#01 邦明
国枝邦明は、上宮斉明の追跡を続けていた。
肉眼と徒歩による追跡だけではない。上宮雅にも貸し与えているが、邦明自身もムクドリの遺骸による監視の解創を用意していた。
それを使って飛翔体を使い、こちらを誘っている上宮斉明の詳細な位置を捕捉し、なおかつ彼が何かしら策を打つようなら、その情報をすぐに知れる。
上宮斉明は邦明から逃走しつつ、市街地からどんどん離れていく。雅から離れすぎると連絡と連携に支障をきたすが、各個撃破を優先するのが邦明の方針だった。
どうせ上宮雅とは一時の協力関係だし、上宮斉明を殺せば、後見人を務めた篠原久篠乃が仇討ちに来るのは必然と言える。なら篠原久篠乃と上宮雅の二人には、お互いに潰し合ってもらい、お互いに疲弊し合ってもらった方が良い。
そして自分が斉明を殺しておけば、疲弊した二人、もしくは一人は余裕で潰せる。戦闘における雅と久篠乃の実力は、拮抗しているだろうと邦明は予測していた。
そして自分は一番弱い斉明を先に潰して余力を残す……つもりだったが、そこに関しては少し読み違えてしまったという他ない。
あの『大蛇殺し』を使ったのに、逃がしてしまうとは思ってもみなかった。多少、敵の戦力は削げただろうが、あの大きな一発で、欠けさせたとしてもせいぜい飛翔体一つだけだろう。余裕を見積もって勘定する邦明からすると、それはちょっと割に合わない、大砲を使って小鳥を仕留めるようなものだ。
とはいえ向こうにも余裕があるわけでもあるまい。上宮斉明はバッグを持っていたが、自衛の手段で、かつ普段から準備している物となると限度がある。明らかな刃物などは入れていないだろう。
ふと、邦明は周囲の街頭が減りつつあり、かつ人気が減っていることに気付いた。
上宮斉明は誘導していると気づいた。事を起こして騒動になった場合に、人の多い場所だと解創が漏洩する危険が高まる。漏洩すれば裁定委員会によって裁定される。そういう点では、互いの為にも人気のない場所に移動するのは当然と言える。
逆に言えば人気のある所にいれば、邦明は表だって襲えないとも言えるが……それをすると人の波に飲まれて邦明を見失い、背後から接近されて不意打ちを食らう可能性が高まるので、それをしてくることは、まずないと考えていた。
とはいえ、ここまで予想通りに行くと、さすがに怖いものもある。邦明は裏を勘ぐる。
――何かしら策を考えて、有利な場所を選んでるだろうな……。
そのくらいの事はしてくるだろう。その程度ならば邦明だって対応のしようはあるが……相手が稀代の作り手、上宮斉明ともなれば、その有利な場所一つで、どう戦況を変えてくるかが気になる。
やがて辿り着いたのは、先ほどとは、まるで違う場所だった。
細く長い橋である。幅は極端に狭く、両腕を伸ばせば欄干を超えてしまう。対して長さはそれなりにあり、橋の向こうの街頭が遠近法で小さく見える。
アスファルト製の橋は街頭の一つもないため、両岸の街頭だけが頼りだった。夜も九時に近づこうとしている。視界は暗く、悪い。
その橋の中央から僅かに奥に、上宮斉明は立っていた。
「ここでやりませんか? 人払いの用意はあるでしょう?」
「俺が人目を気にすると思うかい?」
この暗がりでも分かるくらいに、彼は、あからさまに苦笑した。
「勿論。雅姉さんは公園で躊躇なく槍を使いましたし、あなたの人形もいろんな道具を使って仕掛けて来たのに、追跡中に飛翔体に対しては何もしてこなかった……つまり、公園には人払いの用意があったって事ですよね?」
なかなか良いカンをしているな、と邦明は思った。確かにそれは事実である。邦明はあの時、防音に関する解創を使っていた。
むしろ上宮斉明からしてみれば、もっと時間を稼いで逃げ切りたかっただろう。午前一時を過ぎれば夜の店はともかく、マンションなどの光は大方消えるので、追跡は難しくなる。とはいえ、あからさまに長引かせれば、しびれを切らした邦明が不意打ちに来るかもしれないため、こうして戦わざるを得ない。
「なるほどね……」
そしてどうせ戦うなら、勝算の高い場所……自分に有利な場所を選ぶのは当然である。
確かにここなら、まず車は通らない、というより通れない。軽自動車ですら幅的に通過が不可能だ。せいぜいスクーターが通れる程度だろう。
夜は音が気になるが、逆に光が少ない場所ならば人目にはつきにくい。防音に関する道具さえ用意しておけば、多少暴れても人の寄り付いてこない区域を作り出せるのだ。
問題は、それとは関係なしに、橋を渡ろうとする人間が来た場合になるが……。
――それもこっち持ちにさせるつもりか……。
邦明はムクドリで周囲の様子を警戒しておけばいい。こっちが逃げれば、向こうも察するだろう。
ムクドリを周囲――橋の周囲の空中で旋回させる。ムクドリは邦明が「使用」する必要なく、自立して一定の機能を発揮する。
ムクドリの『音食らい』は、指向性の羽音と大きな鳴き声によって、群が旋回する内部から発される音を相殺する。これが公園でも使っていた防音の正体だった。
これで、こっちも周囲を気にせず暴れられる。
しかし厄介な地形である。この細い橋では、両側から攻めるという手が使えない。『我が復讐の権化』を先行させて、邦明は後方から援護するしかないが、邦明からすると、直線的な攻撃では『我が復讐の権化』が障害物になる。
それに周囲への迷惑も考えると、やはり『大蛇殺し』を最大出力では使えない。無関係な人間が巻き込まれようと知ったことではないが、巻き込まれて裁定委員会を刺激するのは好ましくないからだ。それに『使い「手」作り』なども、可能であれば復元可能なレベルの損傷で手にしたい。
だが使える道具の数がそれほど制限されるわけでもない。『大蛇殺し』は、ある程度なら調整できるし、無いなら無いで、攻略の仕方はいくらでもある。
会話をしつつも、互いに間合いを見計らう。話している途中から、既に戦いは始まっていた――そして先に動いたのは、邦明の方だった。
一呼吸で邦明は、思考を願望に変え、願望によって現実を成した。『我が復讐の権化』は主の復讐の念に応じるように、橋の上を駆け出し先行した。
人形の袖口から取り出された円形の刃に『投飛』の解創が成されて、回転しながら上宮斉明に向かってすっ飛んでいく。
四年前には、一度対応されているが――それはブラフだ。逆を言えば対処できるからこそ、その通りに対処してしまう。
その隙に、『我が復讐の権化』は懐から日本刀を取り出している――直後、細い光線のような光が、切っ先から放たれた。
極細、ごく短距離に制限した『大蛇殺し』の光の刃は、放たれる一瞬前に感づかれ、首を横に振るようにして回避され、彼の頬を少し擦過するに留まった。
――もっと太くしておくんだったか……?
そうしたならば、また別の対応をされただけだ。浪費は出来ない。あまり使いすぎると道具が傷むし、なにより精神的な疲弊は集中力を低下させて、限界にくれば願うどころではなくなり、解創が為せなくなる。
とはいえ――先ほども何度か使っているが、まだ『我が復讐の権化』は十全に使えているし、疲弊の色はない。
「まったく楽なもんだねぇ」
願うのはあくまで、復讐そのものだけでいい。あとは全て人形という道具がやってくれる。元々が鶴野温実の『我が名をそのままに』――私の命令に従えという事柄を願う解創であるため、その性質が受け継がれていた。だが全く同じわけではなく細部が異なっている。
言ってみれば『我が復讐の権化』は、復讐という願いを、別の願いに変換し、その願いで別の道具を人形が使う……いわば願望の変換装置であると言える。彼自身が願うのでは不足な解創の道具も、彼の『復讐』の願望の力の総量を変換したものであれば、より強力に為せる。もちろん変換する過程でのロスも生じるため、ロスが生じてもなお、本来よりも威力が出せることが望ましいし、変換する道具ごとに調整が必要だ。
願いの転換は追求者にとっては必須の技術だが、基本だからこそ、それすらも用いずに複数の解創を為せるというのは、負担の軽減としての効果が大きい。
そして何より――『復讐』は彼のアイデンティティの一端を担う願望だ。それが達成される前に尽きることなど有り得ようか?
邦明から発される復讐と憎悪を貪り食らう『我が復讐の権化』は、その長身から大上段に構えた刀を振り下ろす。
届く寸前のところで、上宮斉明は刀身の範囲外に退避する。だが、まるで次の行動への体勢が整っていない。重心が崩れて膝をつく。素の両腕よりも長い『探り手』を橋の床につけて無理矢理に身体を起こすが、それでは遅い。
邦明は『我が復讐の権化』を踏み込ませ、さらに袈裟に日本刀を振るう――二度、三度、そのすべてを、上宮斉明は『風踏み』で退き、あるいは飛翔体の弦を刀身に打ち付けて回避するが、邦明は焦らなかった。向こうが攻撃に転じてくるようなことがあれば、すぐに懐に突っ込ませればいいだけだ。
刀の斬撃から逃れるために上宮斉明は後退する。一定以上の距離から出ないように、邦明は『我が復讐の権化』に切っ先を向けさせ牽制する。『大蛇殺し』がある以上、上宮斉明にとって後退しての回避は致命的だ。むしろ近距離の方が、切っ先に攻撃を当てるなどして回避のしようがある。
だがどちらにせよ邦明の罠である。懐に入ってきながら、さらに刀という刃物に対処する術があっても、邦明はもう一つカードを隠してある。今の上宮斉明には他の追求者よりも効果が減少するだろうが、長引かせれば致命的であることに変わりはない。
刃と弦が激突し、歪な金属音が夜気に響き渡るたび、ギャアギャアと騒ぐムクドリの声が、異常な音を掻き消していく。
先に飛翔体を破壊するべきか――弦と刃が切り結んだ直後、刃の向きを転換し飛翔体を狙う――捉えたかに見えたが、ギリギリのところで切っ先は空を切る。思った以上に飛翔体の速度が速い
「ちっ――」
おしい、もう少しで仕留められたものを……。
だが形勢は、明らかに邦明有利に進んでいた。防戦一方の上宮斉明……さらにここでもうひと押しすれば、この膠着状態は瓦解するはずだ。
振り終えたの一瞬のスキを突く形で、飛翔体が急接近して急上昇――後部の弦が、正面から『我が復讐の権化』に打ち付けられる。
一瞬、ひやりとしたが――弦は空中で受け止められていた。剥離して散らばる白い蝋は『隠蔽』の解創――そして剥き出しになる鉄の檻。『籠守り』の解創は四年前から現在に至るまで健在である。
「四年前の学習の成果は無しかい?」
舌打ちする上宮斉明に、一太刀を浴びせかける――今まで当たらなかった刀の切っ先が、上宮斉明の服の一部をかすめた。
邦明は満足げに口元を歪めた。ボロが出始めた。凌ぎ切れなくなっている。距離を測り損ねたのだ。むしろ今までよく保ったものだ。
ここまで来れば防御は『籠守り』に任せて、刀は攻撃に専念していいだろう。飛翔体による攻撃が『籠守り』で凌げるか分からなかったため、序盤は刀で切り結んでいたが、その必要性も、もう無い。
攻撃をする以上『籠守り』も鉄壁ではない。刀を振るうとき、軌道を避けるように檻の網目を開ける必要があるため、多少の隙はできる。逆に、そこにさえ注意を払えば問題はない。
下から掬い上げる一撃を、飛翔体の弦が打ち付けて勢いを相殺する。だがそれで止まる邦明と『我が復讐の権化』ではない。打ち付けられた力の反発力を逆用して袈裟に担いで振り下ろす――飛翔体による対応は間に合わない。『風踏み』を利用して退くしかない――切っ先を向けると、『大蛇殺し』を警戒した上宮斉明の足が止まる――その瞬間に刀を突き出した。
上宮斉明は身体を横に振って避けるが、今度は飛翔体も『風踏み』も間に合わない。銀色の刃が、彼の脇を掠めた――今度は皮膚を擦過した。ほんの少しだが切っ先が血が引き、服を切り裂く。
――こんなものか……。
少しずつ追い詰めている――その事実を前にしても、邦明は笑みさえ浮かべなかった。これで初期の目標が達成できるというのに、邦明の中に広がったのは、喜びよりもむしろ落胆の念だった。この程度の追求者を狩るために、自分は七年も待ったのか……。
いや、むしろ作り手の追求者にしてはよくやったと褒めるべきだろう。これから先、上宮斉明はジリ貧だ。ここまで保ったのは、彼の工夫の賜物だ。
すでに勝機は無いと見たのか、上宮斉明は懐に飛び込んでくる。飛翔体の弦が『我が復讐の権化』に向かって伸びるが、『籠守り』に阻まれ、石橋を刻み、幾多もの傷をつける……だがまるで本体には効果が無い。同一個所を狙う一点突破を図っているのは目に見えていたので、籠をぐるりと「回す」ことで、一点に負荷が集中しないようにする。
上宮斉明は、自身の攻撃が『籠守り』によって防がれるため、一点突破に賭けるしかない。だが退いて『大蛇殺し』を食らえば致命的。ならばあえて刀が効果を発揮しにくい、密接した距離で挑もうという算段だろう。だが『籠守り』をどけなければ、『我が復讐の権化』を中心とした最低限の刀の間合いは確保される。そこまで考えが回っていないのか……?
どちらにしても、ここまでくれば上宮斉明から得る物はほとんどない。もう『使い「手」』と『使い「手」作り』くらいしかないだろう。
「無駄なあがきだ、上宮斉明……それすら俺には効かないと証明してやろう」
防いだ直後――じわり、と影が上宮斉明の視界に伸びる。恐れたように『風踏み』を使って退くが、さきほどと比べるとブレがある。恐怖による集中力の低下によって、解創の質が落ちているのだ。
それはかつて、端子島の上宮邸に成されており――四年前には間に合わなかった秘策。上宮富之が邸内に成していた影の解創――『朧げ恐れ』。
本来これは童子が抱く、建築物の陰に対する恐怖を根源とするものだ。邦明は『籠守り』を小さな建物に見立てることで、『籠守り』の籠の陰に『朧げ恐れ』を仕込むという荒業をやってのけたのだ。
当然、その効力は本家には遠く及ばないが――退けさせるという点では十分だし、こちらから接近して影を見せるだけで、敵の集中力をじわじわと嬲り、削っていける。
――あとはこの状況から逃がさないための工夫か……。
いくら『大蛇殺し』があるとはいえ、確実に仕留められるかは分からない。死に物狂いでこの状況から逃げられれば、再度会敵するまで間隔が開く。
それまでに仕留める、なんて悠長な事は言ってられない。この状況から絶対に逃がしてはいけない。そのくらいのつもりで行かなければいけない。
確かに地力の違いで優勢になっているとはいえ、相手は上宮の神童だ。この差を工夫で覆されかねない。
――けど……そんな暇は与えないけどね……!
工夫する暇は愚か、上宮斉明には、あと残りいくらの攻撃が避けられるだろうか? 二度? 三度? 刀の切っ先が服を切り裂き、血を引く――深い傷ではない。ただの切り傷だが、その傷以上に、創傷の深さは、彼の状況の深刻さを物語る。
返す刀で上宮斉明が飛翔体を放つが、弦は『籠守り』にぶつかって、弦はあらぬ方向――橋の床に打ち付けられて、何度目かの傷を作る。
その反撃の一撃に集中したためか、彼の足元が狂い、バランスを崩す――その瞬間、『我が復讐の権化』は大きな挙動を省略して突きを見舞った。邦明は、これだけ大きな隙ならば力はそれほどなくてもダメージは与えられると踏んだのだ。それよりこの一瞬のチャンスを逃がさないことを重要視した。
その判断は当然と言えた。自明とも言える――そして、それは上宮斉明の術中だった。
またも飛翔体が『籠守り』の防御に屈して地面に打ち付けたかと思うと――唐突に、石橋の床が割れたのだ。
「何――ッ!」
めくれ上がった石橋の床――それも単純にめくれ上がったのではない。『我が復讐の権化』を中心に放射状に橋の床の一部が落ちるが、ただの瓦礫ではない。等間隔に五つに分かれてテコのように持ち上がった石柱は、『我が復讐の権化』の周囲を囲う『籠守り』に向かって殺到し、そして倒壊する。
集中攻撃による『籠守り』の突破を防ぐため、まんべんなく全体で攻撃を防いでいたのが仇となった。五つの方向から刺さった石槍は、大半は『籠守り』によって防がれたが――幾つか弱まっていた部分に当たった石槍は決定打となった。
今まで飛翔体のすべての攻撃を無効化してきた『籠守り』が突破され『我が復讐の権化』に、『籠守り』との衝突で石槍が砕けて瓦礫を化して、中から降り注いだ鉄筋の先端が、二、三本と胴体に突き刺さった。
ぐらりと黒い人形がよろめく。『我が復讐の権化』の反応と動きが鈍る。
――何が……!
戦う前に石橋に何か仕込む時間は無かった。まさか襲撃される前から、こんな場所に事前に罠を用意していたとは思えない。
ならば、まるで飛び出す絵本のような、この石槍は一体何なのか?
――飛び出す絵本……?
自分がふと思いついたままの表現が、ほとんどそのまま答えなのかと気づき、目を丸くした。
「まさか……今、解創を作っのか……!」
目を伏せた上宮斉明が、小さく頷く。
「筆を使って絵を描くように、『弦鳥』を使って別の解創を作った……それだけです」
ただ別の目的に道具を使うだけではない。使用によって『作成』を行う……それも作るためのものではなく、別の目的を持つ飛翔体――『弦鳥』――でそれを、この短時間で成し遂げる。ここまでやってのけるのは……使い手と作り手、二つの才覚を得た『派生』の上宮斉明だからこそである。
――『探り手』による使用でも、そこまで出来のか……。
そうだった――上宮斉明は『派生』により使う力を身に着けた追求者だと、そう思っていた。だがその前に上宮斉明は作り手主義の追求者だ。作る事こそ彼の十八番、それを活かしてくる可能性は考えられた。
だが『派生』のインパクト――『探り手』の万能感と、自衛の道具である『弦鳥』に注意がいってしまい、そこまで考えが至らなかった。
劣勢も、全て彼の計算の上だった……実際に対処しきれなかったのかもしれないが、それも『弦鳥』の弦が地面に傷をつけるところを自然に見せるための演出に一役買っている。
――やってくれたな……。
今にも倒れそうな『我が復讐の権化』……その挙動の悪さが、損傷の大きさを物語る。実際、人形とはいえ、胴体に刺さったことによるダメージは大きかった。鉄筋の刺さった傷口から液体が滴る。
しかし鉄筋による損傷は予想外だった。防御を『籠守り』に絞ったのは、それ以上は必要ないと判断したからだったが、石槍で防御を破り、そのうえでの鉄筋による攻撃が、偶然というのは出来すぎだ。マグレなら、三本も胴に刺さるわけがない。
つまり『探り手』で橋に触れて、目的や用途を解析する段階で、内部の構造まで把握していたという事だ。
――どこまで『作れる』のかは知らないが、厄介な事に変わりはない……。
どちらにしても起点となるのは『弦鳥』という見方もできるが、あれが無くても別の道具を使い、即席で道具を作ってくる可能性は否定できない。
邦明は知らない。上宮斉明は七年前から、その場にあるもので即席の『道具』を作ることに長けていた。形のない、物体の衝突エネルギーを材料に『退避』の解創を作り出す事が可能な少年にしてみれば、手間を掛ける暇さえあれば、どんなものでも自分の道具に作り直せるのだ。
とはいえ、即席の解創で出来るのは、程度は高くとも、せいぜいが不意打ちとその場しのぎだろうという事は、邦明も見抜いていた。一度見たことで警戒できる。注意さえ払えば、見抜くことは可能になる。
邦明は『我が復讐の権化』に刀を使わせて鉄筋を切断させる。仕組み上、鉄筋を抜くわけにはいかない。鉄筋を切断して瓦礫の呪縛から逃れさせると、あえて鉄筋は突き刺したままにする。
「なんで僕を狙うんですか?」
ひと段落ついたからか、はてまた次の策を練るまでの時間稼ぎか、上宮斉明――の派生は、おもむろに口を開いた。回答を期待しての質問とは思えない。
邦明は相手に細心の注意を払いつつ、こちらも頭では別の事を考えながら話に応じる素振りを見せる。
「言っただろう? キミの『使い「手」』と『使い「手」作り』、そして『探り手』を手に入れたいからさ。できるだけ穏便にね」
「ご冗談を……そのために雅姉さんを懐柔したんですか?」
「失礼な……説得か、もしくは交渉と言って欲しいね」
邦明は苦笑した。上宮斉明の考えは、確かに事実のとおりである。しかし証拠が無いため、上宮斉明は雅を説得できない。
邦明自身は、ほとんど何もしていない。確かに雅と話はしたが、あの女が邦明を一時的な仲間として認めている最も大きな要因は、彼女自身の妄執が視野を狭めているからだ。一応、何かしら嵌める意図があるとは疑っているようだが、それでは不十分だ。上宮雅は邦明の危険度を見誤っている。
それは解創の力の話ではなく、追求者としての在り方――自分の目的について。上宮斉明の『使い「手」』を欲する理由を、間違っているからだ。
「どっちにしても雅姉さんを僕に差し向けたことに違いはありません」
「あれは彼女の意思だ、俺に言われても困るね。そもそもキミが裁定委員会に尻尾振ってるから、雅のお気に召さなかったんだろう?」
「百歩譲って、それが本当だとして……貴方は、僕らが潰し合う事による、漁夫の利を狙ってたんでしょう?」
「キミらが潰し合えば、『使い「手」』や『使い「手」作り』を手に入れるのが容易になるって寸法かい?」
「ええ……貴方からしてみれば、僕がどうなろうと知ったことじゃない、いや、むしろ潰したいんじゃないんですか? 国枝家が上宮家を狙う理由は分かりませんけど」
まるで邦明を国枝家の一員として扱う上宮斉明のセリフに、思わず彼は苛立った。
「言うね、国枝に騙された上宮は、よっぽど俺を悪役にしたいのかい?」
「そうですね。少なくとも悪意はあるかな、って」
悪意というのなら、無自覚な悪意でお前たちは俺から全てを奪い去ったのだ――そう怒鳴りつけてやりたい気持ちを押さえて、代わりに邦明は心にもない言葉で一蹴する。
「まさか。これは善意だよ。キミが本来あるべき道に戻るように、俺たちが手を差し伸べてやるんだからさ」
白々しいセリフを、派生は作り物の心とは思えない真剣な表情で受け止めていた。
――こっちの真意を測りかねてるのか?
この会話の内容に、意味を見出しているとは最初は思っていなかったが、この表情を見ていると、どうにもそうも思えなくなってきた。この真剣に聞き入っている表情や態度がブラフかという可能性無くはないが、限りなく低いだろう。これに一体どれだけの影響力があるというのか。こうして邦明が勘ぐることが上宮斉明の狙いだとしても、答えが出ないようなら切り捨てて戦闘に集中するだけになる事くらい、分かっているだろうに……。
だがブラフでないとしたら、もっと理解できない。こちらの真意が分かったからといって、何が変わるというのか。
――なら、やっぱりブラフしかないか……。
だいたい邦明がまともに答えるかどうかすらも怪しい質問だ。それに依拠して戦法を変えるなどあり得ないだろうし、変えるにしても何を変えられるというのか。どちらにせよ、上宮斉明を潰しておくという事に違いはない。殺意の有無について考えているのかもしれないが、どちらにしても邦明は、斉明を殺してしまおうとは考えているし、できなくても再起不能にさせられれば、その時はそれでいいとも思っている。
とすると、やはりブラフということだろう。動揺を誘い、集中力をそぐための言葉だ。心中で鼻で笑った。こんなものは策として機能していない。
――相手の動揺を誘うには……こうするんだよ。
先輩の追求者として、教えてやる必要があるだろう――次いで『我が復讐の権化』が懐から取り出したのは――雨傘だった。