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第11話

 十一人目の犠牲者を目撃して、困惑したのはボクだった。

 血を大量に吸い込んで真っ赤になったウォーターベッドの上でかすかに揺れる美しい女性。そう、その女性とは、黒山メリヤだったのだ!


 恐竜の化石ようなつぎはぎだらけのマンションの一室。凶器と化したむき出しの柱。死へ(いざな)うガラスのない窓。風のない湖面のような天井。戦慄を運ぶ冷たい風。メラメラと燃えさかるベッド。薄目を開ける美人薄命!

「メリヤ!」駆けより、彼女の肩をつかむ。頼りない……あまりにも頼りない肩だった。上腕の内側から出血している。小さな傷跡。どろっどろっと流れつづける。指を押しつけるが、とまらない。

「ワ……ワタシ、ね」生きていた! という喜びよりも、先に待ち受ける不安のほうが勝っていたので素直には喜べなかった。「謎を……解いてしまったの……だからかな、また命を狙われたのは……」

「謎を解いただって? まさか……」


 メリヤは蝋のようになった顔をゆがませて笑った。真相を知ることよりも、痛ましさのほうが上で、もういいからしゃべらないで、と体力を温存させようとしたけどメリヤはとまらない。


「あのね……変だとおもわない?」

「すべてが変だ」


「そう、ぜんぶが不思議なの。まともなことは何ひとつ、存在しないの。もう一度ゆっくり考えてみて。『どうしてワタシの名前を知っていた』の?」

「メリヤがなにを言っているのかわからないよ」

 彼女の視線が、ボクの顔から背後へと流れた。それを見てすぐさま振り返る。

「あの子が犯人であるのは間違いないわ。でも、ただ、それだけじゃないの。あなたは手を引いて。きっと後悔することになるから、もう、忘れて、ね?」


 ドアの前に女の子が立っていた。虎刈りの赤い服を着た少女。

 女の子は顔に青いあざをいくつもつくり、ボクとメリヤの呼吸音がシンクロし、女の子の肩が小刻みに揺れ、ピンク色の小さなくちびるが吊りあがり、ボクと女の子の視線が交差し、メリヤの気配が薄くなり、ボクの身体が硬直し、勝利を確信した女の子がゆっくりと前進し、ぐにゃりとゆがんだ空気に気を取られ、女の子が眼と鼻の先に移動してきたとき、思わず後ずさりしてベッドに尻もちをついたとき、メリヤはまだ死んでいなくてボクの腕をちからなくつかんだとき、メリヤの冷たい手の感触を感じたとき、メリヤの命の炎を確かに感じたとき、この部屋が建設途中なのか崩壊途中なのかわからなくなったとき、もう少しで真相にたどりつきそうだけどその兆候は寝息を立てたままなんの変化もないとき、兆候を呼び覚まそうと試行錯誤したけどなにも思いつかないとき、自力で謎と立ち向かおうと決意したとき、不思議をひとつひとつある仮定に基づいて解釈したとき、それでもいまいちピースが合わず気がついたらボクは女の子の首を絞めて高く持ち上げていた。


「やめて!」


 メリヤがとめるけどボクは無視して手にちからをドンドン込めて行った。細い首だ。すぐにも折れそうだ。あたたかい。でも、丈夫じゃあ……ない。

「彼女を殺したら、ぜったいダメよ!」

 再びメリヤがとめに入る。

 かは、んく、う、かはん、と女の子のくちから短い息がもれる。ボクは肉食獣がそうするように、女の子の身体を左右に振り回した。指がぐいぐいと、首の肉の内側に食い込むのがわかった。


「お願い、ワタシの声を聞いて! 一度でいいから、外の風景を見てほしいの」


 外を見ろ? 奇妙な哀願に腕の筋肉が弛緩(しかん)した。床に崩れ落ち、大きく咳きこむ女の子をしり目に、ボクは言われるまま窓のそばへ移動した。外の景色を目の当たりにしたとき、思考が硬直し、意識が朦朧とした。

「うそ、だろ……」

「いいえ。それが、現実なの」


 メリヤの言葉が、濃霧の中に溶けて行く。

 眼下に広がる白い雲。上ではない。はるか彼方まで雲は途切れることなく伸びている。数か所に切れ目があり、雲の下の風景が見えるのだが……大地ではなく、宇宙だった。きらめく星空だった。ボクは狂ってしまった! はるか前方には空間をさえぎる大きな壁がある。だけどその壁は木や鉄などではない。海だった。海面が垂直に立っているのだ。しかも()いでいた。ボクではなく世界が狂っているのか? 二匹の子どもを連れた猫がいる。空間を前転しながら奥へと飛んで行く。この狂った謎を解け。さもなければボクは壊れてしまう。ナポリタンの麺が一本一本並んで下降して行く。いや、上昇か? ウィンナーがあとに続く。お箸もそのあとを追う。フォークじゃない! なぜだ! おなかが出ている頭の薄いおっさんが平泳ぎで雲の上を泳いでいる。雲に隠れたり出たりしている。バタフライじゃなくて平泳ぎで出たり隠れたりしているだと! お~い! ダメだ、声は届かない。もうすすでににボクは狂って狂っているのかかかかか?

 いや、ボクは正常だ。あの猫たち、おっさんも、知っている。

 ドッと汗が全身に浮きあがった。振り返る。メリヤの姿が消えていた。忽然と消滅していた。眼を離した時間はわずかだ。でも驚かない。


 すべてはこの女の子の仕業なのだ。

 ベッドの傍らに立つ少女。ボクをじっと見つめている。ボクもその視線を受け止める。


横下(よこした)(みつ)()ちゃんだね。初めまして……かな」

 コクリと小さく頷く女の子。それから優しい笑顔を返してきた。

「ぜんぶ、わかったの?」

 次はボクが頷く番だった。

「すべて、ではないかな」

「安心して。あなただけは、殺さないから」

「なぜ、途中で放棄するんだ?」

「う~ん」横下蜜絵がくちをとがらせる。「みんな必要なくなったけど、あなただけは、特別だと気づいたの」

「なるほどね。今の言葉で、すべての謎が解けたよ」ボクは室内を見渡しながら続けた。「メリヤが言ったとおり、不思議なことだらけだ。マンションの一室、ビルの屋上、海、廃墟、森、山道、ビルの一室、洞窟……そしてこの部屋も、そうだ。

《ボクはここへどうやって来たのか記憶がないんだ》

 それだけじゃない!

《事件の調査後、ボクはどこへ帰ったのか、それすらも知らない》

 かつてメリヤはこう言った。気づいたら首から下を砂の中に埋められていたと。つまり、犠牲者たちはみな、意識を取り戻した瞬間、死の淵に立たされていたんだ。それも仕方のないこと、なぜなら、《それまで犠牲者たちは存在していなかった》のだから。それはボクも同じだ。《気がついたら、ボクは事件現場にいた!》

 蜜絵ちゃん……ボクは、いや、ボクたちは……キミがつくり出した人格の、ひとつなんだね?」


 その刹那、建物が音もなく倒壊した。壁や床、天井が小さな瓦礫となり、ぱらぱらと四方へ飛び散って行く。ボクと横下蜜絵はしかし、宙に浮いたままだ。足元で雲が渦を巻き、大粒の雨が上昇してくる。顔を上げると大地はなく、横下蜜絵の超巨大な顔が視界を覆っていた。親に叱られたあとのような表情をしている。

 普通の蜜絵がくちを開けたのでボクは顔を戻した。

「あなたは最初に生まれた人格。痛みを、屈辱を、私の代わりに受けていたの。いちばん愛着があるし、心から感謝しているわ。だからあなたとだけは、これからも付き合って行きたいの」


つづく

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