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 琥珀のドラゴンが、私に寄り添う。守るように、大きな大きな身体で包んでくれた。いつもはそれだけの夢なのに、珍しく他のものもいる。それはまるで、猫。深い緑色の毛並みで、長い尾を揺らす。二匹。左右から覗き込んで、私を観察しているようだった。ピクンピクン、と三角の耳を揺らして、アーモンドの黄色い瞳を細める。

 そんな夢を一瞬だけ。

 全然、眠れなかった。元々考え事をしてしまって眠りが浅いから、慣れている。すっかり空は明るくなり、スカイブルーに染まった。私と違い、熟睡している双子王子は、腕を回したまま起きようとしない。待っても待っても、起きなかった。野外で熟睡できるなんて、羨ましい。腕をそっと退けてから二人の間から抜けても、起きなかった。すごいな。昼まで寝るつもりなのだろうか。

 眺めている分には、本当に美しい外見をした王子だと上から見下ろしてみる。本当に見分けがつけない。違いが見付からない。光を照り返すブロンドは、キラキラとして宝石のようだ。長い睫毛と、スッと伸びた鼻と、バランスのいい唇。寝顔は幼くて、年下に思える。そんな顔に二つも寄り添われていたと思うと、得した気分。馬から落とされた分は、得した。

 無害な双子王子を眺めたかったけれど、お腹が空いたので勝手に作ることにする。二人の分も作ろう。勝手で申し訳ないけれど、荷物から取ろうとした。

 その時だ。空気が揺れながら、ゴーンと鐘のような音が鳴り響いた。途端に、眠っていた双子王子は飛び起きる。馬も驚いて暴れ始めた。


「チッ!」

「挑発かよ!」

「ん!? なに!?」


 双子王子は敷いていた毛布をさっとまとめて、荷物と一緒に馬に乗せると、私も荷物みたいに乗せる。そして、急遽出発をした。


「な、なに?」

「ガラの野郎の仕業に決まってるだろ!」

「ジオスの?」


 私を後ろに乗せて馬を走らせているのは誰だろう。ロキ殿下かな。


「ガラの王族は、水面を揺らすように空気を揺らすんだよ。そしてどこになにがいるか、把握する。えげつねーよな」

「そんな能力があったんだ」


 ジオスが魔物のいる方を把握できたのは、その能力のおかげ。ほほうと感心する。ということは、私達は見付かったのか。


「諦めて合流します?」

「……落とされてーの?」

「嫌です、ごめんなさい」


 横目で睨まれてしまい、私は走行中の馬から落とされないようにしっかり背中にしがみつく。


「普通は動物がわかる程度なのに、オレ達人間も感知出来るほど空気を揺らしやがって」

「喧嘩売ってんな。国から追い出された分際の癖に、生意気な野郎だぜ」


 たぶんロク殿下も、隣を馬で走りながら口を開いた。


「追い出された……?」

「隣の国の魔物討伐をしろって、ガラの王に命じられたんだよ」

「王座争奪が激しい国だから、あの野郎は追い払われたのさ」


 双子王子はジオスを嘲笑ったけれど、私はそうは思えない。ジオスも派閥争いが激しいと言っていたから、端から見ればそう解釈できるのだろう。でも、ジオスは追い出されたわけじゃない。志願してこの国の魔物の討伐の旅に参加した口振りだった。信頼できるレーガとともに、誰が敵かもわからない場所から離れた。今は味方だと信じて、仲間と居られている。

 ジオスをよく知らないからしょうがないとも言えるけれど、決め付けて嘲笑うなんてよくない。そういうところを、ポル達が嫌っているのだろう。そこを直してもらわないと、一緒に旅なんて出来ない。合流するまで、なんとか説得しないと。


「お前、荷物に触ろうとしてたけれど、逃げる気だった?」

「違いますよ。朝ごはん作ろうかと思ったのです。お二人が起きないから、先に作ろうと思ったんです」

「あ? お前、作れるの?」

「じゃあこれ料理しろよ」


 馬から落とされるかと思い、またしがみついたら、ロク殿下がなにかを投げ付けてきた。草食動物のアドリンだ。いつの間に仕留めんだと驚くと、二人はケラケラと笑った。

 一時間しないうちに、馬の足が止まる。降りて、朝食の用意が始めた。やけに双子王子が落ち着いていると不思議に思う。走っただけで撒けたと思っているのだろうか。


「撒けたよ。あいつらは違う方向に進む」


 私の疑問を見抜いて、言ってきた。何故そう言えるのだろうか。疑問に思いつつもすっかり手慣れた手付きで、肉を捌いた。果物で軽く下味をつけて、バーベキュー風に焼き上げる。


「お前、じじぃからオレ達のこと聞いてねーの?」

「私より年下の双子としか聞いてないです」

「ふーん……」


 お肉が焼き上がることを待ちながら、果物にかじりつく双子王子を横目で見た。なんだか、怒っている感じがする。でもなにも言わずに、焼けるまで大人しく待っていた。


「んー。うめーな」

「まずかったら、どう料理してやろうか考えてたけど」

「これは気に入った」

「美味い」


 食べ始めてみると、二人は絶賛する。ミスしなくてよかった。大人しかったのは、怖いお仕置きを考えていたからみたいだ。二人は果物が相当好きみたいだから、口に合うと思っていた。基本この旅では、私はポル達の指示で料理していたし、思い付きだったから失敗しなくてよかった……。野外で料理は慣れてないもの。


「夜も作れよ」

「シチューがいい」

「材料があるなら作りますよ」

「言ったな」

「決定な」


 料理の材料がほぼないのに、双子王子は手に入れられる自信があるらしい。近くに街はあるようには思えないけれど、手に入れられるなら手に入れちゃうのだろう。

 朝食というより、昼食を済ませてれば、移動を始めた。また花の名前でしりとりをしたけれど、また意地悪をされて私は負ける。歩いていると、原っぱに入った。蝶を見付けるなり、二人は方向転換して追う。子どもみたいだな、としみじみ思った。花を見つけると、その場に寝転んだ。こっちこいよと言わんばかりに手招きされたから近付けば、二人に花を耳にかけられた。昨日はロク殿下だけにされたのに、今日は特定できないように二人ですることにしたらしい。さて、どっちがどっちだろうか。そばで体育座りをしながら、観察してみた。


「オレ達の魔法を見せてやろうか? ラメリー」


 今日初めて名前を呼ばれた。右にいるのが、ロキ殿下かな。


「アドリンを捕まえた魔法ですか?」


 私がそう訪ねると、双子王子はクククッと喉で笑う。意味深だ。首を傾げていれば、後ろになにかが横切った気配を感じて振り返る。でも、なにもいない。双子王子は、お腹を抱えて笑い出す。魔法で悪戯をされているのだろうか。


「オレ達は、(みどり)の魔法だ」


 双子王子が言いながら、腕を上げた。左にいるロク殿下は左腕を逆時計回りに動かし、右にいるロキ殿下は右腕を時計回りに動かす。すると地面に生えた草が靡き始めた。伸びてきて、私達を囲う。蔓に変わってドーム状になる。かと思いきや、二人が指を鳴らすと臼桃色の花びらとなって降り注いだ。


「すごい!! 素敵な魔法!」


 一番美しい魔法だと感動する。ふわりと花びらは、触れると溶けるように消えた。双子王子は起き上がると、私をきょとんとした表情で見てくる。やがて、二人で顔を見合わせた。


「緑の魔法は初めて見るのか、お前」


 右にいる方が先に口を開くから、やっぱりこっちがロキ殿下かな。


「うん。魔法も同じで、力を合わせて使うの? あ、使うのですか?」


 ちょっと興奮しすぎて、敬語が抜けてしまったので怒られる前に言い直す。


「別々でも使える」


 左のロク殿下が私の耳にある花に触れた。花は忽ち成長したように茎を伸ばして、私の三つ編みに絡み付く。そして同じ赤い花を咲かせた。


「すごーい、ロク殿下。お二人はまるで森の魔法使いですね」


 自分の三つ編みを持って花を嗅いでみたら、本物の花の匂いがする。自由に植物を操る魔法は、これまた魅力的だ。


「花が好きだから緑の魔法に選ばれたのですかね。緑の魔法に選ばれたから花が好きなんですか?」


 二人にぴったりな魔法だ。どっちなのか、興味本意で聞いてみた。でも二人はポカンと口を開いたまま、不思議そうに私を見ているだけ。


「クロロキ殿下? クロロク殿下?」


 交互に見てから、どうしたのかを問う。悪戯を考えていないといいのだけれど。


「ロクと」

「ロキでいいし」


 双子王子がニヤリと笑ったかと思えば、ロク殿下が手を伸ばして私の髪に触れた。花が髪ゴムを外したかと思えば、ロク殿下の手が滑り込んで三つ編みをほどく。波打つ跡がついた私の髪が広がってしまう。何のつもりかと警戒していれば、肩を掴まれて押し倒された。


「な、なんですか?」

「んー?」

「べっつにー?」


 左右で二人が頬杖をついて見下ろしてくる。上機嫌な笑顔だけれど、悪戯をされるのではないかとどきまぎした。


「魔法は人を選ぶ」

「それは知ってる?」

「オレ達はほぼ同時かな」

「物心ついた頃から、緑の魔法が使えた」

「所謂、天才児なの」


 私の髪を弄びながら、交互に二人は言う。すると、ひらひらと花が降り注いでいた。たぶん、二人の魔法だけれど、どこからともなく、ユラユラと色とりどりの花が降り注ぐ。

 物心ついた頃から魔法に選ばれて使えていた。それに驚いて目を丸める。この世界では魔力を開花するための薬を子どもの頃から飲む。なのに、二人はその薬を飲むことなく、魔法が使えたらしい。それはさながら。


「緑の魔法に愛されているみたいですね……」


 魔力を生まれながらに多く持っていたから使えただけだろうけれど、子どもの頃からこんな素敵な魔法が使えたなんて羨ましい。これこそ、天才。


「私はどの魔法にも嫌われてしまったみたいです」


 手元に落ちてきた青い花を鼻に近付けて嗅ぎながら、私は残念と呟く。でもこんな魔法が見れただけで、嬉しい。


「……よそ者なのに、エレクドラーロに好かれたってことだけでも十分じゃねーの?」

「そうですね。レーガにもそう言われました」


 おかげで魔法が見れたのだから、やっぱりエレクドラーロ愛している! そう思いながら、首の宝石を撫でた。


「レーガ……ねぇ?」

「なににやけてんだよ」

「あうっ」


 唇に花を一輪差し込まれる。なんだ。急に不機嫌になった。二人がパチンと指を鳴らせば、降り注いだ花も溶けるように薄れて消える。

 地震を感じた。と思ったけれど、違う。草が大きな蔦に変わって、私と双子王子を持ち上げた。地面に落とされるかと焦ったけれど、みるみるうちに揺りかごが仕上がって、双子王子は寝転がって寛いだ。ユラユラと揺れる。蔦の揺りかごか。いい夢見そう。寝不足の分の眠気に襲われて、私はうとうとして目を閉じた。


「お前って、可愛いな」


 耳に囁かれて、びくりと震えて起きる。頭がすっかり眠っていたから、おろおろして右を向く。右は誰だっけ。あー、ロキ殿下か。


「なに、昨夜は緊張して眠れたなかったの?」


 左から顎を指で撫でられて、顔を左に向けられた。ロク殿下か。寄り添うように頬杖をついている二人に人形みたいに髪をいじられていると、思いながらもまたうとうとする。


「髪下ろした方が可愛いじゃん」

「花で飾ったらもっと可愛い」


 遊ばれていると知りつつも、私はそのまま目を閉じた。花の匂いがする。ゆさゆさと心地がいい揺れだ。

 ちゅっ。と音がして私は完全に覚醒した。微かに両頬に感触がある。ぱちくりと目を瞬いていると、瓜二つの王子は笑っていた。


「二回目、当ててみろよ。ラメリー」

「外したら、バツゲームだぞ。ラメリー」


 二回目の回答を要求。すると、お腹に二人の手が置かれた。指先がこねくりまわすように動いて急かす。妙な手付きに身体が強張った。寄り添われた状態だし、揺りかごの中で動けそうにもない。でも当たればなにもされないはず。


「えっと……ロキ殿下で、ロク殿下ですよね」

「ぶー、外れ」

「はいバッツゲーム」

「嘘だぁきゃあ!?」


 とてもとてもご機嫌な双子王子が、私の首に顔を埋めたから悲鳴が上げる。


「なにする気ですかちょっ! くすぐったい! うひゃあ!」


 スリスリと頬擦りされて、くすぐったくってしょうがない。お腹に置かれた手は、ウエストを撫でるように這ってきたから、もうなにがなんだかわからなくなってきた。くすぐったすぎて涙が出てくると、また鐘のような音が空気を揺らす。


「しつこいな、あの野郎」

「なんなんだよ、全く」


 不機嫌な顔で起き上がると、二人は揺りかごを消して着地する。私も支えられて立つ。


「ジオスも私が心配なんですよ。もう合流をしてから、ゆっくりゲームの続きをしてみませんか?」


 バツゲームを警戒して、私は一応提案してみた。私が上手く宥めて少しずつ皆との仲を取り持つ方法もいい。しかし、タイミングが悪かったのか、馬で移動しようとした双子王子は、じろりと睨むように私を見た。私は笑みをひきつらせたまま明後日の方を向く。緑の魔法での悪戯をされませんように。


「……お前さ」


 ロキ殿下が一歩踏み出すと、ロク殿下も一歩動いて、私に近付いた。


「自分だけが、観察してると思ってるだろ?」

「!」


 つまりは、私を観察したと言いたいのか。ただならぬ予感がして、後退りするけれど、双子王子が距離を詰める方が早かった。綺麗な顔が、迫る。不敵な笑みのまま。


「お前は猫被りで本性を隠してる」


 間近で告げられた言葉に、固まった。


「普通は剣先向けられたら怒るだろーが。いい子ぶってるの、バレバレなんだよ」

「あいつらはいい子のお前を助けたがってる」

「でもお前の本性を知ったら」

「助けるかな?」


 私を下から覗き込んで、嘲笑う。私の中は、冷水を浴びたみたいに冷たさが広がった。仲良くなれると思ったのに、その気持ちを踏みにじられてしまう。我慢して我慢したけれど。二人とレーガ達の仲を取り持つ役を、果たせない。もう、私は口を閉じた。




20150908

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