第6話
六人目の犠牲者、菜木忠は遠慮なく顔を照らすふたつのライトに困惑していた。
「あの~すみませんが、まぶしいので電気を消してもらえますか?」
もちろん、忠の声にライトを照らす者たちはなにも答えない。あきらめて、自分のおかれた状況を確認する。後ろ手に縛られているその腕に接触する感触は木だ。それも大きな木だ。尻に当たる感触は柔らかい土。それも雑草に覆われた柔らかい土だ。これらから連想するにここはひとの訪れない樹海かどこか、叫んでも、おそらく誰にも声は届かないだろう、と忠は落胆した。
足を踏ん張り、なんとか身体を持ち上げようと試みるが、徒労に終わった。腕はぴんと伸ばされ、わずかに動かすことすらかなわなかった。
逃れるにはやはり、ライトを照らしている者たちに頼むしかない。
「どうしてこんなことをするのですか?」「あの~私がなにかしましたか?」「悪いことをしていない、とは言いません。万引きしたこともありますし、ケンカしたこともありますし、カンニングをしたこともあります。それでも、これほどの仕打ちを受けるおぼえはありません。だからどうか、自由にしてください」
ぱき、という音が響いた。忠はくちを閉ざしてその音に耳をすませる。ぱき。ごきざざ。近づいてくる。
「ありがとうございます。聞き入れてくれるのですね? 誰かと私を間違えたのでしょう。菜木忠、それが私の名前です。どうですか、この顔を見てください。あなたたちの求めている人物と、違うんじゃないですか?」
音は鳴りつづける。ざっざざざ。ぽきぽきがり。
しかし、ほっと安堵したのもつかの間、忠の顔は再び凍りついた。
じゃりりりり。断続的だった音が、連続的なものに変化した。光が強くなる。ライトを持った人たちはお互いに一定の距離をたもち、光線を微塵も揺らすことなく、しかも同じ速さで近づいてくる。
忠は足をじたばたと暴れさせるが背中の巨木がきっちりと身を取り押さえている。
気づいたのだ。自分を照らしているのは、ふたりではなく、人間でもない……と。
「やめてください! なんでもしますから、どうか、どうか、お願いします」
ふたつのライトは忠の身体を中心にして左右を照らした。次の瞬間、ひんやりとした感触が、忠の胸に触れた。それもそのはず、車なのだから。
傾斜になっているのかアクセルを踏んでいるのか忠にはわからない。身体にかかる圧力を鑑みるに、命を刈るつもりなのか、拷問して脅迫するつもりなのか、けっして良い方には傾いていない。忠には、ただひたすら哀願するしか道は残されていなかった。
「ごほめんんなざいいいい、いい、どか、どか、許じ――」
胸部に激しい痛みが走った。肺が圧迫され、酸素が抜けて行く。肋骨が幾本も砕ける。胸骨が絶叫する。鼓動が速くなる。鼓動が困難になる。鼓動が……。
人間が発明した自然界には存在しない、車。しかしそんな自動車にも、魂、もしくは精神が宿る。合性がいい車というのはその車の持つ性能ではなく、持ち主の想いが宿り、持ち主の求めるステアリングや加速減速の具合を車側が合わせてくれているのだ。粗末に扱えばガタがくるし寿命も短くなる。人を轢けば轢いた人の想いが乗り移る。なぜ、そんなことがわかるかというと、自分の魂、もしくは精神が、実際に移動を始めているのだから。
忠は顔を上げ、体内に残る最後の酸素を吐き出した。そのとき、霞む視界に、空中に浮かぶ人の影が映った。ああ、お迎えに来たのですか……その思考が彼の最後となった。
つづく