第10話
十人目の犠牲者、谷水来奈美はすべてのプライドを投げ捨て、なりふり構わず手にしたものをくちに運び、その都度、嘔吐している自分に困惑していた。
無心で土を掘り、小動物や昆虫を必死に探した。爪がはがれ、すべての指に激痛が走るも、来奈美は掘るのをやめなかった。
わずかなエネルギーを得ると前方をふさぐ岩を取り除く作業に移る。数時間後にはまた指は地面へと移動し獲物を探した。そのくりかえし……くりかえし……。
どうして私がこんなまねをしなくてはならないの、という思考は脳裏に浮かぶことはなかった。ひたすら掘り、食べられそうなものはなんでもくちに運んだ。
どれくらいが経過しただろうか……次第に、土とのにらみ合いが増えて行った。
極度の疲労により、肘関節や腰が硬直し、無理に動かそうとすれば激痛が走る。
しかし、助かるためには手足に鞭打って行動を起こさなければならない。血まみれの指を大地に突き刺した。それを持ち上げたとき、手には湿った土が握られていた。
指先の肉がめくれて白い骨が顔を出し、嘔吐を繰り返し、体力も限界に近づいたころ、ふいに来奈美は動きをとめ、壁に背をあずけ、今までの行いを後悔し、誰にともなく許しを乞うた。究極の《みじめ》の後、究極の《慈愛》を得たのだ。なぜ、達観に至ったのか、経緯は彼女にもわからないが、突然、その想いはやってきたのだ。
来奈美は、無駄に命をあやめたことに涙した。
来奈美は、モラルに反した過去の行動を、悔いた。
それから、空腹とめまいと頭痛と飢餓を、愛した。
やがて自分の身体は、みみずや昆虫、バクテリア、ねずみなどに食い荒らされるだろう。そうして、命は、次の世代に受け継がれて行くのだ。ならば喜んで、与えよう。
谷水来奈美の死を目撃して、ボクは困惑と同時に出口のない迷宮に迷い込んでしまった。
買い手のつかない雑草だらけの広場の横に、ぽっかりと口を開けている小さな洞窟がある。その入り口に立つ、赤い服を着た女の子を発見した。
駆けだすと同時に彼女は洞窟内へ逃げて行った。それを見てボクは勝利を確信した。なぜなら、洞窟は、先ほども述べたように、小さいのだ。数メートル先で右へ折れ曲がりしばらく直線が続いたあとすぐに行き止まり。追い詰めた。チェックメイト。勝利。だけど謎がさらに深まる結果が待っていた。そのときの混乱、わかる? わからないよね? それをこれから説明するんだけど、どうかボクの代わりに謎を解いてくれないかな。
洞窟は一本道。突き当たりまで追い詰めて、さあ痛くしないからおとなしくしてね~と両手を広げたら、女の子の姿はどこにもなかったんだ。ヘビが通れるような穴があちこちに開いているけれど、いくら少女とはいえそこへ隠れることは不可能。忽然と消えた、という言葉がこの場合ふさわしい。それだけなら、薄暗がりのために見過ごして女の子は今ごろ外でボクのまぬけ具合に高笑いしているんだ、うまく逃げたなこんちくしょう~、で終わるんだけどそうではなくて、ボクが洞窟の外へ出た瞬間、崩落。不思議なことはさらにつづき、岩の向こうからごろんごろんという音が響いてくるからボクは無我夢中で入り口をふさぐ岩をどけて行った。
こうして十人目の犠牲者、谷水来奈美の餓死した死体を見つけたわけだけど、ボクはもう一度、思い出す。
洞窟内には、間違いなく、誰もいなかった……と。
謎はそれだけじゃないんだ。
人間が餓死するには、水を摂取しなければだいたい三日ほどかかる。変でしょ? 信じられないよね? だって、彼女を発見するまで、数時間しか経っていないのだから。
この謎を看破するには、時間があまりにも足りなかった。ボクの推理は、十一人目の犠牲者の出現によって邪魔されるのだから……。
だからお願い、この謎を、あなたに、託します。
つづく




