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  #12 邦明

 右腕を掴んできた『探り手』を振り払い、『跳ね跳び』で後退しつつ、邦明はポーカーフェイスを貫き通す。

 右腕の『賜与』の解創は、いま『探り手』に触られたことで、どんなものかバレてしまった筈だ。解創や、普通の道具ではない物や破片、機能しない壊れた道具――つまり意図して作り出されてない物に対して、新しい意味を与えてやる――それが右腕に彫られた刺青の解創だ。

 この右腕で、例えば刀を投擲に使うのは無理だ。それをしても鉄の花を投げた時のように、膂力で投擲するだけの結果に終わる。この右腕は意図の何もない物に即座に願いを押し込んで、「小さな解創」とするが、すでに機能が精緻に整っており「遊びのない」解創の道具には、それはできない。

 これが効いてくる――もし仮に右腕で、既に機能のある道具を、別の意図で使う事が出来たとしても、上宮斉明を前に隠し通せるとは思えない。が、実際に右腕で道具に解創は与えられないということを見抜かせてやった。

 それでいい。追求者の戦いは、裏の掻き合い、探り合いに終始するのだから。

 そしてさらに、上宮斉明の注意を逸らす方法がある。それは右腕よりも厄介な脅威があるということ――つまり囮だ。

 左手の『盗奪』は、上宮斉明の首輪――『使い「手」作り』――に触れれば、それを奪い取ることができる。まだ詳細には理解していないだろうが、触られたらマズいということくらいは察しているだろう。

 上宮斉明――いや『使い「手」』たる派生にとって、『使い「手」作り』は生命線だ。大したことのない右手よりも、左手への対応の方が優先になる。

 とはいえ、これはあくまで邦明の描くシナリオだ。正体不明の左手を、右腕以上に警戒させるのは、現状では無理だろう。

 ふと空中を飛び回っていた飛翔体が視界からが消える――いや、違う。急に距離を変えたことで焦点が狂っただけだ。目を凝らすと、暗闇を走る輝きが見えた。焦点を合わせると、『弦鳥』が邦明に向かって真正面から飛んできていた。

 どちらに避けるべきか、刹那だが考える時間があった。

 邦明は右に転がるようにして飛翔体の突撃を回避する。腰を屈めて、床に落ちている瓦礫に右手を伸ばす。掴み取った瓦礫に『弾き飛ばし』の解創を込める。

 刺突を外され、Uターンして二撃目を仕掛けてくる飛翔体に対して、邦明は瓦礫を投げつけた。

 瓦礫は飛翔体にぶつかるが、あっけなく砕け散った。強度の点では、いくら飛翔体がガラスとはいえ、作り手が時間をかけて作り上げた道具に敵う筈もない。

 だが最低限、こちらに飛んでくるまでの足止めとしては機能した。『弾き飛ばし』の解創で最低限、飛翔の軌道を曲げられた。これで二撃目が当たることはない。

 邦明は『跳ね跳び』の解創を用いて踏み込んで、一気に距離を詰める。『弦鳥』の対応が間に合わないと分かっているからこそできる所業だった。

 対して上宮斉明は、左手に持った筒を構える。『日射』らしき解創が無くなっても、もう一つの解創……弾丸の射出は脅威だ。

 最優先で警戒している首輪よりは、注意が疎かになっている足元の方が狙いやすい。攻めるなら、まずはここからだろう。

 右手を首に伸ばし、一瞬の囮に使い――途中から挙動を変えた。唐突にしゃがみ込んで、左手で足首を狙う。途中で邦明の意図に感づいたらしく、上宮斉明は半歩下がる。

 だがそれでは足りない。邦明は、上宮斉明の靴の先を左手で掴み取った。即座に発揮される『盗奪』の解創――邦明は常人ならざる膂力でもって、腕を振り上げ、作り手の少年ごと、右から左に振り回す。

「くっそ……!」

 少年が毒づき、邦明は不敵な笑みを浮かべる――少年は、このままでは足ごと奪い取られると察したのだろう、自分の左の靴の後ろを、右足の裏で突っかけるようにして、左の靴を脱ぎ去る。

 靴の機動力の解創は、左右でセットだったのだろう。上宮斉明は後ろ……出入り口をくぐり、画廊の左下の部屋へと退避するが、たどたどしく退くばかりで、まるでキレがない。

 邦明の左腕――『盗奪』は、物を盗み奪うという行為を達成する解創だ。それに至るまでに必要ならば、常人ならざる膂力すらも揮う事が出来る……泣き所としては、盗奪するために不要であれば、そうした超人的な膂力は振るわれないという点である。盗奪という結果を過不足なく求める解創の性質上、当然の事だった。

 とはいえ、結果は求められる――足ごと奪い取ることは叶わなかったが、靴を奪えた時点で僥倖だ。七年前に、富之から奪った杖をその場ですぐに使えたように、この靴で『風踏み』を成すこともできるが、悠長に靴を履き替える暇はないし、必要もない。破壊することは叶わないが、純粋な膂力で後ろへと放り投げる。

 ふと、左腕――それも手首のあたりに、触覚の淡い残滓がある事に気が付いた。何かが触れていたのだろう。

 上宮斉明の視線が、邦明を――正確には、その左腕を――射抜いている。そこには鋭い警戒心が宿っている。

「へぇ……」

 邦明は少々感心した。

 驚くことに上宮斉明は、自分が振り回されている中で、機動力を奪われるという危険をあえて回避せず、それを餌に、邦明の左腕の解析を優先したのだ。

 だがそれも、邦明にとっては都合がいい。

 左腕の脅威度、右腕の優先度の低下――お膳立ては全て揃った。あとはただ仕掛けるだけだ。仕掛ける上で必要な、相手の機動力の低下もできている。この戦況においてイニシアティブは邦明にある。

 上宮斉明は、慎重に距離を推し量り、床の上をゆっくりと踏みしめて下がる。睨み合いが続く中、彼は唐突に立ち止まると――直後、主の元に舞い戻った『弦鳥』が、主の手に戻ることなく、足元の床を薙ぎ払った。

 立ち上る砂塵に、邦明は舌打ちした。

「ちっ――!」

 目くらましとは芸がない。だが上宮斉明に機動力が無い以上、距離を取るのは不可能だ。距離を取ろうとも、機動力の点で優位になった邦明ならすぐに追いつけられる。

 とはいえここで下手に砂煙の中に踏み込んで、手痛い不意打ちを食らうのは避けたい。

 敵の反撃手段は、筒の弾丸と、飛翔体だ。

 筒の攻撃は線だ。飛翔体のような変幻自在な攻撃はできない。砂煙で互いに位置は分からない。邦明が彼の位置が分からないように、彼もまた邦明の位置を把握できていない。そんな状態で、あの筒の、弾丸の射出による攻撃を当てるのは不可能だ。

 となれば飛翔体さえ攻略できれば、先ほど靴を奪ったのと同じ要領で決着をつけられる。

 邦明は右手でポケットから銀色の塊(、 、 、 、 )を取り出すと、リスクを承知で砂塵の中へと踏み込んだ。

 絶対に仕掛けてくる――数十秒の間、砂塵の中を歩みながら、邦明は目だけでなく耳も神経を尖らせる。

 煙の動きから、僅かな空気の流動を察知する――邦明はカンで横に跳んだ。

 直後、ガラスの飛翔体が、邦明の肩の傍を通過する――来たる機会を逃さじと、邦明は『跳ね跳び』を使って前方に踏み込んだ。

 飛翔体を戻すまでのタイムラグ――それまでに接近すれば、邦明のやろうとしていることは十分に可能だ。

 十歩、二十歩と駆け走り――ついに砂塵の煙が晴れる。視界に映ったのは、瞠目する上宮斉明だった。

 すかさず邦明は、左手で上宮斉明の首輪を掴まんと腕を伸ばす。上宮斉明は『弦鳥』が使えない以上、筒を使うしかない。

 邦明の『大蛇殺し』の刀を割った驚異的な威力を持つ筒だが――その対処こそ、邦明の術中だった。

 邦明は筒そのものを掴み取ろうとするが、それをさせまいと、上宮斉明は筒を持つ手ごと引いた。だが射線だけは、左腕に向かっている。

 邦明の左腕は『盗奪』の解創が施されている。右腕とは違う模様の刺青にようって、そこに主観的な意味合いを付属させている。これで盗奪する時に限り、常態とは比較にならない膂力と発揮し、かつ解創を奪う事も出来る――そして、それを上宮斉明は察している。

 対して右腕は、自身の左腕の『盗奪』と、上宮斉明の『探り手』、そして鶴野温実の『我が命をそのままに』を参考にすることで作り上げたもう一つの邦明の武器。

 道具でない只の「物」を触って、それを「ある目的」のために使うための代物――『賜与(しよ)』の解創、意義ある道具を奪う左腕とは逆に、意義の無なるものに目的を与える右腕だ。

 そして、これを上宮斉明に理解させるまでに張った、いくつもの布石によって、上宮斉明は警戒するが、同時に察するのだ。

 右腕ならば、『使い「手」作り』に触れられても問題は無い、と。

 そして当然、邦明がそんな無意味な真似をするとも思っていない。

 もちろん、その考えは正しい。『賜与』はあくまで、道具ではない物に対してしか効果を発揮しない。

 だが――『賜与』以外は、そうではない。

 邦明の右手に握られているのは、親指ほどの銀の塊――それは『特別良キ童ヲ作リタクバ犠牲ヲ立テルベシ』――解創の根源たる業そのもののを操る、上宮の秘伝である。

 七年前に、その効果は確認済みだ。

 そう、左手に警戒しなければ、こうして右手で首輪に手を伸ばされても、純粋な握力しか警戒しないだろう。

 邦明の右手の指先が、首輪に触れる――それで十分。道具を奪い取る必要すらもない。それだけで銀の塊と上宮斉明の首輪を繋げることになる。

 その瞬間――首輪の機構も何もかも、すべてを無視して首輪という道具に宿った業、解創そのものを根こそぎ奪い取る。

 逆流のような衝撃の錯覚が、右腕から銀の塊に流れ込むのを感じ取る――!

 ――これで……!

 上宮富之の『朧げ恐れ』を奪い取るとき、その道具に触れさえすれば中身に関係なく奪い取る事が出来た。この場合、『使い「手」』に触れなくても『使い「手」作り』さえ奪い取れば、『使い「手」』は身体との接続が切れるため、派生の意識を刈り取れる。

 つまり『使い「手」』を無効化した――それは飛翔体も筒も、上宮斉明の使いうる、すべての解創を封じたのと同義だ。

「終わりだ、上宮斉明」

 右腕で勝機を掴み取り、そして防ぐ手段を持たぬ上宮斉明に、死という結果を与えるのは邦明の象徴たる『盗奪』の左腕……!

 左手を伸ばしつつ、右手で首輪を掴んで引き寄せようとしている中で、邦明は気づいた。

 上宮斉明の表情に、変化が無い――一瞬で邦明は、それが意味することを悟った――『使い「手」』を無効化したのに、彼の記憶が継続している。

 ――どういうことだ……!

 使い手を無効化し戦力をゼロにした――その筈だった。上宮の秘伝によって、『使い「手」作り』の解創を奪い取った感触はあった。その筈なのに――。

 首輪を握っていた邦明(、 、 )の右手(、 、 、 )が、突如として炸裂する。

 衝撃――痛みなど感じなかった。手の中にあった銀塊が散り散りになって無益な破片と化す。それだけではない。首輪すらも破壊されている。

 理解がまるで及ばない。『使い「手」作り』の自爆機能? そんなものに意味はない。ならば、これはどういうことだ……?

 驚愕に遅延する世界で、邦明は飛び散る破片を目視した――それは鏡らしきものの破片、この視覚的隠蔽は『後ろ反らし』の解創だ。

 ――まさか……。

 靴を奪った直後、上宮斉明はこの部屋に下がった。この部屋に『後ろ反らし』の道具があると気づいていたという事になる。おそらく『後ろ反らし』の破片自体は、篠原久篠乃を発見するまでの最中に見つけていたのだろう。

 もちろん、この部屋で『堅固』の障害物が破壊されているのは、邦明も確認していたが、それを利用してくるとは思ってもみなかった。

 ――拾ってたのか……。

 雅の道具が壊されていた。邦明は、それ以上の認識を持っていなかったが、この少年は違った。まさかあれを拾って、この状況で細工を施した――時間にして数秒程度、ついさっき砂煙を発生させた時しかない。

 邦明には出来なかった。彼の右腕の『賜与』では、自分が持ちうる願望しか与えられない。対して彼の即席の解創作成は、道具の意図を汲み取れる。元々の素材(、 、 )を活かすことできる。

 片や、その場にある無意味なものに、自分の意図を与えられる邦明。

 片や、その場にあるものを使って、別の解創を作り上げられる斉明。

 独りよがりな邦明と、他者の意見(解創)を汲み取れる斉明の……僅かな違いでありながら、この場において決定的な、選択肢の幅の違いだった。

「まさか――」

 すべてが伏線――上宮斉明は、今、『使い「手」』を使ってない、ただの『原本(、 、 )』だ。

 ――『使い「手」』でなく上宮斉明自身が道具を使ったのか……? いや、違う……!

 この少年は、この砂煙を立ててから、一度も道具を使っていない。邦明が『派生』を狙ってくると確信して、『使い「手」作り』と『使い「手」』を囮にしたのだ。

 時間稼ぎの内に作ったのは、『使い「手」作り』に付属する『爆弾』を作る事――筒の中に入れていた弾丸を取り出し、『後ろ反らし』で加工して、首輪に付けておくという作業だ。

 ――なら『弦鳥』は……!

 ここで邦明は、最後の誤解に気付いたのだ。飛翔体――『弦鳥』は常に『探り手』によって操作されていた。

 だが本当は、常に操作する必要が無く、最後の(、 、 、 )命令(、 、 )に従う(、 、 、 )ように出来ているのであれば――!

 いつのまにか邦明の頭上に接近していた飛翔体は、急降下すると、左腕と左脚を、弦でバッサリと切断した。

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