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 レーガ達が私に注目したことで、捜している女だとわかってしまう。警備隊は私に狙いを定めながら剣を掴んだ。その剣が抜かれないように見張りながら、視界の左隅に二階に繋がる階段に意識を向ける。そして、二階の廊下の窓から一階建ての家の屋根が見えたはず。メラマヴロがいれば止めてくれるけれど、今はいない。また牢屋に入れられたら、メラマヴロが自分を責めてしまう。逃げるべきだ。

 飛び出して、警備隊の前のテーブルを引っくり返して、階段を駆け上がる。制止も振り払って、窓から飛び出して隣の屋根に飛び移る。甲冑をつけた警備隊より、私の方が断然早い。捕まらない。屋根から屋根へと飛び移る。追い掛けてくる声は、牢屋にいた頃を思い出させたけれど、振り払うように走った。

 魔物被害で建物の修理をしている人達が、ちらほらと見える。彼らが見ていないことを一瞥して確認し、建物と建物の間に素早く落ちた。窓が空いていることに気付いて、瞬時に壁を蹴ってその中に飛び込む。目を閉じて、耳に全ての集中力を注ぐ。追い掛けてくる音は聞こえない。飛び込んだ家も、今は無人のようだ。このまま息を潜めていれば見付からないだろうと判断して、力を抜く。着地した部屋の真ん中で、立てた膝に額を置いて考える。

 騒ぎを聞き付けたメラマヴロが必ず誤解をといてくれるはず。でもどうして指名手配状態になっているのだろうか。王様がそんなことを許すはずない。城が襲撃されたと言うけれど、王様は無事なのか。メラマヴロがいないから、襲われてしまったのか。私のせいか。私のせい、なのか。


「ラメリー、見ーけっ!」


 暫くすると、声が降ってきた。私はビクリと震え上がる。軽々とレーガが窓から入ってきた。


「大丈夫、オレは味方だよ。一人で逃げないでくれよ、メラマヴロさんに任されたんだからさ」

「ごめん……」


 レーガの明るい笑みに、私は警戒心を緩ませる。


「素早い逃亡だったな、見失って焦っちゃったぜ」

「でも見付けた」

「うん、どっかに隠れたと思ってね」


 あっさり見付けたレーガは流石だ。レーガも隠れた方がいいと判断したらしく、窓の下に腰を下ろした。


「ごめんね、捕まったらメラが自分を責めると思って。メラマヴロが事態を納めてくれるはずだから」

「だな。ここで暫く待とう」


 普段と変わらないレーガに一度は緊張が緩むけれど、私は問う。


「陛下は、無事かな? 無事だよね? 陛下になにかあったら国中に知れ渡るでしょ? だから無事だよね?」

「大丈夫だよ、無事だって。財宝部屋が襲撃されただけだってさ。なくなっていたのは、国の秘宝エレクドラーロだけ」


 レーガの口から無事だと聞いて、泣きそうになる。グッと堪えて深呼吸。レーガは優しい微笑みを浮かべながら、私のチョーカーに目をやる。


「あのドラゴン。秘宝だったんだな」

「……うん。言ってなかったけれど、私をこの世界に導いたのはエレクドラーロ。(あるじ)に選ばれたから、陛下は私にエレクドラーロを持たせたの」

「そっか……」


 宝石を握って、安堵の息を吐く。


「遥々異なる世界から選ばれるなんて、すげー話だよな。たった一人にしか従わない、最強のドラゴン。ラメリーはすごいよ」


 レーガは爛々と目を輝かせて、声を弾ませた。つられて笑い返すけれど、その笑みはすぐに消える。


「ドラゴンに選ばれても、私はレーガ達のようには人を救えない……」


 レーガ達のように、魔物を倒して人々に囲まれて感謝されることはない。


「魔力がほんの少ししかない私なんかより、ポルやレーガが選ばれるべきだったんだよ。私は部屋にこもって物語を書くだけ……冒険の主役達じゃない」


 レーガなら、皆が認めただろう。こうして追われることもなかった。


「えー? なんで? 書いてる奴も主役になってもいいんじゃね?」


 レーガがそんなことを言い出したから、私は顔を上げた。


「ほら、ラメリーは日記に書いてるじゃん。日記の主役はラメリーだろ?」

「……んー」


 苦笑を溢してから、少し考えてみた。


「日記の中の主役は……物語かな。大抵は物語のことばかり書いてて、私は語り手に過ぎないよ。この世界で経験したものも目にしたものも感じたものも、いつか物語に取り入れようって書き留めているだけなんだ。……私の人生の主役は、物語」


 私なんかじゃない。


「物語を描くと息が出来るみたいに、生きていける。生き甲斐だから、なくなると困るの。……例えばね、老いて死にゆく前に、幸せな思い出を浮かべるでしょ。そうしたらね、幸せな物語のシーンが浮かぶんだと思う。私は物語を描くだけだから……」


 自分の手を見てみる。私の頭の中は、経験したものよりも造り出した物語でいっぱいだ。主人公が幸せになる物語ばかりを書いてきたから。書いていて楽しくなる物語ばかりを書いてきたから。幸せな物語を越えるような幸せを、私は経験していないし、経験しないだろう。書くことを、優先してしまう質だから。


「ラメリーが、物語が大好きなのはわかってるよ。……でもさ」


 レーガに目をやれば、笑みはなく真っ直ぐに私を見ていた。


「それって、前の世界にいた時の話だろう?」

「え?」

「この世界で生きていったらさ、死にゆく時に思い浮かべる思い出は物語だけじゃないはずだぜ」


 そう言って、レーガは立ち上がると、窓の外を覗く。私と向き直ると、ニッと笑みを向けてきた。


「なぁ、ちょっと一っ飛びしない?」


 ひとっとび。エレクドラーロの背中に乗って飛びたいということだと、頭が理解するまで少し時間がかかった。


「……私とレーガが乗れるほど大きなサイズを召喚するとしたら……魔力使い果たしちゃう。明日出発するなら魔力を使い果たすのはまずいわ……」

「大丈夫! オレ達がついてるし、今までエレクドラーロを使わずに済んだじゃん。なぁ、頼む!」


 不安だったけれど、レーガの言う通り、エレクドラーロに助けてもらうような事態に陥ったことはない。皆が最強だから大丈夫だと自分に言い聞かせて、レーガの頼みを引き受けることにした。

 立ち上がって窓辺に腰を掛けて、念じるように宝石に魔力を込める。花火のように、光が咲き誇った。いつか夢に見た大きな大きなエレクドラーロが、私の頭上に現れる。二つの建物に逞しい足を置いて、その場に影を落とす。隙間には入らない大きな顔で覗き込む瞳は、空と同じで青く澄んでいた。透けてしまいそうな琥珀色の長い尻尾の先が、急かすように私の頬を撫でる。影の中でも目が輝いて見えたレーガも、待ちきれないと言わんばかりに私の腰を引き寄せると、壁を蹴って屋根へと駆け上がった。そのまま私とエレクドラーロの背中に乗る。


「待って、初めてだからその、きゃあ!?」


 ドラゴンに乗って空飛ぶなんて、私もレーガも初めて。心の準備が必要だと言いたかったのに、エレクドラーロは建物二つ分よりも長い翼を広げ、身体を浮かせた。レーガは翼の根を握り、もう片方の腕で私を支えてくれる。バサバサと二三回翼が動いただけで、地上は遥か下に見えた。空に浮かぶ城よりも低いけれど、より恐ろしく思う。風の中を突き進んで、エレクドラーロは街の上を旋回した。いつの間にか空は夕日に染まっていて、それを浴びたエレクドラーロの身体は、まるで黄金の輝きを放つ。黄金のドラゴンが飛ぶ。私とレーガはそのドラゴンの背にいる。息を吸うことも忘れてしまったかもしれない。風に飛ばされているような不思議な感覚。空高くまで飛ばされそうなのに、風の中を突き進む。

 レーガが行き先に選んだのは、街を見下ろせる丘だった。街に入る前に通った大きな丘は、エレクドラーロがいると小さく感じる。丘に張り付いたエレクドラーロが、息を吐くとそよ風になった。それを感じながら、地に立つ。レーガが指を指すのは、街を越えた先にある山だ。半月のように欠けていたそこに、夕暮れの顔の太陽が収まっている。そこから真っ直ぐに地平線にカーネリアンの光を走らせていた。世界はそれに染められている。何もかもが、淡い赤色に染まっていた。エレクドラーロもこれを見ているかどうかを確かめてみる。光を吸収したように、瞳は赤になっていた。いつも変わるけれど、どうしてだろう。そのうちわかると、夕陽を眺めた。


「昨日見付けたんだぁ」


 レーガの笑い声に反応して目を向ければ、私の前に立って胸を張っている。


「どうだ? 素晴らしいだろう」


 自分のもののように誇らしげなレーガに、つられて笑った。


「これは幸せな思い出の一つになるんじゃねーの?」


 老いて死にゆく時、思い出す一つ。


「オレはさ、ずっとジオスのために剣を振るってきた。アイツがオレを救ってくれたから、刃になるって誓った。だからさ、ラメリーから言わせれば、オレの人生の主役はジオスかもしれない。ジオスも、この旅くらいはリーダーやれって任せてきたけどさ。オレは最初から、自分の人生の主役はオレだと思って生きてきた。これからだって、そう思って生きていく」


 ジオスのための、剣。ただの幼馴染みじゃなかったのかと、驚いて目を見開く。詳しく聞きたかったけれど、レーガは続ける。


「主役と思おうぜ、人生の主役にさ。もう仲間だ。これは過酷な旅だろうけど、幸せに感じるものをたくさん見ようぜ。この眩しいエレクドラーロにも負けないくらいの美しいものも、キノキノ祭りみたいな楽しい経験も、味わっていこう。オレ達が幸せにしてやるからさ、主役だと思って楽しんでいこうぜ」


 両腕を大きく広げるレーガは、銀髪と顔も肌も真っ赤に染まっていた。世界と同じ。でも太陽よりも輝いて見えた。ぶわっと興奮が沸き上がって、私の中に駆け巡る。飛び出してしまいたくなるほど、胸の奥から膨れ上がって溢れそうだ。冒険に駆り立てるもの。まさにレーガは、冒険物語の主人公のように感じた。彼こそが、この旅の主人公だ。


「思い付いた!」

「ん!?」

「これだ、これ! 主人公が仲間を導く! このシーンを入れれば盛り上がって繋がる! ありがとう、レーガ! 続きが書ける!」

「!? いや、あの、今……ラメリーの人生の話を」

「奮い立たせるのがやっぱり主人公だよね! こうワクワクさせてくれて、勇気を与えてくれる!」

「だから、ラメリーの話であって」

「これこそ冒険の物語! ああしてこうしてっ、ふふ」

「……だめだ、集中モードでもう届かねー」


 自分の頬を両手で押さえて、沸き上がった物語のシーンを繰り返し頭の中で映像で再生しながら、記憶していく。今は書き留めるものはないけれど、記憶したものを思い出して書く時にゆっくり文章にすればいい。クルッと回れば、エレクドラーロは歌うように鳴き声を轟かせた。

 気付けば、何故かレーガはしゃがみこんで俯いている。どうしたのかと私もしゃがんで覗き込めば、目を合わせてレーガは力なく笑った。それから、その場に腰を下ろす。


「ラメリーって、本当に物語が好きなんだな」


 そう言って笑うと、今にも沈んでしまいそうな夕陽を見つめた。まだレーガを染めている赤は、まるで彼の情熱を表しているよう。他の誰かを冒険に突き動かすほどの情熱と勇気と優しさを持っている人。


「レーガ」


 呼べばレーガは私と顔を合わせて、にこりと笑顔を向けてくれた。


「私、君が好き!」

「!」

「レーガが大好き!」

「へっ……!?」


 レーガは初めから私を受け入れてくれた。仲間だと認めてくれた。レーガがいてくれてよかった。エクドラの主人公のいい手本。これでエクドラが書き進められる。王様も喜ばせられそう。私は綻んでいけれど、レーガは目を見開いて固まっていた。


「レーガ?」

「あ、うんっ! えっと……」


 びくっと肩を震わせると、落ち着きなく髪をグシャグシャと掻く。


「その、ありがとう……」

「ん? こちらこそありがとう! 素敵な夕陽だった」


 また笑顔を向けてくれるレーガに笑い返してから、街を見下ろす。そろそろ夜に染まりそうだ。


「ラメリー!」


 馬の駆ける音が近付いたかと思えば、メラマヴロの呼ぶ声。黒い馬カルディに乗って、黒騎士が私の元に来た。丘を占領していたエレクドラーロは、身体をずらして道を開ける。


「ラメリー、ご無事でしたか! 怪我は!?」

「大丈夫です」


 馬から降りると私の手を掴んで跪く。まるで許しを乞うような表情。私の身になにか起きたのではないかと、気が気じゃなかったに違いない。


「ごめんなさい、メラマヴロ。捕まってまた牢屋に入れられたら、自分を責めてしまうと思って逃げてました」

「いえ、君が謝ることはなに一つ……なに一つありません。同じ目には遭わせないと誓ったのに……君が追い回されるなんて……」


 辛そうに顔を歪めてしまうメラマヴロに、胸がチクリと痛む。そっと黒い髪を撫でてその辛さを拭おうとしたけれど、メラマヴロは泣いてしまいそうな表情に変わった。こんな彼が天空の黒騎士と恐れられているなんて、ちょっと疑ってしまう。私は安心させるために笑みを浮かべて、メラマヴロの顔を両手で包んだ。


「陽射しの中で、笑っていますよ」


 夕陽を浴びて、笑っている。同じ目には遭っていない。メラマヴロはちゃんと約束を果たしてくれている。そう言えば、メラマヴロの表情が少し緩んだ。頬に重ねたままの私の右手に、メラマヴロの左手が触れた。革の手袋に包まれたその手が優しく握ってくる。メラマヴロの黒い瞳は、まるで黒曜石の中にルビーがあってそれが輝いているようだった。なんだか情熱的に熱く見つめられていると感じてしまうのは、夕陽のせいだろうか。


「……君の容疑はアルートゥリア陛下が晴らしてくれるはずです。大方財宝確認をした者が、独断で指示したのでしょう。エレクドラーロを託したことを知るのは僅かでしたから……」

「陛下は、無事? お城は襲撃に遭ったのでしょう?」

「陛下はご無事です。ご安心を」


 私の左手を両手で握り締めて、メラマヴロは力強く告げてくれた。容疑の方の心配はしていない。ただ王様の安否だけが、気掛かりだった。


「よかったな、ラメリー」


 ツンと肩をつついた真後ろのレーガは、満面の笑み。私は頷いて返す。


「宿に戻ってエクドラを書く!」


 書き漏らしがないように書き留めなくては。早く戻ろう。


「エレクドラーロに乗りますか? ……この大きさでは、魔力を使い果たしてしまったでしょう。そう長くは実体を保てないはず」

「あ、オレが頼み込んだんだ。ラメリーの魔力が戻るまで、オレ達がしっかり守るから」


 レーガは庇って言ってくれると、自分の胸をドンと叩いた。心強い。使ってしまったなら仕方ないと、メラマヴロは咎めることはせず、私をカルディに乗せた。

 エレクドラーロは、翼を広げると空高く飛び上がる。まるで、竜巻みたいな風に驚いて、危うくカルディに振り落とされるかと思った。エレクドラーロは一回旋回すると、夕陽に向かって飛んでいく。黄金色の身体は、不死鳥の身体が燃え上がるように金箔を撒き散らして、私の元に舞い降る。そして黄金のドラゴンは消えて、世界は夜となった。






タイトルを元に勢いで書いたせいで、4話の予定が膨れ上がりすぎて8話になってしまいました。楽しかったです。


物語を書く姿勢に共感しているせいですかね。楽しかったです。


ハマってしまったので、もう少し書いていくつもりです。楽しんでいただけたら幸いです。ここまで読んでくださりありがとうございました!


20150813

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