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第十三話 東出一家は不規則勤務家族

 そろそろ南の方から、桜の開花宣言をニュースで聞くようになった頃、キャラメルがお世話になったこともある三人の研修医の先生達が、無事に一人前のお医者さんになったという話を聞いた。三人とも、当分はそのまま救命救急に残るんだそうだ。何でも「僕達が抜けちゃったら、東出(ひがしで)先生が人間らしい暮しができなくなるでしょ?」だって。それってどういう意味? 今でも十分に忙しそうなのに、さらに忙しくなっちゃうってこと?


「ねえ、あの三人の先生がいない時って、一体どんな生活してたの?」


 その日の夜、ベッドに入ってからちょっと興味がわいたので、聞いてみた。


「そうだなあ……ここの電気ガス水道の使用量がほとんどゼロで、住人が死んでるんじゃないかって、役所から確認が来たことがあったな」

「うわあ、どんだけ家に帰ってなかったの……」


 一ヶ月間の使用量がゼロに近いって、まったく自宅に帰ってなかったってこと? お風呂とかお洗濯とかは、どうしていたのって質問しても良いのかな?


「今は備品庫になったが、俺専用の仮眠室というのがあってだな。(めぐみ)が住んでいたアパート程度の家財道具はそろっていた。食事に関しては、職員用の食堂も院内コンビニもある。それに病棟には、入院患者用のコインランドリーが完備されているし、シャワー室もあるからな。意外と快適に住めるぞ」

「いくら設備がそろっていても、病院に住むとか無いから……」

「そうか?」


 聞くところによると、年末年始も病院で年越しをすることも珍しくなかったらしい。どんだけ仕事漬けだったの?!って突っ込みたい気分。よくそれで、労働基準局みたいなところから苦情が出なかったものだよ。しかも、ここの病院はまだ待遇が良い方だなんて話なんだもの、本当に病院って信じられない。


「いちいちここに戻ってくる労力を考えたら、院内で自分の生活するスペースを確保した方が楽だったからなあ」

「生活するスペース……」


 仕事するスペースじゃなくて生活するスペース……。だけどその仮眠室も、今では備品庫になったということだから、少なくとも今現在は、病院に住み着いている状態じゃないってことだよね?


「事務局長が、人件費が膨らむからって、なかなか人を増やしたがらなくてな。こっちは昼飯を食う時間もとれなくて、院内で移動途中に食う始末だ。それが気に入らないと文句を言ってきたから、俺が食べ歩きしないですむ時間を確保できるぐらい人間を増やせと言ったら、今の体制になった」


 ただ、今でも急患が集中する時は食べ歩きをしているらしくて、事務局長さんに見つかるとガミガミと文句を言われているらしい。たしかに病院の廊下で、お医者さんがサンドイッチやおにぎりを食べながら歩くのは、色々と問題だよね。だって廊下に海苔やパン屑が落ちていたら、それこそ大問題だもの。


「私ね、先生がどうして今まで独身でいたのかなって、不思議に思ってたの。だけど今の話で分かった。今までお嫁さんが来ないはずだよ、病院に住んでたらデートするヒマもないじゃない。っていうか、出会いすら無かったんじゃ?」


 そりゃあ私との出会いみたいに、患者さんとの出会いの可能性もゼロではないだろうけど。


「そのお蔭で恵と出会えたんだから問題ないだろ? 俺が他の誰かと付き合っていたり嫁がすでにいたら、こうやって一緒にはいられなかったんだから」

「それは結果論でしょ? そんな生活をするのが救命救急の先生達の普通だったら、なり手がいなくなっちゃうよ」


 そんな激務な部署なのに、あの三人の先生はよく残る決心がついたなって思う。


「たしかにな。二年ほど前から徐々に人員を増員しているから、随分と人間らしい生活ができるシフトを組めるようになってきた」

「これで?」


 今だって一週間に二度ほど当直はある。しかも夕方で仕事が終わるはずのなのに、帰宅時間が日付をまたぐ日だって珍しくないというのに。


「人の命を預かっているんだ。病院で大事なのはまずは患者の命。シフトが五時までだからって、患者を放り出して定時上がりができるはずがないだろう? 恵だって、締切が迫っていて仕事が終わっていない状態だったら、夜明けまで仕事部屋に籠ってるだろ? あれと同じだ」

「それはそうだけどさあ……」


 先生は、こっちをちらりと見てから私を抱き寄せる。


「なんだ、今の生活に不満が?」

「そんなことないよ。ただ、先生の健康が心配なだけ。先生のお家の人だって、そんな生活をしているって知ったら、きっと心配したと思うよ?」

「どうかな。家族の中では、俺が一番普通の勤務だと思う」

「どういうこと?」


 先生が一番普通って一体どんな基準?


「俺の父親も医者だから、これぐらいの忙しさは普通だと思ってたんだ」


 聞いたところによると、東出先生のお父さんは外科医で、いわゆるスーパードクターと呼ばれる部類の、ちょっと特殊な神の手を持っちゃっている先生なんだとか。そして普段から、患者さん達に呼ばれて日本全国どころか、世界各国を飛び回っているらしい。


「休まないの?」

「まあ、盆正月は母のために自宅に戻ってのんびりするようにしているようだが、一週間とジッとしていられないみたいだな。俺はジッとしていると死ぬって言うぐらいだから」

「ひえぇぇぇ、どんな回遊魚お父さん……」


 そして、そんなスーパードクターな旦那さんを持つ先生のお母さんは元看護師さんで、救急外来で働いていた先生曰く、超がつくほどの女傑なんだとか。


 子供達の手がかからなくなってからは、旦那さんについて一緒に海外に行くぐらいの元気なお母さん。ちなみに現在は二人して、南米のとある病院でオペをしている時間なはずなんだって。職場が地球規模で頭がついていかない。


 それから、先生には二人のお兄さんがいるらしい。一番上のお兄さんは警視庁の刑事さん、二番目のお兄さんは海上自衛官として活躍しているんだとか。


 どちらも勤務が不規則で、一番上のお兄さんは、事件が起きるとなかなか帰ってこなくなっちゃうし、二番目のお兄さんは、たまに長期間音信不通になったりするらしい。そんな状態なので、家族全員で顔を合わせる機会は、一年に一度あれが良い方なんだとか。もう住む世界が違い過ぎて眩暈(めまい)がするよ……。


「なんだか凄いね。あ、お兄さん達は結婚してるの?」

「ああ、そこが不思議なんだな。どういう出会いをしたのか知らないが、ちゃんと結婚して子供もいるんだ」

「ふーん」


 まあ先生が三十八歳ってことは、お兄さん達は少なくとも四十代なんだから、結婚してお子さんがいても不思議じゃないよね。だけど、先生だけがどうして今まで独身だったんだろう。付き合った人がいなかったってわけでもなさそうなのに。


「理由は簡単。俺は今まで仕事第一で生きてきたから」

「そうなの?」

「付き合った女性がいなかったとは言わない。だが、仕事が第一で彼女が二の次だったから、相手が我慢できなくなって別れたというパターンがほとんどだな」


 今の言葉からして、先生が相手の女性をバッサリ切り捨てたパターン?


「今は?」

「一番目は恵と仕事が同列かな」


 一番目はと聞かれて、私って答えないところが先生らしいよね。だけど先生の仕事と同列に扱ってもらえるのは、嬉しいかな。


「キャラメルじゃなくて?」

「こいつは二番目」


 先生が、私の顎の下で丸くなっているキャラメルを撫でた。さっきまで部屋から閉め出されていたせいで、御機嫌斜めな顔をして鳴いていたんだけど、今は鳴き疲れちゃったのか静かに眠っている。


「それで恵の家族はどんな?」

「うち? うちはね、お爺ちゃんの代まではお米農家してたんだけど、今は普通に会社員してるの。お父さんは銀行員で、お母さんは元幼稚園の先生で今は専業主婦してる。それから高校生の弟が一人」


 先生の家族からすると平凡だよね。残業はあるけど土日祝日はちゃんとお休みだし、お盆休みもお正月休みもそれなりにとることができるし。あ、そう言えば我が家絡みの件で、先生に話しておかなくちゃって思っていたことがあった気がするんだけど、なんだったかな……。


「先生のとこの家族に比べたら、かなり平凡でしょ?」

「うちの両親が無駄にエネルギッシュなんだよ」

「エネルギッシュなのは御両親だけじゃないと思うけど……」


 東出家全員が、エネルギーに満ち溢れているんだと思うな。


「で、恵にとって仕事と俺とグミのどれが一番なんだ?」

「だからキャラメルだってば」


 もうすっかりグミが定着しちゃって困るよ。キャラメルも、先生がグミって呼んだらしっかり返事をしちゃうし。この勝手に名前をつけちゃうクセは、西入(にしいり)先生のモンブランちゃんも被害に遭っていて、彼女はなぜかガムって呼ばれているらしい。本当に困ったクセなんだから。


「で?」

「私にとっての一番は先生とキャラメルで、二番目が仕事、かな」

「……猫と同列」

「なによう、単独二番手にならないだけ感謝してほしいんだけど。先生もキャラメルも、私にとっては大切な家族なんだから順番はつけられないの。分かった?」


 先生は渋々といった顔でうなづいた。だけど分かってるんだ、先生だって実のところ、キャラメルは二番手じゃなくて私と仕事と同列だって思ってる事。



+++++



 そして次の日のお昼前、せっかくのお休みだからとまったりすごしていた私達だったんだけど、いきなり携帯電話に電話がかかってきた。しかも公衆電話から。誰からだろう?


「はーい、もしもしー?」

『恵? お母さんだけど! いま東京駅に着いたの! 新しい住所が分からないから迎えに来てくれない?』


 ……あ、思い出した。お母さんから電話があったこと、先生に話そうって思っていたのにすっかり忘れてた。だけど……お母さん、こっちに来るの確か、ゴールデンウィークがどうのこうのって言ってなかったっけ?

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