―16
三章です。
休憩を終えた翌日、街を出て南を進んだ。南から別行動をしている"クロロ"達が来ると予測しているから、早く合流できるように行く。放浪していた魔物と遭遇したけれど、ファメーを相手した時とは違い、レーガとジオスの一振りで退治した。周辺にはもう魔物がいないということで、陽が暮れる前に野宿の準備した。
約束した通り、ジオスは早速私に魔法を教えてくれる。魔法が人を選ぶ。どんな魔法が私に向いているのか、そのテストを受けた。その結果は――――全滅。何一つ、向いていない。それが結果だ。
「……魔法に、嫌われてる……嫌われている」
「そう落ち込まないでください、ラメリー。召喚は出来るじゃないですか」
「赤子にも出来る魔法でしょ。私、赤子レベル……」
地面に寝転がってめそめそする私を、ジオスは慰めてくれるけれど立ち直れない。念じて魔力を込める。誰でも使える初歩的な魔法しか使えない。私は傷付いた。魔法にフラれたのだから、傷心中だ。
「ラメリー、元気出せよ。そういうこともあるって」
ずっと見ていたレーガも、覗き込んで笑いかける。そうね。異世界で召喚の魔法が使えるだけでも、運がいい。そう思わなきゃいけないよね。
「あれよね。天は二物を与えないって、このことよね。文才があっても、魔法の才能はない」
同じく見ていたポルがそんなことを言うから、レーガの手を掴もうとした手を引っ込める。
「文才? なにそれ。私に文の才能なんてないよ。物語を書く力は、私の努力の結晶だもん。才能があれば、些細な文法間違いも誤字脱字もないし、書けない苦痛に号泣することもないし、改稿で死にたくなるほど苦しむこともないし、才能ほしいよしくしくしくしく」
「あーっ! もうポル、また落ち込んじまったじゃん! しかも一番繊細なところ!」
「うっ! ごめんなさい」
寝返りを打って、まためそめそした。
「やはり執筆には苦悩もあるのですね。ラメリーは書いている時は、楽しげですらすら書いているので、不自由はないとばかり思っていました」
「経験と努力がなきゃ、あんなにすらすらとは書き進められないよ……。たくさんの物語を書いたけれど、ちゃんと最後まで書けたものなんてほんのわずか……。まだまだ未熟だよ」
ジオスが私の視界に入ってきて、優しく微笑むけれど、私は目を閉じる。書いてきた物語は、全部向こうの世界に置いてきた。もう読み返すことも出来ない。全部は思い出せないから。私が生きた証だった。ずっとずっと、書いてきた。その時の感情で書き上げた物語ばかり。悲しい時は泣きながら、悲しいシーンを書いた。楽しいシーンは、綻んだまま書いた。同じものは、書けない。昔のたくさんの物語を思うと、身体が沈むように重くなる。
「……ラメリー?」
ジオスに呼ばれて、ハッと我に返った。引きずっちゃだめだ。進めなくなる。
「なぁ、ラメリー。エレクには選ばれたじゃん。元気だせよ」
レーガが私の頭を挟むように、腕をついて覗き込んだ。目を合わせるためだったのだろうけれど、近すぎる。
「女性に覆い被さるような体勢は止めなさい、レーガ」
「わっ! オレ、そんなつもりじゃっ」
ジオスが注意すれば、レーガは真っ赤になって手を退かした。別に平気だけど。
「そうだよね! エレクは私を選んでくれたもんね! 愛してるエレク!!」
私はチョーカーの宝石を握り締めた。エレクが私を愛してくれている。私も愛しているわ!
「あ、元気になった。よかった」
レーガが胸を撫で下ろす。立ち上がったら、ジオスが私を支えてくれた。
「……本当に、大丈夫ですか?」
ジオスは私の顔を覗き込んで、心配する。きょとんとしてから、私はにっこりと笑ってみせた。
「大丈夫だよ」と言えば、そっと笑い返してくれる。
昨日、愛しているって言われたけれど、ジオスはいつも通り。深い意味ではなかったみたい。変わらず、優しい王子様だ。
「ごめんね、せっかくジオスが教えてくれようとしたのに」
「残念です、教えてあげたかったです」
ジオスは残念そうに微笑んでは、肩を竦めた。本当に、残念。
私はすぐに離れた場所で立っていたメラマヴロの元に駆け寄る。
「メッラ! ちょっと付き合って」
「……なんですか?」
こっちこっちとメラマヴロの手を引いて、違う場所に移動をした。フィイロで作った糸を溝のある金の指輪に巻き付けて、革の手袋の上から嵌めた。使わない時は左手に人差し指と中指に二つずつ。使う際に一つずつ、右手に嵌めて糸を伸ばす。メラマヴロの助言をもらった改良版。もっと扱えるように、メラマヴロに相手してもらうことにした。執筆のためにも。色んな扱い方を思い付いた。いくらやっても足りない。
翌朝も、起きてからメラマヴロに付き合ってほしいとせがんだ。するとメラマヴロは、顔をしかめた。
「……止めましょう」
「なんで!?」
「……危ないです」
「大丈夫だよ!」
「だめです」
断られてしまい、私はぎょっとしてしまう。メラマヴロが頼みを断るなんて。ショックである。魔法の才能がない次に。
「お願いします、お願いします、メーラー!」
「だめです、危険なことはやらせません」
「お願い!」
メラマヴロの腕に抱きつくと、びくりと震えた。構わず、お願い攻撃をする。
「ラメリー。僕でよければ、手伝いしますよ?」
ポン、と肩に手を置くジオスが買って出てくれた。でも、ジオスの剣さばき。それはちょっと怖い。メラマヴロだから、絶対に私を傷付けないと信用している。剣を弾かれ慣れている相手だもの。華麗な剣さばきをするジオスと、対決するのは怖い。
すると、メラマヴロが私の肩に腕を回して、抱き寄せるようにジオスから離した。
「いけません。ラメリーが怪我をしかねません」
「僕が、そんな下手な真似をすると思っているのですか? メラマヴロ」
メラマヴロは頑なで、ジオスは目を細めて冷ややかな声を放つ。二人して、険悪なムードになった。私を守りたいだけのメラマヴロと、王子様の衝突はよろしくない。
「ち、違うよ、ジオス。メラが躊躇するほど危ない頼みなの」
「大方、フィイロの糸で剣を受け止めるようなことでしょう?」
「えっ! よくわかったね!」
メラマヴロが躊躇するから、予想できたのかな。ジオス、すごい。
ワイヤーのように細くしたフィイロの糸は、剣すらも受け止められるほど丈夫。受け止めてからの戦いを模索している最中。物語にぜひ利用したい。
「旅をしていれば、山賊や泥棒に襲われることもあります。その際に、必要なわざとなるでしょう。魔法を教えられない代わりに、お手伝いさせてください」
ジオスはヤル気満々みたい。趣旨を理解しているなら安心だ。でもメラマヴロは、私に剣を振り下ろす自体を反対しているから、私を放してはくれない。
「許しません」
「……ラメリーが望んでいるのですよ」
メラマヴロは頑なで、ジオスは冷たくなる。だめだ。メラマヴロが折れるわけないから、私が諦めなければ。人間の国の騎士と水の国の王子が一戦交えそう。
「あっ! せっかくだから、魔法対決が見たいな!」
「……魔法対決ですか?」
「魔法は自分で使えない分、魔法と魔法の対決を見て執筆の参考にしたいなぁ。魔物がいないなら、少しやってほしいのだけれど、だめ?」
なんとか意識を逸らすことに成功したみたい。メラマヴロも、ジオスも、少し考えた。
「私がやるわ。まだラメリーに見せてない魔法を見せてあげる」
ポルが手を上げてくれる。嬉しい。まだ見ていない魔法を見せてくれるなんて。
「オレもやりたい! ジオスと魔法対決してやるよ! なっ、ジオス?」
「いいですね。久しぶりにやりましょうか」
レーガも無邪気な目を輝かせて、笑うジオスと顔を合わせる。なんてサービス精神に溢れた仲間なんだろう。嬉しい。
「では、ポルの相手をメラマヴロがやってください。いいですね」
「……はい」
メラマヴロは承諾する。ポルとメラマヴロの対決、ジオスとレーガの対決。想像するだけで興奮する。
「やりましょう。同時に」
「え、同時にやっちゃうの?」
「あなたは慣れているでしょう? なにも見逃さないように、観察してください」
クスリ、とジオスは笑って移動した。魔物と一行の戦いを見守ってきた私は、確かに全体を見る努力をしてきたから、慣れていると言える。見逃さないように、しっかり見なくては。
赤みかかった岩の壁に囲まれた荒地。少し茂みがちらほらあるだけ。魔法対決の練習場にはぴったりだ。
「きゃー! 皆頑張って!」
「ラメリー、テンション高い」
腰を掛けるのに丁度いい岩に座って傍観するのは、私とロサだけ。レネムーは馬と荷物を見る役目だけれど、たぶん寝ているだろう。我が儘を聞いてもらえるならば、レネムーとジオスの姿を解放対決をしていただきたい。でも今はこれで十分。報告書やエクドラ四章やペンを入れたバックを手元に置いているから、終わり次第書き殴ってやるわ。
魔法を使うから、巻き添えを受けないように距離を取っている。遠距離魔法を使うポルは一番遠く、レーガとジオスは手前にいた。合図はなく、始まる。ジオスの上には三本の氷柱が現れ、レーガの上には三本の光の剣が現れた。ポルは呪文を唱え始めて、メラマヴロは剣を構える。
なにも見逃さないように、身を乗り出して二組に意識を向けた。
「ラメリー、飲み物取りに行くね」
「あ、うん」
「目、怖いよ」
ロサに目を向けないまま、私は返事をする。これから目を離すなんて、もったいない。
レーガとジオスが動いた。二人の剣が交じり合うと同時に、頭上でも氷柱と光の剣が交じり合う。そして弾けた。光と氷の破片が振り注ぐ中で、レーガとジオスは剣を振るう。
ポルの頭上には、赤が滲む黒い岩が無数に浮かんだ。それが一つずつ、メラマヴロの元に向かう。すっとメラマヴロが避けると、地面に衝突した岩は、火柱を吹くように爆発した。心の中で絶賛して、隅々まで観察する。でもジオスとレーガも、メラマヴロも、動きが早すぎだ。やっぱり一組ずつ見たかった。でも止めたくなくって、目に焼き付けるように観察する。ジオスとレーガも長年振るってきた相手だけあって、動きをわかりきっているように素早く動く。
するとそこで、後ろから伸びてきた二つの手に口を塞がれた。そのまま、背にしていた茂みに、引きずり込まれてしまう。腰に携えたナイフを掴もうとしたけれど、右腕も左腕も押さえ込まれた。手が四つ。相手は二人だ。私は、浚われてしまった。
20150905