ピポのどうくつ
ピポはたった一人で洞窟に棲んでいた。
いつから一人だったのか覚えていない。
ずっと昔に誰かと暮らしていたような気がするけれど、それが何時でどんな人だったのか、今はもう何も思い出せない。
あまりに長く一人でいたからか、その日ピポは旅に出ようと心に決めた。
この洞窟がどこまで続いているのか、どこかに誰かが居るのかそれとももう自分以外の人間はどこにも居ないのか、それが知りたかった。
旅の支度は簡単だった。
いつもの服に大きな鞄、鞄の中にはナイフと火熾しの道具といくらかの保存食糧、そして水筒。
手には狩にも使う長い棒、靴はない。
ピポは今まで靴を履いたことが無い、いつも裸足でどこでも平気だ。
今までいた場所を振り返る。
何もない。
物も、思い出も。
今までいた名残に、ほんの僅かに焚火の跡があるだけだ。
何の感情もなく、ピポはその場を後にした。
毎日ただ歩き続ける。
洞窟の中はいつも何となく薄明るくて、それでもいつも暗くて、昼も夜もない。
生まれた時からそんなだから、ピポには昼と夜が分からない。
昼も夜も知らない。
太陽も知らない。
もちろん月も星も知らない。
それどころか外があることも知らない。
天があることも。
目が覚めて、のどを潤しいくらかの食事を摂る。
身支度をして歩き出す。
時折狩をして食物を補給し、壁から染み出る水を水筒に入れる。
空腹になると食事をし、疲れたら休み、眠くなれば眠る。
何日も同じように過ぎてゆく。
旅を始めてどのくらい経った頃だろうか、洞窟の天井に穴が開いているのを見付けた。
ピポは始めてみるその穴に興味を引かれて、覗いてみようとしたけれど、自分の背丈では届かなかった。
そこで近くにあった岩を転がしてきてその穴の下に置き、岩に登ってその穴から上に顔を出した。
そこは不思議な世界だった。
壁が無く、見たことのない大きな植物がそこかしこに生え、天井もなく、遥か上の方には不思議な点がいくつも見える。
怖ろしく、不思議で、哀しく、懐かしい世界だった。
暫く呆然とその世界を見つめてから、ピポは洞窟の中に降りてきた。
岩の陰で泣いた。
何故だか涙が止まらなかった。
どれくらいそうしていたのか、やがてピポは立ち上がり、そして再び歩き出した。
あの世界は恐ろしい。
一人では決して行くことはできない。
あれは自分の世界ではない。
ピポはそう思った。
今はただ歩き続けよう。
いつか辿り着くはずのどこかへ向かって。
いつか出会うはずの誰かのところへ。
そしていつか、そんな誰かとまたここへ来て、あの穴から出て行こう。
誰も知らない新しい世界へ。
そしてまたいつか、そんな新しい世界で出会った誰かと、この洞窟へ帰って来るのだ。
此処は自分の世界。
この洞窟は自分の洞窟。
ピポは真っすぐに前を見て、しっかりとした足取りで、ただ誰かに出会うためのどこかへ向かって、たった一人で歩き続ける。