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魔導図書館の小さな司書  作者: 結城 才斗
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7.後輩のプライド-雷の封印術師-

(先輩、あのケーキで元気になってくれるかな・・・)


休憩室で1人、紅茶を準備しながらリンクは考えていた。やかんに水を入れ、コンロに火をつけ沸騰を待つ間に茶葉を用意する。ずっと前から注文していた限定品ケーキの魔導書。今回思い切って持ってきたのは、先輩であるヨムの不安げな様子を憂いてのことだった。価格もかなりのもので、思い切った買い物をしたと思ってはいたが、本を見た瞬間に目をキラキラ輝かせたヨムの姿を見てそんなことは微塵も気にならなくなった。


(・・・?なんかフロアのほうが騒がしい?)


何か音がしたような気がしたが、それもすぐに沸騰して甲高い音を上げるやかんにかき消される。リンクはすぐに火を止めて、紅茶のカップを準備する。そして、ポットとカップにお湯を入れる。事前にポットとカップを温めておくことで、美味しい紅茶を楽しむためだ。そうして準備を着々と進めていくリンクは、肝心のケーキを用意しようとしたときに、魔導書をカウンターに忘れたことに気づいた。


(あ、そういえば魔導書カウンターに忘れてきちゃった。先輩がいるからなくなることはないと思うけど・・・)


カウンターに本を取りに行こうとしたとき、タイミング良くヨムが休憩室に入ってくる。その手には、丁度取りに行こうとしていた魔導書を持っている。


「休憩入りまーす。はい、リナちゃん。これ、カウンターに忘れてたよ。」


ヨムが右手に持った魔導書をリンクに渡す。


「あー、やっぱカウンターに忘れてましたか。今日のメインなのに、完全に忘れてましたよー。あれ?先輩、その右手どうしたんですか?」


リンクは魔導書を受け取るときに、ヨムの右手の甲に先程までなかった紋様が入っていることに気づいた。ヨムは自分の右手を上げて、紋様を確認するとヨムにも見せるように右手の甲を向ける。


「さっきフロアで一悶着あってね。一応、師匠せんせいからの贈り物・・かな?」


「あ、紅茶冷めちゃうんで一回腰を落ち着けてから話聞かせてください。ささっ、座って座って。」


リンクは休憩室の真ん中に置いてあるテーブルにヨムを案内し、椅子を引いてヨムを座らせた。そして、既に準備しておいたポットとカップをテーブルに運び、静かに紅茶をカップに注いでいく。


「ではお待ちかねのケーキを召喚しちゃいましょう!あ、どのケーキにしますか?」


そう言って、リンクは魔導書をヨムに渡して見せてくる。ヨムは本を受け取るとページをめくり、内容を確認していく。どれも美味しそうな見た目をしており、自分の食べたいものを決めるのにも一苦労な様子だ。本はどの頁の根本にも切り取り線が入っており、簡単に切れるようになっている。


「う~ん。どれも美味しそうで悩んじゃうよー。・・・あ、これにしよう。このフルーツ沢山のパウンドケーキ!」


「了解です!じゃあちょっと待っててくださいね。」


リンクはヨムの選んだ写真の載っている頁を丁寧に切り取る。そして、切り取った頁の裏側―写真とは逆の頁を表向きにしてテーブルに置いた。そこには魔法陣が書いてある。リンクが魔法陣の上にお皿を載せると、魔法陣が小さな光を放ち、光が消えると皿の上には写真に写っていたパウンドケーキが置かれていた。その皿をヨムの前に差し出す。フルーツの甘い匂いが周囲を漂う。ヨムは目の前に置かれたケーキにわぁっと感嘆の声を上げて、目を輝かせる。今にも食いつかんばかりの気迫が感じられるが、そこには先輩のプライドがあるのか、後輩が準備を終えるのを今か今かと待っているようだった。その様子を微笑ましく思いながら、リンクは自分のケーキを選ぶために本の頁をめくる。


「私は何にしようかなー。お、美味しそうなチーズケーキ発見!君に決めた!」


自分の選んだケーキの頁を切り取り、同様にケーキを用意する。リンクの前に現れたチーズケーキは光っているんじゃないかと思うくらいの綺麗な色をしており、その質の高さに驚きを隠せない。2人の前にケーキが揃う。その状況から、発される言葉はただ一つだった。


「「それじゃ、頂きます!」」


2人はケーキを食べながら至福のひとときを過ごしながら休憩時間を過ごす。休憩時間の中でヨムは先程自分に起きた出来事と、風の精霊・風狸ふうりとの契約のことを話した。


「へー。先輩の師匠ですか。ということは、その方も魔装術師だったんですか?」


リンクの質問に、ヨムは自分の右手に刻まれた紋様を見ながら考える。


「そうね。師匠せんせいは優れた魔装術師だった。でも、いまいち考えていることが読めない人。今回の風狸の件も、何の連絡もないし、こっちも何の連絡もしてないのに、私に力が必要なことを見抜いて送ってきてくれてるわけだし。」


ヨムは少し寂しそうに語る。師匠がヨムにコンタクトを取っているのに、姿を見せない。そのことがヨムには理解できないし、実際寂しいと思っていた。師匠と縁が切れているわけではないが、それでもたまには顔を見たいと思うのが弟子の心情である。


「魔導図書館の業務が落ち着いたら、会いに行けるといいですね。」


リンクは食器を洗いながら、ヨムを励ますように話す。ヨムは、そうだね。と一言だけ返して、リンクの洗った食器を布巾で拭き、棚に戻していった。そうした休憩時間の終わり頃、休憩室の扉がバンッと激しい音を立てて、魔導図書館の館長リー・ライブラが入ってくる。


「休憩時間中にすまないが、リンクを借りていいか?」


「え、なんです館長いきなり?私なんも今日悪いことしてませんよ?って、あー。」


断る間もなくリンクはリーに首根っこを掴まれ、引きずられていく。ヨムはあまりに突然の出来事にポカンと口を開けることしかできなかった。


リーはリンクを図書館の玄関口に連れ出す。そして、掴んでいたリンクを離すと自分も少し距離を取って図書館から離れた場所に立った。


「なんなんですか?いきなり外に連れ出すなんて・・・。」


リーはリンクに持っていたものを投げる。それはリンクが戦闘の際に使用する刀だ。普通の女の子には重いはずの代物を、リンクは片手で受け取る。


「構えろ、リンク。私に一撃入れれば合格だ。」


リーは自分の腰に携えていたナイフを抜いて構える。リンクは目の前にいる館長が唐突に自分に敵意を見せている状況を理解できない。構えることもできず、ただその頬には冷や汗が流れる。


「一体なんなんですか・・。理由もなく剣を抜くことなんてできませんよ。」


「・・・近いうちに、今まで図書館で遊んでいた連中とは比べ物にならないくらいの敵がやってくる。そのときに、お前に生き抜くための力があるのか、私が見極めてやる。」


言い終わるより早く、リーはリンクに向かって駆け出す。一瞬で懐に潜り込むとリンクに向かってナイフを振り上げた。リンクは未だ抜刀していない刀の鞘でそれをガードする。


「お前はここに来てまだ日が浅い・・・。こんな手荒い手段ですまないと思うが、時間がないんだ。魔道司書であるならば、魔道司書でありたいならば、この程度のこと対応してみろ。」


鞘とナイフが何度もぶつかりあう。剣戟の途中にリーが繰り出す蹴りを、リンクは腹部に直接受けて吹っ飛ばされた。地面を転がりながら、受け身を取りすぐさま立ち上がるリンク。息切れしていたその呼吸を整えると鞘を腰に携え、そして静かに刀を抜いた。


「・・・わかりました。本気で行きます。」


リンクが持つ刀はバチバチと音を立てて光を放つ。リーは、ナイフを逆手に構えるとリンクの周囲を弧を描くように、リンクの左側から周り込んで距離を詰める。刀の間合いはナイフより広いため、戦闘においては圧倒的にナイフのほうが不利。攻め込まれる前に攻めるのがリーのスタイルであった。

リンクはリーをしっかり目で捉え、自分の間合いに入った瞬間に刀を振った。しかし、間合いまで猛スピードで迫ってきていたリーは間合いに入った瞬間に一歩引いてフェイントを掛けていた。刀を振った後の隙を逃さず、リーは回し蹴りをリンクの右肩に入れる。


「ぐっ・・!」


その衝撃と痛みに、リンクは思わず刀を落としてしまう。リーはすかさずリンクの膝に蹴りを入れて、膝をつかせ、その後ろからナイフを突きつける。


「私に一撃も入れられない程度では、この先の戦いに生き残ることはできないだろう。」


両手を地面につけているリンクに、リーはナイフを突きつけたまま、諭すように、諦めるように語る。それはリンクを危険から遠ざけるため、リンクを死なせないためには仕方のないことであった。


「・・・甘いですね、館長。私はまだ、諦めていないんですよ!」


リンクが両手をつけていた地面が光り始める。そこに現れたのは魔法陣。リンクが使った魔法陣は、その場からリンクを移動させ、再び距離を取って形勢をリセットすることに成功した。


「ふむ・・・。これ以上は加減はしないぞ。」


「望むところです!」


リーは呪文を唱え始める。短い呪文を唱え終わると、リーの両手には水でできたナイフが出現した。そして、それを手に取るやいなや、すぐさまリンクに投げつけてくる。


(水の投げナイフ!)


リンクは2本の水のナイフを躱す。躱した直後、ナイフの奥にもう一本ナイフが飛んできていることに気づいた。リーが最初から持っていた鉄のナイフだ。間一髪のところで、リンクは刀でそれを叩き落とす。今度はリンクがリーに向かって距離を詰める。リーは続けざまにリンクに向かって水のナイフを生成して投げるが、リンクはそれを刀で斬っていく。


(くっ・・、私の水属性ではやつの雷属性とは相性が悪い。容易く切り落とされてしまうな・・)


投げナイフだけでは魔力の無駄遣いになると感じたリーは、腰に忍ばせていたもう一本の鉄のナイフに手をかける。そして、そのナイフを逆手に持つと、ナイフから強烈な水の刃が伸びた。長さ50cmほどとなった水を纏うナイフ。それを使ったリーと、リンクの剣戟は何度も交わされる。しかし、何度か剣を交わしているうちにリンクの表情に笑みが浮かぶ。次の瞬間、リーのナイフが纏っていた水は消滅した。


「なっ!?」


「はああああああ!!」


驚きの表情を浮かべるリー。その隙を見逃さずに、リンクは自分の刀を力一杯リーのナイフめがけて振り上げた。


次の瞬間、リーの首元にはリンクの刀が突きつけられ、持っていたナイフはリンクの遥か後方の地面に突き刺さった。


「勝負ありです。」


リーはリンクの迷いのない表情を見て、すぐに両手を上げて降参の意志を示した。それを確認するとリンクは刀を鞘に収め、力を抜いてその場に座り込む。


「そうか。失念していたよ。お前の魔術、雷の封印術師の力を。」


「大変でした。投げナイフみたいな単発の魔術を続けられていたら、私も体力がもちませんでしたし、隙を生み出す意味でもあの最後のナイフは好都合でした。」


雷の封印術師。その魔術は、他の魔術を封印することを主な役割とする。リンクは何度も水のナイフを弾いて消していたが、それは消していたというよりは封印していたという表現が正しい。リーの生成した水の投げナイフは、全てが水の魔術で生成されているため、その魔術を封印することでナイフそのものを消していたのである。


「合格だ。これからきつい戦いが待っている。力を貸してもらうぞ。」


そう言って、リーはリンクに手を差し伸べる。リンクはリーの手を取って、立ち上がった。


「もちろんです。私はまだまだ、ここにいて先輩たちとケーキ食べたり、いろんなことをしてたいですからね。」


リーとの戦い、その中でリンクは図書館を去ることになったらどうなるのかを考えた。何よりも辛いのは、ヨムをこの後に1人で戦わせることになってしまうのではないかと言うこと。


(ヨム先輩を1人で無茶な戦いに置いていくなんてできない。私ももっと強くならなくちゃ・・)


この一日で、魔導図書館に勤める司書2人は少し成長した。それはこれからの過酷な戦いに向けた大きな成長の第一歩となる。


リーとリンクは図書館へ戻ると、玄関口で暴れていたために客が余計に近づきにくかったことをヨムに叱られることとなった・・・。

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