表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/25

  #03 久篠乃

 篠原久篠乃は街を練り歩いて、迎え撃つにふさわしい場所を見つけた。

 それは改装前の美術館だった。老朽化に伴い、改装および耐震工事が行われるのだという。ここなら無関係な人を巻き込む心配もないだろう。

 すでに改装前の準備は終わっているらしく、絵画は勿論のこと、装飾品やオブジェの類は、全て運び出されている。石造りのデザインなのも相まって、室内は静謐で寒々しい。色も無ければ飾りも無く、伽藍洞というに相応しい様相と言えた。

 作品の類は既に撤去されているが、管理室から制御盤をいじって照明を点けることもできた。特定の部屋にだけ点ければ、外に光が漏れることはない。これで下準備は整った。

 ――斉明への連絡は……。

 まず現状を伝えておきたいと思ったが、監視のムクドリの存在がネックになる。あれがどの程度の集音性を持っているか不明だが、あのサイズの道具(、 、 )なら性能も限定されるはずなので、建物に入った今、敵にバレない公算は高い。

 とはいえ、電話はやめておいた方が良いだろう。不在着信になって折り返させた場合、その時、久篠乃が出られる状況か分からない。簡潔に現状と現在の居場所をメールで送っておく。そして国枝邦宗……裁定委員会の情報員にも、簡単に状況を報せておく。上手くいけば援軍が来てくれるかもしれない。とはいえ、期待はできない。あくまで雅を撃退する方向で策を進めようと久篠乃は決めた。

「さてと……」

 上宮雅を迎え撃つ準備をするために、久篠乃はゴルフバッグを開けた。

 篠原久篠乃は素質という面で見れば、上宮斉明ほど特別に抜きんでてはいない。確かに上宮の血を引いているため非凡な才を持っていると言えるが、それはあくまで普通の追求者と比較した場合の話である。

 だが今日の相手は普通ではない。上宮雅――上宮家の血を継ぐ追求者である。名前をほとんど聞いた事がないため、解創に長く関わっているとは思えない。だが経歴だけで実力を測るほど、久篠乃は能天気ではなかった。

 槍に仕込まれた『通過』の解創。任意に通過させられるため、切断するのも、相手に掴まれた時に脱出するのも思いのまま。道具との相性の良さは抜群だろう。

 もしかしたら、以前の誰かの道具を参考にしているのかもしれないが、それを使いこなせる技量を含めて追求者だ。

 そういう点で上宮雅は、道具を使う面で優れていると言える。だが所有している道具の数は多くないだろう。道具は、あの槍が一つだけとは限らないが、多くともせいぜい『通過』とあと一つが限度の筈だ。

 そして防御や回避ついての策。これに多くとも二つ。つまり全部で多くとも四つ。おそらく三つくらいの筈だ。

 ――手数はこっちが多いし、それに準備する猶予があるのは有り難いわね。

 迎え撃つ方が地形を利用できる点で有利だが、ことさら久篠乃は迎撃……というより、立地を生かし道具を仕込むことについては、それなりの才覚を有している自覚があった。少なくとも追撃するよりは向いていると思っている。

 理由としては、久篠乃の追求者としての道具の使用は『質より数』である点が挙げられる。参考資本提供者という立場上、参考資本として提供する解創は一定の質は求められるものの、所詮はその程度であり、過度な質は求められない。

 それよりも、様々な種類の解創の道具を提供できた方が、貸与希望者に自分を知ってもらう機会が増えることになり、違う道具の貸与を希望するときにも、自分の道具を貸与してもらえる可能性が上がる。

 数少ない代わりに強力な道具を使い、流れを持っていくやり方よりも、多くの道具を適材適所に使用し、少しずつ流れを支配する方が自分に向いている。

 そのためには、ことさらに準備が重要だ。適切な準備ができるかで、戦いの流れは全く違ってくる。

 用意している道具は、この状況でも役に立つ――というより、用意した道具が役に立ちそうな場所を見繕ったという方が正確だ。

 雅の追跡を巻いたとはいえ、追跡してくれるようにヒントは与えた。時間の猶予があるとはいえ、悠長にやってもいられない。

 ゴルフバッグの中身を確認する。細い鉄骨の束、蓋つきの水瓶(みずがめ)、手投げの鉄の矢、透明な布地、鉄で出来た直径二センチほどの花の種のようなもの……。

 侵入してくるルートを想定しつつ、久篠乃は、ある程度広い場所を探す。

 裏口からの侵入が定石だろうが、警備が機能していないので玄関から入ってくる可能性もある。なら、どちらにも仕掛けた方が良いだろう。裏口の扉の前に、鉄製の花の種のような道具を一つ置く。これは使用しなくても道具としての機能を発揮してくれるため、久篠乃自身は玄関で監視に回ることができる。もし裏口から入ってくるようなら、それと気づける。

 侵入して来たら手投げの鉄の矢と『風成り』の風車状の刃で応戦するとして……誘導するのに適した場所はどこかないか……。

 しばらく探していると、いい場所が見つかった。おそらく元は画廊だったのだろう。一周して部屋の俯瞰図を脳内に作成した。

 部屋は『田』の字型に区切られており、それぞれ接する面に各部屋に通れる出入り口がある。だが廊下から画廊に入るには、左下の部屋から入るしかない。

 左下と右下を繋ぐ扉を閉めるため、警備室や事務室を覗くが、それらしき鍵はない。管理者の手にあるのだろう。仕方なく久篠乃は、左下と右下の部屋に行くと、扉を閉めて鍵をかける代わりに、ドアノブと壁を射止めるように、鉄の矢で穿った。

 返しがついている鉄の矢は、突き刺さっても返しがある為に抜くのが極めて困難だ。矢が一度物体に貫通すると、奥に入るまでの間に鏃が通過した部分が、『射止め』の解創によって閉じるように狭くなり変形してしまうからだ。

 これで右下の部屋に行くには、左下の部屋から左上、右上を迂回する道筋以外はありえない。先回りするために槍で切断してくる事態もあり得るだろうが、そこは上手く誘導してやるしかないだろう。

 左下から入るとして、まず通過するのは左上の部屋だ。久篠乃はここに蓋つきの水瓶を置いた。

 続いて右上の部屋の照明をもう一度確認する。管理室の制御盤で、この部屋の電灯だけは点くようにしておいたのだ。部屋にあるスイッチを入れて照明が点くのを確認すると、久篠乃は電灯に透明な布地を貼りつける。

 最後に右下の部屋に鉄骨の束を置いて終わりだ。鉄骨の束は寝かせずに立てておく。幾何学な立体のように見えた。注意しなければ見えないほど極細の糸が、鉄骨の要所と久篠乃の指に結んである。

 まさか廃館してから、新たなオブジェを設置することになるとは、美術館もびっくりだろう。

 これで三つの部屋に、それぞれ解創の道具は配置する準備は完了した。あとは雅が来るのを待つだけだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ