第9話
九人目の犠牲者、森林英仁は思うように開かない口に困惑しながらも、ひたすら由壱の名を呼んでいた。
その叫びを聞き、ボクは勢いよくドアを開けた。家具類がなにひとつ存在しない質素な部屋。使われなくなったオフィスビルの一室だ。室内をひと目見た瞬間、ボクは思わず息をのんだ。追いかけてきたメリヤも、ボクの背後で動きをとめたのがわかった。
床を満たす真っ赤な池、その中にちらほらと、ピンク色のエナメル質の物体も見てとれる。部屋の中央に、椅子に縛られた二十代前半くらいの青年がいた。
「やっと来たか、由壱さんよ~」
名前を呼ばれてボクは困惑した。
「ねえ、由壱。知ってる人?」
首を横に振る。そんなボクの様子を、不審そうに見つめるメリヤだったが、真実だからその顔を安心感に染めることは出来ない。
「なぜ、ボクを知っている?」
「そんなことはどうでもいい!」英仁はもどかしそうに身もだえした。椅子がギキミシと鳴る。
「死の女王だ!」
謎の言葉が飛び出した。死の女王? いったい何者だ? ボクたちが追っている赤い服の少女のことだろうか。
「その人があなたにこんなことをしたの?」とメリヤ。
いや、そうではない、とボクは思った。映仁は全身を強くなぐられている。眼窩は落ちくぼみ内出血し、頬骨は骨折しているのだろう、大きく腫れあがっている。鼻は90度近く折れ曲がり、口からはとめどなく血が流れ出している。内臓を損傷している証拠だ。歯の数が少ない。足元にちらばるピンク色の物体がそうなのだろう。
はたして、小さな女の子のちからで、ここまで痛めつけられるものだろうか。
「お前も知っているぞ、黒山メリヤだな! そういうことか。聞いているんだろ、女王! おれはすべての謎を解いたぞ、はははは」
その言葉を聞いてボクは急いで廊下へ出た。廊下は左右に伸びている。居た! 女の子だ。赤い服だ。少女の姿は階段の陰へ消えて行った。急いで追いかける。しかし遅かった。一階へ到達すると外への扉が半分だけ開いていて、冷たい風が、静かに吹き抜けていた。
ボクは落胆し、仕方がないので英仁から他の情報を得ようと踵を返した。部屋の中へ入ったとき、顔を曇らせたメリヤが茫然と立ちつくしていた。彼女の元へ近づき、そっと、肩を抱いた。
「彼は……死んだわ……」
血の海が先ほどよりも、広がっていた。
これで暗礁に乗り上げた訳だけど、変わり果てた英仁の姿を見下ろしながら、ボクは決してあきらめない、そう心に誓った。
つづく