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  #06  branch_20171009_1923_30.11

 いっせいに鳥が羽ばたく音が聞こえてきた――随分と遠くだが、それは邦明の操るムクドリの群体の羽音に、よく似ていた。

「今のは……?」

「さぁね」

 睨み付けても、邦明は知らぬ顔をするばかり。表情からは何も窺い知れない。だが状況を整理すれば簡単な事だ。ムクドリの群れは二つあって、そのうち一つは邦明の物だとすれば、もう一つは雅が持っているに決まっている。

 そしてこのタイミングでのムクドリの飛翔と、それが指し示す意味があるとすれば何か。雅が別で動いていたとすれば、狙ったのは久篠乃の筈だ。

 となれば久篠乃と雅とどこかで戦っていて、そしてその決着が、いましがたついたことで何かしら反応したのだとしたら……。

 彼は迷わず『風成り』を成して、後ろに飛び出した。

 橋の上、一本道でも知ったことではない。『我が名をそのままに』を失った今、邦明が『大蛇殺し』を拾い上げて使うまでにはタイムラグが生じる。それだけの時間があれば、この長さの一本道なら駆け抜けられる。

 橋を渡って岸に着くと、音の聞こえた方向に進路を定める。人目に付きにくそうな道を、灯の少なさを頼りに探して、その場所では『風成り』を使って時間を短縮する。

 足音がして背後を見ると、やはり国枝邦明が追ってきていた。『風成り』に追いつけるという事は、やはり何か解創足元に仕込んでいるという事だろう。

 邦明は彼に追いすがりながら、口早に尋ねる。

「こっちの決着がついてからでもいいんじゃないの? 俺も途中で逃げたりしないからさ」

 この男は、今更いったい何を言っているのか。彼は思わず怒鳴り散らす。

「信じられるか」

「あっそ」

 互いに互いの援軍の居場所を把握した以上、先にそちらに向かった方が優勢になるのは目に見えている。そして、その事態を互いに察してしまった以上、お互いに移動しないわけにはいかなかった。

 ――厄介なのは、状況がどうなってるかって事だ……。

 仮に久篠乃が生き残っていたとすれば二人がかりで邦明を潰せるが、逆に雅が生き残っていた場合、邦明と合流して自分を潰しにかかることになる。

 後者の場合、相手の待ち受ける場所に飛び込んでいく事になるが、速かれ遅かれそういう状況になるのであれば同じことだと割り切った。それに彼は、久篠乃が敗れることはないと信じている。

 彼は残った『探り手』の使用状態を解除して靴に集中し、『風成り』をより深く成した。邦明を少しでも引き離すためだ。少しでも早く先に着けば、状況把握にせよ、待ち伏せをするにせよ、有利に事を運べられる。

 移動中、最初にムクドリが飛んだ場所を見失いそうになったが、ムクドリは継続的に同じ場所を旋回しており、分からなくなることは無かった。

 ――あれだけ使えてるって事は、もしあれを使ってるのが雅姉さんだとしたら、雅姉さんはまだ生きてるって事か……。

 彼とて、雅が死ぬところなど望んでいないが、逆に雅が生きていてムクドリを使えているという事は、少なくとも久篠乃は致命傷を負わす事ができず、かつこのムクドリの使用を止めることができない状態にあるという事だ。

 美術館の敷地に入ると、植木の隙間にぽつぽつと立っている街灯が灯っていた。秋の夜空に下、寂しげに立っている時計が、午後十時過ぎを示していた。

「入り口は……」

 光の漏れない石造りのようなデザインの建物は、どっしりとしているだけでなく、重々しく冷たい印象がある。正面玄関のガラスの扉に違和感を抱き、押してみる……扉はあっけなく開いた。

 ――先に着いたか……。

 周囲に人の気配はない。邦明よりも先に着けたらしい。奴も解創を用いていたが、最高速度などでは、彼の『風成り』の方が上だったようだ。彼は右の『探り手』を使用状態に戻した。そして持っていたバッグから、直径四センチ、長さ二十センチ、片面にレンズの付いた筒状の道具を取り出し、『探り手』で触れ、道具の性質を解析し、使用する準備を整える。

 これまでの戦闘で『弦鳥』と『探り手』をそれぞれ一つ失った。現状の道具は『使い「手」作り』が予備を含めて二つ、『使い「手」』は現在の自分(、 、 )が一つと、未使用の物が一つある。『使い「手」』は使用による作る才能の劣化感は未だに認められない。『使い「手」』を変えてリセットして得られるメリットは少ないし、記憶が断絶するデメリットの方が大きい。

 他に『探り手』が残り一つ、『弦鳥』も同様に一つ失って、残り一つだ。代わりに今バッグから取り出した、この筒状の道具でカバーするしかない。

 あとは何かしらの解創を即席で作ることだが……それは相手の出方によって有効な手を打っていくしかないため、準備できることはない。

 ――まずは雅姉さんと久篠乃さんの現状を……。

 邦明はいなくても雅が待ち伏せている可能性はある。彼は何かあってもいいように『弦鳥』を先行させる。

 周囲を見渡しつつ、なにか手掛かりになるものはないか探す。美術館の建物周辺に異常が見られなかった以上、建物内部とみるべきだし、久篠乃が迎撃するとしたらこの建物を選ぶものと彼は考えた。

 エントランスのフロアを観察していると、月光を反射する異物が刺さっているのに気付き、駆け寄る。

 ――これは……。

 床に突き刺さっているのは手投げ矢だった。見たことがある。これは久篠乃の持ち物だ。

「やっぱりここに……」

 しばらく暗い室内を歩いていると、画廊のような場所を見つけた。

 ――ここか……?

 一本道なら迎撃するには打ってつけだろう。部屋の奥――おそらく隣の部屋――から漏れ出している光を見て、彼はより確信した。

 最初の部屋には鉄の手投げ矢が落ちていた。床を踏みしめた靴から嫌な音がした。足を上げるが、何もない。だが表面を触ってみると、見えない破片がくっついていた。角度を変えると、それが鏡の破片であると分かる。解創の道具だろう。よく見ると、床にガラスの破片のようなものが散乱していた。どうやら道具は破壊されたらしいが、一部はまだ解創が活きているらしい。

 次の部屋に入ると、床が水びたしだった。部屋の中ほどには水瓶が倒れており、鉄球のような物体、そして大きな鉄の花が落ちていた。そして次の部屋から光が漏れ出していて……。

 部屋を覗くと、そこには倒れた女が二人いた。

 一人は、奇妙な鉄のオブジェから這い出たような姿勢の雅。

 そして、部屋の奥で脇腹から血を流している久篠乃。

 二人が戦っていた――可能性としては考えていたが、実際の惨状を目の当たりにして、彼は凍り付いていた。

 先に呼びかけたのは――親族ではなく、七年間一緒にいた同居人の方だった。

「久篠乃さんっ!」

 すぐに部屋の奥の久篠乃駆け寄る。久篠乃は脇腹を押さえていた。彼は上着の袖から腕を抜くと、『弦鳥』の弦で切断する。もっと清潔なガーゼなどの方が良いが、贅沢も言ってられない。適当なサイズに折って、脇腹に当てる。

「…………今は……派生?」

 息も切れ切れに、久篠乃は救援に来た彼に尋ねる。

「ええ、これで押さえてください」

 すぐにでも救急車を呼びたいが、そんな悠長な事をやってる時間を、邦明は与えてくれないだろう。久篠乃には悪いと思ったが自分で傷口を圧迫して止血させ、久篠乃が()つまでに邦明を仕留めるしかない。

 ふと振り返って、鉄骨のオブジェのそばにいる雅を見る。四肢がおかしな方向に曲がり、パニックになったように短く浅い呼吸を続けている姿は、あまりに痛々しかった。

「雅姉さん……」

 この鉄骨の道具が雅を仕留めたのだとしたら……この状況において、この道具の持ち主は久篠乃しかいない。

「久篠乃さんがやったんですか……」

 声を出すのも辛いのか、久篠乃はよく見ていなければ分からないほど小さく頷く。

 雅が自分に敵意を向けたのは分かっている。裁定委員会と後見人に毒された自分の目を覚まさせるためと。そんな雅と、彼の為に後見人を引き受けた久篠乃が衝突するのは分かり切っていた事だ。

 それでも思う。彼にとっては、雅も久篠乃も、両方大切な人だった。なのに見解の相違というだけで、こんな致命的な結末を迎えることになるなんて――久篠乃を恨むわけにもいかない。雅を責めるわけにもいかない。ただやるせない思いを胸中に抱いた。

 雅に手当てをするべきなのか、それともとどめを刺すべきなのか。それすら分からない。

「斉明……くん……」

 呟きが聞こえて、自然と腰を屈めた。雅はまだ生きていて、そして自分に気が付いている。状況云々よりも、雅の声を聴きたいという素直な気持ちが勝った。

「国枝、邦明は……どうなったの……?」

 息も声も途切れ途切れに、雅は辛そうに声を絞り出す。

「まだ生きてますよ。お互いに道具は少し壊しましたけど……」

「そう……」

 ぼう、とする視線は、どこか別の場所を見つめている。

「忠告するわ……あいつには、挑まない方が良い……逃げなさい……」

「嫌です」

 断固たる態度で彼が断わると、雅は少しだけ眉を上げ……まるで困惑したように。

「そう……けど、私の言う事を聞いてくれるにせよ……裁定委員会に、従うにせよ……あの男は、キミの邪魔を、するわ……」

「分かってます……けど、あいつを何とかしないと、今後も今日みたいなことがずっと続きますから」

「そう……なら、頑張りなさい……」

 満足したように、雅は目を伏せる。まさかと思って口元に手をかざしたが、まだ息はあると分かって安堵した。

「斉明……」

 絞り出すような久篠乃の声に呼びかけられて、駆け寄る。

「どうしましたか?」

「アイツが来るわ……」

 もう来たのか――彼は入り口を振り返る。

 その時、足音が聞こえて、彼は即座に警戒の態勢に入った。一本道になっているし、さらに負傷した久篠乃がいる以上、別の部屋に移動するわけにもいかない。

 彼が予期したように、隣の部屋の暗がりから現れたのは、青年の人影だった。

「おやおや、これは予想外の状況だなぁ……」

 邦明は久篠乃と雅を一瞥する。それでだいたいの状況を察した様子で、呆れたような笑いを浮かべた。

「お互い援軍は期待できないようで。お互いに取り越し苦労だったねぇ……」

「そうですね……」

 右の『探り手』で『弦鳥』を操り、左手に筒状の道具を持ち、彼は身構える。

 自分を直接狙うよりも、久篠乃を狙って来るか? ならばこの部屋から出た方が良いか? だがそうすると久篠乃が無防備になる……。

 なら邦明を吹き飛ばし、この部屋を背にして隣の部屋で邦明と対峙した方が良い。

 そんな彼の思惑を知ってか知らずか、邦明は何か思いついたように彼に問いかけてくる。

「上宮斉明。一つ質問したいことがある」

「なんですか?」

 彼は素直に応じたが、邦明はからかうように、ニヤニヤとこちらを見つめたまま、部屋の中央へと歩み寄る。

 距離を詰めているのか――いっこうに問うてこない相手の態度に、思わず不快感を露わにした。

「あの……なんですか?」

「雅さんは大切かい?」

 唐突な言葉に虚を突かれて、彼は、心のままの表情を表した。

「ははっ……やっぱそうなんだ。ふぅん」

 関心なさそうに鼻を鳴らした邦明は、手に持っていた日本刀を――部屋の中ほどにいた雅に向けて振り下ろした。

 思考が、空白に染まる。

 まるで視界に移るすべてが、スローモーションのように見える。信じられないことが起こった――あまりの衝撃で思考が鈍る。

 なんで? 協力関係は? ――目の前の事実よりも、それが起こる意味が分からないと脳内で情報が錯綜する。

「役に立たない駒はいらないし、裏切られても面倒だ……それに……」

 邦明の視線が、久篠乃に向く。

「篠原久篠乃……いくら怪我人とはいえ、二人一度に相手にするのは面倒だからね。俺と彼の戦いの邪魔はしない方が良いんじゃない? そこの雅さんが死んだら、斉明くんは悲しむだろうねぇ」

 あまりに身勝手なセリフに、思わず怒りが爆発した。

「ふざけるな!」

 まるで悪気はないとでもいう風に、邦明は肩を竦める。

「上宮雅を追い詰めたのは、そこの後見人だろう? 恨むなら俺より、むしろそっちの女を恨んだらどうかな?」

 白々しいセリフの数々に、爆発したはずの怒りは更に燃え上がる。

「こうなるまで追い詰めたのはお前だ!」

「言ってることが無茶苦茶だよ……それに、その言い分に証拠があるのかい?」

 邦明は呆れるように目を伏せる。

「お前……ッ!」

「協力関係、対等な関係さ。それに……」

 まるで汚物でも見るような視線を向けて、邦明は足元の雅を足蹴にした。

「こんだけ死にそうなんだ。殺してやるのが情けってもんじゃないか?」

 頭が真っ白になるほどの激怒だった――どの口が言ってやがる――それは条件反射に近かった。『弦鳥』は半ば無意識に手元から解き放たれた。だが激怒の感情が解創を鈍らせる。速度はあっても大振りの一撃は、容易に軌道を読まれてしまう。

 フロアのタイルを破断する音が木霊した。邦明はもう、その場にいない。足元に仕込んだ解創を使って、『弦鳥』の間合いから退避していた。

「逃げるなッ!」

「殺しにきといて無茶言うなよ」

 なおも怒りは収まらなかった。『弦鳥』を操り、大ぶりな一撃で雅の近くから邦明を遠ざける。雅の傍まで駆け寄りたかったが、すんでのところで(とど)まった。ここで久篠乃の元から離れるのはマズい……。

 彼は迷わず『弦鳥』を操作した。急上昇した飛翔体は、突然に急降下――それを四度繰り返す。飛翔体の後ろに付いていた弦は、慣性によって天井に打ち付けられ、その瓦礫をフロアに叩き落とした。

 瓦礫の落下地点は、正確に邦明の退路を絞るように計算されていた。

「チッ――!」

 邦明も確実性を期すならば、この状況では退くしかあるまい。部屋の奥の入口へと逃げていくのを見届けた。

 最後に入り口付近の天井を落として一度部屋を密室にすると、彼は首元にある首輪の開閉器を閉じた。

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