8.魔王の書と迫り来る敵
魔導図書館には、普段は使われないが2階に会議室が存在する。この日、珍しく会議室には「使用中」のプレートが貼られることになった。時間は夕方の閉館後、会議室にはホワイトボードの掃除をする背丈の低い黒髪短髪の少女ヨム・リードナー。机の上の埃を付近で落としていく長い赤髪が特徴のリンク・ナレッジ。そして、部屋の入り口でドアに寄りかかりそれを退屈そうに眺める長い銀髪を後ろでまとめた女性リー・ライブラの3人がいた。
「早くしないと会議をする前に日が暮れてしまうぞ?」
「「もう暮れてます、館長。」」
時刻はすでに18時を回っていた。図書館も、大体のフロアは消灯まで行い廊下の電灯が点いているだけの状態である。
ようやく会議室の掃除を終え、ヨムとリンクは椅子に腰掛けて一息ついた。リーはホワイトボードの前に移動すると、ボードの横に添えつけられたマーカーでホワイトボードに板書をしていく。そこには「本日の議題〜魔導図書館の謎〜」と書かれており、真面目なのか遊んでいるのかヨムとリンクにはリーの本心が読み取れない。
「さて、諸君。今日の議題は、この図書館の謎についてだ。そもそも魔導図書館とは、何のために生まれたと思う?」
リーの質問に2人は頭を悩ませる。先にリンクが口を開く。
「図書館は色々な人に知識を広めるための場所として作られたものじゃないでしょうか。」
「正解だ。しかし、それは一般回答だな。普通の図書館であれば、その目的で十分なんだが魔導図書館は少し性質が違うんだ。」
リーのその説明を聞いて、ヨムは自分の中で思考を巡らせる。通常の図書館と、異なる魔導図書館の性質。
「魔導書には危険なものが多い・・。だから、魔導図書館の目的は多くの魔導書を管理するという名目で隔離して封印すること・・?」
その発言にリーは笑みを浮かべる。
「正解だ。魔導書の中には危険なものが多い。だからこそ我々が管理しなくてはならない。それ自体は図書館に入る時に聞いていると思うが、本質としてあるのは『管理』よりも『封印』の方が正しい。」
リーはあらかじめ持ってきていた模造紙をホワイトボードに張りだす。そこには魔導図書館の見取り図が書かれていた。
「この魔導図書館は地上2階、地下3階の設計となっているが、一般に開放されているスペースは地上のみだ。地下のすべての書庫は一般には開放していない。そして、諸君もわかっていると思うが地下の魔導書はその危険度によって分けられ、危険なものについては術式によって封印されている。」
リーは模造紙をたたみ、ホワイドボードの板書を再び指差す。
「さて、ここで本題だ。この魔導図書館の謎・・、それが何なのか。私が確認してきた。結論として、ここには狙われるだけの十分な理由がある魔導書が存在している。」
ヨムとリンクはその迫力に思わず唾を飲み込む。
リーは、一呼吸おいてから、重そうにその口を開いた。
「魔王の書・・・かつて「第六天」と呼ばれた6人の魔王。その1人を封印した魔王の書がこの図書館に存在する。」
2人には衝撃が走った。かつておとぎ話として聞かされていた「魔王の書」。それが存在するだけでなく、自分たちが働いているこの図書館に存在するということに驚きが隠せない。
「魔王の書・・。本当に存在したんですか・・?なんかの冗談じゃないんですか・・?」
リンクはリーに問いかける。
「もし冗談なら、私はお前にあんなことをしたりしないさ・・。」
リーのその言葉にリンクはつい先ほど、自分に襲いかかり実力を測ってきたリーの行動を思い出す。あれほどのことをするのだから、判明した事実がとてつもないことであると覚悟はしていた。しかし、実際に聞いてみるとどうにも実感がわかない部分もあった。
「しかし、その魔王の書がこの図書館にあるとして、なんで今更狙ってくる輩がいるんですかね?魔王復活なんてしょうもないことを考える人がいるんでしょうか。」
「あるいはそうかもしれない。しかし、今肝心なのは敵の行動理由ではない。なんにしても攻めてくる敵がいた場合、私たち図書館司書は全力をもって敵を倒す。魔王の書は絶対に渡さない。」
そういったリーの瞳には強い覚悟の意思があった。そして、それはリンクも同様である。先ほどの戦いの中で自分の心に決めたことを守りたいという意思が表情に出ていた。
ヨムは戸惑っていた。先日、あの魔導書から感じた禍々しい魔力。あれと相対する力を自分も手に入れたと思ったのだ。しかし、敵の実態は伝説の魔導書「魔王の書」を狙おうとするほどの者かもしれない。そう考えると不安がこみ上げ、頬を冷たい汗が流れる。
「先輩・・・。大丈夫です。先輩は私が守ってみせますよ!」
リンクはそう言ってリナの頭をくしゃくしゃ撫で回す。そのリンクの笑顔を見て、ヨムは安堵した。自分には、頼りになる後輩がいる、とても強い館長がいる。そして、自分の力がある。どんなことがあっても大丈夫だと思えた。
「リナちゃん・・・。もう・・、守るのは先輩の私の方だよ!しかも頭くしゃくしゃしすぎ!」
ヨムの瞳からも迷いは消えた。3人は決意を新たに、明日以降も図書館をしっかりと守っていこうと心に決めたのである。
リーはまだ会議室で資料をまとめると言っていたので、ヨムとリンクは先に帰ることになった。
2人が会議を終えて1階に戻ってくると、受付付近には1つの人影があった。
(あれ・・・?こんな時間にお客様?)
ヨムは疑問に思いながら、声をかけるべきと考える。しかし、自分のコミュニケーション力の乏しさを知っていたヨムはリンクにお願いすることにした。
(了解です。行ってきますね。)
(気をつけてね。リナちゃん。)
ひそひそと話しを終わらせ、リンクは人影に近づく。それは男性だった。身長170cmほどの高さに、黒い短髪をワックスで固めて上向きに立てている。そして、近づいた男の右の頬には刀の切り傷のようなものがあった。容姿からは成人男性よりは少し若く見える。
「あのー、すいません。今日はもう閉館しちゃってまして・・。もしご利用でしたら、また明日お越しいただけますか?」
リンクがそう声をかけると男は驚いたようにリンクの方を向く。そして、突如自分の腰から銃を引き抜きリンクに向かって引き金を引いた。
「リナちゃん!!」
ヨムが叫ぶと当時にリンクの前に風が巻き起こる。今までよりも強力な風の壁。風狸の力を使ったヨムの魔術だ。
放たれた弾丸は、突如現れた風の壁に威力を落とされ、軌道を変えてリンクとは別の方向へ飛んで行った。
「先輩!ありがとうございます!」
リンクはすぐに刀を構える。男が持っているのは二丁の拳銃。その銃は、使用者の魔法を弾丸として発射する魔銃だった。
「こいつ・・。魔銃使い・・!?」
男は続けて引き金を引く。リンクは銃口と引き金を集中して見つめ、引き金を引かれる瞬間に大きく転がり攻撃を回避した。着弾地点が燃えていることを目で確認したヨムは、男の属性が火であると確信した。相手が火であるなら、水の属性を扱うリーの助けを借りるべきだ。ヨムは自分より階段に近いリンクに向かって叫ぶ。
「リナちゃん、上に行って館長を呼んできて!」
リンクも、ヨムの考えをわかっていたかのように階段に向かって走り出す。男はそれを止めるためにリンクに向かって引き金を引く。しかし、その弾丸もヨムの作った風の壁に阻まれて逸れて行った。
男がリンクに気を取られている間も、ヨムは男に向かって間合いを詰めていた。魔装術を使う以上、その力を十二分に発揮するには敵に接近する必要がある。そして、相手の武器が銃である以上、迂闊に距離を取るよりは近づいてしまい銃を奪ってしまう方が良いと考えた。
「早・・い・・?」
男はつぶやく。自分が想定していたよりも、遥かに早いスピードでヨムに詰められていたことに驚いたのだ。ヨムの速度は今までの戦いよりも早くなっている。それは、風の精霊である風狸を契約したことにより使えるようになった魔力が増えたことも大きく関係していた。
「駆けるスピードが早くなるこの術、名前は疾風ってところかな」
そう言いながら、ヨムは男が左手に持つ銃に右足の蹴りを打ち込む。男は衝撃に耐えられず、銃を床に落としてしまう。すぐさま取ろうとするが、その銃はヨムによって先に遠くへと蹴飛ばされてしまった。
「くっ!」
男は右手の銃をヨムに向ける。すると男の目にも止まらぬ速さで、ヨムの右足が男の右手をしたから上に蹴り上げていた。すでに男の手元に銃はない。
「観念してください。あなたの負けです。」
ヨムの言葉に男は諦めたのか、両手を頭の後ろへとやった。少し遅れて、リーとリンクがやってくる。リーは、ヨムが男の銃を取り上げている姿を見て、ため息をつきながら階段の途中から声をかけた。
「おーい、ヨム。満足そうに敵を無力化したところ悪いが、そいつお前の先輩だぞ!?」
落ちていた銃を拾う途中でヨムは固まる。
「ふぇ?」
そして、その言葉を聞くと同時に男は立ち上がり、自分の服を叩いて埃を落としていた。
「よく来たな。ヒエン・キサラギ。手荒い歓迎だったかもしれんが、気にしないでくれ。」
そう言ってリーは、ヒエンと呼んだ男に対して握手を求める。
「・・まさかここまで手荒い歓迎とは思いませんでした。私も銃を出したのでおあいこですが。」
ヒエンは握手を返さずに、ヨムへ近づき手を出す。それは握手を求めているわけではなく、銃を返せという意思を示していた。
「あ、ご、ごごごごめんなさい!私、私・・」
ヨムは銃を返した後、深々と頭を下げる。
「いや・・、別に・・いいから」
ヒエンは踵を返して、裏口の方へと向かっていく。リーはその背中にもう一言声をかけた。
「ヒエン。どうだった?ここの若者たちは・・・?」
ヒエンは歩くことをやめ、少し間を置く。
「・・・悪くないです。戦力不足かと思っていましたが・・・及第点というところでしょうか。」
振り返ることなくそういうと、ヒエンはそのまま歩いて外へと出て行った。
リンクは不機嫌そうな顔でリーに詰め寄る。
「館長!なんなんですか!あの男は!いきなり銃を向けてきたんですよ!」
「あー、すまない。彼は明日からここで働く新しい仲間だ。名前はヒエン・キサラギ。君たちよりも数年長く司書をやっているベテランだ。さっき会議室に残っていたのも、彼の受け入れの書類を確認しているところだったんだよ。」
不満をぶつぶつと漏らすリンクとは別に、ヨムはその苗字に聞き覚えがあった。
「キサラギ・・。館長、それって・・・」
「そうだな。今、収集に行っている君の先輩『マイ・キサラギ』の弟だよ。」
ヨムは覚えていた。その先輩には、弟がいて、自分に似ずに不器用で無口な弟だから、会った時は優しくしてくれと言われたことを。
(さすがにいきなり銃を向けられたら、優しくできないです・・先輩)
そう思いながら、ヨムは新たな仲間であるヒエン・キサラギに対し多少の親近感を覚えた。