニアンスタイルについてはカポエイラの中でも賛否両論があるようですが著者はこのスタイルが生まれたのは必然という説を支持しています。私もこの意見には賛成です。
日本においても試合のルールが定められ技術が蓄積されるにしたがって変化が起こるというのはよくある事です。カポエイラもキッチリとした技術体系が確立されカポエイラという形ができたなら、その次のステップとしてこの形を壊す新しいものが生まれのは正常な事だと思います。
また、カポエイラはブラジルの伝統芸能とセットで行われるケースがあります。この伝統芸能の中には鉈をもって踊るという物騒なものも含まれています。
こういった事実がカポエイラが奴隷が戦う手段を密かに学ぶためのものという説の裏付けになっているような気もしなくもないです。
著者はここらについては詳しくは書いていませんが私が想像するに、そういうケースもあったろうし、そうではなく純粋に文化として楽しんでいたケース、はたまたその中間といった感じでカオスではなかったかと思っています。
といいますのも原初の宗教がそうであったかのように黎明期や設立期のものはいろんなものが混在しているためです。
原初の宗教については政治、法律、芸術、科学技術が混在しています。これらの名残は宗教音楽や宗教芸術。人の罪は法律で決定されるのに、カルマ(功罪)やモラルは宗教が指針になっているなどにその残滓を残しています。
350年にわたり苦難の立場でブラジルという異国の地ですごしていたアフリカの人達が多く資産を持っていたとは思えません。資産がない以上は文化、教育も同様だと思います。そうなると必然的にいろんなモノが混在した原初のスタイルになると思います。
初期のカポエイラとは文化、思想教育、戦闘技術、コミュニケーションとしての共同体が複雑にからみあう形で存在したものではなかったかと思われます。
ここでブラジルと日本の歴史のかかわる浪漫のある話がでてきます。1900年代にはいる日本からブラジルへの移民が増え、その流れで柔道や空手がブラジルに持ち込まれました。柔道をブラジルに持ち込んだのはコンデ・コマ(前田光世)で彼は講道館との関係を考慮し、自身は破門された身であるとして寝技柔道を柔術と教えます。それがグレーシー柔術の誕生につながりブラジリアン柔術という新たな格闘技の成立に繋がります。そして、柔術といいながらも日本に残った柔術とはちがい実質は寝技柔道であり柔道の一種です。
メストレ・ビンバにより作られたヘジョナウには日本武道のさまざまな影響がみられるのです。
直接の影響は受けていないとは思うのですが実はカポエイラとは広義の意味では日本武道の一種なのかもしれません。この事については後で再度、深堀したいと思います。
・カポエイラのテクニックについて
この著作ではカポエイラの技を広く浅く紹介しています。
ほとんどがイメージどおりのものから、ちょっと違うねというものまでバラエティにとんでいます。文章で伝わりやすモノを記載していきたいと思います。
ジンガ
カポエイラの基本のステップです。とはいえこれを文章で説明するのは無理です。ジンガ カポエイラ 動画 という三つのキーワードで調べて動画をみてください。ああ、あれねという感想を持つと思います。
ペンサオン
足の裏でける前蹴りで反動をしっかりとつかうため後ろに後傾するのが特徴
ポンティラ
空手の前蹴りに似た、爪先をつかって蹴る。
ケイシャーダ
いわゆる内回し蹴りに似た蹴りだが、前傾体勢のジンガからだされるためかなり印象が違う。
メイア・ルージ・コンパッソ
地面に手をつきながら行う後ろ回し蹴り。
この手の回転技は豊富に記載されているのですが、なじみのない名前でしかも長いため記載しずらいです。
マカーコ
片手を地面に手をつけた状態からバク転をして相手を蹴る技
ダンスのテクニックにマカコという同様の動きがあります。原典はカポエイラであると思われます。
カペサーダー
頭突きです。相手のバランスを崩すために使われるとの事ですが、あの低い体勢からされると結構、怖いかも。
アウ・シバタ
いわゆる浴びせ蹴りのカポエイラ版です。
この手の回転+飛ぶ技はカポエイラには多数あります。
ハスティラ
カウンター技に相当し、両手をつきながら体制を低くしてだす足払いです。
ものすごく低空で繰り出される回し蹴りというのが理解しやすいかもしれません。
ハスティラ・ジ・コスタス
ハスティラの逆バージョンで中国拳法の後掃腿によく似た技です。
素早く蹴り足を引かないと相手が足の上に落ちてきて怪我をするそうです。冷静に考えてみればごく当然の意見ですがゲームや創作物ではこの事はあまり考慮されないようです。
ハスティラ・ジ・マウン
手を使った足払いです。手を使っていいんかい!と思ったあなたは正常です。私もそう思いました。カポエイラでは必ずしも手業が禁止というわけではないようです。柔道のもろ手刈りや大内、大外刈りに似たような技もあります。
パッサ・ベ
名前からは想像できないですが、出足払いという踏み込んできた相手の足を払う多くの武道、格闘技にある技で、カポエイラにもありました。
チソーラ
簡単にいうとカニばさみです。ちなみに柔道では重篤な怪我発生するため、今は禁止技です。このチソーラですがかなりのバリエーションがあります。ちなみに投げ技もあります。
コトヴィラータ
これまたわかりにくいですがカポエイラ風肘打ちです。その他、張り手や裏拳なんかもあります。
文章では伝えるには限界がありますが・・・気になる方は自分で調べてみてください。
ただ、イメージと違うのは足技オンリーではないという事です。そして、相手を転倒させたり、後ろに回ったり、投げるなどを時として勝敗の条件に見なす人もいるそうです。
少し前にプロレスに近いと書きました。他にかぶっている点としては相手に大けがを負わせてはいけない。自分が攻撃した後は相手に攻撃させるなどの点もプロレスに酷似しています。
・日本武道とカポエイラの奇妙な相似性
著作の最後にカルメン・ミタ女史がカポエイラが相手との闘争を学ぶ技術でありなが、必ずしもそれが目的でない事を自身の体験と共に書いています。カポエイラとは謙虚さを持ち相手と和合をする事が大事だと。
また、音楽とは切り離せない関係にあり、楽器を学ぶ事がカポエイラの上達に繋がり、文化を内包したカポエイラの世界を広げてくれたとも書いています。
どこかで聞いた話ではないでしょうか?それは日本の合気道です。
初期の合気道は非常に血生臭いものでした。柔道で捨ててしまった技術を再編して柔道で勝てなかったもの達が勝つ手段を探すという暗殺術にも似た暗い面がありました。戦前=初期の合気道の達人というのは暴力と死の香りをまとった人が多く実際に人を再起不能にした事もあったと思います。
それがどうでしょう、戦後の合気道はそこから大きく変化し、友愛と和を謡う誰にでもできる武道へと変わっていきました。両者が協力して演武を行うため、時としてやらせだとかインチキとも言われるようになりました。
カポエイラと合気道はその精神のあり方が非常によく似ています。
共に後ろ暗く、血生臭い過去がありながら現在の姿は底抜け明るい・・・
地球の表と裏でありながらも似たような精神性を持った武道、格闘技が生まれる。
武道や格闘技を勉強していると時折、こういった奇妙なシンクロニティに遭遇する事があります。
また、日本には躰道という武道があります。この武道の動きとカポエイラと非常によく似ています。下手をするとコインの表裏くらいに似ています。
ちなみに躰道は祝嶺正献という方が1953年(昭和28年)に自ら創始した玄制流空手道を基に体系化し、1965年(昭和40年)に発表した武道でカポエイラと成立の時期も近いという歴史のミッシングリンクです。
躰道の目的は身体能力の向上で相手を倒すことを目的としていないというか、躰道の技では相手は倒せないと思います。ただ、玄制流空手道のころは相手を倒す格闘技であったため、初期の躰道家の中にはとてつもなく強い人がいたそうです。
ブラジルの文化において日本人が果たした影響はかなり大きなものです。
ブラジリアン柔術には何故か日本の寝技柔道で開発された技や技法が伝わっていたります。
よくわからない天啓のようなルートで日本武道がカポエイラに影響を与えたかもしれません。
初期のブラジル日本移民は社会の下層に置かれて、立場的にはカポエイラをやっていた人々同じ立場に置かれていました。そこから苦節と努力を重ねて地位を築いたとの事です。当然、カポエイラと日本武道の交流もあったのではないかと夢想します。カポエイラも日本人とあわせてブラジルを代表するものとして市民権を得ていきます。そこらへの思いを募らせ一献やるのもオツなものかもしれません・・・
・カポエイラのなろう的解釈について
合気道もそうなのですがカポエイラのように相手との友愛と和合を掲げる武道というのは、なろう的にはまったくむいていません。ただ、その精神性については相似するようなものを出してみると華をそえる面白い存在になるかもしれません。
カポエイラというのはかなり面白い歴史を持っています。このカポエイラ成立の歴史というのはオリジナルの武術や格闘術を作る上では参考になるのではないかと思っています。
私はフルコンタクト空手をやっていますが、練習の組手では相手を倒すことを重視していません。何故、そういう考えに至ったかはよくわからないですが、その方が試合に勝てたので、それを続けています。
もちろん、この考えは比較的少数派で相手を倒すという事を主眼において組手をする人がほとんです。ときおり私と同じ考えで組手をやる人もいます。そういう人とやった時には倒す倒さないではない合気道やカポエイラのような世界が生まれる事もあります。
ごく稀なのですが試合でそういう風になった事もあります。
暴力を暴力として行使するがゆえにたどり着く奇妙な精神的な境地。これが武道の神髄なのかもしれません。そして、それを小説に取り入れるのは難易度が高いですが挑戦するに値するテーマではないかと思います。
でわ、この辺りで。
長らく投稿に間があいてしまいました。
これも突きやパンチについて書こうとしスランプにはまってしまったののが現認です。
突きやパンチというのは格闘技技術論においては鬼門かもしれません。




