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私の主治医さん - 二人と一匹物語 -  作者: 鏡野ゆう
本編

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20/35

第二十話 二人と一匹で帰省しましたよ

「先生、二つ目の信号を左ね」

「心配するな、頭の中に地図は叩き込んであるから」

「あ、なんか新しいファミレスができてる」


 普段は新幹線で帰省するところを、今年は先生の運転する車で実家まで帰ってきた。


 移動手段に関しては、新幹線が良いんじゃないかって提案するつもりでいたら、先生がキャラメルのこともあるから車が良いだろうって。まあたしかに、二時間ちょっとをバスケットの中に閉じ込められちゃうより、そこそこ自由に動ける四時間ちょっとの方が、キャラメルには良かったのかな。


(めぐみ)、そろそろキャラメルをなんとかしてくれ。首がおかしなことになってきた」

「なんでそんな場所に、はまり込むかなあ……」


 キャラメルは、運転席のヘッドレストと先生との間におさまってくつろいでいた。車が走り出してから、すぐにその場所に落ち着いてしまったのだ。あっちこっちに移動したら危ないからリードをつけたのに、意味が無いなって笑っていた先生も、さすがに長時間いすわられては笑っていられないみたい。


「キャラメル、先生が首が痛いって」


 信号で止まったすきに、先生の肩にしがみついているキャラメルを私の膝の上に乗せる。戻りたそうな仕草を何度かしたものの、無理だと分かると、今度は大人しく窓から外を眺め始めた。車が苦手な猫ちゃんも多いって聞くけど、キャラメルはまったく平気みたいだ。


 窓から外を見ているキャラメルに気がついた、横の車のおじさんが目を丸くして、助手席に座っていたおばさんになにやら話しかける。するとおばさんがこっちを覗き込んだ。ニコニコしているところを見ると、可愛いわねって褒めてくれているらしい。うんうん、うちのキャラメルは良い子だし可愛いでしょ?


 車が交差点を左に曲がると、懐かしい田んぼの景色が先に広がっていた。


「このあたりの田んぼは、大規模な農家さんがお米を作ってるの。うちはもう自分達で食べる分しか作ってないんだけど、ここと隣接していた田んぼは、そっちのお宅に買い取ってもらったんだって」

「へえ。大変なんだろ、米農家ってのも」

「みたいだね。生き残りも大変みたい。お米は日本人の主食なのにね」 

「購入は農協経由でないと駄目なのか?」

「どうかな。最近は個人販売も可能になったとは聞いてるけど、農家さんが新たに販路開拓するのは大変だよね、田んぼの世話をしながら営業するのは大変だし、ネット通販にも限界があるから」


 なるほどなあと先生は呟く。


「恵の実家から送られてきた米は美味いよな」


 先生が言っているのは、お母さんが送ってくれたお米のこと。新米じゃなくて申し訳ないけれどっていう手紙つきで、お爺ちゃんが作ったお米が送られてきたのだ。


「あれは古米だけど、新米はもっと美味しいよ。そのことお爺ちゃんに言ってあげてよ、喜ぶから。えっと、あそこの瓦ぶきの家が実家。あ、お母さんが立ってる」


 門柱のところに立っていたお母さんが、私達に気がついて手を振った。そして家の横の空き地の方に、手を向ける。


「空き地に車を駐車してって」

「あそこも恵の家の土地?」

「うん。弟がね、結婚したらあそこに家を建てれば良いんじゃないかって、売らずに残してあるんだって。こんな超近距離別居してくれるお嫁さんが、そう簡単に現れるとは思えないけどねえ」


 たしか今つき合ってる子は幼馴染で、私も知ってる子だけどどうだろうなあ……。


 車を止めると、キャラメルをバスケットに押し込む。リードはしているけど、スルリと抜け出しちゃうこともしばしばだし、こんなところで走り出して迷子になったら大変だものね。


「ただいま、お母さん」

「お帰り。克俊(かつとし)さんもお疲れ様だったわね。初めて来る場所でこんな長距離、大変だったでしょ?」

「めったに運転しないので良い気晴らしになりましたよ。猫も大人しかったですし」

「キャラメルね、ずっと先生のここに居座ってたんだよ」


 そう言いながら、首の後ろに手をやる。


「あらまあ。だけど車が平気な子で良かったわね」

「まあね~」


 お母さんは、車の後ろに積んであったお出かけ用のトイレを運び出す。荷物じゃなく、猫用アイテムを真っ先に運び出すところはさすが猫好きさん。


「ねえ、本当にうちに泊まらないの?」

「うん、ペット可の泊まるところも見つかったし、せっかくだから温泉つかかって帰ろうと思って」


 実は先生のお休みが決まってから、急きょ調べたんだよね、キャラメルと一緒に泊まれる宿がないかなって。そしたら犬飼(いぬかい)さんが、同じ出版社内の旅行雑誌を扱っている部署に掛け合ってくれて、素敵な温泉宿が見つけてくれたので、さっそく予約させてもらったってわけ。もちろんきちんと取材して、連載している漫画コラムで描く予定。


「先生が、こんなふうにお休みをとれることって珍しいらしいから、行ける時に行っておかないと」

「へえ、最近は色々な旅館があるのねえ。どんなところだったか、また教えてちょうだい」

「うん」


 そして三人で自宅に向かう。


「お父さんとお爺ちゃんはいるんだよね?」

「ええ。お爺ちゃんはさっきから、仏壇の前でチンチン鳴らしながらお婆ちゃんに報告中よ。お父さんは庭先で猫に愚痴ってたけど、今はどうかしら」

「……先生、変な家族でごめんなさい」

「いや、まあ、親としては、色々と考えるところがあるだろうからな」

「そう言ってくれると助かるわ」


 お母さんは笑いながら、玄関の引き戸を開けた。


「恵と克俊さんが来たわよ~」

「ただいま~」

「おじゃまします」


 二階からドタドタ音がして、(ひろし)君が階段を二段飛ばしで降りてきた。


「お帰り姉ちゃん! それといらっしゃい、えーと、この場合はなんて呼べば? 義兄(にい)ちゃんで良いのか?」

「気が早いわよ、紘」

「せめてお義兄(にい)さんって呼ばなきゃ、失礼でしょ?」


 私の言葉に、お母さんが少しだけ驚いた顔をした。それから今更のように、指輪をした私の左手を見下ろす。


「あら、いつの間に」

「そういうことなの。それもちゃんと報告するから」

「分かったわ。さ、あがってちょうだい。克俊さんもどうぞ」


 居間に通されると、お母さんは紘君と私達を残して、お茶をいれに台所へと行ってしまった。お父さんとお爺ちゃんはまだ姿を見せない。だけど隣の仏間からチンチン音がするので、お爺ちゃんがそこにいるのは間違いない。


「お義兄(にい)さんと姉ちゃんと出会いって、どんなんだったんですか?」

「ちょっと紘君」


 私が注意してもまったく悪びれない。


「だって興味あるじゃないか。俺はムッチーとは小さい頃から一緒で自然と付き合いだしたけど、姉ちゃん達は違うだろ?」

「ムッチー?」

「ああムッチーというのは、俺の彼女です。睦美(むつみ)って名前なんですけどね」

「なるほど。君のお姉さんとは、僕が勤めている病院で会ったんだよ。色々とあってね。そのあたりもお父さん達が来てから話そうか」

「わっかりました。気になるけど待ちます、俺、気が長い方なんで」


 呑気に笑う紘君。大学受験も迫っているから、もっとギスギスした感じになっているかなって心配していたけど、紘君は紘君のままの、相変わらずな呑気者っぷりで安心した。


「それで? 受験勉強の方はどうなってるの? あ、弟は今年受験なんですよ」

「それは大変だな」

「夏期講習、行ってるの?」

「ちゃんと行ってるよ。行かないと睦美がガミガミうるさいから。今日は休みだけどさ」


 お母さんが、お茶とお茶菓子をお盆に乗せて戻ってきた。


「紘、お父さんを呼んできて。キジトラと勝手口のところで遊んでいるから」

「分かった」


 紘君が席を立つと、お母さんは向こう側でチンチン鳴っている(ふすま)をさっと開けた。


「お義父(とう)さん、恵と克俊さんが来てますよ。こっちに来てくださいな」

「はいはい、分かりましたよ」


 呑気な声がする。紘君の呑気さは、絶対にお爺ちゃんの遺伝だね。そして我が家の家族が大集合。と言っても四人だけど。


「初めまして、東出(ひがしで)克俊(かつとし)と申します。恵さんとは結婚を前提に、お付き合いをさせていただいていましたが、先日、プロポーズをして承諾してもらいました。事後報告になって申し訳ありません」


 東出先生の先制パンチ炸裂、なんちゃって。


「恵の父です。いやはや驚きました。うちの娘は、こちらにいる時から絵ばかり描いている呑気者で、誰かとお付き合いをするなんて、まったく無縁のような生活をしていましたから」


 こんなこと言ってるけど、挨拶に来ると聞いて覚悟はしていたみたいなのよって、お母さんが横から言葉を挟んで笑った。


「本来でしたら、プロポーズの前に御挨拶をするのが、スジだったのかもしれませんが」

「娘ももう大人ですし、我々の頃とは時代が違いますからね。こういうことは本人同士が決めることですよ、もちろん報告してもらえるのは、とても有り難いことです、親としてはね」


 とにかく行かず後家にならずに安心しましたと、少しだけ残念そうな顔をして笑う。


「先生、こっちはお爺ちゃん。お父さんのお父さんね」

「初めまして。遅ればせながら、お孫さんをいただく御挨拶にうかがいました」

「いやいや、めでたい知らせに喜んでいますよ。ワシも曾孫(ひまご)の顔を見るまでは頑張らんとね」

「そう言えば、こちらで作られているお米をいただきましたが、大変美味しかったですよ」


 その言葉にお爺ちゃんは嬉しそうに笑った。


「それは良かった。昔ならもっとたくさん送ってやれるんだろうけどねえ。今じゃ、自分達で食べる分だけしか作っていなくてねえ」


 それから紘君が聞きたがっていた私と先生、そしてキャラメルの出会いを説明して、今は一緒に暮らしていることを話した。すでに一緒に暮らしていると聞いてお爺ちゃんは驚いていたけど、先生の話を聞いているうちに、これも時代なんだねえと納得してしまった。


 そして話はいつのまにか、先生とお爺ちゃんとお米談義になってしまい、今は縁側から庭に出て、うちの田んぼの前であれこれと話をしている。お爺ちゃんの顔つきからして、けっこう真面目なお米談義みたい。


「お医者さんって、浮ついた人も多いって聞いていたから心配していたが、良い人みたいで安心したよ」


 二人の背中を眺めながら、お父さんがポツリと言った。


「みたいじゃなくて良い人なの。私のこともキャラメルのことも、とても大事にしてくれているし」


 ねえキャラメル?と、中からニャーニャー鳴いているバスケットを、ポンポンと軽く叩きながら言った。


「それで? バスケットだけ見せて、肝心の猫は見せてくれないのかい?」

「お父さん、いつの間に猫好きになったの? すり寄ってきてスーツのズボンを毛だらけにするからとんでもないって、いつも言ってなかった?」

「……そんなこと言っていたかな」


 バスケットを開けると、キャラメルがピョコンと顔を出して私の膝に飛び乗った。


「まだ本当に子猫って感じだな。川で溺れなくて良かった」

「うん。それにこの子のお蔭で先生とも出会えたから、私にとっては福猫ちゃんだと思う」


 見知らぬ人に驚いたのか、目を真ん丸にしてお父さんの顔を見上げている。


「キャラメル、お爺ちゃんですよー?」

「お、お爺ちゃん?」


 お父さんがショックを受けたような顔をした。


「そ。私と先生がママとパパだから、お父さんはお爺ちゃん」

「初孫は毛むくじゃらのチャトラか」

「ちなみに女の子ね」


 というわけで、猫田(ねこだ)家に一人と一匹が、新しい家族として加わることになったようです♪

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