モブロリおばさん、泣かされる
人生で初めて俺tueeeeを書きました。
人生で初めてイヂめられる女子を書きました。
新入生の少年少女にとって、くぬぎ坂 けー子という教師は異星人だった。
齢もまだ15、誕生日が早いものでも16なので、自らの生活の中で触れ合った大人は多くないが、少なくともけー子という存在が自分の知りうる大人の埒外にある事だけはわかった。
まずはその容姿。着ている服こそ大人のそれだし、化粧も確かにしているが、とても年上の女性には見えなかった。白い肌、一切染めていないだろう光る黒髪、教室の誰よりも低い身長、猫を彷彿とさせる太くないのにポテっとした四肢。カワウソに似たどこか間の抜けた顔。どれを取っても自らの知る大人とは違う。
次に仕草。身体を目一杯使って話す姿も、コロコロと変わる表情も、狭すぎる歩幅も、年長者には感じたことのない危なげを覚える。家に帰って「お前の妹だ」と言われたら信じてしまう程だ。
そして声。舌ったらずではないことに違和感を覚える程の甘く鈴のような声色。異常なくらい口が達者なこどもが話しているとしか思えず、「実は劇団の子役が撮影にのために来ている」と言われたら、何人かは信じていただろう。
ただ、生徒達は眼前の教師が余りにこどもじみているからというだけで埒外だと考えたわけでもなかった。
けー子は衝撃的な自己紹介を終えた後、生徒一人一人に自己紹介を要求した。教壇から降りて、一人一人の目の前に立ち話を聞いて回った。好きな色だとか、最近見たドラマだとか、どんな漫画が好きだとか、他愛のない質問を生徒に投げかけた。
けー子は返答を得る度に「私も好き」とか「美味しそう」とか「かわいい」とか「かっこいい」だとかいって笑った。
生徒達はこんなに笑う教師を、いや大人を見たことがなかった。どんな時にも全身を揺らして楽しそうに笑うのだ。クラスに一人はどんな時も笑っているお調子者がいるが、この空間においては間違いなくこいつだと言えるくらい、けー子は笑っていた。
彼等が最も異星の息吹を感じたのは、気難しい雰囲気の女子生徒がけー子を不機嫌にあしらった時である。
あからさまな拒否を受けたけー子を見て、生徒達は「こいつ終わったー」と胸のうちで叫んだ。しかしけー子はすぐに「ごめんね」と謝り、生徒の持ってた小物を見て「私もこれ、好きで持ってるんだ」と言って寂しそうに笑ったのだ。
男子生徒の八割はこの時心臓に重い衝撃を受け、女子生徒の七割が心に微かな傷を負った。
ある生徒は当時をこう語る。
「あの時の対応と、あの時のそれぞれの顔を見て、俺思い出したんすよね。小学校のとき、好きだった女の子に冷たくしちゃって気まずい思いしたなって。そんときゃ俺、夜寝る時に枕に叫びました。あの日の夜、絶対へび島も枕に叫んだと思いますよ。私のバカーって。あ、へび島ってのがアレです。カワウソに強く当たった女」
またある生徒は語る。
「女子ってほら、男に媚び売る女教師ってウザいから嫌いじゃん? 初対面だったし、私も心のどっかで鳩の事信用ならねーって思ってたかも知んないんだよね。でもへーちゃんに拒否られてマジで傷ついちゃってんの見てさ、わかったんだよね。ちっちゃい頃に『ねーちゃんねーちゃん』って寄ってきた妹分のヨッティーとこいつは同じ星の生き物なんだって。え? 鳩? けー子ちゃんの今のあだ名。お菓子持ってるとどこからともなく飛んでくるの。鳩っしょあいつ! ウケる!」
話は戻る。
以上のように、けー子は図らずも生徒達の人心を掌握した。
男子生徒に初恋を想起させ、女子生徒の未開発な母性を覚醒させたのだ。
そして、凄まじい速さで一年生諸君に認知されたのだ。
けー子がとった対応が理想的大人のそれであったとは、残念ながら入学して間もない一年生達には理解し得ない点だ。確かに咄嗟の対処等はけー子の気質による部分も大きく計算ではないのだが、血反吐を吐くほどの失恋経験から得たけー子の対人関係における技能は無意識下で発揮される段階にあったといえないこともないだろう。
けー子が心に打撃を受けたりする中で、一年生の初回授業一つ目が終了した。
けー子が受け持つコマ数は一学年につき週4コマ、三学年合わせて12コマ持っている。
一年生の初回授業は後3コマあるが、その3コマはどれもーーけー子がやった事も、生徒達が感じた事もーーそこまで大きな違いは無く、すべからくけー子が愛玩異星人だと認識されたとだけ記しておく。
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一年生最初の初回授業を終えたけー子は生徒名簿にメモを書きながら美術準備室でうなだれていた。理由はへび島 こう音に拒絶されたからである。
けー子は強心臓ではない。ただ人前では強心臓であろうと無理を通しているだけで、一人のときはぐずぐずに落ち込む。無理をしているのがバレていないと思っているのはけー子当人だけだが、とにかく彼女は落ち込んでいた。
(へび島さん、怒ってたな。やっぱり若いコはうるさい先生やなのかなぁ)
名簿のへび島の欄に「小物の趣味◎かわいい」と書き入れ、そばにあった裏紙に虎の絵を描く。
(一年生の授業は後3コマ、やっぱり同じようなトラブルあるよね。でも、違う授業内容にする理由はないし……四月は憂鬱だ。今年初めて担任も持つ事になったし上手くやれてんのかな、私)
初めて担任を受け持つ事になった重圧と新入生への対応が重なり、けー子は完全に抜け殻の状態だ。まだ昼前なのにビールでも飲みたい気分になってしまっている。
だらりとした動作で立ち上がり、本棚から展覧会図録を出す。お気に入りの円山応挙や、長沢蘆雪、伊藤若冲の虎が載っているものだ。
(虎よ、虎よ! 私に力を与えたまえー、ベスター、ベスター、ベントラーベントラー)
再び席に着いたら、けー子は図録に頬ずりをしながら心の内で虎と戯れる。ノックの音に気が付かないほど夢中で。口からはやや大きな「ぉぉー」という呻きが漏れていた。
けー子は気が付かない。準備室のドアが開いた事も、今自分の横に生徒が立っている事も、メモを記入している生徒名簿が丸見えになっている事も。
ひとしきり心の虎を堪能してふと我に返り、驚く。2ーAの橘成孔がけー子の明らかな醜態を直視している。
けー子は赤面してあわてて身を取り繕い、橘に訊いた。
「タチバナくん、見た?」
橘は綿のような軽やかさで笑った。
「何も見てませんよ。でも先生、髪に癖付いてます」
橘はかがんで、けー子の髪を手櫛で梳く。
けー子は耳が赤熱した様な錯覚を覚えるほど動揺したが、直ぐに反応したらこどもっぽいと思われると考え、目を閉じて大きく深呼吸する。大声にならないよう気をつけて、けー子はゆっくりと言った。
「橘くん。先生をこども扱いしないで下さい。わざわざそんな事をしなくてもヘーキです」
大声にならないよう意識し過ぎた所為で、蚊の鳴くような声しか出なかった。声もヒョロヒョロと震えてしまっている。
ただ恥ずかしかっただけなのに、自分が生徒を意識しているかのような態度になってしまって恥の意識が更に強まった。大失敗だ。
けー子の髪の癖はもう取れているのに橘は手をどけない。ほとんど撫でているような状態だ。
これ以上続けばけー子の教師としての矜持が折れてしまう。恥ずかしさと悔しさを堪えて、けー子は努めてゆっくりと、橘の手をどけた。
「橘くん。せんせいをバカにするのはやめなさい。なにをしに来たのか、たんてきに答えなさい。あと、せんせいは怒っています。ついでに謝りなさい」
下瞼に熱がこもっていると自覚する。けー子はしどろもどろだ。
橘は「ついでで良いんだ」と笑い、応えた。
「はい先生、次の授業はA組とB組だけど、準備するものとかある? 最初の授業だし特にはないかな? あとごめんね」
「きょうは特にないです。がいだんすだけなので。そして、ごめんなさい、と、いうべきって、せんせいは考えます」
「ゴメンナサイ」
けー子は限界だった。思考がノイズでいっぱいだ。
大声で橘に「回れ右!」と告げる。これ以上喋れそうにない。
橘が背を向けたと同時に美術準備室から押し出す。押し出し成功を確認すると同時に思い切りドアを閉める。
ドアが閉まる寸前、橘が何かを言っていたようだが、けー子は無視を決め込んだ。外から「抜け駆けだ」という声が聞こえてきてムカムカする。
(泣くなー、泣くなー)
すーはー、すーはーと、大きく方を揺らしながら、けー子は上を向いて心を冷却する。ポケットから目薬を取り出し点眼する。ハンカチで目をポンと軽く叩き時計を見る。あと五分で授業だ。
(本当、四月は最悪だ)
机に置いていた水を取り、一気に飲む。折れかかっていた教師の矜持を無理やりに補強する。
この学校にはイジメがある、陰湿なイジメが、と、けー子は思った。
(ぜってー負けねぇ!!負けねぇ……)
心だけは強く持とうとしたが、復帰には時間が掛かりそうだった。
少しづつ、乙女ゲー空間を作りたいです。
ロボはまだです。