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  #07 久篠乃

 上宮雅という名前について邦宗に連絡を入れたが、結果は芳しくなかった。ただの名前のアナグラムだし、すでに上宮雅は成人し、後見人の元から離れているという。そもそも後見人からの報告では、彼女は追求者の世界から離れたがっていたらしい。裁定委員会は上宮雅が脅威となる可能性を考慮していなかったのだ。

 だが彼女は舞い戻ってきた。もしかしたら後見人すらも騙していたのかもしれない。だとしたら、そんな彼女がこのタイミングで斉明と出会おうとする理由は……。

 久篠乃はゴルフバッグにありったけ役に立ちそうな道具を詰め込む。

 斉明を騙して呼び出したのだとしたら、既に戦闘になっている可能性が高い。援軍行くには、それなりの準備が必要だ。

 作業台の下から、細い鉄骨の束と蓋つきの水瓶を取り出して、ゴルフバッグの中に入れる。側面のポケットに、返し付きの手投げの鉄の矢を八本と、四方一メートルほどの透明な布地を手早く折り畳んで入れて、さらに透明な粉の入った袋と、鉄でできた直径二センチほどの花の種のような物体を二つほど、ズボンの後ろのポケットに入れる。

 最後に、手裏剣と風車を足したような……輪に斜めに刃が付いた珍妙な道具を、一度開閉動作を確認してから、また折り畳んでゴルフバッグの中に入れた。

 とりあえずはこんなところか――そう思ったところで、鉄を切り裂く甲高い音を聞いた。

 玄関からだ。異変を察知した久篠乃は、仕事部屋からリビングに出る。

 扉が人工大理石の床に落ちる、けたたましい音が響き渡る――直後、靴脱ぎ場に倒れた鉄扉を踏みしめて、室内に入ってくる人影が一つ。

「こんばんわ」

 月光を背に、暗闇に溶け込む煤のような黒い長髪がザラザラと棚引いている。まるで女の幽鬼(ゆうき)のようだ。

「どちら様……? エントランスを通した覚えはないんだけど」

「知ったことじゃないわ」

 女は土足で室内にずかずかと踏み込んでくる。そもそも扉の蝶番を切り裂くとは、どういう了見か――侵入者の女が持つ槍を見て、久篠乃は気づいた。角度によって光を透かし、また反射するガラスの物体。

 長さにして二メートルほど。鋭い先端は刃のそれだ。一体それが何なのか、久篠乃はすぐに察しがついた。

 ――槍……。

 長柄の得物はリーチで有利だが、この室内では仇となる。取り回しにくい槍は、障害物が多く空間の狭い場所では扱い辛い。

 ゴルフバッグに入れたばかりの手投げの鉄の矢を何本か掴みつつ、久篠乃はじりじりと後退する。襲撃してきた敵の方が有利な状況だ。どうにか立て直したい。

「もしかして、上宮雅さん?」

「だったら何?」

 狭い廊下を通り越し、リビングに踏み込んだ途端――ほんの数歩踏み込んだ女が、突如槍を突き出してきた。

 狙いは胴――右に身をひねりながら久篠乃はそれを回避して、返す刀で左手で槍の刃のない部分を掴む。これで敵を押さえた。あとは手投げの矢を女にめがけて投げつけて……。

 だが、そうはいかなかった。突如として左手で握った槍が、すっと手を抜けたのだ。

 ――消えっ……!

 顎の下に叩きこまれる槍の打撃――手首の返しで放たれたため威力は控え気味だったが、久篠乃の意識は一瞬だけ軽く飛んだ。

 目を白黒させながら、いったい槍に何が起こったのか――考える前に、女は次のステップに移っていた。リビングの中で槍を半回転させると、その後部が遠心力に乗って、先ほどとはま反対の右下から、久篠乃の膝目掛けて猛進する。

 普通の槍であれば、周囲のソファやテーブルといった物を巻き込むか、もしくは引っ掛かってまともに操れたものではない。だがこの槍は、どういうわけか物体をすり抜けるため、周囲の影響をまるで受けない。

 久篠乃はその場で大きく跳ぶと、右の手投げ矢を一つ投げつけた――大振りの投擲の軌道は、襲撃者にとってバレバレだっただろう。

 あえて回避を選択させて――久篠乃はリビングの奥、ベランダの扉を開け放って外に出る。

 逃がさんとばかりに上段から振るわれる槍――天井を通過して久篠乃の脳天に向かって来るが、相手の腕の動きから軌道を予測してなんとか避ける。

 ベランダの床に激突したところで、すかさず槍の根元を踏みつけるが、するりと久篠乃の足を通り越して振り上げられ、そのまま喉元に突き込まれる。

 ――やっぱダメかッ!

 久篠乃は横に避けつつ、ゴルフバッグを開けた。

 この女の槍は『通過』の解創の状態と、いわば実体化(、 、 、 )とでもいうべき状態を簡単に切り替えられている。向こうの攻撃は当たるのに、こっちから槍を押さえ付けられないというのは、非常に厄介だ。

 室内でも使えるようにというよりも、むしろ室内にある障害物をブラインドにして死角から奇襲する為なのだろう。槍の半分より先が柱や天井を通過すれば距離を測り損なう。長柄の得物のデメリットとして掴まれてしまうリスクがあるが、それすら消える。直接戦闘に関わりのなさそうな『通過』の解創と、これほど相性のいい得物があろうとは思ってもみなかった。

 だがある意味では、追求者同士の戦闘は裏の掻き合いだ。そういう点でこの女の道具は、追求者らしいと言える。

 体勢を立て直すべく、一度槍を引いた女に、久篠乃は呼びかける。

「あなた、上宮雅さん?」

 女が反応したところで図星と悟り、その一瞬の精神的な隙をついて、久篠乃はゴルフバッグから手裏剣と風車足したような道具を取り出した。折り畳んだ状態から一瞬で開くと、中心の穴に自分の左手首を通す。まるで風車だ。

 手首の返しで初速を付けて、一瞬で自分の意識を風車だけに向ける――『風成り』の解創が成された。

 巻き起こる風は直線ではなく、放射状に部屋全体を飲み込む。『風成り』は屋外から大量の空気を取り込むと、それらは壁を伝って中心に向かうように吹き荒れた。

 風車を中心に、放射状に巻き起こる竜巻のような風が、室内のすべての物を吹き飛ばす。テレビ、ソファ、あらゆるものが投擲物となって女を襲う。

 女が投擲物を避け、槍で捌いている間に、久篠乃は風を逆転させる――すなわち、風を屋外に成した。

 轟々と吹き荒ぶ風で久篠乃はあるもの(、 、 、 、 )を作り上げた。それは、さしずめ風の道だ。コの字を描く、見えない道に乗った久篠乃は、猛烈な速度の風に乗せられて、二十四階から屋上に着地した。

 追ってくるまで時間が掛かるだろう。非常階段かエレベーターか、あるいはそれ以外か……

 久篠乃は再び『風成り』で道を作って、自分の部屋から死角になる、近くのマンションに飛び移る。

 夜で良かった。闇に溶けて誰も見つけられないことだろう。

 それを二度ほど繰り返して、セキュリティの甘いビルの屋上から一階に降りると、久篠乃は夜の街に逃げ込んだ。

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