―21
双子王子にメラマヴロを脅したら許さないと何度も叱りつけている間に、連れてこられたのは街外れの丘。
花畑だから、花の香りに満ちていた。
そこに座らされて、エクドラを読むように急かされる。
「自分で読みなよ……」
「なんだよ、自分が書いた物語だろ」
「読み聞かせるのは専門外だもの」
きょとんとされてしまうけれど、私は露骨に嫌がる表情を向けた。
ひたすら書く専門。いくら自分の好きな物語でも、語ることも出来ない。雄弁に語ることが出来る作家なら、好んで読み聞かせることが出来たのかも。
「いいから読んでくれよ」
「聞いて、感想を言うから」
「いや、言わなくていいよ……」
性格の悪い双子王子から、感想をもらうのは怖い。怖すぎる。
「ラメリーを傷付けるようなことは言わねーて」
「他の作品も悪くなかった」
「好評みたいだし、貶さないさ」
「読み聞かせて、昨日言ったことを取り消させてくれよ」
「な?」
ロキとロクを交互に口を開くのを見ていれば、首を傾けて上目使いでせがんだ。
無価値と言ったことを取り消すためにも、エクドラを知りたいと言う。エクドラを知ったあとの感想で、完全に取り消しになる。
二人の誠意の表れ。
私が読み聞かせなくてはいけないわけではない。でも受け入れとあげようと、渋々本を開く。
しかし、私にはやはり拷問に思えてしまう。改稿のために、読んで確認したことならある。読み聞かせるのは、初めて。顔が真っ赤になる。
「ぷっ。ラメリー、真っ赤ぁ」
「恥ずかしい?」
「黙っていないと読まないんだからね!」
笑い出す双子王子に怒ったけれど、弱々しいとわかっていた。
誤魔化すように私は、読み上げることを専念する。
主人公の冒険の始まり。ずいぶんと懐かしさを感じる。読んでみれば、案外なんてことはない。緊張も緩み、ゆっくりと読み上げた。
双子王子の様子が気になる。聞いているみたいだけど、横切る蝶を見上げたり、花をつついたり、じっとしていない。
やがて、ロクが立ち上がって、花を摘んで戻ってきた。私が左肩から垂らす三つ編みに、それを差し込んだ。
便乗するように、ロキも花を摘んで私の三つ編みに差し込む。
色とりどりの様々な花が、私の三つ編みで咲いているみたいに仕上がる。
蝶までもが三匹、私の三つ編みに留まった。
ロクとロキは満足そうに笑みを浮かべて眺める。
「……二人とも、聞く気ある?」
「聞いてる」
肩を竦めれば、シレッと返される。聞く態度じゃないのだけれど。
「つまらないならそう言えば」
「いや、面白いぜ?」
「恋愛小説と違うな」
「王道だし、楽しい」
「続き、読んで」
にっこり、笑顔を向けるロキとロク。嘘とは思えないけど、じっとしていない二人に読み聞かせるのは、私が落ち着かない。三つ編みには、蝶が留まっているしね。
「じゃあ、お昼寝しようぜ」
「へ?」
左右から同時に言われたことを理解する前に、パタリと本が閉じられた。
かと思いきや、花畑に押し倒される。
「気持ちいいなぁー」
「花の匂い。んー」
「……自由すぎるっ!」
私の肩に顎を乗せて、寄り添うロキとロクに、疲れしか感じない。怒鳴る気力ない。
逃がさないと言わんばかりに本を抱いている腕の上に、がっちりと腕を回している。
この花畑は、温かい陽に照らされているから、眠りたい気持ちもわかった。花と陽の香り。
この二人は、本当に猫みたい。自由気ままで、私にじゃれて、日向でお昼寝。
「……なぁ……ラメリー」
うとうとしていたら、左から囁かれた。左は確か、ロキかな。
「お前の言う通り……母親は放棄したんだよ。見分けられないからって。クロロって呼び始めた」
ちょっと、強張る。
私が容赦なく二人のトラウマを抉った事実を忘れていた。
母親が見分けてくれなかったから、見分けられない者を突き放すようになったらしい。自分をちゃんと見分けてくれると確信を得るまで、見定めて貶して嘲た。
「アルートゥリア陛下も見分けられなくとも……ちゃんと名前で呼んでた……」
王様は彼らを歪ませた原因を知ってか知らずか、ちゃんとクロロキとクロロクと呼んだらしい。
「目を見て、名前を呼ばれることが……嬉しかった……」
「ありがとう……」
「ありがとうな……」
見分けて一人一人の名前を呼んだ私に、静かな声で囁く。今にも眠ってしまいそうな小さな声。
深く息をついたかと思えば、なにも言わなくなった。彼らは本当に眠ってしまったらしい。
少し眩しい空をずっと見ていたけれど、横に目を向けた。こちらも眩しいブロンドの王子様が二人。しかも腕を回したまま、寄り添っている。
また、空に目を向けた。意識しないでいよう。大人しいなら、このまま眠らせておく。
ぽかぽかしてて、眠気に誘われる。花の香りで更に穏やかになる。蝶が何匹も舞っていて、鼻に留まった。そこは違うんだけど。私はクスリと笑う。
猫みたいにじゃれるこの二人を、どうしたものか。旅をしていく間に、レーガ達に心を開いて親しくなってくれればいいな。時間がかかっても。ゆっくりと。
大丈夫。ジオスだって、心を開けた。時間がかかっても、きっと。
二人を起こさないように、慎重に手を動かして、頭を撫でようてした。でも、あまり腕が上がらなくて、頬に重ねただけになる。
「んっ」
「……」
ロクが身をよじったかと思えば、ロキまで動いて締め付けてきた。う、動けない。
手を上げたままの体勢で、双子に挟まれる。頬に触れている妙な体勢になってしまった。いや、双子に挟まれて横たわっている時点で、妙な体勢だ。今更。
無理に退かしてみようとしたけど、二人の腕が重い。
諦めよう。この二人の相手は諦めが肝心。元々我慢強いせいかな。二人が起きるまで待とう。
本の重みを感じながら、私も目を閉じた。蝶が時々、私に触れるのを感じる。本当に温かい――――……
「結婚しようぜ」
話し声を聞いて、私は目を開く。
今、とてつもなく物騒なことを聞いた気がする。
起きたらしい二人は頬杖をついてて、私の手を握っている。でも、どこか他所を向いていた。
「魔物だ。あ、ラメリー、起きたか。討伐に行こうぜ」
鏡に映ったよう瓜二つの美しい顔が、無邪気な笑みを浮かべて私を見下ろした。
物騒な言葉を聞いた気がするのに、言われたことにまた混乱してしまう。頭がまだ理解できていない。
握られた手を引っ張られて起こされたところで、魔物が近付いているから倒すって言っていると理解した。
「え? 魔物? みんなを、呼ばなきゃ」
「は? オレ達で十分だろ」
「で、でも、私」
本をしっかりと持たされると、腰に手を当てられてリードされる。
魔物と戦いに行くなんて、だめだ。万が一、怪我なんてしたら、秘密と使命を天秤にかけて苦しんでいたメラマヴロが、どんなに責任を負ってしまうか。危険なところに自らはいけないと踏み留まる。
「数はたった一匹。心配することない」
「? なんで、わかるの?」
降りようとしている丘からは、なにも見えない。騒音も雄叫びも、聞こえなかった。何故魔物がいるとわかったのか。
「んー、ラメリーになら」
「特別に教えてやるよ」
またにっこりと無邪気な笑みを浮かべると、ずいっと顔を近付けてきた。
「これに周囲の偵察させてるの」
声をぴったりと重ねながら、トントンと叩くのは、ループタイについた宝石。深緑色の宝石。
「……召喚石なの?」
「そっ」
納得した。彼らがぐっすりと野外で眠れた理由は、これだ。召喚したものに守らせていたのか。それだけではなく、周囲の偵察もさせていた。
どんな生き物かと問おうとすれば。
ロクが差し出した腕に、それがいる。
「コイツは、エスマラル」
深い緑色の毛並みで、長い尾を揺らす猫。アーモンド型の黄色い瞳で、じっと見上げてくる。サイズは通常の猫よりも大きい。
「エスマラル……」
その名を口にして見れば、警戒するようにカッと開いた瞳が、微笑むように細められた気がする。次の瞬間には、私の胸に飛び込んできた。
ほわあ、猫! 猫! この世界に来てから、初めて猫触った!
しかも、猫はすりすりと胸元に頬擦りしてくれた。短い毛並みなのにふわふわと最高の触り心地。大型犬並みに大きいし、なかなか重い。でも抱き締めたい。細身だから、ただ抱き上げているだけに留める。
ああ、おめめ可愛い。顔がひし形みたい。頬擦り、楽しそう。長い尻尾がキュート。私も頬擦りしたい。全身わしゃわしゃしたい。ほわああ。
「こっちが、メスマラル」
ロキが差し出した腕から、もう一匹。全く同じ容姿の猫が私の胸に飛び込んだ。流石に重くて、その場に尻餅つく。でも放せなくて、抱き締める。メスマラルは私の頬に頬擦りしてきた。猫天国かっ。
「ずっとラメリーと遊びたがってたんだぜ。コイツら、音もなく忍び寄って他人をからかうけど、姿見せてじゃれることなんて初めてだ」
そう言うロキが、剣を抜いたことに気付く。
もっととんでもないものがあることにも気付く。
前方に、この二ヶ月初めて見るほど大きな魔物がいた。黒い瞳はある。でも、巨大なワーム。丸く開かれた大きな口だけで、一飲みされそう。座り込んでしまった私は、逃げられない。
「座ってろよ」
「すぐ終わる」
動じていないロクとロキは、剣を持って向かう。地面から出ているだけでも、五メートルはあるその魔物に二人で挑む。
ダッと飛び出す。交差しながら、切りつけた。魔物が悲鳴を上げる。素早く駆けながら、切りつける二人が、呪文を唱えていた。離れていても、動き回っていても、打合せしたみたいにピッタリと声を合わせている。
そして、魔法が発動した。地面から飛び出したいばらの塊が二つ。ワームを飲み込むかのように、上から押し潰す。
庭園の入り口のアーチみたいになった。たちまち、隙間がないほど花が咲き始める。真っ赤な真っ赤な花が咲き誇り、花びらが雨のように降り注いだ。
「ほら、終わったぜ」
剣をおさめると、二人は花びらの雨の中を進んで戻ってくる。見目麗しいブロンドの王子二人。美しい光景だ。
「……ん? どした、ラメリー」
「呆けちゃって」
「かっこよすぎて惚れた?」
「そう言ってもいいぜ?」
ニヤニヤしながら、二人が覗き込むけれど、私は口を開けては固まる。指を立てて少し待って、と示す。王様に二人の活躍を書けた報告書を送れる。いや、それは一先ず置いておこう。今の戦いは記憶する。
「……怒らないんでほしいのだけど」
前置きをして、二人の反応を窺う。キョトンとした顔で待っている。
「今、二人がどっちかわからない。何度も交差してたから……。ごめんね。今後は、一発で見分けられるように目印つけよう? ね?」
二人が傷つく前に、さっと提案してみた。もう惑わすことは止めて、目印になるものをつけてほしい。そうすれば、皆がわかるようになる。変わるための一歩だ。
二人は、なにも言わずにしゃがんだ。
すると、私の腕に尻尾を巻き付けてまで、べったりしていた猫が二匹、私から飛び出した。
どうしたのかと瞬いていれば、にっこりと笑みを浮かべた双子王子の顔が、近付いたかと思えば押し倒される。
「ラメリーの左耳に囁くのは、ロキ」
ロキが唇を押し付けて、左耳に囁いた。
「ラメリーの右耳に囁くのは、ロク」
ロクが唇を押し付けて、右耳に囁いた。
「どう?」
「わかりやすいだろ?」
「ラ、メ、リー」とねっとり熱く、囁く。とんでもないところを擽られているような感覚に落ちて、耐えられなくなった私は。
「うひゃああぁあ!!」
悲鳴を上げた。途端に、私の身体が浮き上がる。
「ラメリー。大丈夫ですか?」
「メ、メラ!?」
私を抱き上げたのは、メラマヴロだ。走ってきたみたいで、少し息が荒い。
「メラマヴロ……んなだよ、邪魔して」
「バラすぞ」
ロキとロクは、不機嫌な顔で睨み上げた。
「バラせばいい。私はラメリーを守る使命を果たします」
メラマヴロは、突っぱねるように言い返す。
さっきは動けないほどバラされたくなかったみたいなのに、私を優先することを決意したみたい。
ロキとロクは、メラマヴロがそう言うとは予想外らしく、怯んだ。
「ふざけんなよ!! お前ら!!」
そこで響いたレーガの声に、私は震え上がる。
レーガに怒られた。ご、ごめんなさい!!
「いや、ラメリーじゃないぞ」
メラマヴロに抱えられた私を見て、レーガは一言伝えてくれる。双子王子の方か。
あ、私は違うのか……よかった……。レーガに怒鳴られたら泣ける。
「ラメリーはお前達のせいで昨日魔力を使ったんだぞ! 身を守る術がない状態で、魔物のそばに連れていくなよ!!」
私を心配してくれたんだ。
昨日、大きなエレクドラーロを召喚したから、魔力がないってわかっている。前に大怪我したことをずっと気に病んで、以来魔力切れに敏感になっていた。
「ラメリーは無傷だろうが」
「怪我してからじゃ遅いんだよ!」
「大体、ラメリーは魔法が使えなくっても身を守れるし」
「それは知ってるが! ラメリーは魔物と戦う訓練を受けてねーんだよ!」
「煩い奴だな!」
「わかってほしいんだよ! ラメリーは死にそうなほどの怪我しても大丈夫だって笑って、絶対に弱音吐かない奴なんだよ! 我が儘に振り回さないでくれよ!」
ロキとロクと言い合うレーガが、私のために怒ってくれる。目が、がっと熱くなった。泣きそう。
黙り込んだロキとロクを見て、レーガは深く息をついた。
「はぁ……会ったばかりだからわからないのは当然だ。今後、気を付けてくれ。ラメリーは魔力があまり多くないから、エレクドラーロを召喚する時は身を守る時と、敵が多すぎる時だけ。ラメリーは一人にしない。メラマヴロと離すな。あと、物語関連は繊細だから気を付けろ」
何故かレーガは、私の取り扱いについて注意事項を話し始めた。
私は物凄く気遣われていたのか。恥ずかしい。申し訳なさすぎる。
親切に教えようとするのは、レーガらしい。レーガも二人が馴染むように手を尽くしてくれているんだ。
すると、ロキとロクの表情が変わった。ぴくん、と目を見開く。かと思えば、レーガの肩に腕を回した。
「それで? それで?」
「他に気を付けることは?」
にこー、と笑顔でレーガと一緒に歩き出す。妙な光景に、不信感を抱いた。いきなり、どうしたんだ。もうレーガになついたのか。
「あ、うん。集中モードに入ると全く周り見えなくなるから……」
レーガも戸惑った様子だけれど、続きを話し出した。
メラマヴロを一度ギロリと睨むけれど、双子王子はレーガを連れ去っていく。
ここはレーガと仲良くなろうとしていることを喜ぶべきなのだろうけど、なんだろう。不快感が、込み上がっている気がする。
戸惑う私を、メラマヴロは下ろすと片膝をつく。
「先程は、申し訳ありません。自分を守るために……君から離れるなんて」
「あ、ううん! 全然大丈夫だよ。あ、さっきは庇いそびれた……もう二度と脅すなって言ったんだけど」
「本当に、申し訳ありません」
メラマヴロは頭を下げた。
大丈夫だって言っているのに……真面目なんだから。まぁ、私の大丈夫は、信用されていないのかも。
私はその場に座り込んだ。メラマヴロは顔を上げて、私と目を合わせた。自分を責めている表情。
メラマヴロの立てている膝に、頭を置いてから、笑いかけてみる。ひたすら、笑顔でメラマヴロを見つめた。
やがて、メラマヴロの表情が仕方なさそうに緩む。
「宿に戻ろう」
「……はい。……髪、花だらけですね」
「うん、二人に飾り付けられたの」
メラマヴロに支えてもらって立ち上がる。髪に差した花、どうしよう。押し花にして王様にあげようか。
「ところでよかったの? 二人に握られた弱味、バラしていいなんて言って。まぁ、あの様子だと宛が外れて、バラす気なさそうだけど」
きっと猫ちゃんに探らせて得たんだろうな。メラマヴロの弱味ってなんだろう。聞いていいものかと、訊ねてみた。
「……自分では……到底明かせません……」
メラマヴロは視線を落とす。苦しそうな表情だから、私は慌てて腕を擦ってあげた。鎧だけど。
「いいんだよ、誰にでも秘密はあるし、言いたくないこともね。絶対に言わないように頼んでおく。ね?」
「……はい」
笑いかけたけれど、メラマヴロが悲しそうな目をした気がする。あまり、触れない方がいいみたい。
ぴったり寄り添いながら歩いている間に、ふと今朝の夢を思い出す。昨日の夢もだ。
エレクドラーロと一緒に出てきた猫。あれは間違いなく、エスマラルとメスマラル。
何故、夢に見たんだろう。
首の宝石に触れてみたけれど、偶然だと片付けた。
20101008




