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私の主治医さん - 二人と一匹物語 -  作者: 鏡野ゆう
本編

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第八話 一人と一匹の延泊模様

 原稿にペン入れをしていると、ジャリジャリと何かを引っ掻く音がしたので、慌てて携帯電話を片手に立ち上がった。


「待って待って!! 初猫砂トイレ、写真撮らせて!!」


 走り寄った先は、猫砂(と言っても紙製のだけど)トイレが置いてある場所。キャラメルにトイレを覚えさせようと、おしっこをしたそうな仕草をするたびに、猫砂のところに連れて行くようになって丸一日、もしかして?!と駆け寄ったら、チョコンと砂の上に座っている。そして神妙な顔をしてから立ち上がると、おお、ちゃんとおしっこがしてある!! 濡れている場所をふんふんと嗅いで、こちらを見て褒めてくれと言わんばかりに、ニャーと鳴いた。


「やったー!! 初トイレ、おめでとう、キャラメル!」


 そう言いながら、砂でおしっこを埋めているところを写真に撮った。ここ最近は、子猫用のカリカリを食べるようになっていたから、そろそろかなと期待していたんだけど、まさかたった一日でトイレを覚えるなんて、キャラメルは本当に賢い! そんなこと言ったら親バカかな?


「あ、そうだ。先生にも、さっそく知らせてあげないと」


 なにかあったら連絡を入れるようにと、携帯電話の番号とメールアドレスを教えてもらっていたので、さっそく撮った写真を添付して送っておく。もしかしたら、お昼ご飯を食べている時に見てくれるかもしれないと時計を見たら、すでに一時をすぎていた。


「あ、もうお昼だった……」


 食事も休憩も患者さん次第と聞いて、お医者さんって大変だなって思ったけど、私も人のこと言えないかな。そろそろ、なにか食べなきゃ。冷蔵庫になにがあったかな。たしか、冷凍庫にラザニアがあるとか言ってたっけ。それを聞いた時の会話を思い出す。


『先生、まさかラザニアも作っちゃうんですか?!』

『俺にそんな時間があると思うか? 寂しい独身男への差し入れだよ』


 ……誰からの差し入れなんだろう。キャラメルを預かってくれた、お友達先生の奥さん? それとも、私の仕事道具を取りに付き合ってくれたらしい女子高生さん? それともそれとも、病院の看護師さんだったりして? 差し入れって言うぐらいだから、手作りだよね、きっと。


「私が食べちゃっても良いのかな」


 でも、先生は好きに食べて良いぞって言ってくれたし。差し入れ元の人が、どういう思いで作って渡したのかは知らないけど、現在進行形でラザニア所有者の東出(ひがしで)先生のお墨つきはもらったんだから、この際そのことは気にしないでおこう。レンジでチンする間に、トマトとモッツアレラチーズを冷蔵庫から出した。


「冷蔵庫の中にあるものが、うちと違って本当におしゃれなんだから……」


 おしゃれなのは、トマトじゃなくてモッツアレラチーズのこと。こういうのが冷蔵庫に入ったお宅って、テレビの中だけの存在だと思ってた。取り敢えずテレビの料理番組で見たように切って並べてみよう。


 そしてラザニアを食べながら、カレンダーを何気なく眺めた。ここに置いてもらって、もうすぐ二週間になろうとしている。そろそろ帰らないとって言うたびに、微熱が続いているのが心配だから、もう少し居ろとなぜか命令口調で言われ、そのまま居候生活が続いていた。


 せめて居候代代わりになればと思って、ご飯の支度や掃除洗濯をさせてもらっているんだけど、それに対して先生は、なかなか良い顔をしてくれない。こんなに元気なのに、まだ私は病人扱いなのが納得いかないところだ。


 そして困ったことに、好き勝手にさせてもらっているせいか、ここが自分の家のような気がしてきちゃうし、最近じゃ、キャラメルまですっかりこの家と東出先生に馴染んじゃってるしで、自宅に帰った後のことがとても心配だ。キャラメル、あっちに戻ったら、夜な夜な寂しがって鳴かなければ良いけど。


「……そろそろ、お家賃の振込みに行かなきゃ」


 日付を見て気がついた。あとでお部屋点検と散歩がてらに、銀行に行ってこよう。



+++++



 銀行でお家賃を振り込んで自宅に戻ってみる。窓はきちんと鍵かけてあって、カーテンも閉められている。特に散らかっている感じも無い。先生が仕事道具を取りに来てくれた時は、そこまで頭が回らなかったけど、思っていたより普通に片づいていてホッとする。


「せっかくだし、少しの間だけでも、お布団干しておこうかな」


 キャラメルのトイレを用意してから、掃除ついでにお布団をベランダに出して干した。キャラメルはバスケットの中から出ようとはせず、胡散臭げに部屋の中をうかがっている。「ここは何処?」みたいな顔をしているのを見ると、ちょっと複雑な気分だ。ここが私達の本当の家なのに。


「あ、そうだ。先生に知らせておこう」


 少しでも長くお布団を干しておきたいので、ギリギリまでこっちにいますってメールをしておく。ついでに冷蔵庫の中も確認。だって次にここに帰ってきた時に、冷蔵庫を開けたら、異世界が広がっていましたなんてことになったら困るものね、どれどれ……。


「ふむ、見事に保存食や調味料ばかりで、逆に清々しい」


 開けてみれば、先生のお宅の冷蔵庫とは正反対に、スカスカの冷蔵庫。そろそろ賞味期限が怪しいものは、この際だからとまとめてゴミ袋に入れて、後でゴミ集積用のコンテナに放り込んでおくことにした。それから、仕事道具で必要なものをまとめて、カバンに入れる。お掃除といってもせまいワンルーム。洗濯物もシーツとちょっとしたものだけで、干すのもあっという間に終わってしまった。仕事道具もほとんど先生の家にあるし手持ち無沙汰……。


「……」


 私もキャラメルのことは言えないかな。たった二週間留守にしていただけなのに、なんだかよそのお宅に来たような気分になるんだもの。マットレスだけになっているベッドにゴロンと寝っ転がると、ちょっとだけと自分に言い聞かせて、お昼寝をすることにした。



+++



 それからしばらくして携帯が鳴った。ウーンと唸りながら電話に出ると、通話ボタンを押す。


「もしもしぃ?」

『俺だ。今どころにいる?』

「先生……? あ!!」


 慌てて飛び起きれば外は真っ暗。部屋の電気をつければ、お皿に入れてあったキャラメルのカリカリも無くなっている。これは完全に寝すごしたパターン! 耳元で、先生が溜め息をつくのが聞こえてきた。


『……どうやらまだ、そっちにいるみたいだな。迎えに行くから出る準備をしておけ』

「え、あ」


 返事をする前に、電話は切れてしまった。


 慌ててベッドから降りて、ベランダに出てるとお布団を取り込む。せっかく干しておいたのに、すっかり冷たくなっちゃってるよ、ガッカリだ……。洗濯物はまだ生乾きだったので、ハンガーをそのまま、部屋のカーテンレールに吊り下げておくことにした。シーツをたたんでマットレスの上に置いたところで、玄関のベルが鳴った。まさか?!


「は、早いよ、先生!」


 慌てて玄関に走っていってドアを開けると、不機嫌そうな先生が立っていた。ってことは、こっちに向かいながら電話をかけてきたってこと?


「もう、先生、早すぎ! 私、まだキャラメルのトイレの片づけ、終わってない」

「昼寝なんぞするからだろ」

「そんなこと言ったって、お洗濯ものが乾くまでって思ってたんだもの」

「昼寝どころか夕寝だな、下手すれば夜寝か、ん?」


 わざとらしく腕時計を見なくてもいいのに。


「返す言葉もございません……」


 先生は何やらブツブツと言いながら部屋に上がると、走り寄ってきたキャラメルを抱き上げた。


「もう猫砂の片づけだけなのか?」

「あ、はい。一回したみたいで、そこだけ片づければ良いかなって」

「部屋を締め切っていると臭いがこもる。全部、片づけたほうが良いんじゃないか?」

「あ、そっか」


 濡れている部分は、スコップですくってビニール袋に入れてから、ゴミ袋に入れてあった。乾いている部分、もったいないけど、捨てるしかないのかな……。まあちょっとしか出していなかったから、量的には大したことないけれど。


「また買えば良いだろ。今回は諦めて捨てろ」

「はーい……」


 大き目のレジ袋に流し込んでから、それもゴミ袋の中に入れる。


「ちゃんとここでもトイレを使ったってことは、完全に覚えたってことか」


 トイレを軽く洗って片づけていると、先生は感心した様子で、抱っこしていたキャラメルを見下ろした。


「そうみたい。キャラメルは賢いですよ」

「大したものだな。そうだ、西入(にしいり)が、写真を子供達にも見せると言っていたぞ」

「そのうち、お互いの猫ちゃんの写真で、携帯のフォルダがいっぱいになっちゃうかも」


 とたんに先生がイヤそうな顔をした。


「猫の写真のやりとりをするなら、俺を挟まずに二人でやり取りをしろよ」

「えー。先生は、キャラメルとあちらの猫ちゃんの写真、要らないんですか?」

「要らん」

「こんなに可愛いのに。ま、そのうち自分で写真を撮るようになりますよ、うん」


 そんなことは絶対ないとか言い張っているけど、時間の問題だと思うなあ。居候している間は、せいぜい写真を見せびらかしてあげよう。


 片づけが完了してから、電気とガスの元栓を念のために確認する。その間に先生は、離れたがらないキャラメルを、無理やりバスケットに押し込めていた。


「戸締りはちゃんとしたな? じゃあ帰るぞ」

「はーい」


 そう返事をしてから“あれ?”と首をかしげてしまう。いつの間に、先生のお家に「帰る」ことになったんだろう。


「ねえ、先生?」

「なんだ」


 階段を下りながら、私の方が段の二段上に立っているのに、やっと視線が同じぐらいになるのって、凄い身長差?なんて関係ないことを考えながら、前を行く先生に声をかけた。


「正直に言ってくださいね?」

「だからなにがだ」

「もしかして私って、そんなによくない病気にかかってるんですか?」


 先生が立ち止まってこっちを見た。そして変な沈黙が流れて、キャラメルがニャーと鳴く。


「飯、どうする? 今から作っていたら遅くなるから、食べて帰るか?」

「キャラメルもいるから、あのカフェしか行けないと思うけど」

「なら決まりだな」


 先生は何事もなかったように、階段を下りて行く。


「あのう、せんせーい、私の質問の答えはー?」

「心配するな、深刻な病気なら、すぐに親御さんに連絡を入れろと言う」

「本当に? じゃあただの微熱だけ?」

「ああ。……どちらかと言えば、俺のほうが深刻だよな」


 最後の方はボソボソと呟いたので、キャラメルの泣き声に紛れて聞き取れなかった。


「先生、なにか言った?」

「いやなにも。とにかくその微熱が下がるまでは、俺の家でグミとのんびりすごせ」

「だからー、グミじゃなくてえ……」


 結局のところ、なんだかんだと言いながら、居候生活はまだまだ続きそうな予感。

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