第二十六話 一足先に二人と一匹で
あ、そうそう。結婚指輪は、先生がカタログを持って帰ってきてくれた時に話し合って、私は指輪の外側に猫ちゃんと肉球が刻まれているもの、先生は同じデザインだけど刻印を内側に刻んだものにした。
先生だってキャラメルを可愛がっていることだし、肉球や猫のシルエットが刻印されている指輪をしていても平気なんじゃ?って言ったら、救命救急の大将がそんな可愛い指輪をしたら威厳が保てないだろって言うので、しかたなくそっちのデザインに。内心では今更なんじゃないのかなーって思うんだけどな。
そして今日は先生のお休みを利用して、結婚式に御招待する人のリストの確認作業中。ちなみにキャラメルは私達がかまってあげないせいか、リストのメモ書きをお腹の下に敷いて絶賛抗議中だ。
「キャラメル、そろそろお腹の下のメモを返してくれないと、進まないよ」
そう言いながら、茶色い毛に埋もれているメモを引っ張り出した。キャラメルは不機嫌そうな顔をして、私が引っ張り出したメモ書きを前足で取られまいと押さえ込む。
「邪魔をしたらそれだけ長引いて、遊ぶ時間が減っちゃうんだよー、分かってるー?」
そんなこと言っても、ニャンコにとっては人間の事情なんて、知ったこっちゃないってやつだよね。不機嫌な顔をしたままのキャラメルを撫でながら、先生が書いたメモ書きに目を通す。
先生のリストには病院関係者が多くて、院長さんとか教授さんなど偉い人が多い。ってことは年配の人もいるってことだから、あまり突飛な披露宴はやめておいたほうが良いってやつだよね。学校の友達で、披露宴がとんでもなく賑やかで隠し芸大会ですか?みたいなのが一度あったんだけど、ああいうのはNGってことだ。
ちなみに私のリストは、短大のお友達、光栄出版さんでお世話になっている編集さん達、それから小さい頃から親しくしていて、今も地元にいる幼なじみ系のお友達。
「なんか先生と私の招待客さん、平均年齢の差がすごいことになりそう……」
「それはしかたがないな。ところで、実家の御両親達と地元から来てくれる招待客の、宿泊先の予約は終わったのか?」
「うん。そっちはすでに予約済み。ホテルってすごいね、一年先でも二年先でも予約を受けてくれるんだって」
「決まった部屋をずっとおさえている客もいるらしいからな」
「そうなの?」
きっと大企業の接待用とかそんな感じかな? あ、それとも政治家さんの秘密のお部屋とか?
「ああ。だから特別な部屋は、一般の客は取るのが不可能に近いらしい」
スイートルームでも、さらに豪華なスイートルームってやつが存在しているらしい。
「へえ……。特別なお部屋ってどんなんだろ、ちょっと興味があるね」
よく旅行雑誌に載っているお勧めのお宿でも、表には出ないお部屋っていうのがあるらしいから、そういう特別なお部屋は、やはり特別なお客様用ってことなんだね。
さらにリストに目を通していくと、南山裕章、雛子って名前があって、はてなマークがついていた。この御夫婦って、インフルエンザの予防接種の時に、病院で会ったあの人達のことだよね? たしか、ぜひ招待してくださいって言ってなかったっけ?
「先生、この南山さんはどうしてはてなマークなの?」
「ああ、本人達は出席したいと言っていたが、旦那は地球の裏側で仕事をしているからどうなるか分からし、嫁はしばらくこっちにいるが、この頃には赤ん坊が生まれていて、それこそ予定は未定だろうからな」
「赤ちゃんの事情はわかるけど、旦那さんは今から申請していたら大丈夫なんじゃないの?」
「だが世界情勢なんて、一ヶ月後はどうなっているか分からないだろ? しかもそいつがいるのは南米だ。あのへんは色々と情勢不安定な国ばかりだからな」
ああ、そう言えば外交官さんだって言ってたね。
「そっかー……そこに住んでいる日本の人を放って、お休みとるわけにもいかないものね」
「そういうこと」
お昼ご飯をはさんで招待客リストのチェックがやっと終わった。このリストは私が明日、式場の担当さんに届けることになっている。
「あ、それとさ、担当さんが前撮りどうしますかって。式と披露宴にはキャラメルを出席させられないでしょ? 前撮りなら、スタジオを使えば猫ちゃんと一緒に撮ることが可能ですよって」
どんなに皆に好かれていて可愛くて賢くても、キャラメルは猫だから、式に出席するのも披露宴に出席するのもちょっと難しい。
「だが、式までは俺にドレス姿は見せないんだろ?」
「前撮りの時は、和装をレンタルしようかなって。ほら、色打掛も可愛くて良いよねって」
そこで先生が恐る恐るって感じで口を開いた。
「……まさか、俺に紋付袴を着ろとか言わないよな?」
「先生、着物が絶対に似合いそうだよね♪」
「絶対に次の原稿のネタにしようと考えているだろ……」
うん、それは間違いなく。でも、それだけじゃないんだよ?
「ウェルカムボードもそれを元にして作ったら面白いじゃない? 式の時はドレスとタキシードでしょ? ねえ、和装にしようよ~~。あ、キャラメルも服を着せることは無理だろうけど、可愛いリボンをつけておシャレをさせるつもりだよ」
もちろんイヤがるようなら無茶はしないけど、首に可愛いリボンぐらいならかまわないよね? 随分とすらりとして猫ちゃんらしくなってきたし、似合うと思うんだけどな。想像しながらニマニマしている私を見て、先生は溜め息をついた。
「着物なんて、七五三以来なんだがな……」
「だったら良い機会じゃない、是非それで撮影しようよ。あ、慣れないなら手始めに、夏に浴衣を買ってみる? 前撮りをするのは、九月ごろにしましょうかって話だったから」
「もう完全にその気だな」
「もちろん!」
そういうわけで、結婚式本番には、ペットホテルでお留守番をすることになっているキャラメルのために、私と先生は前撮りの準備をすることになった。あ、ちなみにそのペットホテルはモンブランちゃんも利用するところで、西入先生からも安心安全だとお墨付きをもらっているところ。だから当日は、二匹で仲良く御宿泊ってわけ。
ちなみに新婚旅行は、年末年始の先生のお休みを絡めて行く予定で、その間キャラメルは、西入先生のお宅にお邪魔することになっている。最初はペットホテルかお義兄さんのところにって話していたんだけど、同じ女の子のモンブランちゃんとのほうが安心だろうってことで、お願いすることになったってわけ。
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年明けにまだまだ先の話だよねって呑気にかまえていたけれど、ドレスを決めたり招待状のリスト作りをしたり、それから予算はどれぐらいでどんなお料理を出すか、式披露宴の段取りはどうするか、なんて先生のお休みに合わせて、二人で式場に出向いては担当スタッフさんと話し合っていたら、あっという間に時間はすぎてしまった。
そしていよいよ本日は、私達とキャラメルとで式場のスタジオを使っての前撮り。ちなみに先生は紋付袴、私は今時な感じの髪型にして、白無垢と色打掛の二通りでの撮影となっている。
「まあ、可愛い猫ちゃんですね~♪」
朝早くからスタジオに行くと、ペットキャリーの中をのぞきこんだスタッフさんが黄色い声をあげた。今日のキャラメルは、知らない場所にやってきて興味津々って顔をしている。
「初めての場所だから、念のためにリードをつけてきたんですけど……」
「あ、大丈夫ですよ。今日のカメラマンはこの日のために、マタタビ人間と言われる人を呼んできましたから!」
「マタタビ人間……」
私達のように、ペットと一緒に前撮りをする人って意外といるみたいで、そういう人達を担当するカメラマンさんがいるんだそうだ。もともとは、普通にこちらのスタジオで働くカメラマンさんの一人なんだけど、なぜか動物、特に猫に好かれるので、いつの間にか、猫ちゃん同伴で撮影希望のお客様専門になってしまったんだとか。その人がいると、どんな猫ちゃんでもお行儀よく写真を撮らせてくれるというから驚きだ。
「どこにでるいるんですね、猫ちゃんに好かれる人って」
「ちなみに私もなんですよ。本職はペットショップのトリマーなんですけどね。なぜかニャンコに異様に好かれてちゃって、最近は猫専門のトリマーなんです」
「そうなんですか?」
「猫神の手を持つ女と呼ばれています」
つまるところ、今日の撮影スタッフさんは猫好きで、猫ちゃんに好かれる人達ばかりってことね。
私と先生が髪をセットして衣裳を着せてもらっている間も、キャラメルは寂しがることもなく、その猫神の手を持つお姉さんと戯れていた。あまりの懐きっぷりに、飼い主としてはちょっと複雑な気分かな……?
そしてスタジオに戻ると、少しだけ戸惑った顔をしている先生が椅子に座っていた。キャラメルが先生の前にちんまりと座って、不審げな顔をして見上げている。
「どうしたの?」
「俺だって分からないらしいぞ」
「まさかー……。キャラメル、いつもと違った格好をしているけど、先生だよ?」
私のほうを振り返ったキャラメルは、ニャーと鳴いて先生を再び見つめた。まあキャラメルの気持ちは分からないでもないかな、先生の和装姿なんて初めてだし。きっと、なんでそんな格好をしているの?って言いたいんたと思うよ?
「じゃあ、まずは何枚かお二人だけで撮りますね。猫ちゃんとはその後で」
キャラメルは猫神の手のお姉さんに抱っこされ、カメラマンさんの後ろの方へと連れて行かれた。大人しく抱っこされているのは本当に驚き。さすが猫神様の手を持つお姉さん。
着つけを手伝ってくれたスタッフさんが、椅子に座った私とその隣に立った先生の衣裳の位置をきちんと直すと、カメラマンさんが何度かシャッターを切った。ちょっと顔をこっちに向けてとか、口元に笑みをもっと浮かべてとか、こんなことを仕事にしているモデルさんってすごいなって、あらためて感心しちゃったよ。
「じゃあ、猫ちゃんも一緒に撮りましょうか」
スタッフさんが、私と先生の間に小さなアンティーク調のテーブルを置く。そこがキャラメルの場所ってことね。
今日のキャラメルは、先生にもらった首輪の他に、尻尾の先っぽに白いレースのリボンをつけている。このリボンは一緒には撮れないけれど、私のドレスとおそろいのつもりなのだ。
「尻尾につけると嫌がる猫ちゃんがほとんどなんですけど、キャラメルちゃんは全然平気ですね」
「軽く結ぶぐらいなら平気なんですよ、この子」
最初につけて見た時は「なんだろうこれ?」みたいな顔をして尻尾をパタパタさせていたんだけど、今ではお気に入りみたいで、今も普段よりお上品な顔をして、見て見てと尻尾を軽く振りながらお座りをしている。
それから二人と一匹で何枚か写真を撮ると、私だけ衣裳を着替えに戻った。しばらくしてスタジオに戻ってみれば、なぜかキャラメルだけが照明の前に座って写真を撮られている状態。モデルさんみたいな顔をして、カメラマンさんを見ているのがおかしい。
「今日はキャラメルが主役になっちゃったねえ」
横で、笑いながらそれを眺めていた先生に声をかけた。
「カメラマンさんの言うことが分かるのか、ちゃんとシャッターを押す時は立ち止まるんだ。キャラメルが賢いのかカメラマンさんの腕なのか、とにかくすごいな」
「ここまで人の言うことをきちんと理解する猫ちゃんは珍しいですね。モデルとしてデビューさせてみたらどうですか?」
「うちのキャラメルは箱入り娘なので、モデルなんてとてもとても」
そう言って笑いながら、再び私達だけの写真を何枚か撮った後に、キャラメルと並んだ写真を撮った。
カメラマンさんが言うには、先生の表情が若干固いのが気になるところだけど、キャラメルと一緒に撮る時は私も含めてとても良い表情になるので、アルバムにするのは問題なしってことだった。
「顔の筋肉がおかしなことになってる……」
撮影を終えてスタジオを出ると、先生が顎をカクカクさせながらぼやいた。どうやら普段しないような笑顔をさせられて、ものすごーく疲れちゃったらしい。
「お疲れ様。気晴らしに、いつものカフェに行ってご飯食べよう?」
「今日は恵のおごりな」
「まっかせなさーい。原稿料が入ったばかりだから、お財布は温かいよ!」
写真がアルバムになってできあがってくるのは一ヶ月後。ウェルカムボード作り用の資料として何枚か写真を貰うことになっているけど、私達とキャラメルがどんなふうに写っているのか、今から見るのが楽しみだ♪




