かっとび2番打者
かっとべ。ぜんぶかっとべ。かっ飛ばす。かっ飛ぶ。
わたし、生来の2番打者。思慮深く、一歩退いてしまうところがある性質で、人をツカウことを得意とする。甘えるのはたいそう苦手だけれど。
サキちゃんがいて、わたしがいる。サキちゃんあってのわたし。それは生まれた時から決まっている。血の繋がった姉妹であるサキちゃんは、齢一つ上で、名前のとおりわたしより先に生まれた。
サキちゃんは、ひとやものに情熱を傾けるのが上手で、何をしていても映える。わたしは、サキちゃんを見ているのが楽しかったから、昔からあとを追いかけていた。追いつきたかった訳ではなく、ただ近くで見ていたかったのだ。
できの良いきょうだいを持つと、もう一方は観察者になるのだという。「優秀なお姉さんを持って大変ねえ」なんて言われた時には、へへへと笑ってへらへらすることにしている。
へらへらするのは、誇らしいからでも、小馬鹿にしているからでもない。ただ、へらへらする。これは存外しんどいことだ。しかし、自分を保つために必要なへらへらなのである。
見る人によれば、いつも幸せそうであるという。あるいは、わたしを見ていない人の言であるともいえる。わたしがへらへらしていれば、みんなに幸せ平和な世界が訪れる。そんなことはどうだってよかったのだけれど。
冬の砂埃が舞う、風が強い日。顔がちくちくして、目を擦っていた。
ーーまいちゃんは2番。
ヤマダさんが言った。6年生が引退する試合のメンバーだった。ヤマダさんが監督らしい声を出すのはノックを打つときだけで、普段は、声が小さい。冬は、殊に小さい。
当時5年生のわたしは、少年少女ソフトボールクラブに属していた。とって付けたようなジェンダーレスに笑みがこぼれる。
ソフトの試合には何度か出たことがあったけれど、スターティングメンバーは初めてだった。その日、レギュラーに選ばれたのだ。「2番・ライト」。引退するサキちゃんは、5年の時から1番打者で、センターとピッチャーをやっていた。
当時から背が低く、遠心力でバットに振りまわされることが常で、ヒットはほとんど打てなかった。だから、バントだけはこだわりを持って取り組んだ。
バントは、膝のクッションで。バントはボールと同じ目線で。
ぶつぶつ呪文のように唱えながら、練習した。何度も突き指した。それでも、2番打者という居場所があって、わたしは嬉しかったのだーー。
大人になったわたしは、すっかり2番打者らしくなった。会話が途切れないように、相槌を打って、へらへらした。自分で話題を出せない時も、膝のクッションで空気を和らげた。
恋愛でも、2番目が板についていた。タカハシという男がいて、かつて付き合っていた男なのだが、半年を過ぎた頃にフラれた。
でもどういうつもりか、未だによく連絡を寄越してくる。付き合っていた頃よりもマメに、連絡がくる。
タカハシが仰々しく連絡を寄越すのは、彼女と上手くいっていない時だ。フラれた理由が、「調子がいいときに勢いを殺してしまうこと」であるというのだから、つくづく笑ってしまう。
「じゃあどうして会いにくるの」
言うと、
「安心するから」
なのだという。
そりゃそうだ。わたしがいれば、あいつは安心して次に進める。次の人に、ホームに返してもらうのはあいつで、黙ってベンチに帰るのがわたし。わかってるのだ。
とどのつまり、わたしをナメているのだ。わたしのところに留まるつもりはないくせに、やって来ては、優しいフリをする。
それが優しさでないことくらいわかっているのに、しおらしくなってしまうのだ。
きょうもタカハシが来るらしい。出塁率が高い。それでも待っているわたしがいる。弱いわたし。寂しがり屋なわたし。
フったのはあいつなのに。わたしは、フレなかったのに。
なんでフレないんだろう。いつから振りきれなくなったんだろう。
いっそ襖の奥、大事にしまってある、金属バットを振り出だし、頭めがけて
ーーブンッ。
と振ると、足元に血溜まりができた。鮮血に染まった身体が長く横たわっている。いつも丁寧に整えられている髪が、赤黒い固まりを作る。バットは赤い斑点を付けてキラキラしている。
そんなことは起こらなかった。誰かを進める役のわたし。自分が進むなんてことはない。わたしはいつもへらへらなのだ。へらへらへらへら。
そういや近頃、2番打者最強論なるものがあるらしい。メジャーリーグでは主流の考え方で、2番に強打者を置くことで得点効率が上がるのだという。
冷たい世界。どんどん温度がなくなっていくのを感じる。どんどん。つなぎの尊さが失われていく。どんどんどんどん。効率化される社会は、あいだの役割をどんどんどんどんどんどん省略していって、大きなもので埋めようとする。
強い力が、居場所を奪っていく。力のないわたしが、唯一上位に入れる打順、2番。つなぎの役目。
ーー大は小を兼ねる。
兼ねないよ。やめろ。うるさい。黙れ。
世界は知らないのだ。お弁当に詰める、ブロッコリーを。
サイコロののりしろを(外からセロファンなんてみっともない)。
つなぎのないハンバーグなんて、ボソボソで美味しくないわ。
わたしがフルスイングできないことも問題かもしれない。でも。
バントは膝のクッションで。ボールと同じ目線で。
光ばかり追ってると、なにも見えなくなるから。暗がりで目を慣らして考える。暗がりで眼を休めて考える。そんなことを考えていた、年の暮れ、23時。
これからわたしは、2番の先にいく。いらないボールはカットする。ちょこんと当ててファールにしてやる。バントしかできないと舐めてるやつにはきっちりバスター喰らわしてやる。近距離だったら痛いよきっと。
カット、バスター、それからバント(みんな違ってみんないい)。
かっ飛ばす。新2番打者のわたし。かっとばせ。