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  #01 邦明

 二〇一七年、九月。

 国枝(くにえだ)邦明(くにあき)は秋物の焦げ茶色のコートを着て、新幹線のシートに深く腰掛けていた。

 四年ぶりに訪れる地方都市。車窓から見えるのは歪な風景。駅前に立ち上る高層マンションと繁華街は、立体的に空間を使って節約しているのに対して、少し離れたところでは一軒家や畑が平面的(ぜいたく)に空間を使用している。

 社会という集合は、属する個人の輪郭を浮き彫りにする。一キロメートル未満の距離の間で、二つの社会の人の営みはこうも違う。

 セールスマンが個人の自宅を訪問していた時代が懐かしい。今ではエントランスで外部の人間を遮断できるマンションなど珍しくない。だが逆にセールスの方も適応して変化している。今はメールやネットを使えば、足を運ばなくてもコミュニケーションはやりたい放題、どこの誰とも知らない人間に、自分の会社のプランなり商品なりを紹介できる。

 物も情報も溢れ返る時代になった。あらゆるものが増えすぎた結果、その集合において個性は限りなく無に近くなる。小さなコミュニティなら個人が集合において重要な要素となりえたが、集合が大きくなるにつれて、個人という存在は、集合を構成する不可欠な要素ではなく、代替できる部品へと変わっていった。

 社会の発達、集合の拡大による個人の部品化……ガラにもなく、なんでこんなことを考えているのか――ぼんやりと光る昼間の曇天の空に、目を細める。

 ――元はと言えば、蔑ろにされたと感じていたから、か。

 劣化した部品を新しいものに代替する事は、社会においては補充に過ぎない。部品であると自覚していた幼き頃の邦明は、自身が代替可能な存在でしかないと気づいていた。そこから先は子供の過剰な感受性が成しうる被害妄想だ。大人は自分を、自分たちにとっての道具としか認識していない……と。

 邦明という名前は、邦宗(、 、 )の名を奪われて、与えられた代用品。上宮(うえみや)の為とか国枝の為とか、そういう都合で自分の名前は奪われていた。自分は根幹から全てを奪われていた。

 彼はあらゆる選択肢を奪われ、国枝の追求者となるべく育てられた。あらゆる自由意思を奪われた自分は、他者にとって部品でしかない。

 ならばその逆をやって何が悪い――それが邦明が至った結論だった。自分の個人の望みの為に、他者を部品としようと。

 大人の社会のシステムの都合も、所詮は多数の人間の利害の絡み合いに過ぎない。ならその都合は個人の願望でも代替できると信じ、裁定委員会を誘導して上宮家を殲滅した。

 ふと苛立ちが募って、思わず舌打ちをした。社会にとっての手段を邦明は目的とした。自分を外部化(つまはじきに)したものに対する復讐……所善自分は手段を目的にしなければ実現できない程度だと、貶められている気分になった。

 手段を目的化しての復讐――自分の復讐は目的のための手段と化しているのではないか?

「願い――か……」

 ナーバスになっているのを自覚する。自分のすべてを奪った上宮から全てを奪い、自分の為の糧にしてやる……という目的は忘れてはいない。だが果たして叶えられるのか?

 上宮斉明(さいめい)から上宮家を奪った自分が、さらに上宮斉明という少年から存在意義さえ奪えば、それは上宮と変わらないのではないか?

「構わないさ、奪われるよりはずっといい」

 どうせヒントを残さなくても、上宮斉明は上宮家殲滅の黒幕である邦明まで辿り着くだろう。ならば万全の準備の元で邦明に復讐されるよりも、発展途上の間に先手を打ってしまった方が堅実だ。それに彼が追求者を続けているという事は、上宮が存続してしまう可能性があるという事でもある。

 それは避けなければいけない。ならば手段は二つある。上宮斉明そのものを消すか、上宮斉明から、追求者でいるために必要なものだけを奪い取るか……。

 迷ったのは過去の話だ。今はもう、前者を取ろうという決意は変わらない。

 新幹線が停まる。国枝邦明は三年ぶりに、その駅に降り立った。

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