表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来への物語  作者: Coco
ラフマン家との出会い
3/6

怪物

 それからの私は少しずつ回復へと向かっていった。

 ただ、自分が何者なのかを思い出せずにいることを除いては。



 親子の楽しげな会話が歌のように聞こえてくる、夜。もうすぐ父親のイオが帰ってくると、一家の食事の始まりだ。

 団欒、というのだろう。

 舌に載せるのもくすぐったく感じる言葉が、この家族の中には生きている。

 私はベッドに座って、その温かさにたき火のようにあたりながら、窓の外の夜を見ていた。


「起きてたのか」

 奥にあるダイニングから、ジオが顔を見せた。暗いな、と言いながら部屋の灯りをともしてゆく。

 彼はこの家の16歳になる次男だ。弟とは違って父親にそっくりな彼は、ポーカーフェイスの後ろに照れ屋の性分をしまいこんでいる。

「ありがとう、ジオ」

 感謝を述べるとジオはよそを向いて、低い声で話をそらした。

「…なぁ。固形物っつっても白パンだし、負担少ないだろ。それもう少し食ったら、薬湯持ってくる」

「ロッタの手料理は、スープもパンも、いつもとてもおいしいのね」

 自分にも料理はできただろうかと思いかけて、やめた。きっとこれも、自分にはなじみのないものだ。

 最近の私はいつも、どこか自嘲的なあきらめを感じていた。

 記憶をなくす前の自分は、きっとまっとうな人間ではない。


「無理して思い出そうとしたり、うちに合わせたりしなくてもいい。…うちは、ちょっと、うるさすぎるんだ」

 はっとして見やったジオの背中はもう、部屋を出るところだった。

 不器用な優しさの余韻が、後に残された。



 その夜父親のイオは、ガッリーニ先生を連れて戻った。先生はもう引退しているけれど、まだまだ医者としてその腕を頼りにされている人だ。

「傷の炎症も治まってきた。破傷風にならずに済んでよかったわい。マートンと家族に感謝じゃな。あっちで首を長くして待っとる奴らにも、良い兆候を伝えてやらにゃの」

 診察が終わって先生は、満足気に微笑みながら立ち上がった。


「なぁじいさん、こんなもん作ってみたんだが、ラウラにはまだ早いか…?」

 先生の帰り際、ひょっこり顔を見せて先生を呼び止めたイオの手には、松葉杖があった。

「イオよ。お前さんとこの頑丈な男どもとは訳がちがうんじゃ。あとひと月はリハビリなんぞ考えんことじゃ」

 だよな…とうなだれたイオよりも、私のほうが衝撃を受けた。

「そんな!あとひと月もだなんて…!」

 思わず大きな声で反応した私を、ふたりが呆れたように振り返る。

「ケガ人はだまって寝とれ。ただ休んどるのがあんたの仕事じゃ」

 ガッリーニ先生は私の抵抗を一蹴したが、ハイそうですかと納得できるものではない。

 私は、今日のこの診察代すら払っていないのだから。

「おい、なんて顔してる。俺は最初に言ったぞ、ここをお前の家と思えってな。俺はうまいことも言えねぇが、二枚舌は使わねぇ。ここは、お前の家だ。弱ってるときゃ休んでりゃいいんだ」

 そういうもんだろ、とイオは少し怖い顔で私の頭をなでた。

 グローブみたいな手からぬくもりが伝わる。



 一家に親切に温かく受け入れてもらうほどに、私の中の異質感は膨らんでゆく。

 持っていないものへの、強すぎる憧憬なら良かったのに。

 こうしていつしか私は、自分の中の怪物の影に怯えるようになっていた。




暗い…!暗いよ!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ