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私の主治医さん - 二人と一匹物語 -  作者: 鏡野ゆう
本編

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30/35

第三十話 恵さんの心配事?

「最近は色んな本が出ているからそこまで煩く言わなくても大丈夫だよって言ってるのに。先生ってば本当に過保護で大変ですよ。これ、赤ちゃんが生まれたらどんなことになるのか今から心配……」


 そんな日が続く中、昼間に原稿を取りに来てくれた犬飼さんを前に三十分ぐらい愚痴らせてもらった。私の愚痴を聞いて犬飼さんは只々笑うばかりだ。これって妊婦さんの旦那さんあるあるらしい。だけどニャンコも一緒にってなかなか無いよね?


「先生もただの人間ってことね。猫田さんと同じで初めてパパになるんだもの、仕方がないわ」

「キャラメルと二人がかりで言ってくるんだもの、私にも味方がほしいです……」


 普通なら女同士でキャラメルは私の味方になってくれそうなものなのに、何故か先生側についてタッグを組んでしまっているし。最初のグミ扱いから随分と変わっちゃったものよね。命の恩人は私なんだけどな……。


「先生は猫田さんの主治医さんだし、キャラメルちゃんもきっと先生と同じつもりなのよ」

「産婦人科の先生はちゃんと別にいるんですけどねー……」


 附属病院にも産婦人科はあるけど私は駅のこっち側にある産科クリニックにお世話になることにしている。だってこっちのクリニックの方が自宅に断然近いし、あっちだと先生のせいで病院の秩序が大いに乱れそうなんだもの。これでも気を遣っているんだよ?


「でも先生とキャラメルちゃん効果で雑誌の販売部数が増えたからうちとしては救いの神なのよ、あのお二方。だから編集者の立場としてはあまり厳しいことは言えないわ」


 そう言って呑気に笑う。


 前まではここまで反響がなかったから自分が描いているコラムが誰かに読まれているなんてあまり意識してなかったんだけど、キャラメルと先生がモデルの熊先生を描くようになってからお手紙を貰うことが増えてきたような気はする。


「そうなんですかー? じゃあ巡り巡って私の原稿料アップに繋がった時にはもう少し感謝してあげようと思います」


 先生には美味しいお酒、キャラメルにはちょっと豪華な猫缶を買うとかね。でもその前に今の超過保護状態をなんとかしてほしいっていうのが正直な気持ちなんだけど無理な話なのかな……。


「だけど早いものよね。猫田さんがここに来てもうすぐ二年?」

「そうなんですよ。今度の大晦日がここで過ごす二度目の年越しなんですよ、自分でも驚き」


 あまりにもすんなりと今の生活に馴染んでしまって自分でも戸惑っている。


「新婚旅行は年明けからなんだっけ?」

「はい。先生のお休みが年明けからなのでそれに合わせて」


 さすがに海外にキャラメルを連れて行くわけにはいかないので、私達が帰ってくるまでキャラメルは西入先生のお宅にお邪魔させてもらうことになっている。初めての海外旅行は楽しみなんだけど、キャラメルと一週間近く離れ離れになるのは何だか寂しくて実のところちょっとブルーでもあるんだな、これが。


「あっちでも頑張って野良猫ちゃんの写真を撮らないとね」

「ああ、それは言えてますね。それに日本のペット事情と色々と違うところもありそうだし」


 私達が行くのはイタリア。なんでイタリア?って話なんだけど、実は先生の同期だったお医者さんがあっちで働いているんだって。で、来るなら案内してやるぞーって言ってくれたらしい。


 私としては日本の外に出るのが初めてで良く分からないから何処でも良いよって話なんだけど、先生からしたら知り合いのお医者さんがいた方が私に万が一の事があった場合に心強いからイタリアにするって決めたらしい。


 そしてその先生のお友達がどうしてイタリアの病院で働いているのかっていうのも気になるところで、西入先生からチラッと聞いただけなんだけど色々と面白いエピソードがあるみたい。理事長先生が言うには外務省のハニートラップに引っ掛かって我が病院の前途有望な若手医師がそのままイタリアに旅立ってしまった、これは絶対に霞が関の陰謀だ!なんだって。つまりは先生のお弟子さんの南山さん御夫妻とは男女が逆なだけで同じパターンらしい。


 面白そうでしょ? 時間があったら絶対に本人からお話を聞かせてもらいたいなって思ってるんだ。それを言ったら先生は呆れかえっていたけれど。


「お腹に赤ちゃんがいるからそこまで遠出するのもどうなのかなって親には言われたんですけどね。お医者さんのお友達もいるし、万が一の時は先生の御両親が文字通り飛んでくるわよってあっちのお義母さんが」

「何て言うか、行動範囲の規模が大きすぎて想像がつかないわね」


 犬飼さんが呆れたように笑った。


 それから三十分ほどして犬飼さんが原稿を手に帰っていくと、それまでキャットタワーの上からこっちをじっと監視していたキャラメルが下りてきた。そしておやつのささみが入っている冷蔵庫の前で鳴き始める。


「キャラメルー、犬飼さんがなかなかキャラメルちゃんは私に触らせてくれなくて悲しいわって残念がってたよ? 私が長い間お世話になっている人なんだから、もう少し愛想良く出来ないの?」


 冷蔵庫からささみの入ったパックを出しながら足元のキャラメルに話しかける。


「ニャーニャー」


 気が向いたら愛想よくしても良いよって顔だね、まったく。お皿にほぐしたささみをいれてキャラメル用のご飯テーブルの上に置く。


「はい、どうぞ」


 いつもより長い時間を犬飼さんと話していたからおやつの時間か遅くなっちゃっていたせいでお腹を空かせていたみたい。こっちのことなんて丸っと無視してあっと言う間にささみを平らげてしまった。そして見上げてニャーンとなく。もっとないの?っていう催促だ。


「ダメダメ。晩御飯が食べられなくなるし、あまり食べると太っちゃうんだからね」


 家猫は飼い主さんが遊ばせて運動させても限界があるもの。人間と同じであまり太ると体に良くないって言うし、そんな可愛い声で催促しても絆されないようにしなきゃね。


 私がおかわりを出さないので少しだけ未練がましくお皿をペロペロと舐めると、もう一度私の顔を見上げてニャーンとないてリビングへと行ってしまった。そして向こうから聞こえてきたのはバリバリと爪とぎで爪をとぐ音。


「まったくキャラメルときたら……」


 気に入らないことや自分の意思が通らないと直ぐにバリバリするんだから。まだ爪とぎを使ってくれるだけマシかな、モンブランちゃんは玄関にあるマットに八つ当たりするらしいし。


「そんなことをしても駄目なものは駄目なんだからね。晩御飯まで我慢しなさい」


 私の声に答えるように更に大きなバリバリ音が聞こえてきた。



+++++



 その日の夜、いつもより少し遅く帰ってきた先生が私に渡してくれたのは何やらプリントされたコピー用紙だった。イタリアの観光スポットらしき写真がいっぱいプリントされている。


「どうしたの、これ?」


 渡された紙の束を見ながら先生を見上げた。


「イタリア在住の友達がいるって言ってたろ? そいつが病院の俺宛にメールで送ってきたんだ、イタリアに来たら是非見るべきものをピックアップしておいたから目を通しておけって」

「へえ。だけど何で病院の方に?」


 先生も自宅にパソコンがあってプライベートのアドレスを持ってるしプリンターもあるよね?


「俺が滅多に自宅に戻らない生活をまだ続けていると思ってたんだろうな。病院の俺宛に送った方が確実だと思ったらしい」

「こっちに転送すれば良かったじゃない。きっとこっちのプリンターで印刷した方が綺麗だったと思うよ」


 ドットの荒いカラー写真を見ながら言うと先生がしまったなあという顔をした。


「あー、そうだった。恵の仕事部屋にあるやつでプリントアウトした方が綺麗だったな。明日にでも転送しておくよ」


 ここで先生と暮らし始めてから家賃分が浮いたおかげで新しくプリンターを買い替えることが出来て、今では寝室にある先生のプリンターよりも性能が良い物なのだ。あ、ちなみにパソコンも今年に入ってから新しくなって先生のより少しだけ高性能。ちょっと優越感を感じちゃっているかも、うふふ。


「嫁さんが監修したから間違いないだろうが他に行きたいところがあるなら遠慮なく言ってくれだと」

「お友達のお嫁さんって外務省の人なんだっけ?」

「イタリアの文化をたくさん知ってもらおうって張り切っているらしいぞ」

「へえ。色々と見るところがたくさんありそうな国だよね、今から楽しみだな~」


 数日の滞在で全部を見ることは不可能ということで、パッと見た感じ先生のお友達は北イタリアを中心のコースを考えてくれているみたいだった。


「南と北とでは色々と違うみたいだね。お料理なんて特に」


 先生が御飯を食べている時にそのプリントを見ていると、キャラメルが急に膝に飛び乗ってきてテーブルの上のプリントに手をのばしてきた。


「こらこら、せっかく見てるんだからダメだよ~」

「ニャー」


 何が気に入らないのか更にテーブルの上に上がってプリントを下敷きにして寝っ転がってしまった。


「キャラメル、ご飯を食べている時にここに上がってきたら駄目って言ってるじゃない。まだ先生がご飯中なんだよ? 毛がご飯に入っちゃったらどうするの?」

「恵がそれに夢中で自分のことを構ってくれないから拗ねてるんだろ」

「さっきまでずっと一緒にテレビ見てたのにまだ構えって?」


 体を長くのばして完全にプリント用紙を体の下に隠してしまった。


「まったくもう……どこまで我が儘なんだか。赤ちゃんが生まれたらずっとキャラメルだけと遊んでもいられなくなるんだよ? 今からそんなんでどうするの」


 キャラメルは先のことなんて知らないよって顔でゴロンと寝返りを打つと先生の方を見てニャーンと甘えるように鳴いた。


「またそうやって先生を味方にしようとするんだから~」

「キャラメルもまだ子供なんだから仕方がないよな」

「そうやって先生が甘やかすからどんどん甘えん坊になっちゃうんだよ? ほら、キャラメル、ご飯を食べている時はテーブルの上はダメ。あっちに行くよ」


 先生には申し訳ないけど私はあっちでキャラメルと一緒にプリント用紙を見ることにする。テローンと長くなったキャラメルをプラプラさせながらリビングのソファの方へと連れて行く。なんだか嬉しそうにニャーニャー鳴いているのは何故なの?


「俺は甘やかしてなんかいないぞ。事実を言っているだけだ」


 先生が私にそう反論して来たけど異議あり。絶対に異議ありー!


「うっそだー、絶対に甘やかしてるから。先生も今からそんなんじゃどんなパパになるか心配ですー」


 私がそう言うと、一瞬だけ先生の顔がデレた。私が見詰めているのに気が付いて慌てて素知らぬふりをしておかずを口に放り込んだけど間違いなくデレてたよね?


「まったくもう。先生とキャラメルで赤ちゃんのことを必要以上に甘やかすんじゃないかって今から心配になってきちゃったよ……」


 私の心配なんて知ったことじゃないよって顔をしてキャラメルはニャーンと可愛らしく鳴いてみせた。


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