三話
午前中に殺したゴブリンの数、二十六匹。さらに進化したゴブリン四匹も合わせると三十匹になる。昨日は五時間ほどで二十九匹、今日は三時間ほどだったので成長していると言えよう。相変わらず血濡れだけど。
そういえば、帰って来るまで感じていた視線がなくなった。一体なんだったんだろう。
「こちらが今回の報酬金となります。それと……ゴブリンファイター三匹にゴブリンメイジ一匹、合計四匹で1300ダルを追加いたします」
何故か受付さんに引かれている。やはり血塗れだったのは良くなかったか。報酬をもらったら早速大衆浴場に向かおう。
◆◆◆
「ふぅ……」
心が洗われていく……
この後はどうしようか。やはりゴブリン狩りに行くか……
何だかんだ言ってあいつらを相手にしているときが一番楽しく思える。俺はこの二日で変わってしまったのだろうか。自分じゃあまりわからない。
今の俺は、少なくとも前より楽しく人生を過ごせている。
レベルもグングン上がる。今の俺のステータスは、
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レベル:14
ステータス一覧
体力:39
筋力:33
脚力:35
防御力:48
魔力:6
魔法防御力:31
技能:23
運:16
スキル一覧
硬化
微回復
称号一覧
落ちこぼれ
長剣使い見習い:長剣を扱う技術力が少し上がる
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とまあ、こんな感じ。やはり防御力の伸びが良い。あまり役立ったことはないが、一度だけゴブリンの攻撃を受けてしまったとき、体力が1も減らなかったので、安心して戦える。
たぶんだけど、ファイターの攻撃もあまり効かないと思うのだ。自分から攻撃を受けに行くことはまずないので、確かめるには運悪く攻撃を受けてしまったときだけになる。そんなことあまりないようにしたい。
大衆浴場から出て昼食にしようと思うが、何を食べよう。
選択肢はその1……パン
その2……肉
その3……どっちも
その4……どちらでもない
……その1にしよう。この後も動く予定だし、軽めのパンに決定だ。
まあ、道路の向かい側にパン屋さんがあったからだってのもある。
「あの、これをくれないか」
俺は、細長いパンに数種の野菜と、何かの肉が挟まれた物を頼む。かなり旨そうで、もうあと一つしかなかった。
危ない危ない。どうやら人気のパンらしく、それが入れてあった籠の周りには『オススメ!』や『一番人気!』と、複数の絵の具で彩られた紙が貼ってあった。
「ハムサンドですね?150ダルになります!……ありがとうございました!」
さて、ササッと食ってゴブリン狩りだ!
◆◆◆
「はぁっ!」
「グギィ……」
レベルアップ。本日八回目のレベルアップで、レベルが18になった。今のはゴブリンファイターのさらに進化系、ゴブリンウォーリアーだ。中々頑丈そうな剣をもち、なんと鉄の鎧を着ている。といっても、ゴブリンファイターをさらに強化したと言うしかない。あまり強くは感じなかったが、レベルアップに必要な経験値が多いのが特徴で、二匹しか殺してないのにレベルが4も上がったのだ。
これは殺すしかない。今後も見つけたら積極的に殺っていこう。
……と、次の獲物だ。今度は普通のゴブリンだが、ざっと数えただけで二十匹はいる。さらにはちらほら進化した奴も見つける。これはかなりきつそうだ。
しかし、からだの内側が燃えるように熱くなってくる。魂が、あいつらを殺せと叫ぶ。気付けば足が動いていた。
「はぁっ……はぁっ……疲れた……!」
勝った。長く苦しい戦いだった。ゴブリンメイジ、あいつらは危険だ。一匹いるだけで全然違う。ゴブリンが戦術を使うようになるのだ。危険すぎる。
さらには新種のゴブリンプリーストまで出てきた。
ゴブリンプリースト、他のゴブリン達の回復に徹する補助戦闘員のような立ち位置だ。特に何か特徴があるわけではなく、それが逆に特徴とも言えるゴブリンで、早めに殺さないとかなり厄介だということを今日理解した。こんなに疲れているのもプリーストらが原因だ。
……少しずつ、されど確実に俺は強くなっている。今日もまた一つ学び、レベルも大幅にアップ。疲労以外は完璧と言っていい。
「……またか!」
またも現れる魔物。鉄でできた殺すことだけを追求したかのような、いや追求している短剣、軽めで、かつては見るものを魅了したであろう、傷だらけでありながら今も尚美しいと思える装備を見にまとい、ゴブリンとは思えない凄味、所謂殺気を持っている。その騎士の名を、ゴブリンナイトと言った。
「よりにもよって推奨ランクD以上のゴブリンナイトか……これは、まずいな。」
だが、闘気は消えない。新たな強敵、自分を上回るであろう魔物と闘いたい……!
つい笑みがこぼれる。自分の中にあるナニカが変化している。それが心地良い。
「さあ! 闘おう、ゴブリンナイト!」
ゴブリンナイトは思う。目の前の男は危険だと、自分の本能が言っている。だからこそ、ここで、自分の手でこいつを消す。
先程向かわせた部下達は十分な働きをしてくれた。こいつの体力を消耗させ、だいたいの実力を図る定規にちょうどよかった。
こいつが全快でも自分が上だとわかった。さらにこいつは今疲労している。その証拠に額には汗が浮かび、息も荒い。
……だがゴブリンナイトは油断はしない。目の前の男はこれっぽっちも諦めていない。獣のようにゴブリンナイトの隙を狙っている。追い詰められた獣が一番厄介だと、ゴブリンナイトは知っている。
この状態が続けば、高まるお互いの闘気にあてられ、魔物達が集まってくるだろう。つまり、早くケリを着けなければさらに状況は悪化する。ゴブリンナイトはそれが分かっているから攻めてこない。やはりさっきまでとは全くの別物。
ゴブリン三十匹殺すより難しいぞ、これは。
ナイトは構えをとっていない。だと言うのに、攻められない。
……焦れば負ける。
慎重に近付く。……そして、砂を蹴って不意を突く!
「グ!?」
悪いな、命が懸かってるんだ。文句は言えないだろう?
「はぁっ!」
「ギギィ!」
剣がぶつかり合う。
数瞬力比べをして距離をとる。とんでもない力だ。剣がピクリとも動かなかった。やはり一筋縄ではいかないか……
「せいっ!……だぁ!」
「ギギャ!」
剣を本格的に振って二日目の俺とは全く違う。剣技、力、経験、さらには集中力までナイトが上。……ならば知恵で行くしかない。
砂で惑わせる。
足で蹴る。
石を投げる。
ゴブリンの死体を盾にする。
落ちている武器を投げる。
「まだまだぁっ!」
「グギィ!?」
どうやら慣れない動きに困惑してるらしい。だが、それでもこちらに良い攻撃をさせてくれない。とんでもない技能だ。
だからこそ、俺も燃える!
ナイトが笑う。
俺も笑い返す。
「グギャギャ!」
「はははっ!」
先程の疲れなど吹き飛んでいた。今は目の前の敵に集中する。
剣がぶつかる。俺は火事場の馬鹿力でナイトの剣を上に弾き返す!
「隙有りぃぃ!」
おもいっきり剣を振り抜く。剣がナイトの胴体に直撃し、吹き飛んでいく。
だが、すぐに立ち上がったナイトが構えをとる。挑発している。破ってみろと、誘われているのだ。それに応え、俺はナイトに接近する。
またもぶつかる剣、今度は俺が競り負けた。
「ぐっ!?」
「グギャ!」
ナイトが剣を振りかぶるのが見える。
.....だが、俺にはまだ切り札と言うものが残っている。それが……
「硬化!」
「ギギ!?」
俺の体が石になったように変色する。ナイトの剣が俺の首を切らずに止まった。これが硬化、俺の切り札だ。
「勝ちを急いだな、ゴブリンナイトォ!」
ナイトがしまったと気付いた顔をする。急いで防御するが、もう遅い!俺の剣がおまえを切るのが先だ!
「はあぁぁっっ!」
確かな手応え。ナイトの鎧を貫通し、致命的な傷を与えた。
剣をナイトの体から抜く。
「グ……グギィ……」
「はぁっ……はぁっ……俺の、勝ちだ!」
倒れる間際、ナイトは満足そうに笑っていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
どっと疲れが押し寄せる。
勝てた……!俺が、ゴブリンナイトに勝てたのだ!
達成感に包まれる。森の開けたこの場所で、俺は確かに勝ったのだ。もう落ちかけの日の光が俺を照らす。俺の勝利を祝福してくれているような、暖かい光だった。
◆◆◆
その戦いを見ていたある男がいた。その男は冒険者ギルドの組員で、ギルドオーナーから、彼のことを調査してほしいと頼まれたのだ。
彼は元冒険者で、隠密に優れたスキルを持った諜報員だ。だから、彼が自分の視線に気付いたことに驚愕していた。
彼はつい先日まで貴族のお坊っちゃまだったはず……だと言うのに、この実力。
短期間でゴブリンナイトすら倒す成長速度に、自分の存在に気付く直感。
「これは……どうやら俺の手では負えないらしい。報告せねばならんな……」
それは予兆。未来の大冒険者の予兆。
アッシュと言う青年の、隠された力の片鱗だった。
◆◆◆
森から帰ってきた俺は、まず第一に大衆浴場に向かった。この疲れを癒すのはあそこしかない。
そういえば、ゴブリンナイトの両耳を切っていたときにナイトの胸から出てきたこの綺麗な石はなんだろうか。どこか人を引き付ける魅力がある。
何となくだが、これはナイトが俺を認めてくれた証拠なのではないだろうかと思う。
「はぁぁぁぁぁ……!」
今日は格別に風呂が気持ちいい。自分の格上を倒し、綺麗な石ももらって、気分は上々だ。
ゴブリンナイトを倒したことにより、レベルが大幅に上がったらしい。その上昇値は何と7!前の大量のゴブリンを入れてだから確かな数値はわからないが、それでもすごい経験値に代わりはない。
さて、そのステータスだが、
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レベル:25
ステータス一覧
体力:45
筋力:40
脚力:39
防御力:54
魔力:6
魔法防御力:50
技能:25
運:18
スキル一覧
硬化
微回復
大斬り:筋力を上げ、剣の威力を増加させる
称号一覧
落ちこぼれ
長剣使い見習い
ゴブリンマーダー:連続してゴブリンを大量に殺害した者に与えられる。ゴブリン系統の魔物に与えるダメージが上がり、受けるダメージが下がる
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こんな感じになり、なんと新しいスキルと称号が追加されたのだ。しかもどちらもありがたい効果だ。
これでもっと闘える!強い魔物と!
俺は楽しみで仕方がなかった。
◆◆◆
「……これは事実なのか!? 信じられん!」
比較的大きな建造物である冒険者ギルドの一室で、二人の男が話している。内容は二日前に冒険者となったある青年についてのことだった。
「本当です。調べによると、二日前までは貴族の息子だったらしく、魔力が無いと言う理由で追い出されたとか」
「魔力が無い!? それこそ嘘だろう! でなければ、この強さはどこから来ているのだ!」
そう大声で言う男、五十代前半に見える彼はギルドオーナーその人で、相対する男、アッシュを観察していたギルド組員。
この二人は今、アッシュの戦う映像を見ている。
机の上におかれた紫がかった水晶から光が出ており、その光が壁に映像を映し出していた。
水晶の名はメモリーグラスと言って、魔力を通すことによって、その魔力を通した人物が見たものを記録するというものだった。
一部でしか出回っておらず、しかもかなりの高額で売られているので手に入れるのはかなり難しい。
「彼の待遇はどうしましょう。見ての通り実力は本物です」
「ふむ……まずは彼をDランクに昇格させるのだ。そしてクエストを受けさせ、実力を測ろう」
「了解しました」
ギルドオーナーは、これから忙しくなりそうだと溜め息をつく。
◆◆◆
「おめでとうございます。ギルドオーナーから、この度あなたをDランク冒険者に昇格するようにと仰せつかっております。ですので、これよりアッシュ様はDランク冒険者として行動していただきます。……それと、今回の報酬金、ゴブリン十六匹、ゴブリンファイター二匹、ゴブリンメイジ一匹、ゴブリンプリースト一匹、そしてゴブリンナイト一匹で、合計3800ダルになります」
と、三枚の金貨に、八枚の銀貨を受けとる。それにしても、いきなりの昇格だな。
まあ、ゴブリンナイトを殺したし、これでもっと強い魔物と闘えると思うとワクワクしてくる。ありがたい話だ。
冒険者ギルドを出て宿屋に帰宅する。今日も相変わらず騒がしいところだった。その道中で、首から下げるタイプのシンプルな巾着袋を雑貨屋さんで買った。そこに今日手に入れたゴブリンナイトの石を入れる。
……なんだか少し強くなった気がするのは気のせいだろうか。
今日もぐっすり眠れた。
翌朝、今日も冒険者ギルドで受けれるクエストを探していると、男に声を掛けられた。金髪に整った顔。緑色の珍しい瞳をしている。
「なあ、君。噂の新人君だろ? よかったら少し話さないか?」
「別に構わないが……噂の新人?」
「そう! 冒険者になった初日から血塗れになって大量のゴブリンの耳を持ってくる噂の新人さ!」
どうやら噂されてるらしい。嫌ではないし事実なのだが、少し恥ずかしいな……
「それで、何の用だ?」
「まあ、立ち話もなんだし、近くの喫茶店で話そう」
そう言って連れてこられたのが、喫茶店『シャープオブティー』だった。かなりお洒落な店だ。骨組みが見える天井で、魔法によって動いているシーリングファン。窓からのどかな日差しが入り込んでいる。夏の今にぴったりの店だ。
「ほら、あそこだ」
彼が指差す先には三人の男女が座ってある六人テーブルだった。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕はヘンリー。よろしく」
「……アッシュだ。よろしく」
「そして彼らが僕のパーティー仲間だ。」
「おぉ! 来た来た、ここだ! ヘンリー!」
そう言って黒い髪をボサボサにした美丈夫がこちらを見て声をかけてくる。
「いやぁ~良かった良かった。ヘンリーってば、人誘うの下手だからさ、来てくれるか不安だったんだよね~」
「うるさいな! 人のこと言えないだろ!」
「まあまあそこら辺にしようぜ、彼が困ってる」
ヘンリーと赤髪の美少女が口喧嘩をして、それを止める黒髪の人。それを微笑みながら見ている銀髪の美女。やけに美男美女揃いのパーティーだな……
「ごめんごめん、紹介するよ。赤い髪のうるさいのがマーレ、でこっちのボサボサがケイン。で銀髪がロゼッタだ。あと一人いるんだけど、まだ来てない。そして皆、彼が噂の新人、アッシュ君だ!」
「どうせ寝坊でしょ。それより君! 話してみたかったんだ! よろしくね!」
「あ、ああ……」
急な展開に戸惑う。このマーレさんはとても元気な人らしい。
「ハハハ、ごめんな?うちの馬鹿二人が。さっきもヘンリーが紹介してくれたが、俺はケイン。このパーティーで盾役をしている」
「馬鹿って何よ! こいつはともかくアタシは馬鹿じゃないわ!」
「おいおい、聞き捨てなら無いぞマーレ! 僕はともかくとはどういう意味だ?ん?」
「そのまんまよ。この馬ぁ鹿!」
「っな!? リーダーに向かってそんな口聞いて良いと思ってるのか? 馬鹿マーレ!」
「はぁ!? あんたがリーダーとして役に立ったのなんて少ししかないじゃない!馬鹿ヘンリー!」
「お前ぇ! 言って良いことと悪いことがあるだろ!?」
騒がしい連中だ。だが、少し羨ましくも感じる。俺も友達がいれば、あんな風に楽しそうに喧嘩できるのだろうか。
「それで、何の用で俺を?」
「ああ、忘れるところだった。君を呼んだのは、あるお願いがあるからだ」
さっきまでとは違い、真剣な顔でこちらを見て来る。
俺に出来ることなどあまり無いと思うが……
「是非!僕たちのパーティーに入ってほしい!」
……え?
「いや、それがさ、最近僕らは北の森の中心を目指してるんだけど、どうしても人手が足りなくてさ。それで、今噂の君に是非入ってほしいんだ!」
「お願い!」
「……分かった。その話、受けよう」
「おお!本当か!」
俺が今、最も欲しているのは、強敵との闘い。この人たちについていけば、確実に強い魔物と闘える。そんな気がする。
「よおぉし!今日は新メンバー参加を祝って、今夜ケインの家で親睦会だ!」
「何で俺ん家なんだよ」
「広いから!」
……なぜだろう。この人たちは、たぶん俺が魔力を使えない出来損ないと知っても一緒にいてくれる。そう……思えるのだ。
「で、これから何するの?」
「まずはアッシュの実力を見ておきたい。北の森に行こう」
「りょーかい。あ、アイツどうすんの?」
「アイツ?」
「そういやアッシュは知らなかったな。俺達のパーティーにはもう一人いるんだが、アイツはあまりここに来なくてな。呼べば素直に来るんだが……」
そんな人が……
そう言えばさっきもヘンリーが一人いないと言っていたな。寝坊だとマーレは言っていたが……
「どんな人なんだ?」
「研究馬鹿よ。ポーションの」
ポーション……確か体力回復やステータスを一時的にアップさせる魔力の入った薬だったか...?ヒーラーがいなければとても役立つと聞いたが。
「名前はロゼリアっていってな、実力は確かなんだが、自分の研究室に籠ってばかりなんだ」
と、ケインが声を出す。そんな人がいるのか。会ってみたいものだ。
「そして、そこのロゼッタの妹なんだ。」
「へぇ。」
「妹がすみません……」
はじめてロゼッタさんが喋った。耳に流れ込むような綺麗な声だ。
「いや、全然良いよ! こっちがお願いしてるだけだし! 彼のポーションはとても効果があってね! いつも助かってるんだ」
「そうなのか。見せてくれないか?」
「これだよ。綺麗な色だろう? ポーションは色が鮮やかなほど効果が高いんだ。これは間違いなくこの国でもトップクラスのポーションだよ」
「ほんとにすごいのよ!? この前なんかケインの腕がざっくり怪我したときも一瞬で元通りになっちゃったんだから!」
それが本当なら、まず間違いなく上級ポーションだ。
「凄いんだな...ロゼリアという人は」
そう言ってロゼッタさんの方を見る。
「ええ。私の妹は凄いんですよ?」
そう微笑むロゼッタさん。とても綺麗な笑みに思わず見とれてしまった。
「いやいや、ロゼッタさんもヤバイだろ。何てったって魔法の威力が半端無い。」
「いえ、そんな。私なんてまだまだ……」
「そうやって謙遜するところが、マーレとは違うなぁ……」
「な!? ヘンリー!あんたあたしのこと馬鹿にしたでしょ!?」
「やめとけやめとけ。そろそろ北の森だぞ」
と、ケインの声で急にパーティーの雰囲気が変わる。確かにもう北の森が見え始めた。北の森の木は暗い色をしている。
なるほど、このパーティー、かなりの実力者たちと見た。
「ちなみに、このパーティーのランクはどれくらいなんだ?」
「パーティーランクはBだよ」
「すごいな……」
「フフン、アタシの冒険者ランクもBよ!」
「残念、僕はAさ! 僕の方が上だね!」
「ふん! あんたなんかすぐ追い抜かしてやるわ!」
「無理だね! その頃には僕はSランクさ」
「それこそ無理よ! 今のランクも奇跡みたいなものなのに」
「んなっ!?」
「おい、いい加減にしろ!!」
「「すみませんでした!」」
綺麗にハモったな。
……というかケインさんがリーダーのようだ。
「……!敵が来ます!」
そうロゼッタさんが小声で言う。すると、一瞬で辺りが緊張感に包まれる。さすがはBランクパーティー、切り替えが早い!
「数は?」
「ゴブリンが……十八匹!かなり多いです!」
「おいおい、ここら辺はまだ浅いだろ?いったいどういうことだ」
「とりあえず迎え撃とう。なに、大丈夫さアッシュ。この程度僕たちがすぐに……」
そう安心させるようにヘンリーが振り替えって笑い掛けてくる。
……だが、それでは駄目なのだ。俺は闘いのために此所に来たのだから。
その言葉は胸に秘める。言ってしまえば、きっと気味悪がられるだろう。俺は変わったと自分でも思う。その変化は、俺にとって嬉しいものであり、悩みの種でもあった。
「いや、俺がやる」
「はぁ!?あんたマジで言ってんの?」
「俺の実力を測るんだろう?絶好の機会じゃないか」
「……分かった。ただし、危ないと判断したらすぐに助ける。いいね?」
「ああ」
そう言って俺はゴブリンたちの方に近付いていく。あちらも俺の存在に気付いているようだ。ゴブリンナイトの時よりも楽に殺せるだろう。
……だが、俺は恐怖を感じている。己の本性を彼らに見せることで、彼らが俺を受け入れてくれるか試すのだ。それが少し、怖い。もし気味悪がられたら……そう思うととても不安になる。
今驚きの言葉を発してゴブリンに近づいていった新人、アッシュ君のせなかを見ながら、マーレが声を掛けてくる。
「ちょっと、大丈夫なんでしょうね?さすがにあの数はあたしにも厳しいわよ」
「分からないが、彼の瞳には強い闘志を感じたんだ。なに、さっきも言ったが危ないと思ったらすぐに駆けつけるさ」
そうしているうちに、闘いが始まったようだ。
「……マジか。」
「嘘でしょ!?」
「これは……」
そこには、ぐちゃぐちゃになったゴブリンの死体達。そして、ゴブリンの首を飛ばすアッシュの姿があった。すでにゴブリンは大半が虐殺されている。数分でだ。
「……どうするリーダー。かなりのもん拾っちまったが」
「もちろん歓迎するさ。誘ったのは僕だしね。まさかここまでとは思わなかったけど」
「……終わったぞ」
アッシュはまるで今の闘いが何ともなかったように戻ってきた。血塗れになってはいるが、怪我はひとつもしていない。
「いやはや、凄かったよアッシュ! 君は戦闘のセンスがあるらしい」
「そうか?」
「そうだよ! だからね、一つ提案があるんだ。君を僕たちで鍛えてあげるよ。今の君には技能が必要だ」
「え!? 聞いてないわよヘンリー!」
「言ってないからね」
そこで彼らは、アッシュが驚いたような顔でこちらを見ていることに気付く。
「どうしたんだ?」
「いや……その、怖くないのか?自分でも俺が少しおかしくなってきているというのは分かるんだ」
「怖くなんてないわよ。そりゃあ驚いたけど、だからって怖いなんて思わないわ」
「ああ。僕たちはこれでもBランクパーティー。もっとヤバイのだって見てきてるのさ」
「そう……か……」
「そうだ」
暫しの静寂。しかしてそれは、決して気まずいようなものではなかった。
「ああ……安心した…」
彼はそこではじめて笑顔を見せる。先程とは全く違う、穏やかな笑顔だった。