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  #13 斉明

 数秒前。

 上宮斉明の派生は、ほんの僅かな違和感をきっかけに考えを巡らせていた。

 邦明はアドバンテージの観点からしても、右腕に触られることを警戒する筈だ。だというのに、派生は触れることができた。注意していたにしては、あっけなさすぎる。

 そしてその後、邦明は左腕の『盗奪』により上宮斉明の靴、『風成り』を奪い取った。

 派生の警戒心は『使い「手」作り』と『探り手』に向いている。ならばもっとも警戒の薄く、かつ状況を変えられるという点で、機動力を奪うという選択肢はアリだろう。

 だが右腕の違和感が、左腕への警戒に繋がる。

 脅威度としては『賜与』の解創よりも、首輪に触れた瞬間『使い「手」』を奪い取れる『盗奪』の方が上だ。

 もし彼の『探り手』に弱点があるとすれば、触れた道具の意図、解創しか読み取れない点だろう。例え道具の解創を読み取れても、人間の考えを読み取ることまではできない。だからこそ警戒する必要が出てきた。

 どちらにせよ『盗奪』を考慮した対応を考えなければいけなくなった。『風踏み』を失った時点で、たとえ『弦鳥』という道具で距離の利を得ているとはいえ、間合いを選ぶという手を失っている。ならば相手の手を読み迎撃するしかなくなった。

 策を一瞬で練り上げた派生は、睨み合い、距離を取るように退くフリをして、足であるものを探した。それは最初、この部屋に来た時に発見した『後ろ反らし』の鏡面立体の破片だった。道具は壊されていたが、まだ解創が活きているものがあったのは、来た時に確認済みだった。ある程度の大きさがあり、かつまだ解創が活きているものを見つけると、それを拾い上げた。

 次に砂煙を立てると、『弦鳥』で一言『くびわを囮に とりは飛んでる』と床に刻んだ。そして『弦鳥』を最大限の力で『弦鳥』を大きな弧を描くように飛ばし、弦の後部の指輪を『探り手』から外した。『探り手』を扱える状態から収納の状態に戻すと、『使い「手」作り』の開閉器を閉じた。

「使い『手』」づくりを使ったのは他でもない、派生である彼自身も、また上宮斉明であり、その仕組みについては知悉(ちしつ)していた。

 そして原本たる斉明(、 、 )は、現状を理解した。

 首輪が破壊されたわけではなく、開閉器だけが閉じられているという事は、その必要があったという事だ。

 ではなぜか? 派生ではなく、原本でなければ対応できない状況だということだ。

 道具を使うという選択肢は、最初から斉明には無かった。それなら派生は、こんな暴挙に及ばずとも、自分で『弦鳥』を使えばいいだけの事なのだ。

 手から離された『弦鳥』、そして床に刻まれた『くびわを囮に』という文字――邦明が生きているのも含めて、斉明は全てを悟った。記憶の全てを継続していなくても、必要な情報だけは揃っていた。

 斉明は『使い「手」作り』の首輪から『使い手』を取り出して、見えない破片――『後ろ反らし』の破片の一部――で、『穿ち爆ぜ』の弾丸を隠すように、首輪に、とある糸(、 、 、 、 )で結び付けた。

 派生が作り上げたシナリオに、原本が従うというのも皮肉な話ではあったが――派生も自分であるがゆえに、また信用するに異存は無かった。

 囮である『使い「手」作り』に食らいつき――『穿ち爆ぜ』が右手を破壊したのち、上空から急降下した『弦鳥』が、手と足を切断した。

 最悪の状況になれば、原本である自分が『探り手』を使わなければいけない状況も覚悟していた。それを見越して派生は『弦鳥』を円を描くように飛ばしたのだろう。外れても、手元に落ちれば回収できる可能性は上がる。

 そして原本が主導権を握ったことで、邦明の張った伏線は全て無意味になった。左腕の『盗奪』を囮とした、『賜与』の右腕への警戒は、派生しか持っておらず、原本である斉明は知らないままだったからだ。


 そして、最後に問題だったのは、『使い「手」作り』にどうやって『穿ち爆ぜ』を付けるか、ということだった。

 だが結び付けるための道具はあった。それは(、 )だ。

 それはガラスの糸――つまり『後ろ反らし』と『穿ち爆ぜ』と『使い「手」作り』を結ぶために使ったのは、『使い「手」』というガラスの糸だった。

 当然、今の『穿ち爆ぜ』の炸裂で無事なわけもなく――邦明との死闘を演じた派生たる『使い「手」』は、あっけなく砕け散った。

 最後に主人を使い、そして主人に使われて。


 腕と足を『弦鳥』の弦に切断されて出血しながらも、邦明はまだ一命を取り留めていた。出血だけでも、すぐに死にそうなものだが……どちらにせよ、そう長くは保たないだろう。

 治癒に関する解創など、この男が追求していたとは思えない。これほどの重傷を負って再生することなどあり得ない。

 もちろん応急処置をして然るべき処置をすれば分からないでもないし、『弦鳥』による切断は、切り口が綺麗なため、医療の知識を持たぬ斉明でも、作り手としての能力を生かして縫合すれば、治療はできるかもしれないが、あいにくと雅を殺した邦明を生かしておこうという意思はなかった。

 殺してしまっても構わない――そう思っていながらも、決着の一撃を受け床に無様に転がっておきながら、邦明が諦めたような、けれど清々しい表情を浮かべているのが、癪に障って仕方がなかった。

 ――雅姉さんは、望まない死を迎えたっていうのに……!

「いいのかい?」

 突然、邦明が口を開いた。その声は、左手脚の喪失を思い出したかのように、だんだんと掠れてくる。

「上宮の事件は、闇に葬られる……それでいいのかい? 俺から、真実を聞き出して……委員会の落ち度を知れば、奴らの……裁定委員会の信用を潰せる、チャンスかも、しれないのにさ……」

 こいつを生かせば? ――一瞬でも選択を考えてしまった自分に、斉明は怒りを露わにした。

「ふざけるな……雅姉さんを殺しておいて、いまさら命乞いか?」

 裁定委員会は、自分たちの都合で上宮家を殲滅した。だがその裏で、この邦明の工作があったのだとしたら、裁定委員会という組織も、ある意味では被害者ともいえるのかもしれない。

 そして間違いなく、加害者は、この国枝邦明だ。

「なら……雅さん一人を殺した……俺を殺すつもりのクセに……上宮を……殺しまくった委員会を……許すのかい?」

 邦明が弱々しく咳き込む。思わず、その頭を蹴り飛ばしたい衝動に駆られた――だが、理性がどうにか殺意を抑え込む。

 そうだ。こんな奴には構っていられない。とどめを刺す時間の猶予もない。どのみちあれでは逃げられない。一応、斉明は邦明の靴だけ脱がせると、満身創痍の邦明から離れ、元の部屋へと戻る。

 だが、僅かに未練に似た感情が生まれて、一言だけ吐いてやった。

「なんていうか、僕はもう満足ですよ。勝手に死んでてください」

 それだけ言うと斉明は、駆け足に画廊の奥へと戻っていった。


「久篠乃さん!」

 斉明が画廊の右上の部屋に戻ってくると、まだ久篠乃には息があった。斉明の呼びかけに、久篠乃は弱々しくも頷く。

 久篠乃の手には、スマートフォンが握られていた。どうやら連絡を入れたらしい。じきに助けが来るだろう。

 顔から血の気が引いている。唇は青紫色になっていて、普段の久篠乃とは、まるで様子が違う。

 ――アイツなんかと話してる暇があったら、こっちにすぐ来るべきだった……。

 斉明は首を横に振る。いまさら後悔しても仕方のないことだ。今できることをやるしかない。

「くに……あき……は……?」

「喋らないでください。手足を切り落としました。裁定委員会を呼んだんですよね? ならもう、アイツは逃げられませんよ」

 雅の槍で刺されたのだろうが、刃が抜かれているのが良し悪しだった。刺さったままだと、刃が血管を塞ぐため、刃を抜かれた時よりも出血量がマシになるらしいが、まさかもう一度同じ箇所に刺すわけにもいくまい。

 成人女性の血液の量はどのくらいだろうか――久篠乃は体格の大きい方だが……圧迫しても 全ての出血が抑えられているわけではない。なら……血管を塞ぐものを、この場で作り上げるしかない。

 斉明は、久篠乃が塞ぐ手の上から、自分の手を当てた―久篠乃の手は、すっかり冷たくなっている。だがその奥底には、まだ生暖かいものがある。

 そこに意識を集中させる。時には、物体の衝突する運動を材料に、時には石橋を材料に、あらゆるものを作り上げてきた自分にとって、流体とはいえ、たった一つの物、それもその場凌ぎでいいのなら、作り出せるはずだ。

 生暖かい血の流れ……それだけに意識を向ける。自分が久篠乃の内臓を這い回る血の流れになったような錯覚を抱いた。斉明の息に従って、血が蠢くのが分かった。

 さらに斉明は、意識を集中させる――いつも通りの感覚、解創を成し遂げる感覚で、竈に吹き込むように、大きく長く息を吐く――血液を材料に、その場で『凝固』の解創を成す。凝固した血液の壁は栓となり、血管の穴を塞ぎ、血の流れがほとんど止まる。

 これで峠は越えただろう。少し手を緩め、手を離すが、出血はない。ちゃんと塞がったようだ。勿論このままではいけないが、これで久篠乃がすぐに出血多量で死ぬことはない。

 先ほどとは違う息を吐いて、斉明は固まっていた体勢から身体をほぐす。

「裁定委員会が来るまでは、たぶん保つと思います」

 それを聞いた久篠乃が、僅かに頬を緩めた……安堵だろうか? 

 斉明は立ち上がると、……久篠乃から離れた場所に横たわる、一つ身体を見つけて歩み寄る。認めたくない現実がそこにあった。

 冷たい肌。堅い皮膚。硬直した筋肉――すべては過去に生きていたという名残でしかない。

 顔も、手足も、胴もある。部品だけは揃った形だけの身体。けれど、もうこれ(、 、 )に、上宮雅という人間は存在しないのだ。

 薄情なものだ――苦しいのに、涙の一つも出てこない。

「なんで僕が生きてて、雅姉さんが死んだんだろう……」

 世の中というのは、雅のような誰かのためにと考える人ではなく、自分のように自分勝手な人間が生き残るようになっているのだろうか?

 普段なら「そうなんだろう」と受け入れられた。だが今だけは違った。自分が一番大切だという意識は変わらない。富之によって定義づけられたものかもしれないけれど、そんなのどうだっていい――だが、自分のために、自分をあれだけ気遣ってくれた雅が、報われなかったという事実は、彼にとって認めたくないものだった。


 空が黒い闇から、青く染まりつつある。陽が昇ろうとしていた。

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