#14 斉明
一夜が明けて。
雅については、曾孫たちでの葬儀が許された。国枝邦明はそのまま荼毘に付されることになるらしい。
喪主は雅の兄である亮平がすることになった。葬儀場には、七年ぶりに見る顔が何人もいた。斉明は高校の制服で葬儀に赴いたが、あとの曾孫たちは、みな斉明よりも三つ以上年上で高校は卒業しているので、黒い喪服を着ていた。
これがもし別の誰かの葬儀だったら、雅だって黒い喪服を着ていたのだろう。その姿を想像すると、現実との乖離に胸が痛んだ。
皆が遠方に住んでいるので、葬儀が終わると、火葬場に移動して火葬し、更にまた葬儀場に戻って初七日も一緒に済ませる。裁定委員会の調査があったせいで、雅の遺体はすぐには親族の元に戻らず通夜が出来なかったため、せめてもの初七日だけはやっておきたかった。
葬儀が終わると解散となった。あとは帰るだけだ。そう思っていたのだが、自分の名を呼ぶ人がいた。
「斉明」
それは明日香だった。かつては髪の毛を高い位置でツインテールにしていたが、もう十九になるとあってか、髪は下ろしていた。そのせいか、七年前よりもミステリアスな印象が増しているように思える。
「久しぶり……だね……」
どんな風に話していてたか、よく思い出せない――七年間の断絶に、今更になって斉明は気づいた。とりあえず、前から気にしていたことを尋ねてみる。
「四年前に、通り魔に遭ったって聞いたけど、その……大丈夫だった?」
きょとんとした表情を浮かべると、明日香は斜め上を見て記憶を探る。
「あー、あれか……うん、大丈夫だったよ。ぶっちゃけよく分かんなかった」
本人からすれば、そんなものなのかもしれない。結局、犯人が誰かは分からずじまいだが、斉明は邦明が犯人ではないかと疑っていた。
会話が続かない。無理に続ける必要もないだろうが、なんとなく気まずい……そう思っていると、明日香の方から会話を振ってきた。
「そういや、当主の話が有耶無耶になってるけど、斉明の好きにしなよ。なんか大人が文句言うかもしれないから、その辺は適当にすればいいし」
相変わらず適当な物言いに、斉明は呆れを通り越して感心した。この人は、変わらないなと。
「うん……そうだね……そっちは、今は、何してるの?」
「私は大学行ってるよ。斉明は高校生か。追求者の事とかにも関わってるの?」
「うん……まぁ、後見人の人の手伝いしながら、ちょっとずつ……」
明日香は、まるで表情を変えないで、けれど斉明の反応で様子を察したらしく、うんうんと頷く。
「そっか。元気そうで安心した。じゃあそろそろ行くね」
明日香が時計を見ながら言った。
「うん。じゃあそっちも元気で」
そういって互いに離れるが――すぐに明日香が、「あ、ちょっと待って」と言って振り返る。
「人間、いつでも大人になれるもんだよ。焦んなくていい」
それはこの七年で、明日香が識った持論なのか――気持ちが軽くなった気がして、斉明は小さく頷いた。
斉明は自宅ではなく、とある施設に向かっていた。久篠乃が入院している場所だ。一般の病院には入れられない為、裁定委員会と事情を共有している人間が運営する、元が小さな個人病院だったという場所を改装した所に『入院』をしていた。
「様子はどうです?」
患者服を着た久篠乃は、ベッドの上に寝ていた。個室にベッドがあるだけの簡素な部屋で殺伐としているが、大して久篠乃の顔色は良好だ。
「二週間くらいで退院できそうだって」
「そうですか……」
ドアがノックされる。「どうぞ」と久篠乃が言うと、入ってきたのは、資材管理部の国枝邦宗だった。二人して少し驚き、気まずくなった。邦明は邦宗の実の弟だからだ。そんな久篠乃と斉明の心境を察しているらしく、邦宗の表情も、どことなく強張っている。
「お見舞いに来たんだけど……菓子折りも花も用意してないんだけどね」
正直、花瓶もない部屋なので、こちらとしては助かる。
「すみません、お忙しい所……」
「いやいや、いいんだよ、そんなの……といっても、すぐに帰るけどね。一つだけ言いたいことがあってね。不正な貸与申告者が、上宮雅によるものと確認が取れたんで、参考資本の提供禁止が解除されるそうだ」
「それは良かったです。この病院、保険が効きませんから」
久篠乃が冗談めかして笑った。釣られて邦宗も笑う。
「じゃあ、僕はこれで……」
邦宗は部屋から出る。反射的に斉明も部屋を出て、邦宗を呼び止める。
「あの……邦宗さん」
だが言葉が続かない……事実上、邦明を殺した自分が、何をどう言えばいいのか……そんなことを考えている間に、邦宗は振り返らずに、先に言った。
「俺は、弟を殺したのをキミだとは思ってない……それに、先に手を出したのは邦明だ。どっちが悪かったかくらい、俺も分かってるよ。むしろ弟が迷惑をかけて、本当に済まない」
「いえ、そんな……」
「けど、これだけは言わせてくれ……あいつだって、好きでああなったわけじゃない。それだけだ」
それだけ言うと、再び邦宗は廊下を歩き始めた。この人も、上宮を恨んでいるのか――胸中に残るしこりに気付きつつも、斉明はその背にお辞儀した。
斉明は家に帰ると、荷物を自分の部屋に置いて作業部屋に向かった。
これから、作らないといけないものがある……そんな使命感があった。こんなことを考えてしまうのは、明日香と、そして邦宗の影響だろう。
いつでも大人にはなれる。けれど大人になろうと思わなければ、大人にはなれないのかもしれない。大人は、完全に子供を捨て去ることはできないのかもしれない。けれど引きずって良い童心と、引きずってはいけない稚拙さがある。
自分に残る弱さは一つだ。我儘で手に入れた『使い「手」』が、昨日の事件の一端に関わった。だというのに自分は、昨日のことを断片的にしか知らない。
いずれ全ての『使い「手」』の記憶を、原本たる自分に統合しなければいけない。
その前に、まず『使い「手」』の修復から始めないといけない。邦明を仕留めるため犠牲になった『使い「手」』の破片は、全て回収済みだ。困難な仕事になるだろうが、斉明は諦めるつもりなど毛頭ない。
かくして前足の欠けた龍は、繋げるべく邁進する。腕の数は、どうにか足りている。あとは繋げ方を模索するだけだ。
これにて「ひれ欠けた鯉の滝登り」シリーズは完結となります。
ご愛読いただきありがとうございました。
次回作が出来たらまたお会いしましょう




