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私の主治医さん - 二人と一匹物語 -  作者: 鏡野ゆう
本編

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第二十八話 結婚式当日も通常運転

「先生、顔がデレてる」


 こそっと囁くと、横に座っていた先生は顔を引き締めて、マイクの前で喋っている司会者さんの言葉に耳をかたむけているような顔をした。


 今日は私達の結婚式。


 私達は、いつもの時間よりも早く起きて、結婚式場に入った。いつかこの経験が漫画に役立つかもしれないし、しっかり色々と見ておかなくちゃって張り切っていたので、メイクやヘアセットの時も退屈せずにすごすことができて、遅れてお母さん達が顔を出した時には、式場のスタッフさんをあれこれ質問攻めにしていた。


 式の方はチャペルでとりおこなわれていて、その時に先生は初めて私のドレス姿を見たわけなんだけど、その時から先生はガラにもなくデレデレちゃっている。そして今は、向こう側に座っている人達に見えないのを良いことに、私の手を握って司会のお姉さんのお話を聞くふりをしながら、指輪をはめた指を撫で続けていた。


「もう、先生。いい加減に離してくれないと、指輪が擦り切れちゃうよ」

「プラチナがそう簡単に擦り切れるものか」


 文句を言ったら、そんな風に言い返してきたんだけれど、常識的なことを言っているのに、説得力が無いのは何故?


 そんな先生にあきれながら、披露宴会場を見渡す。東出(ひがしで)家のテーブルに空きが一つ。そこに座るはずだった俊哉(としや)義兄(にい)さんは、まだ到着していない。


「お義兄さん、まだ来ないね」

「まさか、本当に海から帰ってこれない事態になるとは、思ってなかったな」


 俊哉お義兄(にい)さんが、式当日が洋上訓練と重なりそうだと残念そうに報告してきたのは、結婚式の二ヶ月前だった。


 いつ帰ってくるんだって先生が尋ねても、それは海流次第だと言ってなにも話してくれなかった。その様子からして、それがただの訓練ではないんだろうなってのは察せられるわけで、その日、顔を出せるかどうか分からないお義兄(にい)さんのために、壮行会と称して皆で食事会をした。


 その後の連絡で、昨日の夜にはこっちに戻ってきているはずなんだけど、いまだに姿を見せないってことは、こっちに移動している最中なのか予定が変更になってまだ戻っていないのか。お義姉(ねえ)さんの携帯もつながらないってことは、まだ海の中に潜ったままなのかな?


 ちなみに、先生の御両親は今朝帰国したところ。それはそれで凄いよね。


「一緒に写真撮りたかったのにね」

「しかたがないな、こればかりは……」


 しかたがないと言っている先生も、少し残念そうだ。


 するとドアの一つから式場のスタッフさんが入ってきて、お義姉(ねえ)さんが座っている席に足早に向かい、なにやら話しかけている。話しかけられたお義姉(ねえ)さんは驚いた顔をして、ドアの方を見てからうなづいて立ち上がると、私達の方へと足早にやってきた。


克俊(かつとし)さん、俊哉さんが到着したんだけど」

「移動中に連絡すれば良いのに、兄貴ときたら」

「携帯電話が電池切れになっちゃってたんですって。それでね、上陸して取るものも取り敢えずこっちに向かったものだから、制服のままで来ちゃったらしいのよ。今から一緒に控室に行って、着替えさせてくるから」

「自衛官の制服なら問題ないと思いますけどね、作業着じゃない限り」


 先生がそう言うと、お義姉(ねえ)さんが溜め息をついた。


「そのまさかの作業着のままなの。披露宴に作業着のまま出させるわけにはいかないでしょ? 万が一のためにって、着替えを持ってきて良かったわ。すぐ着替えさせて戻ってくるから」

「分かりました」


 腹立たし気に会場を出て行くお義姉(ねえ)さんを見送った。


「なんとか滑り込みで間に合ったようだな」

「きっと大慌てでこっちに駆けつけたんだよ、お義兄(にい)さん」

「まあ、とにかく無事に生きていることが分かって良かったよ」

「先生ってば……」


 お兄さんだからって遠慮が無いんだから……。


 理事長先生と光栄(こうえい)出版さんの編集長さんのお祝いの御挨拶が終わった直後、タイミングを見計らっていたかのように、お義兄(にい)さんがお義姉(ねえ)さんと一緒に会場に入ってきた。ちょっと髪が濡れている感じがいるのは気のせいかな? お義姉(ねえ)さんは自分の席に座り、お義兄(にい)さんが私達のところにやってきた。


「遅くなってすまなかったね。おめでとう」


 お義兄(にい)さんは、ニッコリと微笑んで私にそう言ってくれた。フンワリと石鹸の匂いが漂ってくるところを見ると、控室にあったシャワールームを使ったみたい。髪が濡れているのはそのせいらしい。


「ありがとうございます」

「公衆電話ぐらいあるだろ? 俺達はともかく、義姉(ねえ)さんには連絡ぐらいしてやれよ、さっきまでずっとヤキモキしてたんだから」


 先生が横から文句を言うと、お義兄(にい)さんは顔をしかめた。


「あのな、最近は携帯電話のせいで、公衆電話が消えつつあるのを知らないのか?」

「だったら充電器を十個ぐらい持ち歩け」

「そんなことできるわけないだろ」

「はいはい、兄弟喧嘩は後で。家族そろっての写真は、お兄さんが来てからにしようって話し合って決めたので、披露宴が終わったら皆で撮りましょうね」


 そのまま言い合い続けてしまいそうな雰囲気だったので、急いで二人の会話に割り込む。


「兄貴が来るのを待つと言って、ドレスを着替えることもやめるつもりでいたんだぞ、(めぐみ)は」

「優しいねえ、恵ちゃんは。克俊には勿体ないよ、まったく」

「それ、どういう意味だよ」


 今度は先生が顔をしかめた。


「だから、兄弟喧嘩は後で! ほら、スタッフさんが飲み物を持ってきてくれてますよ。ここのお料理おいしいって評判が良いんですよ、お義兄(にい)さんのお腹が空いてると良いんだけどな」

「うん。飯も食わずにこっちに来たからね、楽しみだよ。ありがとう、恵ちゃん。あとでまたゆっくり話そう」


 そう言って、俊哉お義兄(にい)さんは自分の席に戻っていった。そんなお義兄(にい)さんを眺めながら、先生が溜め息をつくのが聞こえてくる。


「連絡する時間も惜しんで駆けつけてくれたんだからさ、あんまり怒っちゃダメだよ先生」

「あまり兄貴を甘やかすなよ、恵。兄貴はすぐにつけ上がる性質だから」

「あっれー? もしかしてヤキモチー?」


 先生を覗き込むと、ちょっとだけ怖い顔をしてみせた。


「うるさい」

「先生ってば、お義兄(にい)さんにヤキモチやいてるんだー」

「あとで覚えてろよ、恵」


 あ、なんか不穏なこと言ってる……。今夜は盾になってくれるキャラメルもいないし、色々な意味でピンチな夜かも?!


 シャンパングラスが全員に行き渡ったところで、西入(にしいり)先生が私達二人にお祝いのスピーチをしてくれて、皆で乾杯をした。それを合図に、スタッフさんがケーキの乗ったワゴンを押して会場に入ってくる。ケーキのてっぺんには私達を模したマジパンと、オレンジ色のキャラメルが鎮座しているのがチラリと見えた。


「……あんなところにいたのか」


 出てきたケーキを見て先生が笑った。


 実は、先生に披露宴の何処かに四匹のキャラメルが隠れているから、探してみてねとは話してあったんだよね。


 まず、すぐに分かったのは当然のことながらウェルカムボード。それから皆に配る席次表に、私達のテーブルの前にちんまりと置かれたフラワーバスケットに差し込まれたメッセージカード。そして最後の四匹目は、ケーキのてっぺんに鎮座しているウエディング仕様のキャラメルってわけ。


「可愛いでしょ?」

「キャラメルも一緒に、ここにいられたら良かったんだがな」

「そうだねー。そういう披露宴もあるにはあるみたいなんだけどさ、ほら、やっぱり偉い先生とか呼ぶのには、ちょっと今時すぎるじゃない?」

「たしかに」


 ケーキカットをして、お互いにケーキを一口ずつ食べさせ合うなんて、披露宴の定番イベントとは言え、たくさんの人の前でするのはやっぱり照れちゃうね。しかもそれを写真で撮られちゃうんだもの。私はともかく、先生は当分の間、それをネタにからかわれそうだと溜め息まじりに笑っていた。


 そしてここからは、皆さんにはおいしいお料理をゆっくりと食べてもらう時間。まあ、私達は何だかんだと皆さんがお祝いにやってくるから、食べているヒマなんて無いんだけど。


「東出君のお嫁さんが、うちの病院に運び込まれて来た人だとは知らなかったよ」


 お祝いを言いに席にやってきた理事長先生が笑った。


「彼女は、国外に行くような仕事はしてませんから、大丈夫ですよ」

「そこは安心したよ」

「どういうこと?」


 首をかしげると先生が笑った。


北川(きたがわ)のことだよ。せっかく育てたのに、研修が終わったとたんに旦那と一緒に海外だからな」

「ああ、なるほど」

「さっき声をかけてきたよ。幸せそうでなに何よりだ。東出君も奥さんと仲良くね」

「ありがとうございます」


 理事長先生はうなづくと私を見た。


「奥さん。恵さんだったね。東出君の仕事は、救命救急といういわば命の最後の砦となる部署で、とても厳しい現場だ。色々とあると思うけど、しっかりと彼を支えてあげてください」

「はい。私もそこでお世話になったことですし、先生には、安心して患者さんの命を守るお仕事を続けていけるように、頑張って支えていこうと思ってます」


 私の言葉に、先生はとても嬉しそうに微笑んだ。


 その時、かすかに携帯のバイブ音が、目の前の理事長先生のスーツの内側から聞こえてきた。それと同時に、ワインを飲んでいた西入先生が慌てた様子でグラスをテーブルに置いて、スーツの内側に手を入れるのが見える。


「おやおや、これは一体どうしたことだ」


 ポケットの中から出てきたのは携帯電話。どうやらメールを受け取ったらしく、それを読んだ理事長先が、急に真剣な顔になった。


「どうしました?」

「緊急の招集がかかったようだ。大きな事故が起きたようだな。我々はすぐに病院に戻らないといけないようだよ」


 西入先生や他の先生達が席を立ち、理事長先生の元に足早にやってきた。


「多重衝突が高速のトンネルで起きたようです。患者の一部を、うちの病院に搬送させて欲しいと警察から連絡が」

「それは大変だね。東出君、申し訳ないけれど我々は病院に戻ることにするよ」

「私も行きます」


 理事長先生の言葉に、先生が椅子から立ち上がる。


「いやしかし、君は今日の主役の一人だろう。いくら緊急事態とは言え、花嫁さんを置いていくのはほめられたことじゃないぞ?」


 先生は私の方を見た。もう完全に顔がお医者さんに戻ってるよ。うん、それでこそ私の先生だよね。


「命の砦の大将さんが不在だと皆が困っちゃうんでしょ? だったら行かなきゃ。で、しっかり患者さんの治療をしてあげてください。私の方はお義兄(にい)さんやお義姉(ねえ)さん達もいるし大丈夫」


 そこへ先生のお父さんがやってくる。


「私も手伝ったほうが良いかね?」

「親父は今夜には出国するんだろ? フラフラしたまま次の手術に行かれたら困る。今回は恵のそばにいてやってくれ」

「分かった、今回はお前の言うとおりにしよう」


 そう言ってうなづいた先生のお父さんだったけど、少しだけ残念そうな顔をしたのは気のせいじゃないはず。


 先生が司会のお姉さんを呼んで事情を話すと、ちょっと驚いた顔をしていたけれど、こういうことは以前にも会ったみたいで、心得ましたとうなずいてすぐにマイクのほうへ行くと事情を説明してくれた。


「すまないな、家族全員そろっての写真はお預けだ。ウエディングドレスの恵と一緒に写真を撮りたかったんだが」

「それは、前撮りの時みたいにスタジオで撮れば良いじゃない。そうすればキャラメルと一緒に撮れるし」

「そうだな。じゃあ行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


 そういうわけで、本日の主役の一人と招待客の何人かが、途中で退出することになってしまった。


 先生側の招待客の皆さんは医療関係者がほとんどで心得たものだったけれど、私の方はと言えばお父さん達はともかく、友達関係は突然のことに私に対して物凄く同情的だった。


 ただ、友達から慰めの言葉を受けながら、今回のこともいつか何かのネタになるかもしれないな~なんて、呑気なことを考えていたのは私だけの秘密だ。

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