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魔物討伐一行は、ちょうど近くにいたため、急いで出発した。近くと言っても、休憩以外は馬を走りっぱなしで三日目にして合流。メラマヴロは気を使ってくれたけれど、魔物に遭遇してしまう前に一行と合流した方が安全だから。お城で執筆生活していた私にはきつく、もう塔の部屋に帰りたいと思うほど疲れた。
けれども、どんなに鉛のような疲れがのし掛かっていても、空に浮いている城を夢中になって見上げる。城と森ごと地面が浮き上がっていて、唯一の道も地上に繋がってはいるけれど、なんの支えもなしに浮いていた。三日かけて離れても、浮いている城は迫力がある。地平線沿いにうっすらと雲が漂うと、不思議な光景だと口元が緩む。物語のエクドラには、ただ浮いた城と書いてしまった。もっと迫力が伝わる表現に直したい。書き直したものを、王様に送ろう。
両手を伸ばして、浮く城を包むように添えてみた。こんなスケッチを描いて、素敵だと感想を添えて手紙を送ろう。
「ラメリー」
メラマヴロに呼ばれて振り返る。前々から王様は手紙を送って報告係の件を予告していたらしい。メラマヴロは彼らと顔見知りらしく、少し会話をしていた。
「挨拶を」
「あ、はい!」
出会いなんて全くなかったから、自己紹介することが頭に浮かばなかった。慌ててメラマヴロの隣にいき、ぺこりと頭を下げる。
「ラメリーです。足を引っ張らないように最善を尽くしますので、どうぞよろしくお願いします」
顔を上げて、一行の反応を観察してみる。私と年があまり変わらない若者達。距離を取っている女性二人と、とても綺麗な顔をした男性は、私をよく思っていない目付きをしていた。無理もない。戦えない上に、報告係なんて言い換えればチクり係。容易くは受け入れられないのだと思う。城にいた時にも、そんな目を向けられることはあったから、気にしない。
「はは、メラマヴロさんから話は聞いたよ。大丈夫、戦闘中はポルとロサの後ろにいれば。メラマヴロさんもいるなら、オレ達は戦闘に集中できるし、こっちは助かるよ!」
メラマヴロと話していた男の子だけは、笑顔で言ってくれた。恐らく、この一行の最小年。二十歳前後かな。白銀のウルフヘアーで、私よりも背が高いけれど、笑顔はまだ幼い。
「オレはレーガ。よろしくな!」
指が出た手袋をした手を差し出してくれたので、握手をした。
「私はポルです」
「あたしはロサ・ヴィ」
眼鏡をかけた紫髪をポニーテールの細身の女性が、ポル。ノースリーブのすみれ色の服に身を包んでいるから、クールな印象を抱いた。
毛先がくるりとはねたボブは桃色で、小柄な女性がロサ・ヴィ。白とピンクの服装で可愛らしいのに、腕を組んでいて拒絶を示している。睨むようにしかめた顔をしていた。
「レムネーだ」
大男と呼びたくなるほど長身で、大きな剣を背負った男性がレムネー。彼が最長年だろう。毛先が緑色の黄色い髪と、顎に大きな傷があって貫禄がある。30代かもしれない。彼は私には大して興味がなさそう。メラマヴロみたいに感情が顔に出ていないから読みにくいけれど、さして他人とは深く関わるつもりもない一匹狼タイプに思えた。
そして、最後。彼は一番、私を拒絶している。真珠のような白い肌と、長めの鮮やかな青い髪を後ろで束ねていた。細い剣を腰に携えて、毅然とした佇まいをしている。優美な美男なのに、ギロリと青い瞳で睨んできた。
「……ジオス・キュアス」
名前だけを名乗る声は、鋭い。まるで、氷みたいな人だ。
上手くやっていく自信が粉砕されてしまった気分。けれども、私は皆に精一杯の笑顔を向ける。
「じゃあ、行こうぜ。東の街まで、あと二日かかるんだ」
レーガだけが、ニカッと笑い返してくれた。一人は心よく受け入れてくれて嬉しい。
それぞれが馬に乗って動き出すけれど、メラマヴロは私だけを馬に乗せた。一人で乗る練習みたい。
黒い馬の名は、カルディ。休憩中に感謝を込めて、毛並みを整えてあげよう。またよろしくと、そっと首を撫でた。カルディに揺らされながら、前方の一行を観察する。レーガは赤毛の馬に跨がっていて、ダークブラウンの馬に乗っているポルと話していた。相談か。または私の愚痴かな。褐色の馬に乗っているロサもポルと並んだから、愚痴だと確信する。女子は怖い。敵意を抱かれているなら、仲良くなるのも難しい。でも、いじめや嫌がらせをするような幼稚ではないはず。私はこの一行の旅と戦いを、王様に報告するために書く。物語のように、日常を書くだけ。さしずめ、主役を傍観するモブのように。忘れ去られるほど息を潜めて、ペンを走らせればいい。
木のバインダーに挟んだ紙に、一行の名前と容姿を書き留めてから、彼らの背を眺めて王様に報告すべきことを考えた。レーガだけが受け入れてくれている、としか書けそうにもない。
夜になっても、変わった出来事もなく、野宿となった。焚き火は三つ。女性と男性の二組で別れていて、私とメラマヴロさんは少し離れた火のそばで寝具を敷いた。
火のそばで、一行と合流をした初日を日記に書き留めておく。馬で通った道は、積み上げられたような岩がそびえていて、味気なかった。野宿の場所も、岩の上。ベッドが恋しいと、寝具を撫でた。
「……固いですか? 毛布を増やしましょうか」
私の横に跪いて、メラマヴロが気にしてくれるから笑みを向ける。
「大丈夫です。牢屋より快適です」
うっかりと口にしてしまったそれを、彼らの耳は聞き取ってしまったらしい。注目されてしまった。変な想像をされてしまう前に、答えることにする。
「私、盗人と誤解されて少しの間、牢屋に閉じ込められていたんです」
笑って伝えたあと、メラマヴロを見れば微かに顔をしかめている。まだ思い悩んでいるのかもしれない。私は自分の頬を摘まんで伸ばして見せる。皆の前で、引っ張っちゃうわよ。
「誤解、ですか」
ジオスが、口を開く。眼差しはまだ鋭くて、私を咎めるようだった。ちょっと寒気を感じてしまう。
「どうしてまた、そんなことに?」
「迷子になって、入ってはいけない場所に足を踏み入れてしまったのです」
同情してくれるレーガに、微笑んで答える。そしてメラマヴロに向き直った。
「陛下とメラマヴロが、私を助けてくれました」
「……お疲れでしょう。もうお休みになってください」
メラマヴロはそっと優しさを帯びた声をかけてくれるから、インクが乾いたことを確認して日記を閉じる。
「はい。おやすみなさい、皆さん」
「おう、おやすみ!」
ペコリと、座ったまま頭を下げれば、やっぱりレーガだけが笑い返してくれる。横になってみたけれど、ジオスの視線が痛かった。寝返って背を向ける。風が吹けば砂が吹きかかるから、毛布を鼻まで覆って目を閉じた。チョーカーの宝石を握り締めて、眠る。
大きな大きなエレクドラーロが、翼で私を包むように寄り添って眠る夢を見た。琥珀色の輝きが、それはそれは美しく。
「ラメリー!」
メラマヴロの声と引っ張られる感覚に、急に起こされた。緊急事態だから、覚醒させなくてはないと、必死に額を押さえて頭を働かせる。でも目眩がしてしまい、視界が真っ暗になってしまいそうになった。メラマヴロは私の身体を引き摺って、代わりに移動をしてくれる。深呼吸をして、目眩を振り払う。
「無礼を、許してください」
「いえ、平気、です」
剣を構えるメラマヴロのマントにしがみついて立ち、左手でチョーカーの宝石を握り締める。
戦闘はもう始まっていた。私達の目の前には、ポルとロサがいて構えている。
レーガ、レムネー、ジオスは魔物と戦闘中だ。魔物は様々な姿をしているけれど、黒い石を嵌めたような目とマンモスのような牙を持っているのが特徴。体長は二メートル前後。皮膚は鎧のように固い。まるでサイの身体。
レーガは、そのサイのような魔物を相手している。牙を突き刺すように突進する魔物を、レーガは地面を蹴り上げて頭上を飛んで避けた。レムネーが大きな剣で、受け止める。そして、レーガは回転を加えて着地すると同時に、魔物の首を切り落とした。
一方ジオスは、チーターのように俊敏な魔物の相手をしている。鎧のような革は、鋭利だ。風のようにジオスに向かったけれど、身体をずらして避けると、鞭のように剣を振り、致命傷を与えた。
「さぁ……朝食にしましょう」
青い髪を掻き上げて、ジオスは何事もなかったかのように剣をしまう。乱れたいYシャツを整えた。寝起きなのに……なんて、かっこいい人。
髪が乱れているレーガは、剣を持ったまま背伸びをして大欠伸。レムネーは剣をしまうと、腰を落として目を閉じた。二度寝だ。
私も二度寝したい。気が緩んで、メラマヴロの背中に凭れた。目眩が舞い戻り、気持ち悪くなる。急な目覚めは身体に悪い。
「横になってください。……すみません、叩き起こしてしまい」
「いえ、謝ることないです。守るためじゃないですか」
メラマヴロが支えてくれたので、私は自分の寝具に座った。こういう事態も起きる。ちょっと嫌だけれど、旅をする以上仕方のないこと。横になって少し休んだ。目を閉じて、目にした戦闘を何度も繰り返し再生した。魔物の風貌、そしてその特性。レーガとレムネーとジオスの戦い。
まとまって、私は起き上がってから紙に書き記す。
私が初めて目にした魔物、そして戦いを。
「ラメリー」
レーガに呼ばれて、顔を上げる。目の前に彼はしゃがんでいて、朝食を片手に持っていた。
「食べたら出発するんだけどさ。読んでみてい?」
「あ、ありがとう。どうぞ」
交換して、私は朝食を口にする。待たせたらまずい。
身形を整え終えたポルも近付いて、覗き込んだ。学校で先生に宿題を見せた気分。
「うわ、詳しく書いてる! ジオスと大違いだ」
笑ってジオスを振り返るレーガ。私はぎょっとした。
王様が簡潔すぎると言っていた報告を書いていたのは、ジオス。だから睨んでいるのか。ジオスからすれば、クビにされたようなものだもの。ジオスはまた睨み付けたけれど、支度に戻った。
私も急いで朝食を平らげて、少しほどけてしまったみつあみを結び直す。街まで、また馬で移動だ。夜には着けて、ヘトヘトで仕方なかったので宿についたらお風呂に入り、ベッドにもぐり込んで眠った。
起きたあとは髪をとかしながら、窓から街を見てみる。白い建物が並ぶ静かな街は、魔物被害が少ないらしい。魔物の巣が近くにないからだ。この一行は国から魔物を駆除することが役目。巣を見つければ破壊をする。今回はそんな大仕事はなさそうなので、一日休息そうだ。
窓から、仲良さそうに並んで歩いていくポルとロサを見付けた。あの二人と仲良くする努力をした方がいいのかもしれないけれど、旅の疲れでそんな気力がないし、方法がわからない。
「ラメリー。朝食です」
メラマヴロが朝食を運んでくれたので、食事を済ませる。休みだと言うのに、鎧を纏っていた。思えばメラマヴロが鎧を着ていない姿は見たことない。
朝食を終えたあとは、エレクドラーロを召喚する。万が一のためにエレクドラーロを出すことは控えるべきだと助言されていたから、五日ぶり。ベッドに降り立ったエレクドラーロは、ググッと猫のような背伸びをした。まるで窮屈なところにいた疲れを示すようで、私は笑ってしまう。
「この宝石の中は狭いんでしょうかね」
「……わかりません」
私は宝石を撫でてみるけれど、メラマヴロにもわからない。
昨日書いた報告書を手に、背中からベッドに飛び込む。すぐにエレクドラーロは私に寄り添い、首元に顔をすり寄せた。ホッとしたような息を吐いたエレクドラーロの顔をグリグリと撫でる。
「言葉が話せたら、宝石の中は快適かどうかを知れるのですが」
「……意思の疎通はできています」
「うん、でも、声を聞いてみたいなぁと思いまして」
首と顎をマッサージするように強く撫でた。呼吸を感じる。手を動かしながら、報告書の確認した。
「これでいいですかね……。こういうの苦手で」
そばに立つメラマヴロに報告書を差し出す。
「……問題ないと思います。陛下はラメリーの文章をご所望ですから、これは君らしくていいです」
読み終えてから、メラマヴロはそう答えてくれた。うん。私の目で見たことを、私の文章で、報告してほしいから、王様は私に頼んだ。
「あれ。メラは私の文章を読んだことありましたっけ?」
「……」
ずっと一緒にいたけれど、メラマヴロが私の物語を読んだことがないはず。あれ、言葉を学んでいた時に、見てもらったっけ。メラマヴロの返事がないけれど、私はうとうとしてしまい、目を閉じる。エレクドラーロが寄り添っているから、安堵して眠りに落ちてしまった。
少し眩しい光で目を覚ます。エレクドラーロが宝石に戻ってしまったんだ。そこに、エレクドラーロはいない。今はだいたい三時間は持つから、私は三時間眠ってしまったということ。シーツがかけられていて、そばにはメラマヴロが立っていた。
「寝ちゃったんですか……んもう……」
「お疲れなのでしょう。どうぞ、お休みください」
「いえ、報告書を送らないと……。それ、誤字とかないですか?」
「はい、ありません」
渡しておいた報告書が大丈夫なら、次は王様に手紙を書こう。デスクについて、取りかかった。
「はぁ……こんなに疲れちゃうなんて、先が思いやられますよね。皆も呆れてますよね、お荷物が増えたって」
「仕方ありません。旅に慣れればそうは思わなくなります。ラメリーの役目は陛下への報告であり、戦いではありません。役目を果たすためですから、自信を持ってください」
メラマヴロは、優しい声をかけてくれる。気持ちが楽になったから、笑みを向けた。
「……メラが、来てくれて本当によかったです。ありがとうございます」
「……いえ、礼には及びません」
本当に心強い。メラマヴロがいなければ、逃げ帰っていたかもしれない。
自信喪失の時の支えは、感謝してもしきれないほどありがたい。自信喪失で崩れ落ちてしまったら、もう立ち上がることも進むことも出来ないから。
王様の手紙にも、書いておいた。メラマヴロへの感謝。そして、王様にも感謝。王様の励ましで、この世界でもまた物語が書き続けられた。今はまだ続きが書けないでいるけれど、王様の励ましを糧に書き上げる。その意思は揺らいではいない。手紙に笑顔は入れられないから、感謝していると何度も書き記す。空に浮いている城も、スケッチで描いた。メラマヴロに上手いと誉め言葉を貰ってから、全部一枚の封筒にまとめる。
王様に届けるのは、魔法の封筒。呪文がかけられたそれに念じるように魔力を込めれば、まるで鳩のように翼を広げた。白い鳩が、窓から城に向かって飛び去っていく。今日中にはつくかな。多忙な王様からの返事は期待できない。返事がくる前には、出発してしまうから。
あ。おじいちゃんに会えなくて寂しいって、書き忘れちゃった。