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  #02 branch_20171009_1923_30.11

 黒い人形が懐に手を入れる。これまでに『我が復讐の権化』は、多種多様な道具を使いこなしていた。次はいったい何が来るのか、まるで想像がつかない。

「まだ動けるのか……」

 鉄筋を三本突き刺しただけで仕留められるとは思ってないが、予想よりも動きが鈍らないタフさには辟易する。

 疑問に思って『我が復讐の権化』の傷口を見る。この暗い夜の橋の上では色の区別は難しいが、何か液体が滲み出しているのは分かる。彼は、その滲み出すの量の多さから『我が復讐の権化』の機構を見抜いた。

 ――中は全部、水か……?

 邦明は、技術の盗奪という話をしていた。ならこれのオリジナルは、七年前に見たであろう『我が復讐の権化』ではあるまいか?

 邦明ではオリジナルの『我が命をそのままに』ように、不定形のままに使いこなすことは難しい――というより、あれが出来るのは鶴野温実以外にそういないだろうが――そこで彼は、あえて不定形ではなく人の形に制限することで、実践で使用できるレベルに仕立て上げたのだ。そして『我が命をそのままに』を参考に製作したため、必要性はなくとも流体を使用せざるを得なかった。

 全身に巻かれた黒い包帯は、体を縛るものというより、柔軟性のある防水性の容器という方が正確だろう。巻いているように見せかけて、実際には箱のようになっている。中は満杯というわけではないので、ある程度の衝撃には強いが、逆に対刃性などは低い。

 よって『我が復讐の権化』は、刺さった鉄筋を抜くことはない。逆にこっちから抜いてやれば、中身を出させて無力化できるとも言える。

 道具を懐から出すのも納得がいく。つまりコートの中ではなく、身体という水槽の中に入れていたのだ。あの大柄な人物の体積があれば、大概の道具は隠せるだろう。中身の水が首元までしか無ければ、頭部に切れ目を入れて、そこに手を突っ込んで取り出すようにすれば、中身の水を漏らすことなく道具を取り出せる。

 どこから取り出しているか、まるで見当のつかない道具の数々だったが、正体が分かれば予想はつく。日本刀、そして四年前には杖を取り出した。足や胴体のあたりに入れているとしたら、一メートル近い棒状の道具は、入れれてもせいぜい二本程度だろう。強引に入れようと思えばもっと入るだろうが、入れ過ぎれば『我が復讐の権化』の本来の機能――足の曲げ伸ばしや身体の(ひね)りをはじめとした胴体の可動範囲――に制限が生まれる。

 現在は『大蛇殺し』で既に一本分。となると残り一本分……以前は杖を入れていたが、今は果たして何が入っているのか……。

 果たして彼の疑問に答えるかのように、『我が復讐の権化』は懐から棒状の長い道具を取り出した。

 それは変哲のない、黒い雨傘だった。違うと言えば、先端が鋭いのと、一般的な普及品よりも大きめだろうか? 雨傘本来の機能に支障は無さそうだし、それほど突飛なものとは思えない。

 ――なんだ……?

 上宮斉明は、あの上宮の事件の時、この道具が使われていたことまでは知らない――もっとも、その真価は発揮されていないが。

 稀代の作り手としての素質が、すぐに何かしら別の意図があると疑いを持たせ、舐めるようにして観察していく。まず直接的な白兵武器かと予想したが……確かに先端は鋭く、刺突に利用できそうだが、それだけの筈がない。

 邦明が見抜く時間を与えるはずもなかった――『我が復讐の権化』は雨傘を差して、彼に向けた。

 ――目隠しか……?

 視界を遮り、後ろで何かを仕込むのか――そうだとしたら、そんな暇を与えるわけにはいかない。

 彼は『弦鳥』を操作して雨傘を切り裂こうとする――だが、その前に彼は異変に気付いた。

 背中に湿気を感じて、目線だけ後ろに向けると――信じられない光景があった。

 雨粒のようなものが見えたのだ。反射的に『弦鳥』の使用を中止して『風踏み』を使い、雨粒から逃れる。

「なっ……!」

 どこから来ているのか――それは空ではなく、橋の下の水面だった。川の水が登って(、 、 、 )きているのだ。まるで地から降り注ぐ豪雨のような有様だった。水滴は傘に呼ばれるようにして、橋の両脇から降り注ぐ。

 防音のムクドリの喚き声も二割増しだ。相殺するため、喉笛がはち切れんばかりにキィキィビィビィと叫んで喚き立てている。まるで川の水面から降り注ぐ豪雨に、恐れをなした野生の絶叫だ。

 河川の水まで邦明が手を加えているとは思えない。だが、触れることで何かあるのか? それとも川の水でなく、川の水の中に何かしらの道具を紛れ込ませてあるのか? その可能性を恐れた彼は、『風踏み』を使って雨粒に当たるのを()ける。

 ――ブラフか……?

 こちらに脚を使わせることで『弦鳥』を使わせない作戦か……? 時間を稼ぐ意図があるとすれば、援軍である雅が来るまでの待ちか?

 ――いや、そんな消極的な作戦のワケが無い。

 彼が明かした手札の一枚である即席の解創、先ほどのは『誕壊』――不完全な誕生はその瞬間から崩壊し、跡を濁す――を成したが、この『誕壊』以外でも即席の解創が作れるという事は、邦明も予想が付くだろう。だとすれば、時間を稼いでも次の即席の解創で追い詰められてジリ貧になる……ということまで思い至るはずだ。

 ――即席の解創の作成に対して、時間稼ぎは相性が悪いと分かるはず、なら……。

 そうではない。これには何かしら別の意図がある。

 突如、雨脚が弱まった――そこに動物的な直観で、彼は何かあると感づいて反射的に身体を横に振って避ける。

 直後、瀑布のような河川の流れを目隠しにして、貫いてきた閃光の一撃が頬を掠めた。産毛が焼ける嫌な臭いが立ち込める。調整された『大蛇殺し』だ。

 二度、三度と放たれるのを、彼は『風踏み』を使い上に避けて回避する――ムクドリの監視の解創で、向こうはこっちの位置が読めているのだろうが、直視するより精度は低いため、多少ズレが出ている。

 邦明の思惑を察したうえで、彼は邦明に人払いを任せたが、それを逆手に取ってくるとは性質(タチ)が悪い。こっちからムクドリを攻撃するわけにはいかないし、しようとしても避けるだろう。

「くそっ!」

 何より厄介なのは、正体不明、意図不明の雨粒を回避することだった。このためには『風踏み』を使用せざるを得ない。それがこっちの次手を打たせる時間を奪っていたのだ。

 ――接近戦に持ち込むか……?

 現状を打破するには、あの豪雨(、 、 )に邦明らも巻き込むようにすればいいのかもしれないが、しかし二対一になるのは不利だ。

 ――なら、あの雨脚の方向を誘導できないか……。

 彼は『風踏み』で逃げつつ、『我が復讐の権化』と雨傘を観察して、ある事に気付いた。雨傘に向かって直進し集まった水流は、雨傘の後ろを通り過ぎると、橋の下へと落ちているのだ。

 ――つまり……あれの効力は、雨傘の外面のみか。

 まだ雨で濡れていない橋の欄干に着地すると、『弦鳥』の解創を用いて傘を叩く。うまい事いなされて切断は出来なかったが、それで彼の目的は達成できた。雨傘の向きが変わると、雨の向きも変わったのを確認した。

 ――やっぱりか……。

 直後、どっと雨脚が勢いを増した。瀑布さながらの水流が、彼の後ろから襲い掛かって『我が復讐の権化』の方へと流れると、重力と慣性に従い、放物線を描いて橋の下の川へと戻っていく。

 反射的に『風踏み』を成して宙に飛び上がり、水流の表面ギリギリまで近づきつつ後退しながら、彼は状況の悪化に舌打ちする。

 ――まずい……っ!

 あまりに強烈な勢いは雨というのも疑わしかった。もはや逆らう事すら愚かしい力の凝縮体と化している。あれでは津波と大差ない。

 溺れさせるつもりか――もしそうだとすれば、これほど単純な手はない。多様な解創の扱いではなく、一つの解創の願いの深度、質で競ってくる。単純だが、逃げ場のないこの状況で、この豪雨の解創の質は、それがそのまま力になっている。彼が『風踏み』を使い続けられるかは、上宮斉明の精神力にかかっている。

 彼が戦う場所にここを選んだのは、国枝邦明にとっては偶然の筈だ。つまり、この状況を利用して力勝負に持ち込んできたということは、逆を返せば打つ手が少ないのではないか? もしくはあっても、まだこの力勝負の方が勝算があると踏んだのではないか?

 もしそうなら――この状況を乗り越えれば、こちらが優勢に立てるという事である。だがこちらは水量に圧倒されて『弦鳥』を思い通りに操作できない。危うくこっちが流されそうな勢いだ。

 このまま退くだけで何の解決にもならない。囮に『弦鳥』だけでも水をかぶらせてみることを考えたが、これ以上、道具を失うのは避けたいし、何かしら目的があっても、『弦鳥』では仕掛けてこない可能性もある。

 ならばやることは一つしかない。一度『風踏み』で大きく跳躍し、空中に身を放り投げると、『弦鳥』を操って雨傘を狙う。

 豪雨は水面から雨傘に向かっているため、上からなら、水をかぶらずに仕掛けることができる。

 切断は出来なくとも、せめて衝撃で手から叩き落とす――『弦鳥』の弦を最高速度で振り落とした。

 見えたのは命中する直前まで。局所的豪雨によって橋の上に作られた水溜りに、鋭い弦が叩きつけられた。甲高い音とともに水飛沫が上がり視界を覆う。

 ――仕留めたか……?

 靴の『風踏み』で身体を舞い上げたため、脚から落ちると怪我は必至だ。彼は両方の『探り手』から着地し、肘を屈して衝撃を殺し、転がるようにして着地する。

 雨脚は止んでいる。仕留めたものと確信し、視線を『我が復讐の権化』の方に戻す――人形の手には、まだ黒いものが握られていた。

 こっちの攻撃を読んで雨傘を元の位置から引いていた――気づいた時には既に遅し。こっちに雨傘が向く――背後に衝撃、ついに大量の水かぶってしまった。冷たい水が背中をびっしりと濡らす。

 だが、身体に変化はない。足元で『風踏み』を成して、豪雨の流れから脱出する。まずは安全圏というところまで来ると『弦鳥』を手元に戻す。

 邦明らが仕掛けてくる気配はない。そして、雨脚が止んだ一瞬に見えた――『大蛇殺し』は邦明の手にあり、『我が復讐の権化』は雨傘しか持っていない。

 ――即効性は無いのか……?

 まだ川の水面から水は上がり続け、雨傘へと引き寄せられている。『大蛇殺し』を使う直前には、雨脚が弱まっていたことから、あの解創を使っている間は、他の解創は使えないものと彼は見抜いていた。

 なら、短期決戦が吉だ。

 彼は『風踏み』を利用して、一気に詰め寄る。いざという時には、すぐに『弦鳥』を戻せる距離だ。これなら攻撃も防御も思うがまま。問題はこの距離の維持だが、相手がこの雨の解創を使っている今は問題ない。

 雨傘はこちらに向けてられたままだが、彼は迷わなかった。直進し、今度こそ傘を仕留めるべく一直線に『弦鳥』を飛ばす――!

 突如、閃光が弾けた。

 視界が明滅し、身体の感覚が麻痺しながらも、身体が落下して橋に伏すのが感じ取れた。

 ――撃たれた……?

 身体に鋭い痛みはない。物理的な射撃ではない……まるで前兆が無かった。それどころか、日本刀は邦明の手にあるというのに、発されたのは傘の先端(、 、 、 、 )からだった。

 先ほど『大蛇殺し』が成される前には、一度雨脚が弱まった。まったく別の解創を、同時に二つは成すのは難しいからだろう。

 だが、今のは全く前兆が無かった。つまり今の一撃は、この豪雨と同じ――解創は変わっていないということだ。

 さらに圧がない――熱だけ、いや、熱とこれは……痺れか? 彼は鈍った思考で、やっと答えに辿り着いた。

 ――雷……!

 実際に身に受けて、やっとのことで彼は、あの傘と『雨乞い』の真の意味を悟った。

「昔から雨は恵みと見られるけれど、雷はそうでもないらしいね」

 自慢の『我が復讐の権化』の横で、邦明は得意げに説明する。それは彼が思い至ったものと違わなかった。

「恩恵を享受したいのならば、災厄というリスクが生じる可能性も受け入れるべき、文明に利する自然だけを貴ぶのはゲンキンって……そういう話でね、この道具の元になったのは、信心深い人物の願いだったそうだよ」

 雨乞いによる雨――恩恵を受けたものに、災厄をもたらす落雷――さしずめ『恵と災』の解創といったところか。それが、あの傘の正体だった。

 確かにこれは、手間のかかる解創だろう。雨粒を当てないと雷が当たらないなんて二度手間にせずに、単純に落雷や雷挺の解創を使えば、そっちの方が直接的だし使いやすい。

 だが追求者の戦いは、道具の意図の読み合いと探り合いが根底にある。回りくどい方法は、それだけ解析に時間をかけさせ、相手に真意と意図を誤解させ、悟らせないこと……対処させない事に繋がる。

 最初に雨がブラフの可能性を考えたが、確かにブラフだっただろう。豪雨による力勝負と見せかけた事がブラフだったのだ。

 国枝邦明は、あくまで追求者として権謀術数を巡らせている。解創と、それを用いた戦いの組み立て方は、彼なりの手段は伴っていても、根底にあるのは追求者としてのそれだ。

 手段を選んでこないわけではないが、逆を返せば地力を曝け出しているということでもある。そして拮抗……というより、自分の方が劣勢であることを、上宮斉明は、事実として認めた。

 才能の点では上宮斉明が優れているかもしれないが、経験と用意している道具の差が、この結果の差に繋がっている。

 いつの間に受け取っていたのか、『我が復讐の権化』は『大蛇殺し』の日本刀を振り上げると、そのまま振り下ろす。

 反射に近い感覚で、彼は足元の『風踏み』を成した。直後、身体の能力の不全とは無関係に、彼の身体は後ろに跳んで、刀の一撃を回避する。

「へぇ……」

 雷の一撃で機能不全に陥ったと思っていたらしく、邦明は片眉を上げて僅かな驚きを示す。

 いったん『風踏み』で距離を取り、彼は間合いを開けたが、だが身体は言う事を聞かなかった。着地する寸前、足はぎこちなく滑って膝をつく。すぐに立ち上がるが、邦明はまた一つ弱みを握ったと、底意地の悪い笑みを浮かべていた。

 彼は状況の悪さに頭を悩ませた。『風踏み』の解創は問題なく為せる。靴に損傷は無いため、まだ頭さえ働けば解創は為せる。だが身体の方は別だった。まだ痺れが残り、筋肉は収縮し緊張している感じがする。まともに動かせられない。この状況で『風踏み』を失えば、機動力がゼロになるのと同じだ。

 ただでさえ『風踏み』が頼みの綱なのだ。『弦鳥』は一つしかないため、牽引による移動は連発できない。攻撃手段が無くなれば牽制できず、相手に行動の自由を許してしまう。だからといって、この状況でバッグから新たな道具を出している余裕はない。

「やれやれ、往生際が悪いな、上宮斉明」

 相手の言葉を右から左に流して、彼は現状の打開策を巡らせる――次に『風踏み』を使った時、着地が疎かになり、隙が出来るのは邦明にバレている。そこでアイツが仕掛けてこないわけがない……となるとそこで使うのは……!

 邦明は後ろに下がったまま、『我が復讐の権化』を前面に立たせていた。黒い人形は、右手に刀、左手に雨傘という奇妙な二刀流で立ちはだかる。

 再び『我が復讐の権化』は雨傘を広げ、彼に向ける――直後、背後の水面で雨粒が沸き上がる音がした。

「クソッ!」

 大きな声で毒づいて、あえて着地の隙を承知で『風踏み』を成した――使わざるを得ない状況であると印象付けるために。

 あの雨を受ければ、再び雷撃を食らう可能性が出てくる以上、また同じ手を食らう愚行は犯せない。

 一撃目は回避した――『風踏み』による跳躍が途切れて着地するが、次が続かない。雷撃による身体のダメージは消え去っていないため、うまく着地できずに転がる――直後、後ろから襲い来る雨粒を浴びた。

 瞬間、彼は『弦鳥』を飛ばした。ガラスの鳥は橋に作られた水溜りの表面を擦過して、雨傘の射線に出た。

 これで『恵と災』――雷撃は使えない。雷撃は傘の鋭利な先端から出ている筈だ。照準は彼ではなく、それより手前にある『弦鳥』に向かう。

 だが、まだ体勢は整っていない――そして『恵と災』の解創が外れる可能性のあるこの状況――邦明が打つ手は一つだった。

 黒い人形は雨傘を閉じつつ身体を半身にして、右手の刀を向けてきた――街灯の光を照り返す切っ先から、うっすらと陽炎が立ち上り始めている。紛れもない、次に成される解創は『大蛇殺し』だ。

 ――そこだ!

 橋の幅は人が一人が通れる程度、当然ながら一本道。そして邦明らと彼の間には十メートルほどの距離がある――威力さえ調整すれば、このシチュエーションでの『大蛇殺し』は、最も有効になる場面だ。ここで放たれれば、彼に回避する手段はない。

 ある程度の賭けではあった。まず『大蛇殺し』を使って来るかどうか。次に周囲に配慮し、威力を調整してくれるかどうか。失敗した場合のリスクは自分だけでは済まされない。

 だが、今更そこに疑いは持たなかった。でなければ監視兼人払いのムクドリを配置する筈がない。

 そして、もう一つの読みも当たった。

 あの男は、単に上宮斉明を殺すだけを目的にはしていないということだ。『使い「手」』と『使い「手」作り』、そして『探り手』を手に入れるだけが全てではないが、それが全くの嘘というワケでもない。

 会話で読めることは限られている。あの男は息をするように嘘をつけるタイプの人間だろう。だが行動なら全てを誤魔化すことはできない。

 まず、こちらが『弦鳥』による誘導をすると、追跡に乗ってきた。

 そして二つ目、その間に追撃をしてこなかったこと。

 この二つだけでは、確実な状況でなければ手を打たないだけという可能性も否定できないが、それに踏まえて、人払いを買って(、 、 、 )出た(、 、 )ことから、彼は確信した。

 国枝邦明は、裁定委員会の介入を快く思わず、かつ上宮斉明の成果物を目的の一つとしている。

 雨傘に向かって放った『弦鳥』を――そのまま突進させる。だが『我が復讐の権化』は意に介さない。その一撃が決まれば終わりだ。些事には構っていられないとばかりに首を横に振って、『弦鳥』の飛翔体による突進の一撃を回避する。

 弦による一撃を加えるには、ある程度の距離を稼ぐ必要がある。直進では弦で叩ける範囲は限られるということを邦明は分かっている――だからこそ大きな回避はしてこないと、彼は読んでいた。

 彼は『弦鳥』を『我が復讐の権化』の頭の横へ通過させると、首の後ろに回り込ませUターンさせた。

 いくら鋭く細かろうと、威力が無い弦は食い込むのがせいぜいで、首を切断する事は出来ない――だが十分だ。飛翔体の速度と力に物を言わせて、『我が復讐の権化』の首を滑車に見立てて、上宮斉明は、自身の身体ごと『我が復讐の権化』へと牽引させる。

 予想外の挙動に、『我が復讐の権化』は戸惑いを見せた。『大蛇殺し』の準備を続行したまま、刀で弦を破断しようと試みる。だが細い弦にしては丈夫に過ぎ切断はできない。

 予想通りだった。刀で『弦鳥』の弦を切断するのは、できたとしても時間が掛かるし、まして『我が復讐の権化』そのものの身体の一部を切断させるわけにもいかないだろう。

 中身が水と露呈してしまい、機構も事実上晒してしまった今、そこに付け込むのは彼には造作もないことだった。

 牽引し、ついに間合いを腕一本分に詰めた。『大蛇殺し』まであと数秒と無いが、この距離でそれは長すぎる時間だ。『我が復讐の権化』は刀を彼に向かって振り下ろす。

 だが彼は退かなかった。振り下ろされる刀に向かって『探り手』を伸ばして日本刀の鍔を掴む――瞬間、脳内に流れ込んできたのは、情報の濁流――解創の根源――道具の目的、すなわち願いだった。

「こいつを成すのは最初で最後――!」

 つまり『大蛇殺し』――!

 彼は『探り手』に刃を握らせたまま、テコの要領で切っ先を『我が復讐の権化』に向けると、そのまま解創を成した。

 瞬間、昼と見紛う光が、二人の間で炸裂した。

 それに伴って発された熱と圧の大破壊は、一瞬で全てを吹き飛ばした。

 それが収まり――煙が立ち上る中で、彼は見た。上体を吹っ飛ばされた『我が復讐の権化』が橋の路面に突っ伏すと、中の液体をぶちまけた。

 直後――『我が復讐の権化』の中身――ぶちまけられた液体が集まると、蛇のようにしなり、身体(、 、 )を起こした。

「なっ……!」

 水が燃える――いや、水ではなく、可燃性の液体か……!

 あの日――上宮卓造が燃え上がる上宮亭を逆用して成し遂げた解創――『怨嗟の業火』。

 何十人という人の躯と、栄華ある上宮邸を犠牲にしたそれは、さながら業火の波濤であったが――流石に数年程度、それも一人分の人形の犠牲で為せる炎は、それには遠く及ばない。

 だが炎は大蛇のようにうねりながら、空中を這い進む。その速度は、一度『大蛇殺し』を成し終えた上宮斉明が、次の解創を使うまでの隙をつくには十分だった。

 左の『探り手』に絡みつき、黒い四本目の腕は一気に燃え上がる――彼は迅速に動いた。左の『探り手』が持ったままだった『大蛇殺し』の刀を右に持ち返ると、それで左の『探り手』を肩口から切断した。

 ぼとり、と左の『探り手』が落ちる。『風踏み』で間合いを開けて、残る邦明を観察するが、特に何か仕掛けてくる様子はない。

 ――『探り手』は失ったけど……。

 自身と敵の損失を確認する。たとえ『探り手』を一つ失っても、手に入れた結果は大きかった。あの損傷では『我が復讐の権化』はもう使えまい。あの炎は、中の可燃性の液体を使った、文字通り最後の一撃だったはずだ。

 そしてこちらには『大蛇殺し』の刀がある。他人の道具を奪って、すぐにそれで解創を成すなど普通は不可能だが、『探り手』で握った後ならば話は別だ。もちろん作った本人と同じとまではいかないにしても、迫るレベルで使う事は可能だ。

 そして道具を二つも一度に失った邦明は、ひどく残念そうな顔をしていた。だがまだ余裕があるのは、彼でなくとも表情を見れば分かるだろう。

「やってくれたね、まったく……こっちは何年かけてソイツを準備したと思ってんだ……けど……」

 蛇のような視線が、彼の左の肩口に行く。

「左の『探り手』は失った……右の『探り手』一つで、俺と戦えるつもりかい? ちょっと分が悪そうだね、上宮斉明」

「さぁね。そっちこそ手ぶらで僕相手に無事でいられるんですか?」

 軽口を叩きながらも、彼は邦明の仕込みをいくつか見抜いていた。右腕と左腕は、常人とはまるで違う濃度と質の『何か』が宿っている。

 どちらも道具は一級品といえる。正体不明な両腕が、それぞれ別の解創という脅威は拭えない。だが、彼はそれとは別に、国枝邦明という人物の心理的な弱点……という程でもないが、付け込める点がある事に気づいていた。

 まず目的だ。『使い「手」』と『使い「手」作り』、そして『探り手』を手に入れたいという欲求を持っている。

 ――少し挑発も兼ねて揺さぶってみるか……。

 大仰に肩を竦めて、彼は侮蔑するような悪意を込めて邦明を睨み付けると、普段からは考えられないほど傲岸な台詞を吐いた。

「しかし、案外大したことありませんでしたね……卓造大叔父様の孫だっていうのに、こんなもんですか」

「へぇ……自慢の『探り手』を失っておいて、よくそんなセリフが言えるね」

 二人の距離は十メートル程度。橋の上、しかも夜という事もあり周囲の音も少ないが、それでも呟くような声なら聞き取れない。だが邦明の声は、それなりの声量だった。それ故に声音から感じ取れる感情も明瞭に分かった。余裕の色が大半を占めるが、ほんの僅かに苛立ちが垣間見える。

 プライドを傷つけたか……? もしそうなら、そこを絞っていけば、また何か分かるかもしれない。ヒントの種をばら撒けるように、彼はできるだけ話を伸ばそうと試みる。

「そりゃそうですよ。過大評価してましたから……貴方の目的がある程度分かった以上、戦う上での立ち回り方で、事を有利に運べるでしょう?」

「何……?」

「卓造大叔父さんの孫にあたるっていうから、よっぽど腹芸や権謀術数に長けてるのかと思ったけど……僕にしてやら(、 、 、 )れる(、 、 )ようじゃ、大したことありませんね」

「あれと一緒にして欲しくはないね」

 邦明は呆れたように半笑いした。その表情は、半分は、やめて欲しいという嫌厭感こそあったが、半分は冗談交じりで否定しない感じがあり、心底嫌っている、という感じではない。もしかしたら生前の卓造を知っており、認めているのかもしれない。

「その割には傘だって、どうせ、あの人のパクりじゃないんですか?」

 そこで邦明の表情は半笑いのまま固まった。感情の起伏を察されまいとする抵抗だとすぐに気づいた。奥歯を噛みしめて歯軋りしている。その反応は人としては素直でも、彼にとっては驚きだった。

 卓造との類似点を指摘したことには寛容だったのに、道具を猿真似したという指摘には苛立ちを見せた。いったいどこが彼の気に障ったのか……そこは絞っていくしかない。

 そして何より、こっちの挑発に乗ってきていることが一番の驚きだった。彼は表情では『我が復讐の権化』を潰したことで調子に乗って挑発しているように見せつつも、内心では訝しんでいた。

 この国枝邦明という人物が、今まで何かしら黒幕として暗躍しているのは察したが付いたし、もしかしたら七年前の夏の端子島で、裁定委員会が介入してくる前に、富之と洋一郎を殺したのはコイツかもしれないとまで予想した。

 だが――この程度の奴に、果たして富之が負けるだろうか?

 確かに、多数の解創を用いれる『我が復讐の権化』を作れる技量は、追求者としては突出しているだろう。しかし探り合いや腹芸では、上宮斉明でもなんとか対抗できている。七年前なら、さらにこの男の実力は、追求者としても、人間としても未熟だっただろう。

 そんな子供に、果たして富之が負けるだろうか?

 もし仮にそうだとしたら――その差を埋めるだけの秘策があるんじゃないのか?

 それを踏まえて、次の挑発を発しようとした、その直後――夜気を劈いたのは、遠くで鳥がいっせいに羽ばたく怪音だった。

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