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第7話

 七人目の犠牲者、阿藤知那代(あとうちなよ)は大地が突然動き出し、それからすぐ、身体が宙に浮いたことに困惑していた。


 木でもビルでも跳び箱でも一番高いほうが好き。

 身長がもう少し伸びたらどんなにすてきかしら。

 世界が違った姿になってきっと輝きを増すはず。

 空が近くなり鳥さんと近くなりすてきだろうな。

 風が髪とうなじと頬をなでて芳醇(ほうじゅん)な香りを運ぶ。

 オレンジ色の朝焼け紫色の夕焼け青白い水平線。

 踊る草花舞うチョウチョ儚い蜃気楼思い出の影。

 求めたけどそれは伸びることで浮くのではない。

 現実はどう?異臭激臭唾液涙汚物糞尿垂れ流し。

 両手は後ろ手に縛られてぬいぐるみも抱けない。

 両手は自由を奪われて愛犬の毛繕いも出来ない。

 両足はお花畑大草原広い砂浜陸地を痛切に願う。

 両足は無慈悲に空虚をかきみだしむなしく散る。

 手造りクッキー甘いケーキももう喉を通らない。

 ハンバーグもパスタも首を絞められて通らない。

 あ?でもお野菜と果物を潰したジュースはOK。

 そう思ったけれど空気すら首から下に行かない。

 わたしは自分の身体に起きている異変に気づく。

 突然やってきた強風のように異変を運んでくる。

 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。

 あれえ?でもなんでだろう不思議と楽になった。

 圧迫されていた頭部がまるで風船みたいに軽い。

 頭部だけではなくて首から下も同じように軽い。

 わたしは、チョウチョ。

 花から花へ優雅に舞う。

 空に踊るわたしは小鳥。

 厚い雲を抜け太陽の下。

 祝福の光が笑顔となる。

 微笑を(まと)う風が大団円。

 大団円から、極楽浄土。

 雲の上から、拍手喝采。

 わたしは笑う永続(えいぞく)笑う。


 菜木忠と阿藤知那代の死は連続して起こった。田舎の山道。目撃者の期待はもてなかったけれど、現場には、捜査が進展する証拠が残されていたので、ボクは静かに歓喜した。

 その証拠となるであろう品を木の枝から引っ張り下ろし、勢いよくメリヤの顔の前に突き出した。

「まさか、この布の切れ端って――」「そうよ」メリヤは嬉しそうにそう答えた。「うん。間違いないわ。質感といい色といい、あのときに見たお洋服と、同じ!」

 一度ならず二度三度、いよいよ赤い服の少女が容疑者然としてきた。

 ボクは直感した。


 徐々に、そして着実に、ボクたちは女の子へと、近づいているのだ……と。


 斜面はゆるく、しかししっかりと傾斜しており、乗用車のギアはニュートラルに入れられている。だから自動車は自然と流れ、前方に座していた菜木忠を戸惑うことなく押しつぶし、車を足場にしていた阿藤知那代は宙に浮いたのだ。

 これならおとなのように強いちから、鍛えられた筋肉などは必要ない。しかし、変だ。いや、事件自体が変なのではなくて、もっとこう、あとに残る違和感が、変なのだ。それはなんだ? なにが気にかかるのだ? ひとり目の犠牲者と今回の事件の違いはなんだ? 


 ああ、なるほど。


「気づいた?」阿藤知那代がぶら下がっていた木を調べているメリヤにボクはそう言った。彼女は神妙な面持ちで答える。「いつかの告白からずっと気になっていたんだけど……ごめんなさい。今はそういう気持ちになれなくて、だから結婚は……」メリヤは勘違いをしている、だけど実際にふられたわけで、少し……いや、かなりショックを受けたのだけどそれ以上に気になることがあったので話を先に進める。

「そうじゃないんだ。犯行が、雑になっているんだよ」「雑?」「そう」

「あ! 犯人は、手の込んだトリックを用いる必要がなくなったのね?」

 ボクが危惧していることはまさにそれだった。雑になっている理由を考えると、ひとつの答えに行きあたる。


 犯人は、勝利を確信したのではないのか?


つづく

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