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 魔物討伐一行とは、国民に危害を加える狂暴なモンスターを倒す若者達のこと。

 私がこの世界に来た頃に、街から街へと移動して国民を救う旅を始めたと話には聞いていた。魔法にも向き不向きがあって、それぞれの分野の魔法使い。あと破壊力のある魔法と高い戦闘能力のある一行だそうだ。

 今書いている物語、エクドラの参考に少しだけ聞いていた。


「定期的に報告書が届くのだが……あまりにも簡潔で、彼らの様子が何一つわからない。ラメリーならば、よく観察をしてそれぞれの様子を書いて、どんな戦いをして、どんな人達を救ったのかを書いてくれるだろう?」

「んー……私はそういうものは、不向きかと」


 これを書け、という指示は苦手。学校の国語の問題や、読書感想文みたいなのは苦手で、国語の成績は悪い方だった。理解力が乏しいのかも。想像を書く、それが私の得意分屋だ。


「ゆっくり考えれば、物語を書くように書けるだろう。……ほら、メラマヴロとのロマンスだってよく書けていたじゃないか」

「ろ、ロマンスじゃないですっ!」


 メラマヴロさんとの出来事を取り入れた恋愛小説を持ち出されて、私は動揺してしまう。思わずドアの前に立っているメラマヴロさんと目を合わせたけれど、慌てて背けた。王様が声を潜めたから、聞かれなかったみたい。

 そう言えば、あの小説はどこにしまったっけ。あ、エクドラの本に挟んだんだっけ。


「エクドラの三章も、冒険の経験を元によりよい物語が書けるようになると思う。ラメリーはこの城しか知らない。冒険をして、世界を見に行くべきだと私は思う」


 私の手を包む両手に力を込めた王様は、強く希望している。一理あるけれど、私は力なく笑い返してから、宝石を取り出す。


「この宝石に導かれてこの世界にきた。私の冒険は、これで十分です。エレクドラーロを見ているだけで、思い付きそうな時もありますから」


 十分、冒険している。これ以上は望まない。エレクドラーロを見つめているだけで、インスピレーションがわく時もある。作家が冒険だなんて、不向きだ。

 断ろうとしたら、その宝石の上に、シワのある大きな手が重ねられた。


「ラメリー。この秘宝は、世界の石ころの1つにすぎない」


 微笑んで告げた王様は、世界には私のインスピレーションを沸くものがたくさんあると伝えてくれる。それも、秘宝を石ころと言えるほど、素晴らしいものが世界には溢れるのだと。

 その台詞を気に入り、そして王様の押しの強さに吹き出してしまう。


「エレクドラーロにも、そんな世界を見せてあげたいですが……。私は足を引っ張ってしまいますよね? 過酷な旅にもなるでしょうし」

「確かに穏やかな旅とは言えない。危険と隣り合わせになるだろう。だが、君にはエレクドラーロとメラマヴロがついている」


 魔物なんて見たこともない私には、生き抜く自信がない。エレクドラーロが戦えるのかな。メラマヴロさんがいるなら、大丈夫そうには思えるけれど。

 王様と一緒にメラマヴロさんに目をやると、珍しく顔を曇らせていた。

「どうかしたのかい? メラマヴロ。気が進まないのかい?」と王様が問いかければ、顔を真っ直ぐに向く。


「いえ、ご命令ならば、ラメリーをお守り致します。……しかし、私でいいのでしょうか。私は彼らとは違い、魔物との戦いには慣れていない身です」


 王様の命令には従うと強く答えてから、私を見つめながら戦いに自信はないと言う。それでもいいのか、と私に訊ねたそうな眼差しだ。


「メラマヴロが嫌なら……元は陛下の護衛騎士なんですよね。私のために城の外に出なくとも……」


 私のせいでメラマヴロさんが巻き添えになるのは申し訳ない。でも、他の騎士は面識ないし、怒鳴られたトラウマしかないから、他の人がいいとは言えない。嫌な人と旅するよりは、一人がまし。エレクドラーロもいるし、なんとかいけると自分に言い聞かせてみる。


「他の騎士さんとは上手くいかないと思いますし、なんなら一人で行きますよ」

「! 一人にはできません。オレが、いえ、私がラメリーの護衛としておともします」


 メラマヴロさんが力強く言うものだから、ちょっと驚く。

 王様は少し不思議そうに首を傾げたあと、私に向き直った。


「ではもう少し考えて、決めてくれ」

「はい、陛下」


 考える時間をくれたけれど、もう話はいく前提になっている。決意する時間だろう。

 王様にはお世話になっているし、頼み事は引き受けたい気持ちもある。決意できるように、整理しよう。


「そうだ。エクドラは私が持っていても構わないだろうか?」

「あ、はい。どうぞ」


 私は机の上に置いたままのエクドラの本を、王様に手渡す。一章と二章ですっかり埋まったので、三章は二冊目に書いている。


「ラメリー。この物語を出版したいと、思っているかい?」

「出版……ですか。考えたこともないですね……。たくさんの人に読まれるのは、嬉しいです」


 王様が読んでくれているだけで、十分。出版したところで、読んだ人の感想を知ることなんて出来ないことが残念。でも私の目に見えないところで、この物語が存在することができるなら、嬉しい。


「出版されたら、嬉しいですね……」

「そうか……」


 微笑んだら、頭をなでなでされた。旅に出たら、この手の温もりはお預けになるのかと思うと、寂しい。


「メラマヴロ、ちょっといいかい?」

「はい、陛下」


 王様はメラマヴロさんと一緒に私の部屋を出た。

 立ち尽くした私は、その部屋を見回す。塔の中の丸い部屋とも、暫くのお別れ。それとも戻ることは出来ないのかな。

 私の物語では、冒険の時は高揚で飛び立てそうなシーンにするから、しんみりするのは少し意外だった。部屋にこもって物語を書く人が、冒険だなんて。こんなものよね。

 机について、日記を開く。今までの生活を振り返るためと、言葉の確認のため。ああこんなことがあったのかと、口元を緩ませて読んでいたら、あの恋愛小説を読み返したくなった。でも王様に渡しちゃったから。潔く諦めて、夜になってから実際に目にしたい場所や街や種族をリストに書いた。それから、エクドラの三章のプロット。考えてみたけれど、書き進められず、暗くなった部屋でぼんやりと窓を見つめた。

 そう言えば、夜は全く出歩かないから、夜の散歩したことない。旅に出る前に行こうと決めて、部屋を出た。すると、そこにはメラマヴロさん。何故か慌てた様子で、姿勢を正した。


「ずっとここにいたのですか?」

「……はい。君の護衛ですから」

「……?」


 ならいつも通り部屋にいればよかったのに。右腕が後ろに隠されているように見えたから、首を傾けて覗こうとすると。


「どちらに行かれるのですか?」

「あ。散歩に行こうかと」

「おともします」

「はい、お願いします」


 そう言うと思ったから笑う。一緒に夜の森を歩いていく。


「寒くないですか?」

「あ、ありがとうございます」


 寝間着のドレスだから、薄着。気を使ってメラマヴロさんは、自分のマントを私にかけてくれた。マントを肩にかけて、私は軽くくるりと回る。


「どこまで行くのですか?」

「地上を見下ろしたくて」

「……では、お手を」


 また落ちかけないようにと、メラマヴロさんは手を差し出してくれた。

 夜の森の中で、騎士さんと手を繋いで歩く。鬱蒼とした森の中だと、月光は少し強く感じて綺麗だ。だからロマンチックに思えて、足取りは軽くなる。

 宙に浮いた地の隅っこで、岩に腰を掛けて地上を見下ろす。空の暗い藍色のグラデーションが微かに見えるのは、大きな大きな満月のおかげ。

 地上はシルエットだけは見える。遠くに並んでいる山まで見下ろすから、不思議な気持ちになった。まるで天国の天使になった気にもなる。それはたぶん、時折風に靡く白いドレスのせい。髪を撫でるような夜風が気持ちいい。こんなシーンを物語に取り入れたい。やっぱり、そう考えてしまう。

 きっと旅をしている間中、こんな風になるのだろう。書かずにはいられなくなる衝動にかられてしまうかな。綺麗な景色を眺めながら、頭の中では物語が忙しなく展開していく。魔物討伐一行の報告係は、ある意味ぴったりなのかも。魔物討伐一行は主役、私は彼らを書く人。こんな風に離れて、観察すれば、足を引っ張らないですむかな。


「あの、メラマヴロ。本当に大丈夫ですか? 私と一緒に旅に出ること」

「はい。……君のそばにいさせてください」


 隣に立っていたメラマヴロさんは、真っ直ぐに私を見ると即答した。さっきとは大違いで、月光を宿した黒曜石の瞳は決意している。迷いはもうない。

王様が励ましたのかな。嫌そうではないから、私は安心した。


「あの、メラマヴロ」

「はい、なんでしょう」

「私の護衛の初日に、なんて言ったんですか? まだこの言葉がわからなくて、覚えることもできなかったので、教えてください」


 左手で私の手を握り、右手で剣を握り締めて、真剣な眼差しをしていたメラマヴロさんの言葉。

どんな言葉で私の護衛をすると告げたか。知りたい。

「ああ……あれは……」と同じくらいの高さにある満月に、メラマヴロさんは視線を向けた。


「すぐに助けられず、悔やんでいた……悪い娘には思えなかったが、無罪という証拠もなく、事情もわからないまま何日も牢屋に閉じ込めてしまったことを謝罪したのです。言葉も通じず、牢屋に座り込んだ君は……今にも消えてしまいそうで……」


 横から風が吹いて、髪が顔を覆うから、耳にかけて苦笑を溢す。そんなこともあったな。

 私に視線を戻したメラマヴロさんの表情は、少し怒っているように見えた。


「君はただ笑って、オレ達を責めなかった。一度も、怒りをぶつけることなく、無邪気に笑いかけてきた……。何一つ悪くない君を、閉じ込めていたのに……」

「あれは仕方ない状況だったじゃないですか。秘宝を守るために、王様を守るために、仕方なかったんです。メラマヴロも、悪くなんかありません」


 微笑んで言うけれど、メラマヴロさんは納得できないようでしかめっ面のまま私を見た。


「その分、お世話になってるじゃないですか。その分以上ですかね。メラは、守ってくれたじゃないですか」


 その表情を崩してやろうと思い、手を伸ばそうとしたけれど、座ったままでは小柄な私の手は届かず。仕方なく岩の上に立とうかと思ったけれど、メラマヴロさんから顔を近付けてきた。頬を摘まんで引っ張ってやる。放してみると、メラマヴロさんの表情は固いままだった。


「あの日……」


 口を開くと、左手で私の手を握り締める。素手だから熱いくらいの温もりを感じた。


「君を守ると約束しました。もうあんな目には遭わせないと、誓ったのです。陽射しの中で、君が笑っていられるように……」


 あの時と同じ。低い声でも、優しくて穏やか。聴いていて、心地いい。

真剣な眼差しは月光のおかげで優しげに見えて、なんだか彼の頬を両手で包みたくなった。


「陽射しの中で、たくさん笑っていられましたよね。……メラのおかげで」


 目を閉じて額を重ねて、そっと囁く。メラマヴロさんは約束を果たせた。私は大丈夫だと、この両手から伝わってほしいと願う。

 メラマヴロさんは顔を伏せた。どうしたのかと、顔を下から覗き込もうとしたら。


「オレも……一つ、聞きたいことがあります」

「なんですか?」

「てんとう虫に、ニホンゴで話し掛けたことを覚えていますか? あれは、どういう意味ですか?」

「てんとう虫?」


 メラマヴロさんは頬から私の手を離したけれど、俯いたまま。

 てんとう虫と言われても、すぐには思い出せなかった。あの恋愛小説にも書いたてんとう虫のおまじないのことだ。恋の出会いを招くおまじない。メラマヴロさんに留まったから、言うのが恥ずかしかった。


「あれは、その、秘密です」

「秘密です、か……」

「はいっ!」


 メラマヴロさんは教えてほしいと言わんばかりに、じっと見上げてくる。私は顔を背けて、その視線から逃げた。ほんの少しの間、沈黙になる。


「では……この前、怒っていた理由を教えてくれませんか」

「? 私がいつ、メラを怒ったんですか?」


 きょとんと首を傾げたら、メラマヴロさんは困った表情をした。


「パーティーの翌日……木から落ちた日だ」

「……ああ!」


 メラマヴロさんが私に笑顔を見せてくれないことに、ふてくされていた時だ。大人げなかったからすぐに止めたけれど、メラマヴロさんはずっと気にしていたのか。真面目さんだ。あれ以降から、メラって親しみを込めて呼ぶようになったのに。


「ちょっとふてくされていただけですよ。気にしないでください。女は秘密と気まぐれの塊みたいなものですよ」


 笑って答えると、メラマヴロさんの表情が少し和らいだように見えた。


「オレが……おともしても、いいのですか?」


 驚いてしまう。さっきメラマヴロさんが顔を曇らせた原因は、私が一度ふてくされたから。本当に真面目な人だ。


「はい。メラにそばにいてほしいです」


 私は笑いながらも、力強く頷く。


「オレだけでは不十分ですので、彼らにも協力してもらい、君を守ります」

「はい」


 メラマヴロさんのおかげで、安心して旅に出られる。とても心強い。

 笑う私の頬に、大きな左手が当てられた。またメラマヴロさんが、真剣な眼差しで向けている。


「――――……」


 メラマヴロさんの唇が動いたけれど、少し強い風のせいで聞き取れなかった。


「あの、今、なんて、言ったのですか?」


 髪を整えながら、聞き返してみたけれど。


「……秘密です」


 さっきの仕返しみたいに、メラマヴロさんは教えてくれなかった。私を真っ直ぐに見つめたまま、また少しの沈黙になる。

 やがて、私の頬に手を重ねたまま立ち上がったかと思えば、ゆっくりと顔を近付けてきた。メラマヴロさんが満月を背にするから、真っ暗になってしまう。ただ、彼の黒髪が触れるほど近いことしか、わからなかった。


「――――そろそろ、戻りましょう」


 耳に低い声を吹き掛けられ、ちょっぴりビクリと震える。


「あ、はいっ!」


 メラマヴロさんの熱いくらいの手に引かれて、城へ歩いていく。部屋に戻るまでに、高鳴る鼓動を落ち着けないと、眠れそうになかった。


 翌日は、メラマヴロさんがいてくれるなら怖じけずに旅にいけると、王様に答えを出した。

 染めた髪を放置でプリン状態だったから、この世界で悪目立ちしないように、魔法の薬で染めてもらう。プリンにはならないらしい。まるで陽射しを照り返す小麦畑のようなプラチナゴールド色。元が赤茶だったから、僅かに赤みが残ったけれど、気に入った。プラチナゴールドって、とても綺麗。

 早く感想が聞きたくて、バスルームを飛び出して、待機していたメラマヴロさんの元に飛び込む。


「どうですか? どうですか? 似合いますか?」


 腰よりも長い髪は、ふわっと舞い上がるのに艶やか。包まれる私はとても気持ちいい。


「……綺麗です」


 メラマヴロさんは、いつもの感情を浮かべていない真顔。


「本当に? 本当に? 本当ですか?」


 べっとりとメラマヴロさんの鎧に張り付くように問い詰めると、そっと髪を撫でられた。


「……とても、綺麗です」


 少し眩しそうに黒曜石の瞳を細めたメラマヴロさんは、もう一度告げる。

 ちょっと照れて、熱くなる頬を両手で押さえながら、にまにまと口元を緩ませたままバスルームに戻った。

 前にちょこっと残して、あとは後ろでみつあみにする。宝石はチョーカーにしてもらい、首につけてなくさないようにした。白いブラウスと黒のコルセット。黒いズボンとダークブラウンのブーツ。羽根のように軽いロングスカートを巻き付けた。動きやすい格好。

 持ち物は報告用の便箋や、ペンとインク。日記とエクドラの本。護身用のナイフを一つ。これくらい。

 あと旅に必要なものは、メラマヴロさんが。正しくは馬が持ってくれるそうだ。

 馬は黒い毛並みをしていて、瞳は赤かった。気性が荒そうな印象も抱いたけれど、なによりも美しいと思えて、まじまじと見つめる。馬なんて乗ったことなかったから、当然メラマヴロさんと一緒にこの子に乗る。よろしくね、と頬を撫でれば、大人しかった。

 見送りに来てくれた王様と、ギュウッと抱き締め合う。


「いってらっしゃい。ラメリー。必ず、帰ってきてくれ」


 この城は私の帰る場所だと言われて、胸が熱くなり、泣いてしまいそうになったけれど、私は笑顔を保った。


「はい。いってきます、おじいちゃん」


 シワのある大きな手の感触を忘れないように、頬に当ててから私は黒い騎士とともに旅立つ。

 物語を書く人は、冒険にいってきます。

 冒険を描くために、冒険に行く。今にも飛び立ってしまいそうな高揚を胸に感じながら、黒い騎士の背中にしがみついた。




20150804

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