#07 雅
何が起こったのか……。
上から瓦礫の落ちる音がする。落ちたものに当たったらどうしようと、危機感なく思考を巡らせる。
衝撃と音が収まると、だんだんと過去の記憶が蘇ってきた……視界に映る自分の手が幼く小さい。ずいぶん昔まで遡ってるな――そう思った。
一番古い記憶まで遡ると、再び記憶が時系列順に辿られる。幼い頃の記憶が目まぐるしい速度で過ぎ去っていく。
あるところで流れが、ゆっくりとしたものに変わる。
地下の和室、薬缶頭に羽織を着た人物が見える――当時の上宮家当主、上宮富之。黒髪の少女が何か話している――七年前の記憶だ。
――分かりました、この勤め、必ずや最後まで全うします。斉明くんの命、私の命に代えてでも、守ってみせます。
心の中で笑いそうになる。当時は気にしなかったが、いま聞くと随分と青臭いセリフだった。けど彼女なりに一生懸命なのが分かる。
ふと思った――あの夜に上宮という家が無くならなければ、自分は、こんな素直なままでいられたのかもしれない。
もしかしたら今以上に、斉明の為になる生き方をできたかもしれない。
――いや……。
裁定委員会や追求者と関わらなければ、自分は追求者にはならなかった。斉明の為なんていう考えは後付け、全て欺瞞に過ぎなかった。あの夜を経験してから自分を保つには、誰かの為と言い聞かして、自分の行いを正当化する必要があったのだ。
でなければ耐えられなかった。あの夜の惨劇を経験してから、あの理不尽を無かったことにされるのが耐えられなかった。
自分は生かされているだけの人間だと思いたくなかった。富之との約束を、上宮や当主の為ではなく、自分のために守り通してみせたかった。
追求者としての教育をほとんど受けてこなかった自分と、上宮稀代の作り手では、裁定委員会の扱いは違っていた。斉明は後見人の元へと移され、自分は別の裁定委員会の後見人の元で過ごし、上宮の事件は上宮家の態度に問題があったと言い含められつつ、追求者とは関係のない生活を送っていた。
雅は、追求者や解創の世界から離れたいという態度を後見人に振る舞いつつも、見えないところで裁定委員会や追求者について調べていった。そして後見人から離れてからすぐに、追求者の世界に浸かっていった。
そうすることで、僅かばかりに無力感から解放された。自分は理不尽に抗う力を手に入れたと。裁定委員会に支配されることはない。そして、こう続けたかった――あの夜の理不尽は間違いだったと。
そして恩を返したかった。理不尽に苛まれながらも、あの夜の惨劇の中で親族に手を出してしまった自分を救ってくれた斉明を。
そして雅は、斉明が理不尽に巻き込まれ、そのうえ裁定委員会に利用されているのを許せなくなっていた。
あの理不尽の恐怖から逃れたい一心で、斉明を救うという理由を見出した――そしてそれは、いつの間にか自分の本心になっていた。
斉明を救う。彼らしい追求者にすると息巻いておきながら、救われていたのは自分だったのだ。なんてお笑い種だろう。
そんな自分に構わず、自分なりの歩む道を決めていた斉明――その断絶、使う事を考えた作成、参考資本を作る理由は、裁定委員会による教育によるせいだと否定した。
けれど、自分の考えは間違いだったと、雅は自嘲した。斉明が真に作り手たり得るなら、あの理不尽の中、自分を救った斉明ならば――自分より優れている斉明ならば、雅が後見人による教育の影響を受けなかったように、自分の意思を保つことも可能だったはずなのだ。
彼は歩んでいたのだ。彼らしい道を自分で見出して……。
過去の記憶が過ぎ去って、視界に朦朧とした現実が戻ってくる。
七年もの月日を過ぎて、彼の顔が目の前にあった。